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第2章:記憶螺旋~MEMORL DORL~
Ⅳ
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「感情を持っていれば処分される。それはなぜ? オギ」
ギギギ・ギィ。
ぼくの胸が軋む。
乾いた音を立てる。
こたえは予想外の真上、スピーカーから返ってきた。
<教えてやろう、ヒューマノイド・ナキ。ヒューマノイドとは我々人間にとって便利なよう、人間を超えた性能と忠実さが要求される>
「! くそっ!」
扉に体当たりしたオギが、罵声を浴びせる。鍵がかけられたんだ。しゅう、と通風孔から何かの音。
「ガス……!」
オギは薄く煙はじめた部屋を振り返り、歯を食いしばる。
「白(しら)王(のう)! そんなにおれ達が邪魔か!」
<超越した性能と忠実さ。そのバランスが崩れたらどうなるか? 反抗的なヒューマノイド、彼らが我々を制するようになる。いずれ『子孫』を残したいと思うようになったら? 我々人間は歴史を取って代わられることになるだろう。人間は危機に陥る。きみはそんな危険なものを造ってしまったのだよ、飛沢博士。きみの罪は死に値する。本来であれば、な>
「お前たちはおかしい……!」
どこかに外に声を聞かせる「何か」があるのだろうか。オギは外にいる誰かに対して怒鳴りつけたあと、ガスを吸い込んでしまって大きく咳き込む。
ぼくはもう一度ヒヨリの頬を撫で、丁寧に手櫛で髪をとかしてあげた。
さら、
手のひらで髪が流れる。こぼれおちていく。
あんなに生気に満ち溢れていたのに。
こんなにきれいなのに。
死ぬのは不本意だったろう、なのにどうしてきみはそんなに穏やかな顔をしているんだ?
安堵して微笑んでいるようにすら見える。
「確かに、ぼくはヒヨリが好きだ。ヒヨリに触れたいと思った。抱きたいと思った」
ぼくは言いながらヒヨリのそばを離れ、扉に歩み寄る。こつん、指で軽く叩いてみる。
───本当に、ぼくがヒューマノイドならできるはずだ。
「でも、それだけだ。他の人間をどうこうしようなんて思わない。これっぽっちも思っていなかった。ただヒヨリだけだったんだ」
拳をつくり、勢いよく殴ってみた。あっけないほど簡単に扉が敗れる。振り向き、「オギ」と呼ぶと、彼は心得て外に出た。
階段を昇り、建物の外へ。
空が明るみはじめている。
広い庭は、大勢の人間たちに囲まれていた。
武装、……している。みんな。
「今すぐにナキを処分するなら見逃してやる、飛沢博士。お前は優秀だからな、本当はおれも殺すには惜しい存在なんだ」
その人間たちに守られるようにして、中央で、氷を感じさせるような声。オギと同年齢くらいの男がこちらを見ている。
「───妹の形見を殺すくらいなら、おれは喜んで死ぬぜ」
しれっとしたオギ。
───会ってもいなかったころ、嫌っていてごめんよ。
ぼくはペンダントに手をかけた。
「オギ。ぼくはヒヨリのそばがいい」
振り向いたオギ。同時にぼくは鎖をひきちぎっていた。
電磁波の救いを得られなくなった身体が、軋み始める。
「……ナキっ!!」
軋み はじめる。
ぼくはヒヨリだけなんだ。
ぼくにはいつもヒヨリだけ。
いつも待っていて、───一緒にいたくて、───ずっと守りたくて、───抱きしめていたい。
それが夢だったんだ。
今、行くから。
今度はきみが待っていて。
きみが今いるそこは、どんな世界なの?
ヒヨリ。
きみの傍に、ぼくはいたい。
(分解───・して・いく)
眩しい。光が当たる。
でも電気よりずっと優しい。本物のひかり。
窓越しでもなく、ぼやけても一筋でもいない。
これが太陽っていうんだね。初めて知ったよ。
ヒヨリ、きみの名前の由来だといつかきみに教わった。
───いつも責任を感じていたんだね、きみは。
ぼくを欠陥品にしてしまったのは自分だから。
ばかだな。
死んだのは罪滅ぼしのつもり?
だからあんなに穏やかな顔をしていたの?
これで自分の罪を償えたって。
本当にばかだ。
だってきみのは罪じゃない。
きみがやったことならば、ぼくは自分がどんな欠陥を持ってしまっても構わない。
どうなってもいいんだ。
良かったんだ。
(分解・して、ゆく)
身体がふわふわする。
これからぼくは何になるんだろう。他の機械の部品にでも、使われるのだろうか。
一本の配線?
一本の螺子?
ただひとつ、確信がある。
たとえ螺子になったって、ぼくの記憶は途絶えない。絶対に途絶えない、それがわかる。
そしてヒヨリ、きっときみを愛し続けてる。
(分・解───)
ヒヨリ。
きみが何者であろうとなかろうと。
ぼくは、
───きみを、
愛していた。
《第2章 記憶螺旋~MEMORL DORL~:完》
ギギギ・ギィ。
ぼくの胸が軋む。
乾いた音を立てる。
こたえは予想外の真上、スピーカーから返ってきた。
<教えてやろう、ヒューマノイド・ナキ。ヒューマノイドとは我々人間にとって便利なよう、人間を超えた性能と忠実さが要求される>
「! くそっ!」
扉に体当たりしたオギが、罵声を浴びせる。鍵がかけられたんだ。しゅう、と通風孔から何かの音。
「ガス……!」
オギは薄く煙はじめた部屋を振り返り、歯を食いしばる。
「白(しら)王(のう)! そんなにおれ達が邪魔か!」
<超越した性能と忠実さ。そのバランスが崩れたらどうなるか? 反抗的なヒューマノイド、彼らが我々を制するようになる。いずれ『子孫』を残したいと思うようになったら? 我々人間は歴史を取って代わられることになるだろう。人間は危機に陥る。きみはそんな危険なものを造ってしまったのだよ、飛沢博士。きみの罪は死に値する。本来であれば、な>
「お前たちはおかしい……!」
どこかに外に声を聞かせる「何か」があるのだろうか。オギは外にいる誰かに対して怒鳴りつけたあと、ガスを吸い込んでしまって大きく咳き込む。
ぼくはもう一度ヒヨリの頬を撫で、丁寧に手櫛で髪をとかしてあげた。
さら、
手のひらで髪が流れる。こぼれおちていく。
あんなに生気に満ち溢れていたのに。
こんなにきれいなのに。
死ぬのは不本意だったろう、なのにどうしてきみはそんなに穏やかな顔をしているんだ?
安堵して微笑んでいるようにすら見える。
「確かに、ぼくはヒヨリが好きだ。ヒヨリに触れたいと思った。抱きたいと思った」
ぼくは言いながらヒヨリのそばを離れ、扉に歩み寄る。こつん、指で軽く叩いてみる。
───本当に、ぼくがヒューマノイドならできるはずだ。
「でも、それだけだ。他の人間をどうこうしようなんて思わない。これっぽっちも思っていなかった。ただヒヨリだけだったんだ」
拳をつくり、勢いよく殴ってみた。あっけないほど簡単に扉が敗れる。振り向き、「オギ」と呼ぶと、彼は心得て外に出た。
階段を昇り、建物の外へ。
空が明るみはじめている。
広い庭は、大勢の人間たちに囲まれていた。
武装、……している。みんな。
「今すぐにナキを処分するなら見逃してやる、飛沢博士。お前は優秀だからな、本当はおれも殺すには惜しい存在なんだ」
その人間たちに守られるようにして、中央で、氷を感じさせるような声。オギと同年齢くらいの男がこちらを見ている。
「───妹の形見を殺すくらいなら、おれは喜んで死ぬぜ」
しれっとしたオギ。
───会ってもいなかったころ、嫌っていてごめんよ。
ぼくはペンダントに手をかけた。
「オギ。ぼくはヒヨリのそばがいい」
振り向いたオギ。同時にぼくは鎖をひきちぎっていた。
電磁波の救いを得られなくなった身体が、軋み始める。
「……ナキっ!!」
軋み はじめる。
ぼくはヒヨリだけなんだ。
ぼくにはいつもヒヨリだけ。
いつも待っていて、───一緒にいたくて、───ずっと守りたくて、───抱きしめていたい。
それが夢だったんだ。
今、行くから。
今度はきみが待っていて。
きみが今いるそこは、どんな世界なの?
ヒヨリ。
きみの傍に、ぼくはいたい。
(分解───・して・いく)
眩しい。光が当たる。
でも電気よりずっと優しい。本物のひかり。
窓越しでもなく、ぼやけても一筋でもいない。
これが太陽っていうんだね。初めて知ったよ。
ヒヨリ、きみの名前の由来だといつかきみに教わった。
───いつも責任を感じていたんだね、きみは。
ぼくを欠陥品にしてしまったのは自分だから。
ばかだな。
死んだのは罪滅ぼしのつもり?
だからあんなに穏やかな顔をしていたの?
これで自分の罪を償えたって。
本当にばかだ。
だってきみのは罪じゃない。
きみがやったことならば、ぼくは自分がどんな欠陥を持ってしまっても構わない。
どうなってもいいんだ。
良かったんだ。
(分解・して、ゆく)
身体がふわふわする。
これからぼくは何になるんだろう。他の機械の部品にでも、使われるのだろうか。
一本の配線?
一本の螺子?
ただひとつ、確信がある。
たとえ螺子になったって、ぼくの記憶は途絶えない。絶対に途絶えない、それがわかる。
そしてヒヨリ、きっときみを愛し続けてる。
(分・解───)
ヒヨリ。
きみが何者であろうとなかろうと。
ぼくは、
───きみを、
愛していた。
《第2章 記憶螺旋~MEMORL DORL~:完》
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