七日メール

希彗まゆ

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狙われた二人

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 黒い糸が一瞬わたしの身体を絡めとる。

「ひかりちゃん!」

 驚いた瑠璃くんが急いでわたしから黒い糸を引き剥がそうとする。
 わたしのポケットの中の携帯に触れたとたん、糸が収縮してたちまち消える。

「ち」

 暁は舌打ちと共に消える。

「ひかりちゃん、今のは一体──ひかりちゃん!?」
「っう……」

 暁のことを聞こうと振り向いた瑠璃くんが、血の気が引いてうずくまっているわたしに駆け寄る。

「今の衝撃がおなかの子に障ったのかもしれない」
「………!」

 瑠璃くんの言葉に、わたしは目を見開く。
 わたしは瑠璃くんにはこのことを話していたのか──そのことすら忘れていた。
 とっさに瑠璃くんの腕をつかんでいた。

「……誰にも言わないで」
「でも、きみの身体にも影響があるかもしれない」
「いいから! ……父さんにつらい思いさせたくない」

 父は間もなく逝く。父がこのことを知ったら哀しんで心配するに違いないから。
 瑠璃くんには伝わったらしい。

「じゃ、違う病院に行こう。ついていくから」
「わたし、お金持ってきてない」
「ぼくが立て替えるから。何も心配しないで。立てる?」

 瑠璃くんにつかまって立ち上がったわたしはタクシー乗り場まで歩いて、ふといやな予感がして建物のほうを振り返った。
 暁──もしや、父のところにも現れてはいないだろうか。
 母もいるが、そんなのは暁にはどうでもいいことに決まっている。

「瑠璃くん、やっぱりわたし行けない」
「え?」
「父さんのとこに戻らなくちゃ」
「ひかりちゃん」

 真剣なまなざしで、瑠璃くんはわたしを見下ろした。

「さっきの消えた人、ぼくがひかりちゃんのお父さんに聞いた話と関係ある?」

 こくん、とわたしはうなずく。
 そして、今まで自分にあったことをすべて話した。
 聞き終えると、瑠璃くんははぁっと大きく息をつく。

「なんてことだ……」

 考え込むようにふかく頭をさげる。

「ひかりちゃん。多分だけど、その【未来】は変えられないよ」
「どうして?」

 わたしは眉をひそめる。

「それならわたしがこうして過去に戻った意味もないじゃない」
「きっと【意味はない】んだよ。本当にその──【魂のぼく】が言っていたとおり、【最初のきみの願いを叶えることが課されたこと】なんだから。ただ願いは叶えられて、そして志木暁はひかりちゃん、きみを手に入れるちからを手に入れて──それは変わらない事実なんだ」
「じゃあ」

 わたしの声が震える。

「じゃあ、【最悪の日】は必ず起きるの?」
「うん──十中八九」
「そんなのいや」

 涙が盛り上がる。ぱたぱたと地面に落ちた。

「無意味にまた同じ【最悪なこと】を繰り返すだけなんて、いやだよ……できることなら、かえたいよ……ぜんぶぜんぶかえたいよ」
「ぼくだって黙って殺されたくはないな。今死んだら心残りに押しつぶされそうだ。ひかりちゃんの気持ちも聞いてないのに」

 え、とわたしは顔を上げる。美しい瞳が悪戯っぽく笑みを含んでいる。

「わたしの……気持ち?」
「ぼくが退院した日に返事を聞かせてくれるって約束も忘れてる?」
「返事って」

 なんだろう。返事? それって、もしかして。
 次第に真っ赤になるわたしを見下ろして、瑠璃くんは笑った。

「嘘だよ。退院したらぼくが告白するって決めてただけ」
「嘘って──こ、」

 告白?
 こんなときだというのに、胸が高鳴る。
 ふっと瑠璃くんは真顔になった。

「ホントは抱きしめたいけどひかりちゃんは気絶しちゃうから……我慢する。ぼくはね、ひかりちゃんのことが好きだよ」

 別の意味で涙が溢れてきたわたしは、瑠璃くんの胸をトンと軽くたたいた。

「ずるい、……死んじゃう未来はかえられないって、自分で言ったじゃない。なのにそんなコト言うなんて」
「黙って殺されたくはないって言ったでしょ? だいじょうぶ、あがくよ」
「あがいたって死ぬかもしれない」
「死なないように抵抗する」
「運命に?」
「某天使に。運命は自分の手で変えられるって、信じてるから。ひかりちゃん、……きみの気持ちは?」

 涙がこたえだと、知っている口調だ。
 瑠璃くんはこんなに意地悪だっただろうか。

「わたし、健路の……他の人の子供、おなかに」
「一緒に考えようって前に言ったよ。これは本当」

 同い年とは本当に思えない。
 こんなに優しい人がこの世にいるなんて。
 流産すると分かる前からそんなことを言ってくれていた。

「わたし、」

 わたしの心は決まっていた。

「わたし、瑠璃くんのことが」

 言いかけたとき、突然背後から恐ろしいほどのスピードで突っ込んできたタクシーのヘッドライトがわたしを照らし出した。
 ちからづよく瑠璃くんの身体が覆いかぶさったのと同時に、深い衝撃が身体を突き刺した。
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