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イブまで待って

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結木邸に帰ってしばらく待っていると、やがて椛さんが帰ってきた。

「ただいま、りんごちゃん。いい子にしてた?」

「社長、おかえりなさい。子供じゃないんですから、その言い方はやめませんか?」

「ごめん。りんごちゃんが、あんまりかわいいから」

そう言って椛さんは、わたしを抱きしめて……キスをくれる。
その形のいい唇が、わたしの首筋に移って──チクッと甘い痺れが走った。

「っ……、社長……今朝、キスマーク……つけたでしょう」

「ばれた?」

くすくすと、わたしの耳元で悪戯っ子のように笑う椛さん。

「服を着ていれば見えない場所にしたんだし、問題ないよね?」

にこにことそう言われて、ドキッとした。
静夜とのことを、見透かされているようで。
そんなはずは、ないのに。
慌ててわたしは椛さんから離れて、部屋の冷蔵庫に入れておいたケーキ箱を取り出す。

「なにを買うか迷ったんですけど、……これにしました」

「ケーキだけ?」

「はい」

内心ハラハラしていたけれど、椛さんはそれほど疑問に思わなかったようだ。

「靴とか洋服とか、アクセサリーとか。そういうものも買ってよかったのに」

セレブな人たちは、買い物といったらそういうものをためらいなく買うんだろうけど……。

「たいてい椛さんが最初にそろえてくれましたし、これ以上はいりません」

「りんごちゃんて、物欲ないね。……へえ」

ケーキ箱の中を覗いていた椛さんは、例のカードを開いて微笑みを浮かべる。

「このメッセージ見て、このケーキ買ったんだ?」

「い、いえ……べ、べつにそんなんじゃ、」

用意していた言い訳を口にしようとしたとたん、ぎゅっと抱きすくめられた。

「かわいいね、りんごちゃん」

「で、ですからそんな、」

「りんごちゃんはぼくのことが好きなの?」

突然核心に迫られて、心臓が大きくはねあがる。
こんなの……こんなの、予想外だよ──!
ばれたらまずい、椛さんに引かれる。
その一心で、激しく動揺していたこともあり、大きな声で叫んでしまった。

「そ、そんなわけないですっ……!」

あ……さ、さすがに……いまのは言い過ぎ、かもしれない。
ミナシロさんたちのことを考えると、椛さんてかなりモテるようだし。
実際椛さんて、かなり魅力的だし……いまの言い方って、へたしたら椛さんのことを傷つけてしまったかも。
だから、言い足した。

「……まだ、出逢って数日、ですし……恋に落ちるには、短すぎます」

ゆっくりと、椛さんの身体がわたしから離れる。

「それもそうだよね」

椛さんは、いつもの穏やかな笑顔で……わたしは、ほっとした。

「でもぼくたち、恋人同士じゃなくて……もう夫婦だよね。それでもご利益、あるのかな?」

「あ……」

しまった!
そのこと、ぜんぜん考えてなかった!

「つ、つい恋人気分で……」

って。

「あ、でも別に社長のことが好きってわけじゃ……」

あ、この言い方じゃまずいんだった!

「で、出逢ってまもないですし……あ、あの……」

ああもう、パニック状態で頭の中も言っていることもめちゃくちゃ。

「りんごちゃん、顔が真っ赤」

だけど、椛さんが楽しそうに笑ってくれたから、まあ……いいかな。
そして夕食のあと、部屋でふたりで一緒にハート型のチョコレートケーキを食べた。
さすが有名洋菓子店なだけあって、味わいが違う。
といっても、ケーキなんてめったなことでしか食べてこなかったから、他のお店のケーキとの違いもろくにわからないけれど、……でも、そんなわたしでも、このケーキは特別なものなんだなとわかるくらい。

とにかく、おいしい。
それに尽きる。

「食べることは生きること、か」

ぽつり、幸せな気分で笑顔になりながら、ケーキを食べるわたしを見つめながら椛さんが、ふとつぶやく。

「そうです、食べることは生きることです!」

あたたかい気持ちになりながらそう答えてから、ん? と思った。
確かにそれってわたしの口癖だけれど、椛さんの前でその言葉……口にしたことがあったかな?
うーん、記憶にない、けど……食事をしているときに、無意識に口にしたこともあるかもしれない。
なにより、そんなに珍しい言葉でもないし。

「ずっと一緒にいようね」

考えているわたしに、椛さんは微笑む。
確かに、もう夫婦なんだから一生一緒にいることになるんだろうけれど。
改めて言われると、やっぱり恥ずかしい。

「はい」

それでも、そう返事をすると

「離婚なんてことにならないためにも、子作りがんばらないとね」

そうか、その問題があったんだった!
たちまち顔を熱くするわたしに、椛さんはまたくすくすと笑う。
ベッドに入るといつものように椛さんは、わたしの身体をきゅっと抱きしめてくる。

「仕事がんばってるんだけど、ハネムーン、イブからしか取れそうにないんだ」

「あ、でもイブはお休み取れるんですね」

「うん。そこは外せないでしょ」

大好きな人と、クリスマスを過ごすことができるなんて……うれしい。
耳元で、ささやかれた。

「クリスマスにハネムーンベビー。一緒にがんばろうね」

「っ……!」

あまりの台詞に、絶句。
椛さんって、椛さんって、ほんとに……っ!
かぁっと顔も身体も熱くなるわたしに、ふふっと椛さんは笑う。

「りんごちゃんの身体が火照ってると、クリスマスまで我慢できなくなりそうなんだけど」

「だっ……誰のせいですかっ……!」

「クリスマスに、責任取るよ」

にこにこ笑顔で、……絶対確信犯だ、この人っ!
あまりの恥ずかしさにわたしは椛さんの胸に顔をうずめて、表情を見られないようにする。
トクン、トクンと規則的な椛さんの鼓動。
聞いていると、安心する……。

……わたし、クリスマスに椛さんに……抱かれるんだ。
わたしがバージンじゃなかったってわかっても、……椛さん、わたしから離れないでいてくれるかな。
わたしにはもう、旦那さまは椛さんしか考えられない。
ほかに好きな人なんて、絶対できない。
椛さんと、離れたくない──。

翌日からのわたしは、神経がすり減るようだった。
なにしろ、静夜とあんなことを”した”あとで椛さんと静夜が、会社で顔を合わせたから。
いつ静夜がへたなことを言わないかと、会社では終始ハラハラしていた。

結局、椛さんも静夜もいつもどおりで、一日がわたしの取り越し苦労のまま終わるのだけれど……ほんとに心臓に、悪い。
静夜がわたしに与える仕事も、最初のときのように、OL初心者でもそんなに苦労しないようなもの。

イジメっ子の静夜だったら、もっとわたしが困るような難題を押し付けてくるかな、とも思ったのだけど

「そんなことをしておまえが失敗したら、俺や社長が困ることになるだろう?」

呆れたような、静夜の言葉。
……ごもっともです。

こんなヤツでも、椛さんのことや会社のことを、ちゃんと考えて仕事しているんだ。
そのことが、意外といえば意外だった。

土日も椛さんはやっぱり仕事に行ってしまって、わたしはそのあいだに夕方になってから、静夜のマンションに行く。
そして、裸になったわたしを静夜がスケッチをする。

途中から静夜はスケッチからキャンバスへと変えて、本格的に絵を完成させにかかった。
キャンバスに変わってからは、もう裸にならなくてもいいかな、と思ったのだけど

「なに甘いこと言ってるんだ。色を見るために必要だ」

そう言われて、仕方なくまた服を脱ぐわたし。
色って……ほとんど肌色だけだと思うのに。

静夜に裸を見られても、椛さんに裸を見られたときのような恥ずかしさは、ない。
恥ずかしいことは恥ずかしいけれど、なんというか……恥ずかしさの、種類が違う。
うまくは、言えないけれど。
それが、わたしの静夜と椛さんに対しての、気持ちの違いだと思う。

12月も後半に入るころ、椛さんはベッドの中で、眠そうにわたしを抱きしめながら尋ねてきた。

「ハネムーン、どこに行きたいか決まった?」

もちろん、わたしはそのことも考えていた。

「イブから、ですよね? ハネムーン休暇」

「うん」

事前に聞いてみると、わたしの休暇もおなじ時期におなじだけとってくれてあるらしい。
まあ、ハネムーンなんだし当たり前なんだけれど。

「……わたし、イブは……、というか初夜、は……社長とのこの部屋で過ごしたい、です」

恥ずかしいことを言っているのは、じゅうぶんわかっている。
だから、顔がものすごく熱くなる。

「どこかへ一緒に行くのもいいかなって思ったんですけど、わたしと社長って、出逢って結婚して、まだ日が浅いですよね? だからなおさら、社長との時間を大切にしたくて。社長の香りのする、この部屋で……初夜、過ごしたいです」

恥ずかしい。
ほんとに恥ずかしい。
でも、……これが、わたしの素直な気持ち。
いまわたしが椛さんに言える、せいいっぱい。

カンのいい椛さんなら、わたしが椛さんのことを好きなんだって……この、いまのわたしの言葉だけでもしかしたら、わかってしまったかもしれない。
どうか悟られませんように、と祈っていると、椛さんはますますわたしの身体を強く抱きしめてきた。

「……どうしてそんなこと、言うかな」

椛さんのその言葉に、ドキリとした。
わたし、なにかまずいことを言ったんだろうか。
もしかして、やっぱりわたしの気持ちに気がついて、だから椛さん、迷惑に思った……?

「あの、」

「いますぐ、抱きたくなる」

そう言って椛さんは、少しだけわたしの身体を離して、困ったように微笑んだ。

「気分、悪くしたんじゃ……」

「そうじゃないけど、困ってる」

どうしよう。
なにが椛さんを、困らせちゃったんだろう。
ハラハラするわたしをよそに、椛さんは軽いキスをわたしの唇に落とす。

「抱きたくてたまらなくて、困ってる」

も、椛さん……困ってるって、……そういう意味だったんだ。

「そ、れは……」

そんなの、わたしも困る。
わたしの身体まで、熱くなってきてしまう。

「イブまで、我慢してください……」

ちいさな声で、そう言うと

「そのかわり、イブには容赦しないからね?」

耳元にも、甘いキスを落とされた。

その言葉が恥ずかしくて、でもたまらなくうれしくて。
胸がきゅんと、甘く疼く。
苦しいくらいに。

ああ、……椛さん。
わたし、椛さんのことが、こんなに、好き。
愛おしくて、たまらない。
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