君が消えてゆく

希彗まゆ

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5.桜舞い、夜叉は嗤う

会いたい

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なあ、
……なんで
いつから、
こうなっちまったのかな

俺の心から
誰よりも愛してるはずのおまえが
消えていくんだ

君が、
──君が消えてゆく。



「畑中くん。ぼく、……この世に生まれてきてもよかったんでしょうか」

夏芽がふと、そんなことを言う。
2月の、半ば間近。俺と夏芽は学校帰り、街中をぶらぶらしていた。

「なんだよ、いきなり。生まれてきてよかったに決まってんだろ」

俺は苦笑して、夏芽の頭をくしゃくしゃとする。
でも、と夏芽は哀しそうに微笑んだ。

「でも、ぼく……もう、あっちの人間なんです」

あっち?
あっちの人間て、なんだ?

そう疑問に思う間もなく、夏芽の身体がバターのように溶けてゆく。
どろどろと、血まみれになってゆく。

「──夏芽」
「さようなら、畑中くん」

夏芽の背後に、──喰らいつくように夜叉の顔をして嗤っているタエの姿。

「夏芽っ!!」

叫んだとたん、
──目が覚めた。

そこが自分の部屋で、今まで見ていたのは夢だとわかっても
まだ、心臓がどきどきといやな鼓動を打っている。

寝間着にしているスウェットが、嫌な汗でべったりと肌に貼りついていた。

タエが死んでから、約一ヶ月。
毎晩、こんな夢ばかり見る。

あれから学校にも行かなくなった。
俺がタエたちにされたことが、どこから漏れてるかわからない。
少なくとも、俺とタエのことは前から近所にも知られていた。タエの大学にも。
だとしたら今回のことも、俺の学校の連中も知ってるかもしれない。

知ったやつらの視線が恐いとか
どんな噂を立てられているかが恐いとか、そんなんじゃなく。

その背後にタエを見るのが、恐かった。

学校にいかなくなってからしばらくは、学校の女どもからケータイにメールやら電話やらがきていた。
でも、とても出る気にはなれなくて。
放っておいたら、そのうちケータイに連絡をよこすやつはふたり以外いなくなった。

──雪也と夏芽だけは、毎日連絡をくれた。
夏芽と雪也は学校でも一緒にいるのか、毎回似たような話題をメールでしてきた。

今日は雪也も美術部に見学にいった、とか。
早々にバレンタインチョコを学校に持ってきたやつがいて、没収されてたとか。

雪也のメールは文字だけだったけど
夏芽のメールには、いつもなにかしら写メが添付されていた。

それは、道端の雑草の花だったり、何気ない青空だったり。
電話でも、夏芽はいつも穏やかだった。まるであの日あったことを忘れたみたいに。あの日のことが、なかったかのように。夢だったかのように。

雪也も、俺が学校にこなくなったことを特別問いただしてはこなかった。
ただ、「また一緒に遊びにいこうよ」とだけ幾度も口にした。

一ヵ月前のあの日から、ふとした瞬間に頭痛がする。時折眩暈もしたけれど、俺はさして気に留めていなかった。

それより、タエのことを忘れたくて仕方がなくて
俺は、家に引きこもっているあいだじゅう勉強や読書に没頭した。

今日も高校生クラスの参考書を読んでいると、ケータイが鳴った。
雪也からだった。

「雪也? 学校終わったのか?」
『うん。今日は夏芽も美術部行かないで、そっちに行ったよ』
「そっち?」
『璃津の家』

一瞬、息を呑む。

一ヵ月前から俺は、夏芽と会うことをさけていた。夢の中のように、夏芽を見るとタエの亡霊まで出てきそうで恐かったからだ。
夏芽は何度も家まできていたけど、最近はそんなこともなかったのに。

『どうしても、渡したいものがあるんだって』

俺が黙り込んでいると、雪也はふと、真剣な声になった。

『……夏芽はね、一ヵ月前に顔を腫れあがらせても学校にきたよ。どうしたんだ、なにがあったんだってみんなに聞かれても黙ったままで。ぼくも聞いたけど、夏芽は答えなかった』

それでもやっぱり学校にまで、俺と夏芽にあったことは噂として流れ出したのだという。
夏芽は噂の、かっこうの的だった。
学校のどこにいても、好奇の目でさらされた。

『この前、聞いてみたんだ。噂はつらくないのかって。なにも無理して学校にくることないのにって。そしたら夏芽は言ったんだ』

<誰よりつらいのは、畑中くんだから。畑中くんがつらいときに、ぼくが笑顔でいなくちゃ、畑中くんはもっとつらくなるでしょう?>

──夏芽は、微笑んでそう言ったのだという。

夏芽。
おまえだって、つらくないはずないのに。
おまえだって、悪夢を見ているかもしれないのに。

誰より、俺のことを考えてくれるおまえは
ほんとうに、馬鹿だよ。

『会ってあげなよ』

雪也のその言葉を最後に、俺は電話を切った。
頭を抱え、机に突っ伏す。
タエは恐い。タエの影を見るのは、恐い。でも。

でも──

夏芽に、会いたい。
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