七日メール

希彗まゆ

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恨みは哀しみの眼窩に

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 雪が目に痛い。
 それでも何か見えてきはしないかとわたしは目を凝らしていた。

 ごおぉぉぉ……

 風が耳の中まで轟いているような気がして、思わず耳をふさいだ。
 自然とうつむいた視界に、何か茶色いものが入ってくる。

(なんだろう?)

 雪をかきわけてみると、何かの芽のようだった。
 強そうだった茎はしなびて折れ曲がり、醜くひしゃげている。

(これがわたしの芽なんだ)

 わたしの中の、育ちきれなかった芽。
 うまく育たなかった、芽。
 感触を確かめるように撫でる。まるで干からびたリンゴの芯のようだ。
 ぽんとその肩に何かが置かれた。
 まるで友人だから当然だというようなその行動に、わたしは振り向いて──悲鳴を上げた。
 置かれたものは黄ばんだ骨の手。
 童話に出てくる死神そのものの風貌で、黒いフードをただひっかけただけの髑髏が片手に大鎌を持って立っていた。

「……、……!」

 腰が抜ける。
 ぺたんと雪の中に座ってしまったわたしの背後からさらに声がする。

「驚いた? これがぼくに騙されてくれた【死神さん】だよ。きみの中ではこんなイメージなんだねえ、死神って」

 忘れもしない、この声。
 振り仰ぐと同時に自分を睨みつけたわたしに、志木暁は笑顔を落とした。

「こんな時空の狭間で何やってるの、ひかりちゃん。そんな芽もう育たないよ」

 それより、と腕の中に抱き入れる。

「寒いだろう、ぼくと現世(うつよ)に帰ろう? 一生【大事にしてあげるよ】」
「……あなたがどう大事にしてくれるっていうの」

 一歩も動かずに──わたしは番人の言葉を忘れてはいない。
 逃げたいのに、だからわたしは逃げないでいた。

「そうだねえ」

 暁は考え込む。

「部屋のものを全部氷にしてあげようか。夏に蒸し風呂にずっと閉じ込めておくのもいいね。時々お友達も呼んであげるよ、その死神のような、ね」
「凍死か窒息死かショック死する」
「ぼくが死なせると思う?」

 暁は笑う。

「心配しなくても寿命ぶん楽しませてもらうよ」

 こんな馬鹿につきあっている暇はない。

(己の真実を見極めよって、言われたけど)

 わたしは気を失わないように必死になりながら考えをめぐらす。

(わたしの真実って……?)

 なんのことをさすのか、それすら分からない。
 ふと、肩に置かれたままの死神の手を見つめる。恐かったけれど、そのまま視線を上げた。
 えぐられた黒い眼窩と視線が合った──気がした。

「あなたは、どうしてここにいるの? どうして自分を騙した天使なんかといるの?」
「こいつはぼくを恨んでるのさ」

 暁が愉しそうに言った。

「愚かにも騙された自分を呪ってぼくを恨んで、恨みから離れられないからぼくからも離れられない」

 恨みから離れられない死神。

「現世(うつよ)では……姿が見えなかっただけ?」

 推測は当たっているようで、暁の手が髪を撫でた。
 拒絶反応で気がとおくなりそうだ。

 キー……キーキーキー……

 新しい音が聞こえてくる。この音……体育館倉庫で聞いた。

(この音がしたらトンボが飛んでったって)

 立ち上がろうとしたわたしの頭上を、黒い雲が這ってくる。同時に頭の中を黒い影が駆け巡るような気がして、わたしは自分の身体を抱きしめた。

「ああ、だめだよ抵抗したら。頭の中を黒い影でいっぱいにしたら、きみももうどこに行こうとしてもぼくから離れることができなくなるんだから」
「抵抗、するに決まってる」

 あのとき、翔子に「おかあさん」と呼ばれたあのときの黒い影も「これ」だったのだ。
 なぜかふと、ぼろぼろになった番人がよろけながら遠くから歩いてくる。

 キー……キーキー……キー……

 見ると、いつの間にか暁の右手から糸が吐き出されていて空中に大きな蝙蝠をかたちづくっており、その蝙蝠が鳴いているのだった。

「番人さんを、おびきよせる蝙蝠?」

 呆然としたわたしに、暁は微笑む。

「この糸でつくった蝙蝠が鳴くと、番人はどこにでも来る。そうせずにはいられなくなる。たとえ心の中でどんなに抵抗してもね」
「これ以上あのひとをどうする気なの!?」

 あんなにぼろぼろになっているのに。
 もう吸われる養分なんてないくらいに──なのに。

「邪魔だから」

 暁は左手でわたしの髪を撫で続ける。

「消しちゃおうと思って」

 わたしが平手打ちしても、痛さに顔をゆがめることもしない。

 から………

 死神の、わたしの肩に置かれた手がうごく。

「、」

 涙をためたわたしは、条件反射で振り向いた。
 黒い眼窩が濡れている、気がした。
 そんなはずはないのに。

「泣いて、るの?」

 から………から………

 指が、小刻みにふるえる。
 呼応するように。うなずくように。何かをうったえるように。

「なに? なんて言ってるの?」
「ひかりちゃん、やめるんだ」

 一転した暁の冷たい声。
 蝙蝠の鳴く声はやんでいない。
 かまわずに、わたしは身を乗り出す。

「こんなに離れられなくなるくらい恨むなんて、いっぱい悔しかったよね」
「やめるんだ」
「わたしが聞いてあげる。誰も聞いてくれなくても、わたしが聞いてあげる」
「やめろ!」

 暁の左手が身体にめりこむほど力を入れたが、わたしは一度も振り向かなかった。
 肩にかかっている死神の手を握りしめる。

<このかまでいとをきれ>
「え?」

 思わず聞き返す。
 とたん、叱咤するように声が追う。

<このかまでいとをきれはやくしないとおうづきるりはとりかえしがつかなくなるもうくるしみたくない>

 この鎌で糸を切れ・早くしないと王月瑠璃は取り返しがつかなくなる・もう苦しみたくない──

「!」

 わたしはもう一度、眼窩を見つめた。
 今度は、恐れもなく。
 確かにその暗闇は、ないているように見えた。

「ひかりちゃん! ひかり!」

 突然死神の鎌を取り上げたわたしに、暁はぎょっとしたようだった。
 その隙をつき、わたしは立ち上がる。
 翔子もこれで笑ってくれるだろうか。
 心の底から、笑ってくれるだろうか。
 父も笑ってくれるだろうか。心の底から。

(【みんな】)

 ひといきに、

(助かって!)

 鎌を振り下ろした。
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