18 / 35
別荘へ
しおりを挟む
「凪? 一刻を争うんだ、学校に移動しながら聞いてくれ。急いでほしい。 ─── そう、おれらの学校、旧校舎の三階に賀久がいる。賀久知ってるだろ中学の時の。そいつを助けてやってくれ。お前ひとりで行くなよ。新校舎のほうに用務員のおっちゃんか誰かいるはずだろ、とにかく誰か応援頼めるだけ頼め。でもすぐにだ!」
『OK。あとニ、三分で着く』
凪の声はいつもと変わらず穏やかで、坂本の緊張も少しとけたようだ。
「お前の足ってそんなに速かったか?」
『今、道端で自転車を拝借したところだ』
「 ─── 誰から?」
『分からないけど、今日中に返しておけばだいじょうぶだろう』
「……不良生徒会長」
呆気にとられた結珂の声が聞こえてしまったらしい。くすくす笑う声がした。
『こっちは心配いらない。志輝、あとはお前がやりたいことをやってこい』
「頼んだ」
坂本は電話を切る。ひとつ深呼吸すると、電話ボックスを出た。
また走り出した坂本を、「ええっ」という表情をしながらも結珂は追いかける。数分で坂本の家に着いた。
慌ただしく鍵を開けて、坂本は中に入っていく。夕方、五時近くで秋空は薄暗い。家に電気がついていないところを見ると、家族の者は留守なのだろう。
玄関口で、息切れを整えようとして休んでいる結珂に、私服に着替えて二階から降りてきた坂本が声をかけた。
「幡多、お前は帰れよ。心配しなくていいから」
「ついてくわよ、だって達弥くんももしかして北海道に行ってるかもしれないじゃない」
靴を履きながら、ちらりと坂本は結珂を見上げる。
「……なんでそう思う?」
「双子って同じ行動を取るときがあるって言うじゃない」
結珂の答えにげんなりしたように坂本は肩を落とした。
「 ─── いや、おれも今はカンで動いてるんだからお前を責められねえよな……」
「坂本も達弥くんと閏くんが一緒にいると思う?」
「正確には『別荘に行かなきゃならない』って気がする。……おい、何だよその目は。おれのカン馬鹿にするとあとで後悔するぜ」
扉を閉めて鍵をかける。
「とにかくお前は家でおとなしくしてろよ」
「イヤ。ついてく」
頑固な結珂に、坂本は厳しい目つきで振り返る。
「何があるか分からないんだぜ」
「何があるってのよ。達弥くんと閏くんに会いにいくだけじゃない。ふたりとも友達だもの、いなくなったの何かあったからかもしれないのに放っておけない」
閏が好きになったのは、結珂のそういうところなのだ。坂本はそれを思い出す。
しかし ─── 絶対そうと決まったわけではないが ─── もしかしたら想像もできない出来事が待っているかもしれない場所に、結珂を連れて行くわけにはいかない。
玄関のすぐ脇、塀を背に結珂は立っている。すぐ目の前まで坂本は歩み寄った。
「これで最後。 ─── 帰れ。おれの噂、知ってんだろ」
「……噂って、」
何、と聞こうとして結珂の動きが止まる。
この前の帰り道、自分で言ったばかりではないか。
「 ─── 女の子とよく遊ぶって、だけでしょ。それにあくまで噂だし」
かすれてしまったけれど、どうにか声が出せた。坂本はふいに手をのばすと、結珂のすぐ横に手をついた。
「ずっとおれと一緒でもいいのか? おれが恐いんじゃなかったのかよ」
「 ────── 」
結珂は黙って坂本を見上げる。結珂を心配してわざとそんなことを言っているのが、よく分かっていた。だから平気だった。
「あたし、手伝うわ」
消え入りそうな声で、でもしっかりとそう言った結珂に、ついに坂本はため息をついて体を起こした。
「しょうがねえな。……分かった。来いよ、だけど東京までバイクだぜ」
「バイク?」
「のんびり乗り換えながら行くよりおれの運転のほうが少しでも早いから」
「ふたり乗り?」
「 ─── なんだその目の輝きは」
「だって一度やってみたかったんだもん」
やれやれと空を仰ぐ坂本。
しかし結珂はその数時間後、早速後悔することになったのだった。
『OK。あとニ、三分で着く』
凪の声はいつもと変わらず穏やかで、坂本の緊張も少しとけたようだ。
「お前の足ってそんなに速かったか?」
『今、道端で自転車を拝借したところだ』
「 ─── 誰から?」
『分からないけど、今日中に返しておけばだいじょうぶだろう』
「……不良生徒会長」
呆気にとられた結珂の声が聞こえてしまったらしい。くすくす笑う声がした。
『こっちは心配いらない。志輝、あとはお前がやりたいことをやってこい』
「頼んだ」
坂本は電話を切る。ひとつ深呼吸すると、電話ボックスを出た。
また走り出した坂本を、「ええっ」という表情をしながらも結珂は追いかける。数分で坂本の家に着いた。
慌ただしく鍵を開けて、坂本は中に入っていく。夕方、五時近くで秋空は薄暗い。家に電気がついていないところを見ると、家族の者は留守なのだろう。
玄関口で、息切れを整えようとして休んでいる結珂に、私服に着替えて二階から降りてきた坂本が声をかけた。
「幡多、お前は帰れよ。心配しなくていいから」
「ついてくわよ、だって達弥くんももしかして北海道に行ってるかもしれないじゃない」
靴を履きながら、ちらりと坂本は結珂を見上げる。
「……なんでそう思う?」
「双子って同じ行動を取るときがあるって言うじゃない」
結珂の答えにげんなりしたように坂本は肩を落とした。
「 ─── いや、おれも今はカンで動いてるんだからお前を責められねえよな……」
「坂本も達弥くんと閏くんが一緒にいると思う?」
「正確には『別荘に行かなきゃならない』って気がする。……おい、何だよその目は。おれのカン馬鹿にするとあとで後悔するぜ」
扉を閉めて鍵をかける。
「とにかくお前は家でおとなしくしてろよ」
「イヤ。ついてく」
頑固な結珂に、坂本は厳しい目つきで振り返る。
「何があるか分からないんだぜ」
「何があるってのよ。達弥くんと閏くんに会いにいくだけじゃない。ふたりとも友達だもの、いなくなったの何かあったからかもしれないのに放っておけない」
閏が好きになったのは、結珂のそういうところなのだ。坂本はそれを思い出す。
しかし ─── 絶対そうと決まったわけではないが ─── もしかしたら想像もできない出来事が待っているかもしれない場所に、結珂を連れて行くわけにはいかない。
玄関のすぐ脇、塀を背に結珂は立っている。すぐ目の前まで坂本は歩み寄った。
「これで最後。 ─── 帰れ。おれの噂、知ってんだろ」
「……噂って、」
何、と聞こうとして結珂の動きが止まる。
この前の帰り道、自分で言ったばかりではないか。
「 ─── 女の子とよく遊ぶって、だけでしょ。それにあくまで噂だし」
かすれてしまったけれど、どうにか声が出せた。坂本はふいに手をのばすと、結珂のすぐ横に手をついた。
「ずっとおれと一緒でもいいのか? おれが恐いんじゃなかったのかよ」
「 ────── 」
結珂は黙って坂本を見上げる。結珂を心配してわざとそんなことを言っているのが、よく分かっていた。だから平気だった。
「あたし、手伝うわ」
消え入りそうな声で、でもしっかりとそう言った結珂に、ついに坂本はため息をついて体を起こした。
「しょうがねえな。……分かった。来いよ、だけど東京までバイクだぜ」
「バイク?」
「のんびり乗り換えながら行くよりおれの運転のほうが少しでも早いから」
「ふたり乗り?」
「 ─── なんだその目の輝きは」
「だって一度やってみたかったんだもん」
やれやれと空を仰ぐ坂本。
しかし結珂はその数時間後、早速後悔することになったのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

幽霊探偵 白峰霊
七鳳
ミステリー
• 目撃情報なし
• 連絡手段なし
• ただし、依頼すれば必ず事件を解決してくれる
都市伝説のように語られるこの探偵——白峰 霊(しらみね れい)。
依頼人も犯人も、「彼は幽霊である」と信じてしまう。
「証拠? あるよ。僕が幽霊であり、君が僕を生きていると証明できないこと。それこそが証拠だ。」
今日も彼は「幽霊探偵」という看板を掲げながら、巧妙な話術と論理で、人々を“幽霊が事件を解決している”と思い込ませる。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
泉田高校放課後事件禄
野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。
田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。
【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
ビジョンゲーム
戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる