君が消えてゆく

希彗まゆ

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1.秋霜に抱かれて

はてのない悪夢を見る

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俺の初恋は、幼稚園に入る前だったと思う。

近所で仲が良かった、同い年の女の子。

俺はずいぶんませガキだったらしく、自分では覚えていないけれど
その女の子とファーストキスも済ませたらしい。

それが4歳のとき。

いわゆる初体験ってやつは、小学5年生。
隣に住む7つ年上の女子高生が相手だった。
理由はなんてことない。ただ、どういうものかしてみたかったから。

「わたし、あとくされないよ? りっちゃん」

女子高生のタエはそう言って、俺を誘った。
恋よりも何よりも身体が先に、相手を愛する行為を覚えた。

だからなのか、中学に入学して秋になってから
やたらと感傷的になる。

つまんねぇ。

毎日をそう感じる。



俺が生まれたのは冬だけど、一番好きな季節は秋だ。
秋、それも雨が降っているとなおいい。

その中に突っ立ってると、くだらない何もかもを忘れていくようで。
その錯覚に、俺は溺れる。

冷たい秋の雨は、忌々しい日常からも解放してくれるような気がして──。

「坊ちゃま。今日の夕飯は何に致しますか?」

ばかでかい屋敷の中、かいがいしく働く俺つきの執事の島田(しまだ)がいつものようにそう聞いてくる。

「なんでもいい」

俺がそう答えるのも、いつものことだ。

「──親父かおふくろから連絡は?」

そう、尋ねるのも。
島田は黙ってかぶりを振る。それすらも、変わらない。

俺の両親は共働きで、金は有り余るほどあるっていうのに休日なんかない。
あったとしても、お互い浮気相手といちゃいちゃしているだけだ。

畑中(はたなか)財閥の夫婦が互いに不倫をしている、というのは
もはや、世間でも常識になっていて
スクープされた記事が一年に何度か報道される。

俺が両親の素行を知ったのも、偶然つけたテレビのニュースからだった。

今は11月の末。約一ヵ月後に控えた俺の誕生日なんてものも、あのふたりは忘れていそうだ。
そう思っただけでぎゅっと胸が痛くなるのは、俺がまだ子供な証拠。
ばかばかしい……誕生日なんて。もう、今年で13になるのに。

適当に作らせた夕食を食べると、俺は部屋に引っ込んで宿題をする。その辺は真面目なつもりだ。
なんたって、宿題と予習復習さえしていればテストだっていい点が取れる。そのぶん、余分な時間をさかないで済む。
かといって暇な時間、何をしたいわけでもないんだけど。

テストでいい点取ったって、一度も両親に褒められたりなんてすることなかったし……。
勉強は俺にとっては暇つぶし。読書もまた然りだ。

その日出た宿題を終わらせ、俺はケータイを取り出す。
タエから、メールが届いていた。──5分前。全然気づかなかった。

『今からそっちにいってもいい?』

短いメールに、「いいぜ」と短く返す。
こんなやり取りしなくたって俺とタエの仲は知れ渡っている。近所にも、使用人たちにも。恐らくタエの大学にも。

「なぁ」

タエを部屋に引っ張り込み、ベッドの上に座らせて俺は尋ねてみる。

「なんでタエは俺に告白してきたんだ?」

2年前の冬、タエのほうから俺に「好きだ」と言ってきた。だから抱いて、と。その理由を、俺はまだ聞いたことがなかった。

「だって、顔が好みだったから。りっちゃん、顔きれいなんだもん」

タエはしゃあしゃあと言ってのける。人のコンプレックスを。女顔だってばかにされた気がして、俺は顔を歪めて笑った。

「顔だけ? それだけで身体とか許せんの?」

「当時りっちゃん狙ってた子、うちの高校だけじゃなくてこのへんの中高生にいっぱいいたんだよ? あたしはりっちゃんの初めての人になりたかったから」

初めての人、か──結局恋愛なんて、身体だけじゃねぇか。
それもそうか。親父とおふくろも、お互い満足してないから不倫なんてするんだし。身体さえあればいいって思ってるんだろう。
それ以上は問いたださずに、俺はタエの唇を奪った。

こんな生活を続けて、もう2年が経とうとしている。

タエを抱くたび、心が枯渇していく気がする。
タエの肉づきのいい身体を貪るたびに、乾いてはてのない悪夢を見るんだ。
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