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いなくなった片割れ
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◆
通っている学校で殺人が起こった。
それも二日続けてだ。
生徒達への影響は当然ながら大きかった。
「これから一週間、短縮日課になります。また、一週間後の文化祭については通常どおり行う予定ですので各自練習に励んで下さい。以上」
学校集会で校長の長い話のあと、生徒会長の凪が重複もかねて短くそう言うと、解散になった。今は放課後で、今日はもうこのまま下校になる。鞄を手に体育館を出ていく生徒達の流れに逆らい、坂本が小走りに駆けてきた。
「どこに行ってたんだ? 集会はもう終わったぞ」
いさめるように、凪。彼の隣にいるべきだった副会長が集会のあいだ留守だったのだ。
「悪い。集会の前に幡多がさ、達弥がいないっていうから捜してたんだ」
「達弥?」
そういえば生徒の中にいなかったような気がする。
「幡多さんは?」
「もうすぐ来ると思うけど」
言っているうちに、結珂が走ってきた。少し息が切れている。
「おかしいよ、朝はいたってクラスの人達言ってるのに」
「靴は?」
「見なかったけど、でも達弥くん帰ったりするかなあ」
「そうだよな、あの堅物が集会を欠席するなんて考えられない」
「やっぱりトイレにでも行ってるんじゃないのかな……」
自信のなさそうな結珂に、凪は腕時計を見る。
「ずいぶん長いトイレだな」
「そういえばお前」
坂本がふいに、気付いたように尋ねた。
「昨日の事件の第一発見者だって?」
「いや、正確には第二」
「倒れてたやつの顔、見たか」
「顔は見なかったけど、どうしてだ?」
坂本は少し考えてから、口を開く。
「昨日のヤツも舌を噛み切ってたって話だよな。おとといのヤツと関連がありそうだって。顔以外に目立って覚えてることってあるか」
凪はちょっと眉をひそめ、
「髪を赤く染めていて私服だった。それが何だ?」
「 ─── いや……そいつが天神(てんじん)林(ばやし)ってヤツだとしたら、やっぱりおとといのヤツと関係があるかもしれない」
「あの……その人ってこの前高村や賀久って人と一緒にいた?」
おそるおそる聞いた結珂に、坂本はうなずく。凪が何か言いかけようとした時、入り口のほうから教師のひとりが声をかけてきた。
「おい、鍵閉めるぞ」
凪は肩をすくめる。
「事件のことはおいといて、先に達弥を捜すか。 ─── いや、まず下駄箱を見たほうがいいな。もしかしたら本当に帰ったのかもしれない」
三人は体育館を出て下駄箱へ行き、そして凪の推測が正しかったことが判明した。達弥の靴はなかったのだ。
「ほんとに帰っちゃったんだ、達弥くん……」
結珂は信じられないというふうにつぶやいた。
「体の調子が悪かったにしても早引けなんてしたことないぜ、あいつ」
「午前中に会ったときはいつもと変わらなかったけどな」
凪は背伸びをし、「さて」と微笑んだ。
「閏の見舞いって、行くならチャンスは今日しかないんだった? 坂本」
「ああ。明日には検査も終わって家に帰れるって」
「じゃあつきあってくれ。幡多さんも来る?」
結珂はうなずいた。おととい坂本に話を聞いてから、達弥と閏のことが気にかかって仕方がなかったのだ。きっかけがあるなら、出来るだけ会って色々話をしたかった。
しかし、病室にいたのは彼の姉である早瀬彩乃だけだった。
「あれ、彩乃さん閏は?」
開きっぱなしだったドアから入ってきながら坂本が尋ねると、閏のパジャマやら洗面用具やらをまとめていた彩乃は振り向いた。坂本の後ろにいる結珂と凪を見て軽く会釈する。
「あら、こんにちは。閏ならついさっき急に出て行っちゃったわ。学校の例の事件……ほら、あの殺人事件のことを話したら突然よ」
「彩乃さん、じゃあこのお見舞いかわりに頂いてください」
凪が包みを差し出すと、「いいの?」と彩乃は受け取った。坂本が尋ねる。
「事件のこと、なんて喋ったんですか」
「校長先生に聞いたとおりよ。あとは発見者のひとりである演劇部長から聞いたこととか ─── でもたいした内容じゃないの、赤い髪の他校の人が、また殺されたのよって言っただけ。そしたらいきなりここを出ていって……」
「 ────── 」
坂本は何か考えていたが、どうしたんだというふうにこちらを見ている凪とちらりと視線をかわし、もう一度彩乃に尋ねた。
「どこへ行くか言ってました?」
「北海道よ」
「北海道?」
思わず結珂は聞き返してしまった。今から突然北海道なんて、では学校はどうするのだ。
「学校は明日まで休んで、北海道の別荘に行ってくるって。閏、たまにそういうことするの。だいじょうぶよ、明日中には帰ってくると思うわ」
「あいつ携帯持っていきましたか」
どことなく緊張した面持ちの坂本は、「たぶん持って行ったと思うけど」という彩乃の返答を聞くなり病室を出て行った。
「ちょっと、 ─── あ、失礼します彩乃さん ─── どこ行くの坂本!」
結珂が出ていくあとに続いて、彩乃にきちんと会釈をしてから凪も追う。
凪が追いついてくるなり、坂本は口を開いた。
「凪」
足の速度はゆるめない。
「おれ明日は欠席する。あとは頼んだ」
「 ─── ひとつだけ質問。今回の事件と閏に何か関係があるのか」
「それは分からない。でもおれのカンが閏を追えって言ってる」
「あんたのカンなんて当たるの?」
さっきからふたりの速度に合わせようと必死になりながら、結珂。
「滅多に外れないし、こと親しい人間に関する時は特にだ。凪、お前携帯は?」
「持ってる。電源は入れておくよ。お前のは?」
「三日前から修理中」
「そうだったな。タイミング悪いけど仕方ない。気をつけろよ」
「サンキュ」
それだけ言って走っていこうとする坂本を見て、結珂も慌てて走り出す。ひとり普通の速度に戻った凪は、それを見送った。
通っている学校で殺人が起こった。
それも二日続けてだ。
生徒達への影響は当然ながら大きかった。
「これから一週間、短縮日課になります。また、一週間後の文化祭については通常どおり行う予定ですので各自練習に励んで下さい。以上」
学校集会で校長の長い話のあと、生徒会長の凪が重複もかねて短くそう言うと、解散になった。今は放課後で、今日はもうこのまま下校になる。鞄を手に体育館を出ていく生徒達の流れに逆らい、坂本が小走りに駆けてきた。
「どこに行ってたんだ? 集会はもう終わったぞ」
いさめるように、凪。彼の隣にいるべきだった副会長が集会のあいだ留守だったのだ。
「悪い。集会の前に幡多がさ、達弥がいないっていうから捜してたんだ」
「達弥?」
そういえば生徒の中にいなかったような気がする。
「幡多さんは?」
「もうすぐ来ると思うけど」
言っているうちに、結珂が走ってきた。少し息が切れている。
「おかしいよ、朝はいたってクラスの人達言ってるのに」
「靴は?」
「見なかったけど、でも達弥くん帰ったりするかなあ」
「そうだよな、あの堅物が集会を欠席するなんて考えられない」
「やっぱりトイレにでも行ってるんじゃないのかな……」
自信のなさそうな結珂に、凪は腕時計を見る。
「ずいぶん長いトイレだな」
「そういえばお前」
坂本がふいに、気付いたように尋ねた。
「昨日の事件の第一発見者だって?」
「いや、正確には第二」
「倒れてたやつの顔、見たか」
「顔は見なかったけど、どうしてだ?」
坂本は少し考えてから、口を開く。
「昨日のヤツも舌を噛み切ってたって話だよな。おとといのヤツと関連がありそうだって。顔以外に目立って覚えてることってあるか」
凪はちょっと眉をひそめ、
「髪を赤く染めていて私服だった。それが何だ?」
「 ─── いや……そいつが天神(てんじん)林(ばやし)ってヤツだとしたら、やっぱりおとといのヤツと関係があるかもしれない」
「あの……その人ってこの前高村や賀久って人と一緒にいた?」
おそるおそる聞いた結珂に、坂本はうなずく。凪が何か言いかけようとした時、入り口のほうから教師のひとりが声をかけてきた。
「おい、鍵閉めるぞ」
凪は肩をすくめる。
「事件のことはおいといて、先に達弥を捜すか。 ─── いや、まず下駄箱を見たほうがいいな。もしかしたら本当に帰ったのかもしれない」
三人は体育館を出て下駄箱へ行き、そして凪の推測が正しかったことが判明した。達弥の靴はなかったのだ。
「ほんとに帰っちゃったんだ、達弥くん……」
結珂は信じられないというふうにつぶやいた。
「体の調子が悪かったにしても早引けなんてしたことないぜ、あいつ」
「午前中に会ったときはいつもと変わらなかったけどな」
凪は背伸びをし、「さて」と微笑んだ。
「閏の見舞いって、行くならチャンスは今日しかないんだった? 坂本」
「ああ。明日には検査も終わって家に帰れるって」
「じゃあつきあってくれ。幡多さんも来る?」
結珂はうなずいた。おととい坂本に話を聞いてから、達弥と閏のことが気にかかって仕方がなかったのだ。きっかけがあるなら、出来るだけ会って色々話をしたかった。
しかし、病室にいたのは彼の姉である早瀬彩乃だけだった。
「あれ、彩乃さん閏は?」
開きっぱなしだったドアから入ってきながら坂本が尋ねると、閏のパジャマやら洗面用具やらをまとめていた彩乃は振り向いた。坂本の後ろにいる結珂と凪を見て軽く会釈する。
「あら、こんにちは。閏ならついさっき急に出て行っちゃったわ。学校の例の事件……ほら、あの殺人事件のことを話したら突然よ」
「彩乃さん、じゃあこのお見舞いかわりに頂いてください」
凪が包みを差し出すと、「いいの?」と彩乃は受け取った。坂本が尋ねる。
「事件のこと、なんて喋ったんですか」
「校長先生に聞いたとおりよ。あとは発見者のひとりである演劇部長から聞いたこととか ─── でもたいした内容じゃないの、赤い髪の他校の人が、また殺されたのよって言っただけ。そしたらいきなりここを出ていって……」
「 ────── 」
坂本は何か考えていたが、どうしたんだというふうにこちらを見ている凪とちらりと視線をかわし、もう一度彩乃に尋ねた。
「どこへ行くか言ってました?」
「北海道よ」
「北海道?」
思わず結珂は聞き返してしまった。今から突然北海道なんて、では学校はどうするのだ。
「学校は明日まで休んで、北海道の別荘に行ってくるって。閏、たまにそういうことするの。だいじょうぶよ、明日中には帰ってくると思うわ」
「あいつ携帯持っていきましたか」
どことなく緊張した面持ちの坂本は、「たぶん持って行ったと思うけど」という彩乃の返答を聞くなり病室を出て行った。
「ちょっと、 ─── あ、失礼します彩乃さん ─── どこ行くの坂本!」
結珂が出ていくあとに続いて、彩乃にきちんと会釈をしてから凪も追う。
凪が追いついてくるなり、坂本は口を開いた。
「凪」
足の速度はゆるめない。
「おれ明日は欠席する。あとは頼んだ」
「 ─── ひとつだけ質問。今回の事件と閏に何か関係があるのか」
「それは分からない。でもおれのカンが閏を追えって言ってる」
「あんたのカンなんて当たるの?」
さっきからふたりの速度に合わせようと必死になりながら、結珂。
「滅多に外れないし、こと親しい人間に関する時は特にだ。凪、お前携帯は?」
「持ってる。電源は入れておくよ。お前のは?」
「三日前から修理中」
「そうだったな。タイミング悪いけど仕方ない。気をつけろよ」
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それだけ言って走っていこうとする坂本を見て、結珂も慌てて走り出す。ひとり普通の速度に戻った凪は、それを見送った。
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