蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

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因縁

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 つられた結珂、坂本に連れられてつい喫茶店に入ることになってしまった。メニューにずらりと並んだ紅茶の種類に目を丸くして、はしゃぎながらたっぷり二十分かけてオーダーすると、やっと本題を思い出した。

「そうだ、話の続き聞かせて」

 結珂の喜ぶ顔を微笑しながら見ていた坂本、口を開く。

「お前を誘うコツが分かった気がする」
「 ─── え?」

 聞き返したところに、「独り言」とかぶりを振る。

「あいつらに両親がいないことは知ってる?」

 結珂はうなずいた。それくらいは学校の誰もが知っていることだ。

「あいつらは生まれは北海道で、母親の実家もそこにある。本州に越してきてからは生まれた家を別荘にして、毎年休みのたびに帰って従姉達と過ごしてた。幼稚園であいつらと仲良くなってから、おれもたまに呼ばれてた。別荘は北海道の田舎のほうで、森の中にあるんだ。冬に行くとこっちの真冬よりそれは寒くて、比べものにならなかったよ」

 思い出すように、坂本はカップの中のコーヒーを見下ろす。

「小学校の入学式の一周間前、あいつら家族四人はいつもどおり別荘に向かっていた。従姉達はニ、三日遅れであとから来る予定だった。……ところが山道の急な曲がり角で、対向車と衝突して両親が亡くなった。その後、仲が良かった叔母さん ─── つまり従姉達のお母さんだ ─── その人のところに養子に入ることになった。従姉も双子で、そのひとりは彩乃さんだ」

 一息にそこまで聞かされて、結珂はぽかんとしてしまった。ウェイトレスが紅茶を置いていったあとで我に帰る。坂本はコーヒーをすすりながら律儀に待っていた。

「そこまで理解した?」
「 ─── うん」

「じゃ、続き。
 叔母さんは家計を一人で支えていたこともあって、しょっちゅう仕事で家を空けていた。元々が達弥達の爺ちゃんが金持ちだからお金に苦労はしてなかったと思うけど、あの叔母さんは仕事が生きがいだったんだ。今でもそうだ、もう一年近く家に帰ってない。
 とにかくそんなわけで、結果的に二組の双子は野放しになってた。ベビーシッターはいても食事と洗濯、あのでかい家 ─── お前も行ったことあるだろあいつの家 ─── その掃除だけで手いっぱいだったらしい」

「ま、待って」

 ようやく結珂はストップを出した。

「叔母さんが家計を支えてたって、叔父さんは?」
「未婚なんだ」
「あ」

 納得がいった。
 結珂の表情を確認して、坂本は続ける。

「そしてその家に引き取られてからしばらくは、あいつらはとても楽しそうだった。今が信じられないくらいに仲が良くて、姉弟のいるおれが見ていても羨ましいくらいだった。
 でも小学校三年か四年、そのくらいになると達弥と閏の仲が急に悪くなっていったんだ。理由は分からないが、二人が顔を合わせると必ず喧嘩になった。
 そして ─── 中学一年の冬、あいつらの姉さんのひとり、聖香さんが死んだ。バルコニーから落ちて、打ち所が悪かった。それからだ、達弥と閏の仲は最悪になった」

 バルコニーと聞いて、結珂は首を傾げた。前に何回か用事があって彼らの家に行ったことがあるが、バルコニーと呼ぶようなものがあったかどうか覚えがない。

「ベランダじゃなくてバルコニー?」

 聞いてみると、「別荘のほう」という答えが返ってきた。

「戸籍上姉弟になってからも、休みになると叔母さんが別荘に連れていっていた。もっとも叔母さんはすぐにひとりでどこかに行っちゃってたし、別荘にはいつも子供とひとりのベビーシッターしかいなかったけど。
  ─── 聖香さんが死んだのもその別荘で……あれは、冬だった。バルコニーに積もっていた雪で滑ったらしい」

 坂本の話はそれで終わりだった。

 聞き終わったあと、結珂はしばらく何も言うことが出来なかった。あの双子が互いにいがみ合っていることのわけが、具体的には結局分からなかったけれど ─── 自分が想像していた以上に深い因縁があることだったのだ。閏の病室にいた時のような寒気が襲ってきた。慌てて紅茶を一気飲みしたとたん、むせてしまう。

「げほっげほっ」
「だいじょうぶか」

 驚いた坂本が席を立ち、背中をさすってくれる。
 大丈夫、と咳き込みながら答える。病室での閏の哀しげな顔と先刻の達弥の苦しそうな顔が、まぶたに灼きついて離れなかった。
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