上 下
12 / 23

崩壊1

しおりを挟む
緑炎が空水の部屋を訪れた日からちょうど二週間後、空水は迎えにきた彩地と共に研究所へ向かった。

水琴は風火と遊ぶために庭に行っている。
あの少年はしっかりしているから、心配はないだろう。

「これが『母体』です。簡単に説明しましょう」

『母体』を前に、緑炎は自らチカラの集積についての説明をした。
空水は生返事をしていたが、やがて説明が終わると、なにか思いをこめた瞳で『母体』を見上げた。

「……あまり回復していないようですね。体力的にではなく……精神的に」

緑炎の言葉に、空水は哀しそうに目を伏せる。

「わたし──チカラをコントロールできないのです。そのため今までに、色々なものを破壊してきました。村にひとつしかない井戸を埋めてしまったり、隣村とをつなぐ橋を崩してしまったり──。それでもそんなわたしを、琴藍は受け入れてくれた」
「琴藍?」
「……わたしの、夫です」

その虚ろな瞳に言い知れぬいやな予感を覚えたが、珍しく判断を戸惑っているうちに空水は彩地に促されて隣の部屋へ移ってしまった。

紫嵐の操作で、窓が乳白色へ変化する。
もうこちらからは向こうの様子が分からない。

緑炎はしばらく考えていたが、離れたところで見学を決め込もうとしていた毬黄を呼んだ。

「空水の関係者の情報は、『母体』に入っているな」
「どんな情報でも、とりあえず入ってるはずだぜ。でも、何故だ?」

緑炎はコンピュータパネルを操作し、「琴藍」についての情報を『母体に』に要求した。
画面を見ていた毬黄は、慌てる。

「おい緑炎!? たとえ俺たちでも個人情報(プライベート)を引き出すのは禁止されているんだぜ!」
「なにかあれば俺が責任を取る」

緑炎がここまで言うとは相当なことだ。
なにか引っかかるものを感じているのだろう。

画面に情報が流れ始める。

「琴藍」に関すること──顔写真は、ごく最近のものだ。
翠色の髪の毛に、黒い瞳を持った青年。
穏やかな性質だとひと目で分かるような、柔和な顔立ちをしていた。

画面に出現する文字を片っぱしから目で追っていた緑炎は、一ヶ所で視線を止めた。

──○○月××日、二十六歳三カ月十日で逝去。原因は、妻(空水)の発した制御不能の破壊的精神──チカラ──によるもの。

「集積中止!」

緑炎が声を張り上げる。
部屋では既にコードの着床が完了したところだったが、スピーカーから流れる緑炎の命令を聞いて、彩地が薬の注入を中止した。

しかし。

「駄目、姉さん。少し遅かったようです」

紫嵐の言葉に、彩地はカプセルを振り返る。
既に集積が始まってしまっていた。

「止めなくちゃ……緑炎に何か考えがあるんだわ。電源自体を切ればなんとかなるでしょう?」
「できません。集積が始まってしまった今、このカプセルと『母体』とは一体になっている。こちらの電源を切れば『母体』にも支障が出てしまいます」

そうなれば研究所だけではなく、下手をすれば世界中の情報機能が影響を受けることになる。

「それでもいい、電源を切れ!」

スピーカーから、緑炎の声。
彩地は戸惑ったが、紫嵐はすぐに行動に移った。
電源を切るべく、コンピュータパネルに羅列するスイッチを叩き始める。

しかし『母体』相手ともなれば、そう簡単にはいかない。
緑炎と毬黄が飛び込んできたのを見て、彩地が報告する。

「電源が完全に切れるまで、あと一時間はかかるわ」
「鍵(ロック)を自動解除に設定しろ。それなら15分あれば間に合う」
「でも、それでは外部からの接触が完全に不可能になってしまうわ。少なくとも一ヶ月の間は、『母体』は眠ったままになるのよ!?」
「鍵(ロック)、自動解除に設定を変更します」

彩地の傍らで、紫嵐が冷たい声色で言う。
彩地は妹を一瞥し、緑炎を見据えた。

「どういうことなの? 何が起こっているのか説明してちょうだい」

緑炎はカプセルを見つめる。
彼の判断に間違いがなければ──。

「空水は夫を自分のチカラで殺してしまった。彼女は自分の持ち得るチカラをすべて『母体』に集積してしまうつもりだ」
「だからって、どうしてこんなこと!」

「集積する際、よほど能力者の意志が強く、またその者の持つチカラが強大な場合に限り、規定量よりもはるかに上回った量のチカラが『母体』に流入される場合がある。決められた時間に決められた範囲内の集積が行われないと、『母体』はどうなるか」

「──崩壊」

ぽつりと毬黄がつぶやく。
彩地は青ざめた。

「そんなことになったら、無事ではすまないわ──世界中の情報網はすべて『母体』によって生きているのよ!」

それに比べれば、たかが一ヶ月『母体』が眠ってしまうことなど、たいしたことではない。

壁に取りつけられた通信機が鳴った。
毬黄が取り、ちらりと緑炎を見る。

「上(トップ)からだぜ。『母体』を眠らせようとしているのがバレた」
「頭に血は?」
「かなりのぼってる」
「なら、説明は難しい。後ほど説明するからと、それだけ言って切ってくれ。かまっている暇はない」

毬黄は通信機に戻り、緑炎に言われたとおりのことを言い、一方的に切った。
念のため「通信不可」のスイッチを入れておく。

「あとで怒鳴られるのは俺だぜ」

ぼやいた毬黄は、カプセルを見て目をみはった。
睡眠に入っているはずの空水が、瞳を開いている。

「覚醒してる! おい緑炎!」
「分かっている」

緑炎は冷静にうなずく。

薬の注入を途中でやめたのが原因にしても、覚醒が早い。
それだけ空水のチカラは強大なのだ。

ふと、紫嵐が指の動きを止めた。

「操作不可能──こちらの操作を邪魔するものがあります」
「邪魔するものって」

彩地が息を呑む。

「おそらく空水の発するものでしょう。『母体』の鍵(ロック)、自動解除は不可能です。緑炎、判断を」

だが、緑炎は答えられなかった。
『母体』に変化が現れ始めたのだ。

「間に合わない」

緑炎のつぶやきに、3人の科学者は一斉に『母体』を見つめた。
この短時間のうちに、恐るべき量のチカラが『母体』へ流入してしまったのだ。

『母体』に内蔵された精密機器群が、音を立てて軋み始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

惑星エデン

あかくりこ
SF
その惑星は、彼らにとって未知の観察領域 極めて稀な条件を満たした星系に到着した宇宙人はその星を【地球にきわめてよく似た環境】に作り替え、生命の誕生、進化の観察を始める

藤散華

水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。 時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。 やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。 非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

死体は考えた

黒三鷹
SF
初投稿です。色々アドバイスあったらお願いします。

♡女子高生と黒ずんだアレ◆ 〜△本小説には、一部刺激の強いシーンがあります(R15♡)〜

大和田大和
SF
◆◇「私まだ女子高生なのに……子育て?」◇◆ ○突然ですが、女子高生を妊娠させる方法を知っていますか? 『知りません』と答えたピュアなあなた! この小説はあなたにはまだ早いかもしれません。 あなたは今すぐブラウザバックして他の小説を読んでください。(おすすめはリゼロです!) ●本小説では、たくさんの女性が妊娠します。女子高生の妊娠に興味がない人は読むことを推奨しません(リゼロの方が面白いのでそちらを読んでください!) ○それでは以下があらすじと本編の妊娠シーンです。(リゼロが見たい方はブラバして、長月達平で検索してください!) ◆◇【あらすじ】◇◆ 世界中に突如、謎の黒い箱が出現した。 それは大きさ三〇立法センチほど。 宛名も差出人もなく、ただ『開けないでね』とだけ書かれている。 ある箱は公園のベンチの上に置かれ、別の箱は浜辺に流れ着き、また別の箱は普通にポストに届いたりした。 箱を開けるとその中には、気持ちがいいことをした時にできるアレが入っていた。 この物語は、一人の女子高生が子作りと子育てをするお話。 ◆◇【妊娠】◇◆ 男は白いシーツがかかったベッドを指差し、私にこう言った。 「いいか? お嬢さんは今から俺にここで妊娠させられるんだ? 何をされるかわかるな?」 私はこくんと力なく頷いた。 「嬢ちゃんはベッドでの経験はあるのか?」 私は首を横にフルフルと振った。 「そっか女子高生だもんな。処女だろうな……へへ。安心してくれ、大人しくしてれば痛くしないから……よ?」 男は、ニヤケ面で私の体に視線を這わせた。太もも、胸の谷間、そして股間のあたりをジロジロと見られた。 彼は私をベッドに座らせると、 「今から俺と何するか言ってみな?」 そして、私はこう答えた。 「…………生で……セック(本編へ続く♡)」 (◎本小説は、カクヨムなどで重複投稿しています。詳しくはプロフで)

処理中です...