天使の紡ぐ雪の唄

希彗まゆ

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悠輝に課せられたもの

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「何を言ってるんですか、高波先輩」

子犬のような大きな瞳が、可笑しそうに細くなる。

「ホントにヘンだなあ、今日は」
「ごまかさないで! 黒木くんは、そんな笑い方はしない!」

すると黒木くんは顔をうつむかせ、肩を震わせてくすくす笑った。

「答えは、近いけど遠いね。夏樹ちゃん」

声が谷本くんのものに、完全にすりかわる。

「ぼくはこの子の体を操ってるだけだよ。その間、この子には別の記憶が植え込まれている。夏樹ちゃん、ぼくは今どこにいると思う?」

「この……本の内容を変えたのも、あなたなんだね」

胸の中を、愛しさが渦巻き始める。
でも、わたしは聖治と約束していた。
「悠輝には近づかない」と、かたく。

「きみが読んだ内容は、すべて本当のことだよ。シノンはぼくで、ぼくがこの世で愛した人間は夏樹ちゃん、きみだった」

その瞬間、わたしの中で
すべての謎が解けた。

すべてが分かった──。

谷本くんの相手が、わたしでなければ駄目だというわけも。
聖治が「夏樹がいなくなる」と思っていたわけも。

谷本くんの言動も
胸の傷跡が消えていたわけも、すべて。

「ぼくが何故、漁るように女の子とつきあっていたか分かっただろう? 愛することができる女の子を探してたんだ」

黒木くんの口を使って
谷本くんは、言う。

彼は、ずっと恋人を探してきた。

そしてわたしと出会って、
──わたしを愛してくれた。

本来ならば、それでうまく行くはずだったんだろう。

「でも夏樹ちゃんは無意識のうちに自分の気持ちを防御していて、ぼくを恐がっていた。それに、ぼくは聖治と約束していた。夏樹ちゃんにだけは手を出さないってね」

「須崎は」

わたしは、ごくりと唾を呑み込む。

「ずっと知っていたの? あなたの正体を」

「知っていたよ。聖治も異質なものに敏感だったから。類は友を呼ぶって言うのかな、聖治がそうだから夏樹ちゃんを招び寄せたんだろうけどね。幼稚園の時にあいつはぼくに言った。『お前、人間じゃないだろ』って。実を言うと、その時ぼくはまだむかしのことを思い出していなかった。その聖治の言葉で、空の妖精だったことを思い出したんだ。
いろいろあったあとで、ぼくと聖治は親友になった。心の底からだ。ぼくも聖治が好きになる女の子には一度だって手を出さなかった。そのつもりもなかった。
夏樹ちゃん──きみに、会うまでは」

そこで区切り、谷本くんはわたしを見つめた。

「無理に連れていくことはしない。もっとも、そんなことはしようと思ってもできないけどね。ぼくのところにきて、聞かせてほしい。きみの本当の気持ちを」

そして、ふっとまぶたを閉じた。
次に目を開けたとき、彼は完全に「黒木譲」に戻っていた。

谷本くんが言ったとおり
別の記憶が植え込まれているらしい。

わたしが自分を見つめているのを見て、恥ずかしそうに頭をかいた。

「なんだか先輩、今日ヘンですよ、本当に。明日からはしっかりしてくださいよ」
「あ……そ、そうだね。そうだよね」

夢から覚めたような心地で、わたしは頷く。

「じゃ、またね。お仕事よろしく」

急いで図書室を出ると、きょろきょろ辺りを見回す。
バッグを置き忘れたことにも、わたしは気づいていなかった。

どこだろう。
谷本くん、どこにいるんだろう。

本の内容によれば
今日、空の国への道が開くことになっている。

人が来ないような場所。
そして、きっと高いところだ。

──屋上!
それ以外にないような気がした。

階段を駆け上がるわたしの頭からは
潤子との約束は、もうきれいに流れ去っていた。
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