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閏に見えた
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◆
目的の駅に到着し、ホームに降り立ったとたん結珂は悲鳴を上げた。
「寒いっ!」
「やっぱ吹雪いたなあ。おい、コート飛ばされないようにしろよ」
結珂より薄着なのに平然と雪と風の中を進んでいく坂本。慌てて追いかけると、目をこらして三、四台の車を順々に見ていた坂本は、赤い車を見つけて片手を挙げた。
「光寛!」
すると代わりにクラクションが二回鳴る。外まで迎えに出る気はないらしい。苦笑した坂本は結珂の手を取って車へ。
「彼女連れなんて初めてじゃないか。しかも平日にいい度胸だね」
乗りこんだとたん、運転席にいた男にそんなことを言われる。こげ茶色の髪に少しタレ目顔だが、顔のつくりはそう悪くない。コートの雪を払おうかどうしようか迷っていた結珂、それを聞いて今度こそ先に口を開いた。
「彼女じゃないですよっ」
えっそうなのという感じでバックミラー越しに見た光寛に、
「照れ屋なんだ」
とにやにやしながら、坂本。
「あのねえっ!」
「雪払っていいよ幡多。ほら、風邪ひくだろ」
「いいわよ自分で払う!」
わざとらしくのばしてきた手を振り払い、結珂はぷんぷんしながら雪を払う。ハンドルをきりながら光寛は笑った。
「『未満』か。お前にしちゃ珍しいね」
フロントガラスに雪が当たり、運転しにくそうだ。
「車、少ないからいいけど事故んなよ」
「光寛くんは運転が得意なのよ、志輝クン」
呑気に鼻歌を歌う。
光寛の家に着いた頃には真夜中を過ぎていた。いつもより倍もかかってしまったらしい。
いつのまにか眠ってしまっていた結珂は坂本に起こされ、ねぼけ眼のまま家に招かれた。
「何でいきなり別荘か分からないけど今日は泊まりにして正解だよ。ここからあそこまでは車で二十分てとこだけど、夜の上にこの雪じゃ森の木にすぐぶつかっちゃうし、迷って凍えるかもしれないからね。
結珂ちゃんは客間で寝てね。志輝はぼくの部屋。いいね」
「ありがとうございます」
出された紅茶を受け取りながら、結珂。
先にシャワーを浴びさせてもらい、着替えを貸してもらっていた。坂本からもらった服はコートのおかげでびしょぬれにはならなかったが、しわになるのでハンガーにかけてある。干すためにコートを取り上げた光寛は、
「これこっちで買ったんだろ? この形のは本州にないもんな。お金の心配も一応してやってたけど、じゃあだいじょうぶそうだね」
「向こうである程度おろしてきたから」
紅茶をすすりながら、坂本。光寛はからかうように笑う。
「お前中学の時からバイト魔だったからな。相当貯めてんだろ」
「人の金で遊ぶのはいやだからな」
「志輝ってけっこうしっかりしてるでしょ、結珂ちゃん?」
こっそりと結珂に耳打ちする。そしてにこっと意味ありげに微笑んだ。
「ちなみに男から服をもらうって、どんな意味があるか知ってる?」
「邪魔すんなよ、光寛」
余計なことを言うなとばかりに睨みつける坂本に、光寛はおおげさに肩をすくめてみせる。
「本気なわけね、分かったよ。
コートを干したら、ぼくはやることがあるから先に部屋に戻ってるよ。好きにしてていいから」
「電話借りるぜ」
「遠距離なら十五分以内ね」
ぱたぱた去っていくスリッパの音。それきり、しんとなる。光寛の両親にもさっき会ったが、もう寝室にいるのだろう。
結珂達は居間にいる。ソファから立ち上がり、坂本は電話をかけた。
ニ、三度かけ直し、「駄目だな」とかぶりを振る。
「どこにかけてるの? 閏くん?」
「別荘にかけたけど誰も出ない。閏の携帯も電波がつながらない」
心配そうな顔になった結珂に、微笑んでみせる。
「先に凪にかけてみる」
そして、今度はつながった。結珂も近付いてきて、スピーカーボタンを押す。凪の声が聞こえてきた。
『賀久は無事に済んだよ。おれが用務員さんと一緒に音楽室に踏み込んだとき、誰かと組み合ってたんだ。でもおれ達が入って行くと、そいつは逃げて行った。賀久は細い紐で首をしめられかけていて、舌も無理矢理噛まされそうになってたらしい。たぶん前のふたりもそうやって噛み切らされたんだ』
身をすくめる結珂の手を、坂本は握ってやる。
「それで?」
『賀久は病院にいる。舌に怪我をしてるからしばらくは喋れないって医者の話だよ。ただ……いいかな、賀久を襲ったヤツのことだけど』
慎重に、凪は言った。
『薄暗闇でよく見えなかったけど、おれには閏に見えたんだ』
目的の駅に到着し、ホームに降り立ったとたん結珂は悲鳴を上げた。
「寒いっ!」
「やっぱ吹雪いたなあ。おい、コート飛ばされないようにしろよ」
結珂より薄着なのに平然と雪と風の中を進んでいく坂本。慌てて追いかけると、目をこらして三、四台の車を順々に見ていた坂本は、赤い車を見つけて片手を挙げた。
「光寛!」
すると代わりにクラクションが二回鳴る。外まで迎えに出る気はないらしい。苦笑した坂本は結珂の手を取って車へ。
「彼女連れなんて初めてじゃないか。しかも平日にいい度胸だね」
乗りこんだとたん、運転席にいた男にそんなことを言われる。こげ茶色の髪に少しタレ目顔だが、顔のつくりはそう悪くない。コートの雪を払おうかどうしようか迷っていた結珂、それを聞いて今度こそ先に口を開いた。
「彼女じゃないですよっ」
えっそうなのという感じでバックミラー越しに見た光寛に、
「照れ屋なんだ」
とにやにやしながら、坂本。
「あのねえっ!」
「雪払っていいよ幡多。ほら、風邪ひくだろ」
「いいわよ自分で払う!」
わざとらしくのばしてきた手を振り払い、結珂はぷんぷんしながら雪を払う。ハンドルをきりながら光寛は笑った。
「『未満』か。お前にしちゃ珍しいね」
フロントガラスに雪が当たり、運転しにくそうだ。
「車、少ないからいいけど事故んなよ」
「光寛くんは運転が得意なのよ、志輝クン」
呑気に鼻歌を歌う。
光寛の家に着いた頃には真夜中を過ぎていた。いつもより倍もかかってしまったらしい。
いつのまにか眠ってしまっていた結珂は坂本に起こされ、ねぼけ眼のまま家に招かれた。
「何でいきなり別荘か分からないけど今日は泊まりにして正解だよ。ここからあそこまでは車で二十分てとこだけど、夜の上にこの雪じゃ森の木にすぐぶつかっちゃうし、迷って凍えるかもしれないからね。
結珂ちゃんは客間で寝てね。志輝はぼくの部屋。いいね」
「ありがとうございます」
出された紅茶を受け取りながら、結珂。
先にシャワーを浴びさせてもらい、着替えを貸してもらっていた。坂本からもらった服はコートのおかげでびしょぬれにはならなかったが、しわになるのでハンガーにかけてある。干すためにコートを取り上げた光寛は、
「これこっちで買ったんだろ? この形のは本州にないもんな。お金の心配も一応してやってたけど、じゃあだいじょうぶそうだね」
「向こうである程度おろしてきたから」
紅茶をすすりながら、坂本。光寛はからかうように笑う。
「お前中学の時からバイト魔だったからな。相当貯めてんだろ」
「人の金で遊ぶのはいやだからな」
「志輝ってけっこうしっかりしてるでしょ、結珂ちゃん?」
こっそりと結珂に耳打ちする。そしてにこっと意味ありげに微笑んだ。
「ちなみに男から服をもらうって、どんな意味があるか知ってる?」
「邪魔すんなよ、光寛」
余計なことを言うなとばかりに睨みつける坂本に、光寛はおおげさに肩をすくめてみせる。
「本気なわけね、分かったよ。
コートを干したら、ぼくはやることがあるから先に部屋に戻ってるよ。好きにしてていいから」
「電話借りるぜ」
「遠距離なら十五分以内ね」
ぱたぱた去っていくスリッパの音。それきり、しんとなる。光寛の両親にもさっき会ったが、もう寝室にいるのだろう。
結珂達は居間にいる。ソファから立ち上がり、坂本は電話をかけた。
ニ、三度かけ直し、「駄目だな」とかぶりを振る。
「どこにかけてるの? 閏くん?」
「別荘にかけたけど誰も出ない。閏の携帯も電波がつながらない」
心配そうな顔になった結珂に、微笑んでみせる。
「先に凪にかけてみる」
そして、今度はつながった。結珂も近付いてきて、スピーカーボタンを押す。凪の声が聞こえてきた。
『賀久は無事に済んだよ。おれが用務員さんと一緒に音楽室に踏み込んだとき、誰かと組み合ってたんだ。でもおれ達が入って行くと、そいつは逃げて行った。賀久は細い紐で首をしめられかけていて、舌も無理矢理噛まされそうになってたらしい。たぶん前のふたりもそうやって噛み切らされたんだ』
身をすくめる結珂の手を、坂本は握ってやる。
「それで?」
『賀久は病院にいる。舌に怪我をしてるからしばらくは喋れないって医者の話だよ。ただ……いいかな、賀久を襲ったヤツのことだけど』
慎重に、凪は言った。
『薄暗闇でよく見えなかったけど、おれには閏に見えたんだ』
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