蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

文字の大きさ
上 下
16 / 35

いなくなった片割れ

しおりを挟む


 通っている学校で殺人が起こった。
 それも二日続けてだ。
 生徒達への影響は当然ながら大きかった。

「これから一週間、短縮日課になります。また、一週間後の文化祭については通常どおり行う予定ですので各自練習に励んで下さい。以上」

 学校集会で校長の長い話のあと、生徒会長の凪が重複もかねて短くそう言うと、解散になった。今は放課後で、今日はもうこのまま下校になる。鞄を手に体育館を出ていく生徒達の流れに逆らい、坂本が小走りに駆けてきた。

「どこに行ってたんだ? 集会はもう終わったぞ」

 いさめるように、凪。彼の隣にいるべきだった副会長が集会のあいだ留守だったのだ。

「悪い。集会の前に幡多がさ、達弥がいないっていうから捜してたんだ」
「達弥?」

 そういえば生徒の中にいなかったような気がする。

「幡多さんは?」
「もうすぐ来ると思うけど」

 言っているうちに、結珂が走ってきた。少し息が切れている。

「おかしいよ、朝はいたってクラスの人達言ってるのに」
「靴は?」
「見なかったけど、でも達弥くん帰ったりするかなあ」
「そうだよな、あの堅物が集会を欠席するなんて考えられない」
「やっぱりトイレにでも行ってるんじゃないのかな……」

 自信のなさそうな結珂に、凪は腕時計を見る。

「ずいぶん長いトイレだな」
「そういえばお前」

 坂本がふいに、気付いたように尋ねた。

「昨日の事件の第一発見者だって?」
「いや、正確には第二」
「倒れてたやつの顔、見たか」
「顔は見なかったけど、どうしてだ?」

 坂本は少し考えてから、口を開く。

「昨日のヤツも舌を噛み切ってたって話だよな。おとといのヤツと関連がありそうだって。顔以外に目立って覚えてることってあるか」

 凪はちょっと眉をひそめ、

「髪を赤く染めていて私服だった。それが何だ?」
「 ─── いや……そいつが天神(てんじん)林(ばやし)ってヤツだとしたら、やっぱりおとといのヤツと関係があるかもしれない」
「あの……その人ってこの前高村や賀久って人と一緒にいた?」

 おそるおそる聞いた結珂に、坂本はうなずく。凪が何か言いかけようとした時、入り口のほうから教師のひとりが声をかけてきた。

「おい、鍵閉めるぞ」

 凪は肩をすくめる。

「事件のことはおいといて、先に達弥を捜すか。 ─── いや、まず下駄箱を見たほうがいいな。もしかしたら本当に帰ったのかもしれない」

 三人は体育館を出て下駄箱へ行き、そして凪の推測が正しかったことが判明した。達弥の靴はなかったのだ。

「ほんとに帰っちゃったんだ、達弥くん……」

 結珂は信じられないというふうにつぶやいた。

「体の調子が悪かったにしても早引けなんてしたことないぜ、あいつ」
「午前中に会ったときはいつもと変わらなかったけどな」

 凪は背伸びをし、「さて」と微笑んだ。

「閏の見舞いって、行くならチャンスは今日しかないんだった? 坂本」
「ああ。明日には検査も終わって家に帰れるって」
「じゃあつきあってくれ。幡多さんも来る?」

 結珂はうなずいた。おととい坂本に話を聞いてから、達弥と閏のことが気にかかって仕方がなかったのだ。きっかけがあるなら、出来るだけ会って色々話をしたかった。



 しかし、病室にいたのは彼の姉である早瀬彩乃だけだった。

「あれ、彩乃さん閏は?」

 開きっぱなしだったドアから入ってきながら坂本が尋ねると、閏のパジャマやら洗面用具やらをまとめていた彩乃は振り向いた。坂本の後ろにいる結珂と凪を見て軽く会釈する。

「あら、こんにちは。閏ならついさっき急に出て行っちゃったわ。学校の例の事件……ほら、あの殺人事件のことを話したら突然よ」
「彩乃さん、じゃあこのお見舞いかわりに頂いてください」

 凪が包みを差し出すと、「いいの?」と彩乃は受け取った。坂本が尋ねる。

「事件のこと、なんて喋ったんですか」
「校長先生に聞いたとおりよ。あとは発見者のひとりである演劇部長から聞いたこととか ─── でもたいした内容じゃないの、赤い髪の他校の人が、また殺されたのよって言っただけ。そしたらいきなりここを出ていって……」
「 ────── 」

 坂本は何か考えていたが、どうしたんだというふうにこちらを見ている凪とちらりと視線をかわし、もう一度彩乃に尋ねた。

「どこへ行くか言ってました?」
「北海道よ」
「北海道?」

 思わず結珂は聞き返してしまった。今から突然北海道なんて、では学校はどうするのだ。

「学校は明日まで休んで、北海道の別荘に行ってくるって。閏、たまにそういうことするの。だいじょうぶよ、明日中には帰ってくると思うわ」
「あいつ携帯持っていきましたか」

 どことなく緊張した面持ちの坂本は、「たぶん持って行ったと思うけど」という彩乃の返答を聞くなり病室を出て行った。

「ちょっと、 ─── あ、失礼します彩乃さん ─── どこ行くの坂本!」

 結珂が出ていくあとに続いて、彩乃にきちんと会釈をしてから凪も追う。
 凪が追いついてくるなり、坂本は口を開いた。

「凪」

 足の速度はゆるめない。

「おれ明日は欠席する。あとは頼んだ」
「 ─── ひとつだけ質問。今回の事件と閏に何か関係があるのか」
「それは分からない。でもおれのカンが閏を追えって言ってる」
「あんたのカンなんて当たるの?」

 さっきからふたりの速度に合わせようと必死になりながら、結珂。

「滅多に外れないし、こと親しい人間に関する時は特にだ。凪、お前携帯は?」
「持ってる。電源は入れておくよ。お前のは?」
「三日前から修理中」
「そうだったな。タイミング悪いけど仕方ない。気をつけろよ」
「サンキュ」

 それだけ言って走っていこうとする坂本を見て、結珂も慌てて走り出す。ひとり普通の速度に戻った凪は、それを見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幽霊探偵 白峰霊

七鳳
ミステリー
• 目撃情報なし • 連絡手段なし • ただし、依頼すれば必ず事件を解決してくれる 都市伝説のように語られるこの探偵——白峰 霊(しらみね れい)。 依頼人も犯人も、「彼は幽霊である」と信じてしまう。 「証拠? あるよ。僕が幽霊であり、君が僕を生きていると証明できないこと。それこそが証拠だ。」 今日も彼は「幽霊探偵」という看板を掲げながら、巧妙な話術と論理で、人々を“幽霊が事件を解決している”と思い込ませる。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

ビジョンゲーム

戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

最後の灯り

つづり
ミステリー
フリーライターの『私』は「霧が濃くなると人が消える」という伝説を追って、北陸の山奥にある村を訪れる――。

処理中です...