天使の紡ぐ雪の唄

あなたのことが、──【夏樹Side】

最後の踊り場に立ったわたしは、屋上へ続く階段を振り仰いだ。
屋上の扉の前に、人影がある。

外からの月光は降り注いでいたけれど
逆光のため顔は見えなかった。

けれどそれは、谷本くんに間違いなかった。
人影が、こちらに手を差し延べた。

「待ってたよ。夏樹ちゃん」

声が、唄うようにわたしの耳に滑り込む。
それを聞いただけで、愛しさでいっぱいになる。
一歩一歩ゆっくりと階段を昇って、谷本くんのところへ辿り着いた。

彼は、見ただけで震えるような格好をしていた。
黒のパンツに、同じく黒のシャツをゆるく着ている。

二番目までボタンが外れていて
見えるのは真っ白な雪のような肌だけで、中にも着ていないのが分かる。

導かれるようにその手を取ると、そのまま抱き寄せられた。

「わたし」

自分の気持ちを慎重に確かめながら
わたしは告白した。

「あなたが、好き」

彼と出会ってから、無意識とはいえずっと気持ちを抑えてきたのだ。
わたしを素直にさせるだけの反動は、充分にあった。

谷本くんは瞳をわずかに見開き
次に、何かに感謝するようにぎゅっと閉じた。

「ぼくが、恐くない？」
「……ほんと言うと、まだちょっと恐い」

恥ずかしくてうつむくわたしの顎に指をかけ
上向かせて、谷本くんはキスをしてくる。

「これでも？」

こくんと頷くのを見て、もっと深い口づけ。

「まだ？」

火がついたように、わたしは夢中で彼の首にしがみついた。

「まだ。ずっと、まだ」

わたしたちは口づけをかわす。
今までが長かった分、それを埋めるものが欲しかった。

谷本くんの手が、わたしのポニーテールにのび
ほどこうとしてやめ、コートの下、ワンピースの背中にかかる。

見上げるわたしに、谷本くんは言った。

「いやなら抵抗して。そしたらぼくは、二度ときみに触れない」

谷本くんの唇が、耳に触れる。
ゆっくりゆっくり、降りていく。

今日はとても寒いはずなのに
谷本くんが力を使っているのか
春のようにあたたかかった。