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頑なな達弥
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◆
「あれって同情なんじゃないのか」
約束どおり廊下で待ってくれていた坂本には筒抜けだったらしい。病院を出たとたんにそう言われて、結珂は心臓が飛びあがりそうになった。
「聞いてたの!?」
「聞こえちまったんだよ。閏が何の話をしようとしてるかってのは想像がついてたし」
「え ─── 」
横断歩道を渡りながら、坂本はのびをする。
「おれは親友だから知ってた」
あーあとわけのわからないため息をついた。きょとんとした結珂は、先刻の坂本の言葉を思い出してちょっとムッとする。
「あのね、同情じゃないよ。何にしたって閏くんが努力してくれるって言うんだもん、あたしだってそれに応えるくらいの礼儀はあるよ」
「礼儀ねえ。しょせん恋愛とは別物だよな」
「!」
坂本はやっぱり意地が悪い。図星をさされて立ち止まった結珂は、慌てた坂本に引き寄せられる。すぐ後ろをバイクが通り過ぎていった。
「あっぶねぇな、道路の途中で立ち止まんなよ」
「坂本が悪い」
手を振り払って歩き出す結珂を坂本は追う。
「え、おれ? なんで」
「なんでって ─── 」
分からないのかと言おうとした結珂、道の向こうに知った顔を見つけて口をつぐんだ。同時に坂本も立ち止まる。
眼鏡をかけた背の高い男子生徒。傍らに目を引く美少女を連れている。
風紀委員長、早瀬達弥と早瀬彩乃だ。
日が暮れ始めたのに応じてつきはじめた街灯の下で、向かい合って何か話しているようだった。
「衝撃現場」
「ばか」
茶化した坂本を睨みつける。話しかけようか迷っていると、向こうもこちらに気付いた。まだ何か言いたそうにしている彩乃を放っておいて、達弥がこちらに歩み寄ってくる。
「いいのか、きれいなお姉さん困らせて」
にやにや笑いの坂本を、しかし達弥は無視する。まっすぐ結珂の前にやってきた。
「こっちはお前の家の方向と逆だろう。こんな男とどこに行ってた?」
口調はかたいが目は優しい。それをちゃんと確かめて、結珂は微笑んだ。
「閏くんのお見舞い。たいしたもの持っていけなかったけど」
「 ─── ああ、そういえば入院したらしいな」
「したらしいなってお前ねえ、まだ見舞いにも行ってないわけ?」
呆れたような坂本。
「たった今聞いたばかりだからな」
「お姉さんから?」
ちらりと達弥の背後を見ると、困ったようにこちらを見ていた彩乃と目が合った。慌てて結珂がおじぎをすると、ちょうどいいきっかけができたというように歩み寄ってくる。
「久しぶりね。志輝くん。こちらはお友達?」
「お久しぶりです彩乃さん。こっちは」
結珂のほうをちらりとも見ず、坂本は微笑みながらさらりと言ってのけた。
「彼女です」
耳を疑った結珂、慌ててかぶりを振る。
「ち、ちがいま」
「あら、はっきりそう言うなんて中学校の時以来ね。お名前は?」
「だから違うって言っ」
「幡多結珂でぇす」
「あんたが答えるなっ」
勝手に紹介した坂本の足をこれでもかというくらいに踏みつける。「いてっ」と叫んで坂本は慌てて足を引き抜いた。
「結珂さんは閏の書いた物語、読んでみた?」
彩乃に聞かれてなぜか真っ赤になっていた結珂、急いでかぶりを振る。
「い、いえあたしはまだ」
「そう。近いうちにぜひ読んでみてね。いいお話なのにこの人ったら読んでもいないで却下するなんてひどいのよ」
今まで黙っていた達弥を見上げる。意味ありげに坂本を見つめていた達弥は、ふんと鼻を鳴らした。
「あの冒頭を見ただけで読まなくても分かる。主人公は双子の弟、兄を殺したいと思っている。結末はどうであれ途中で必ず兄を殺すことに成功するんだろう。おれに対してのあてつけだと分かっているものを、どうして却下せずにいられるんだ?」
「あなたって本当に冷たい人間ね。第一弟が入院してるのにお見舞いも行かないなんてどういうことなの?」
「あんたに説教されたくない!」
珍しく達弥が声を荒げた。どうやらさっきから口論していたのは、これが原因らしい。
「 ─── 先に帰る」
不機嫌そうに眼鏡を押し上げ、踵を返す。
「達弥……!」
彩乃は慌てて追いかけていく。途中でこちらを振り向き、ぺこりとおじぎをした。
「 ─── どうしてあの双子ってあんなに仲が悪いの?」
双子と幼なじみの坂本なら知っているだろうと思い、結珂は思い切って聞いてみた。今までは何か立ち入っては悪いような気がして聞いたことがなかったのだ。
「ああ見えてもあいつら、小学校の途中までは仲良かったんだぜ」
坂本は結珂を見下ろし、ふいに手を取った。
「コーヒーと紅茶、どっちが好き?」
「? 紅茶……」
面食らいながらも答えると、坂本はにこっと笑った。
「おごるからカフェに行こうぜ。紅茶の種類が十種類以上ある店が近くにある」
「十種類以上? ほんと?」
「あれって同情なんじゃないのか」
約束どおり廊下で待ってくれていた坂本には筒抜けだったらしい。病院を出たとたんにそう言われて、結珂は心臓が飛びあがりそうになった。
「聞いてたの!?」
「聞こえちまったんだよ。閏が何の話をしようとしてるかってのは想像がついてたし」
「え ─── 」
横断歩道を渡りながら、坂本はのびをする。
「おれは親友だから知ってた」
あーあとわけのわからないため息をついた。きょとんとした結珂は、先刻の坂本の言葉を思い出してちょっとムッとする。
「あのね、同情じゃないよ。何にしたって閏くんが努力してくれるって言うんだもん、あたしだってそれに応えるくらいの礼儀はあるよ」
「礼儀ねえ。しょせん恋愛とは別物だよな」
「!」
坂本はやっぱり意地が悪い。図星をさされて立ち止まった結珂は、慌てた坂本に引き寄せられる。すぐ後ろをバイクが通り過ぎていった。
「あっぶねぇな、道路の途中で立ち止まんなよ」
「坂本が悪い」
手を振り払って歩き出す結珂を坂本は追う。
「え、おれ? なんで」
「なんでって ─── 」
分からないのかと言おうとした結珂、道の向こうに知った顔を見つけて口をつぐんだ。同時に坂本も立ち止まる。
眼鏡をかけた背の高い男子生徒。傍らに目を引く美少女を連れている。
風紀委員長、早瀬達弥と早瀬彩乃だ。
日が暮れ始めたのに応じてつきはじめた街灯の下で、向かい合って何か話しているようだった。
「衝撃現場」
「ばか」
茶化した坂本を睨みつける。話しかけようか迷っていると、向こうもこちらに気付いた。まだ何か言いたそうにしている彩乃を放っておいて、達弥がこちらに歩み寄ってくる。
「いいのか、きれいなお姉さん困らせて」
にやにや笑いの坂本を、しかし達弥は無視する。まっすぐ結珂の前にやってきた。
「こっちはお前の家の方向と逆だろう。こんな男とどこに行ってた?」
口調はかたいが目は優しい。それをちゃんと確かめて、結珂は微笑んだ。
「閏くんのお見舞い。たいしたもの持っていけなかったけど」
「 ─── ああ、そういえば入院したらしいな」
「したらしいなってお前ねえ、まだ見舞いにも行ってないわけ?」
呆れたような坂本。
「たった今聞いたばかりだからな」
「お姉さんから?」
ちらりと達弥の背後を見ると、困ったようにこちらを見ていた彩乃と目が合った。慌てて結珂がおじぎをすると、ちょうどいいきっかけができたというように歩み寄ってくる。
「久しぶりね。志輝くん。こちらはお友達?」
「お久しぶりです彩乃さん。こっちは」
結珂のほうをちらりとも見ず、坂本は微笑みながらさらりと言ってのけた。
「彼女です」
耳を疑った結珂、慌ててかぶりを振る。
「ち、ちがいま」
「あら、はっきりそう言うなんて中学校の時以来ね。お名前は?」
「だから違うって言っ」
「幡多結珂でぇす」
「あんたが答えるなっ」
勝手に紹介した坂本の足をこれでもかというくらいに踏みつける。「いてっ」と叫んで坂本は慌てて足を引き抜いた。
「結珂さんは閏の書いた物語、読んでみた?」
彩乃に聞かれてなぜか真っ赤になっていた結珂、急いでかぶりを振る。
「い、いえあたしはまだ」
「そう。近いうちにぜひ読んでみてね。いいお話なのにこの人ったら読んでもいないで却下するなんてひどいのよ」
今まで黙っていた達弥を見上げる。意味ありげに坂本を見つめていた達弥は、ふんと鼻を鳴らした。
「あの冒頭を見ただけで読まなくても分かる。主人公は双子の弟、兄を殺したいと思っている。結末はどうであれ途中で必ず兄を殺すことに成功するんだろう。おれに対してのあてつけだと分かっているものを、どうして却下せずにいられるんだ?」
「あなたって本当に冷たい人間ね。第一弟が入院してるのにお見舞いも行かないなんてどういうことなの?」
「あんたに説教されたくない!」
珍しく達弥が声を荒げた。どうやらさっきから口論していたのは、これが原因らしい。
「 ─── 先に帰る」
不機嫌そうに眼鏡を押し上げ、踵を返す。
「達弥……!」
彩乃は慌てて追いかけていく。途中でこちらを振り向き、ぺこりとおじぎをした。
「 ─── どうしてあの双子ってあんなに仲が悪いの?」
双子と幼なじみの坂本なら知っているだろうと思い、結珂は思い切って聞いてみた。今までは何か立ち入っては悪いような気がして聞いたことがなかったのだ。
「ああ見えてもあいつら、小学校の途中までは仲良かったんだぜ」
坂本は結珂を見下ろし、ふいに手を取った。
「コーヒーと紅茶、どっちが好き?」
「? 紅茶……」
面食らいながらも答えると、坂本はにこっと笑った。
「おごるからカフェに行こうぜ。紅茶の種類が十種類以上ある店が近くにある」
「十種類以上? ほんと?」
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