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第3章:白桜夢流~NON ILYOUVE~
Ⅰ
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察知(トリュー)能力(ヴァ)。
他のどのヒューマノイドよりも優秀な、
わたしの唯一の───弱点。
◇
わたしはヒューマノイド。
女型・戦闘用に造られた。
わたしはその研究所ではとても優秀なヒューマノイドだとされている。他の場所ではどうだか知らないが、とにかくここではわたしという存在は尊重されていた。
ただひとつ、───察知能力……人間で言う「洞察力」、というものがわずかに規定レベルより下であることを除けば、その他の能力は非常に優れているのだ。
博士たちは口をそろえて、いつもそうわたしを誉めたたえる。無論、そんなわたしに欠陥などない。
わたしの仕事は主にボディーガード、そして博士たちのいわゆる『歩く辞書』とされていた。
へたなコンピュータをいじってデータを引き出すより、膨大な容量のデータを持つわたしに直接聞いたほうが、より早く正確に情報を引き出せる。
「ユウイ、こちらへ」
その日は珍しく、白王博士がわたしを呼んだ。
彼はわたしを造った優秀な博士で、この研究所の実権も握っている。
でも彼はわたしにあまりかかわってくることはなかった。月に一度のメンテナンスにたまに顔を出すくらいだ。
だがこの日は違っていた。
明らかにわたしに特別な用事があるようで、秘密裏の内容なのか、わたしと博士以外に部屋には誰もいない。
「お前に新しい仕事を与える」
「どのようなことでもこなしてみせます、博士」
わたしの答え方に、白王博士はかすかに微笑した。わたしの言い方は、どんな環境に対しても彼の好みどおりにプログラムされている。
「───この研究所の敷地内に、使われていない建物がある。実はそこには博士の号を取りながら社会から疎外された人間がふたり、閉じ込められている」
「助け出しますか?」
「逆だ」
白王博士の瞳が、いつもよりもっと冷たい光を放つ。
「抹殺しろ。誰にも知られぬよう、どこかに連れ出して殺すんだ。お前の仕業だとばれないほうがいい」
「それは無論でしょう。わたしがやったとばれれば博士、わたしを造ったあなたも責任を追及される」
「よく分かっているな」
白王博士は満足そうにうなずき、退室を命じた。
博士がどのような目的で彼らの抹殺を命じたのか、それはわたしには分からない。知りたいとも特別思わない。
命令されたことを、ただ実行する。
それがわたしの使命なのだ。
わたしは、そうあるべきなのだ。
◇
研究所の敷地は広く、庭は自然に溢れて森をそのまま有しているかのようだ。
そこが本当に森だと錯覚するような感覚を持ちながら、ずっと奥へと進んでいく。
すると暗く樹が生い茂る中にぽつんと建物がひとつ、あった。
小さな洋館だが、門はかたく閉ざされていて外見も古臭く、とても人が住んでいるようには見えない。
それでも時代がかった門の鍵穴が苔むされていないところを見ると、誰かがここへ食事や何かを運んでいるのだろう。
わたしは鍵を壊し、門を開けた。手入れされていない庭木や雑草から鳥が数羽、飛び立った。
建物に入ると、中は薄暗かった。昼過ぎの今でさえ、この洋館が明るくなることはないのだ。
「おや。今日はあなたが食事を?」
とん、と音がして、誰かが階段を降りてくる気配がした。見上げると、長身の男がそこにいた。
長い金髪をひとまとめにし、清潔そうな衣服に身を包んでいる。外界と隔離されているとはいえ、人間として最低限の生活はしているようだ。
───同じ博士でも、白王博士とずいぶん印象が違う。
いや、元々白王博士のほうが他の博士と印象が違うのだが、それでもこの男はかなり───博士、として変わっていた。
「違うようですね。そういえば食事はさっき、いつもの人が持ってきてくれましたっけ」
わたしの目の前に立って、彼はじっとわたしの顔を覗き込んだ。
「ずいぶん可愛い顔をしていますね。見事なものだ。あなたを造ったのは白王博士?」
わたしは黙っていた。
一般人にはヒューマノイドと人間との区別がつくことはあまりないが、ちょっとかかわっていた者ならば分かることもある。ましてや『博士』であれば見分けは簡単だろう。
「もうひとり、ここに住人がいるはずです」
わたしは、どうやってここから彼を連れ出そうか考えていた。ひとりずつ順番に、という手もあったがヘタをすると大失敗になりかねない。
「確かにいますけど───呼びますか? 彼は結構気難し屋ですよ」
「かまいません」
「飛沢博士! オーギ! お客様ですよ」
男が階段の上に向かって叫ぶと、間もなくしてガタガタンという乱暴な音がし、もうひとり眼鏡の男が降りてきた。
寝起きのようで髪もぐしゃぐしゃ、黒のスラックスと上半身には裸の上に白衣しか羽織っていない。
───身なりには性格が表れる。
この長身の男も飛沢という男も、たいした人間ではない。
そう判断して再び顔を上げると、ちょうど降りてきた飛沢と目が合った。
「───お客様って彼女? シオウ。おれの眠りを妨げなきゃなんないほどの用なのかよ」
「まあまあ、何かわけありなんじゃないですか」
不機嫌な飛沢を、シオウと呼ばれた長身の男がなだめる。
そうだ。同情を引くという手があった。彼ら相手にはうまくいきそうだ。
「わたしはこの研究所に縛られています。敷地内は歩けても外に出たりすることは許されていません」
わたしの突然の言葉に、ふたりはこちらを見る。
「───あなた方の噂を聞きました。長い間閉じ込められているそうですね。あなた方の脱出の手助けをします、その代わりにわたしを街に連れていってください」
「簡単に言うよなあ?」
飛沢が胡散臭そうに眼鏡を押し上げる。まだ不機嫌は直っていないようだ。
「一見古臭いだけの洋館に見えるけど、ここの警備は厳重だぜ。いくらお前がヒューマノイドだって力押しだけじゃおれ達を脱出させるなんて無理だぜ」
「そうですね。外的(シッジ)と内的(クロッグ)、両方のレベルが相当なヒューマノイドでないと無理ですね」
シオウが相槌を打つ。
「できるわ。わたしなら」
わたしは宣言した。力強く。
罠に引き込むために。
彼らを外に連れ出して、そして殺すために。
他のどのヒューマノイドよりも優秀な、
わたしの唯一の───弱点。
◇
わたしはヒューマノイド。
女型・戦闘用に造られた。
わたしはその研究所ではとても優秀なヒューマノイドだとされている。他の場所ではどうだか知らないが、とにかくここではわたしという存在は尊重されていた。
ただひとつ、───察知能力……人間で言う「洞察力」、というものがわずかに規定レベルより下であることを除けば、その他の能力は非常に優れているのだ。
博士たちは口をそろえて、いつもそうわたしを誉めたたえる。無論、そんなわたしに欠陥などない。
わたしの仕事は主にボディーガード、そして博士たちのいわゆる『歩く辞書』とされていた。
へたなコンピュータをいじってデータを引き出すより、膨大な容量のデータを持つわたしに直接聞いたほうが、より早く正確に情報を引き出せる。
「ユウイ、こちらへ」
その日は珍しく、白王博士がわたしを呼んだ。
彼はわたしを造った優秀な博士で、この研究所の実権も握っている。
でも彼はわたしにあまりかかわってくることはなかった。月に一度のメンテナンスにたまに顔を出すくらいだ。
だがこの日は違っていた。
明らかにわたしに特別な用事があるようで、秘密裏の内容なのか、わたしと博士以外に部屋には誰もいない。
「お前に新しい仕事を与える」
「どのようなことでもこなしてみせます、博士」
わたしの答え方に、白王博士はかすかに微笑した。わたしの言い方は、どんな環境に対しても彼の好みどおりにプログラムされている。
「───この研究所の敷地内に、使われていない建物がある。実はそこには博士の号を取りながら社会から疎外された人間がふたり、閉じ込められている」
「助け出しますか?」
「逆だ」
白王博士の瞳が、いつもよりもっと冷たい光を放つ。
「抹殺しろ。誰にも知られぬよう、どこかに連れ出して殺すんだ。お前の仕業だとばれないほうがいい」
「それは無論でしょう。わたしがやったとばれれば博士、わたしを造ったあなたも責任を追及される」
「よく分かっているな」
白王博士は満足そうにうなずき、退室を命じた。
博士がどのような目的で彼らの抹殺を命じたのか、それはわたしには分からない。知りたいとも特別思わない。
命令されたことを、ただ実行する。
それがわたしの使命なのだ。
わたしは、そうあるべきなのだ。
◇
研究所の敷地は広く、庭は自然に溢れて森をそのまま有しているかのようだ。
そこが本当に森だと錯覚するような感覚を持ちながら、ずっと奥へと進んでいく。
すると暗く樹が生い茂る中にぽつんと建物がひとつ、あった。
小さな洋館だが、門はかたく閉ざされていて外見も古臭く、とても人が住んでいるようには見えない。
それでも時代がかった門の鍵穴が苔むされていないところを見ると、誰かがここへ食事や何かを運んでいるのだろう。
わたしは鍵を壊し、門を開けた。手入れされていない庭木や雑草から鳥が数羽、飛び立った。
建物に入ると、中は薄暗かった。昼過ぎの今でさえ、この洋館が明るくなることはないのだ。
「おや。今日はあなたが食事を?」
とん、と音がして、誰かが階段を降りてくる気配がした。見上げると、長身の男がそこにいた。
長い金髪をひとまとめにし、清潔そうな衣服に身を包んでいる。外界と隔離されているとはいえ、人間として最低限の生活はしているようだ。
───同じ博士でも、白王博士とずいぶん印象が違う。
いや、元々白王博士のほうが他の博士と印象が違うのだが、それでもこの男はかなり───博士、として変わっていた。
「違うようですね。そういえば食事はさっき、いつもの人が持ってきてくれましたっけ」
わたしの目の前に立って、彼はじっとわたしの顔を覗き込んだ。
「ずいぶん可愛い顔をしていますね。見事なものだ。あなたを造ったのは白王博士?」
わたしは黙っていた。
一般人にはヒューマノイドと人間との区別がつくことはあまりないが、ちょっとかかわっていた者ならば分かることもある。ましてや『博士』であれば見分けは簡単だろう。
「もうひとり、ここに住人がいるはずです」
わたしは、どうやってここから彼を連れ出そうか考えていた。ひとりずつ順番に、という手もあったがヘタをすると大失敗になりかねない。
「確かにいますけど───呼びますか? 彼は結構気難し屋ですよ」
「かまいません」
「飛沢博士! オーギ! お客様ですよ」
男が階段の上に向かって叫ぶと、間もなくしてガタガタンという乱暴な音がし、もうひとり眼鏡の男が降りてきた。
寝起きのようで髪もぐしゃぐしゃ、黒のスラックスと上半身には裸の上に白衣しか羽織っていない。
───身なりには性格が表れる。
この長身の男も飛沢という男も、たいした人間ではない。
そう判断して再び顔を上げると、ちょうど降りてきた飛沢と目が合った。
「───お客様って彼女? シオウ。おれの眠りを妨げなきゃなんないほどの用なのかよ」
「まあまあ、何かわけありなんじゃないですか」
不機嫌な飛沢を、シオウと呼ばれた長身の男がなだめる。
そうだ。同情を引くという手があった。彼ら相手にはうまくいきそうだ。
「わたしはこの研究所に縛られています。敷地内は歩けても外に出たりすることは許されていません」
わたしの突然の言葉に、ふたりはこちらを見る。
「───あなた方の噂を聞きました。長い間閉じ込められているそうですね。あなた方の脱出の手助けをします、その代わりにわたしを街に連れていってください」
「簡単に言うよなあ?」
飛沢が胡散臭そうに眼鏡を押し上げる。まだ不機嫌は直っていないようだ。
「一見古臭いだけの洋館に見えるけど、ここの警備は厳重だぜ。いくらお前がヒューマノイドだって力押しだけじゃおれ達を脱出させるなんて無理だぜ」
「そうですね。外的(シッジ)と内的(クロッグ)、両方のレベルが相当なヒューマノイドでないと無理ですね」
シオウが相槌を打つ。
「できるわ。わたしなら」
わたしは宣言した。力強く。
罠に引き込むために。
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