蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

文字の大きさ
上 下
20 / 35

閏に見えた

しおりを挟む
 ◆

 目的の駅に到着し、ホームに降り立ったとたん結珂は悲鳴を上げた。

「寒いっ!」
「やっぱ吹雪いたなあ。おい、コート飛ばされないようにしろよ」

 結珂より薄着なのに平然と雪と風の中を進んでいく坂本。慌てて追いかけると、目をこらして三、四台の車を順々に見ていた坂本は、赤い車を見つけて片手を挙げた。

「光寛!」

 すると代わりにクラクションが二回鳴る。外まで迎えに出る気はないらしい。苦笑した坂本は結珂の手を取って車へ。

「彼女連れなんて初めてじゃないか。しかも平日にいい度胸だね」

 乗りこんだとたん、運転席にいた男にそんなことを言われる。こげ茶色の髪に少しタレ目顔だが、顔のつくりはそう悪くない。コートの雪を払おうかどうしようか迷っていた結珂、それを聞いて今度こそ先に口を開いた。

「彼女じゃないですよっ」

 えっそうなのという感じでバックミラー越しに見た光寛に、

「照れ屋なんだ」

 とにやにやしながら、坂本。

「あのねえっ!」
「雪払っていいよ幡多。ほら、風邪ひくだろ」
「いいわよ自分で払う!」

 わざとらしくのばしてきた手を振り払い、結珂はぷんぷんしながら雪を払う。ハンドルをきりながら光寛は笑った。

「『未満』か。お前にしちゃ珍しいね」

 フロントガラスに雪が当たり、運転しにくそうだ。

「車、少ないからいいけど事故んなよ」
「光寛くんは運転が得意なのよ、志輝クン」

 呑気に鼻歌を歌う。
 光寛の家に着いた頃には真夜中を過ぎていた。いつもより倍もかかってしまったらしい。
 いつのまにか眠ってしまっていた結珂は坂本に起こされ、ねぼけ眼のまま家に招かれた。

「何でいきなり別荘か分からないけど今日は泊まりにして正解だよ。ここからあそこまでは車で二十分てとこだけど、夜の上にこの雪じゃ森の木にすぐぶつかっちゃうし、迷って凍えるかもしれないからね。
 結珂ちゃんは客間で寝てね。志輝はぼくの部屋。いいね」

「ありがとうございます」

 出された紅茶を受け取りながら、結珂。
 先にシャワーを浴びさせてもらい、着替えを貸してもらっていた。坂本からもらった服はコートのおかげでびしょぬれにはならなかったが、しわになるのでハンガーにかけてある。干すためにコートを取り上げた光寛は、

「これこっちで買ったんだろ? この形のは本州にないもんな。お金の心配も一応してやってたけど、じゃあだいじょうぶそうだね」
「向こうである程度おろしてきたから」

 紅茶をすすりながら、坂本。光寛はからかうように笑う。

「お前中学の時からバイト魔だったからな。相当貯めてんだろ」
「人の金で遊ぶのはいやだからな」
「志輝ってけっこうしっかりしてるでしょ、結珂ちゃん?」

 こっそりと結珂に耳打ちする。そしてにこっと意味ありげに微笑んだ。

「ちなみに男から服をもらうって、どんな意味があるか知ってる?」
「邪魔すんなよ、光寛」

 余計なことを言うなとばかりに睨みつける坂本に、光寛はおおげさに肩をすくめてみせる。

「本気なわけね、分かったよ。
 コートを干したら、ぼくはやることがあるから先に部屋に戻ってるよ。好きにしてていいから」

「電話借りるぜ」

「遠距離なら十五分以内ね」

 ぱたぱた去っていくスリッパの音。それきり、しんとなる。光寛の両親にもさっき会ったが、もう寝室にいるのだろう。
 結珂達は居間にいる。ソファから立ち上がり、坂本は電話をかけた。
 ニ、三度かけ直し、「駄目だな」とかぶりを振る。

「どこにかけてるの? 閏くん?」
「別荘にかけたけど誰も出ない。閏の携帯も電波がつながらない」

 心配そうな顔になった結珂に、微笑んでみせる。

「先に凪にかけてみる」

 そして、今度はつながった。結珂も近付いてきて、スピーカーボタンを押す。凪の声が聞こえてきた。

『賀久は無事に済んだよ。おれが用務員さんと一緒に音楽室に踏み込んだとき、誰かと組み合ってたんだ。でもおれ達が入って行くと、そいつは逃げて行った。賀久は細い紐で首をしめられかけていて、舌も無理矢理噛まされそうになってたらしい。たぶん前のふたりもそうやって噛み切らされたんだ』

 身をすくめる結珂の手を、坂本は握ってやる。

「それで?」
『賀久は病院にいる。舌に怪我をしてるからしばらくは喋れないって医者の話だよ。ただ……いいかな、賀久を襲ったヤツのことだけど』

 慎重に、凪は言った。

『薄暗闇でよく見えなかったけど、おれには閏に見えたんだ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

処理中です...