17 / 20
狙われた二人
しおりを挟む
黒い糸が一瞬わたしの身体を絡めとる。
「ひかりちゃん!」
驚いた瑠璃くんが急いでわたしから黒い糸を引き剥がそうとする。
わたしのポケットの中の携帯に触れたとたん、糸が収縮してたちまち消える。
「ち」
暁は舌打ちと共に消える。
「ひかりちゃん、今のは一体──ひかりちゃん!?」
「っう……」
暁のことを聞こうと振り向いた瑠璃くんが、血の気が引いてうずくまっているわたしに駆け寄る。
「今の衝撃がおなかの子に障ったのかもしれない」
「………!」
瑠璃くんの言葉に、わたしは目を見開く。
わたしは瑠璃くんにはこのことを話していたのか──そのことすら忘れていた。
とっさに瑠璃くんの腕をつかんでいた。
「……誰にも言わないで」
「でも、きみの身体にも影響があるかもしれない」
「いいから! ……父さんにつらい思いさせたくない」
父は間もなく逝く。父がこのことを知ったら哀しんで心配するに違いないから。
瑠璃くんには伝わったらしい。
「じゃ、違う病院に行こう。ついていくから」
「わたし、お金持ってきてない」
「ぼくが立て替えるから。何も心配しないで。立てる?」
瑠璃くんにつかまって立ち上がったわたしはタクシー乗り場まで歩いて、ふといやな予感がして建物のほうを振り返った。
暁──もしや、父のところにも現れてはいないだろうか。
母もいるが、そんなのは暁にはどうでもいいことに決まっている。
「瑠璃くん、やっぱりわたし行けない」
「え?」
「父さんのとこに戻らなくちゃ」
「ひかりちゃん」
真剣なまなざしで、瑠璃くんはわたしを見下ろした。
「さっきの消えた人、ぼくがひかりちゃんのお父さんに聞いた話と関係ある?」
こくん、とわたしはうなずく。
そして、今まで自分にあったことをすべて話した。
聞き終えると、瑠璃くんははぁっと大きく息をつく。
「なんてことだ……」
考え込むようにふかく頭をさげる。
「ひかりちゃん。多分だけど、その【未来】は変えられないよ」
「どうして?」
わたしは眉をひそめる。
「それならわたしがこうして過去に戻った意味もないじゃない」
「きっと【意味はない】んだよ。本当にその──【魂のぼく】が言っていたとおり、【最初のきみの願いを叶えることが課されたこと】なんだから。ただ願いは叶えられて、そして志木暁はひかりちゃん、きみを手に入れるちからを手に入れて──それは変わらない事実なんだ」
「じゃあ」
わたしの声が震える。
「じゃあ、【最悪の日】は必ず起きるの?」
「うん──十中八九」
「そんなのいや」
涙が盛り上がる。ぱたぱたと地面に落ちた。
「無意味にまた同じ【最悪なこと】を繰り返すだけなんて、いやだよ……できることなら、かえたいよ……ぜんぶぜんぶかえたいよ」
「ぼくだって黙って殺されたくはないな。今死んだら心残りに押しつぶされそうだ。ひかりちゃんの気持ちも聞いてないのに」
え、とわたしは顔を上げる。美しい瞳が悪戯っぽく笑みを含んでいる。
「わたしの……気持ち?」
「ぼくが退院した日に返事を聞かせてくれるって約束も忘れてる?」
「返事って」
なんだろう。返事? それって、もしかして。
次第に真っ赤になるわたしを見下ろして、瑠璃くんは笑った。
「嘘だよ。退院したらぼくが告白するって決めてただけ」
「嘘って──こ、」
告白?
こんなときだというのに、胸が高鳴る。
ふっと瑠璃くんは真顔になった。
「ホントは抱きしめたいけどひかりちゃんは気絶しちゃうから……我慢する。ぼくはね、ひかりちゃんのことが好きだよ」
別の意味で涙が溢れてきたわたしは、瑠璃くんの胸をトンと軽くたたいた。
「ずるい、……死んじゃう未来はかえられないって、自分で言ったじゃない。なのにそんなコト言うなんて」
「黙って殺されたくはないって言ったでしょ? だいじょうぶ、あがくよ」
「あがいたって死ぬかもしれない」
「死なないように抵抗する」
「運命に?」
「某天使に。運命は自分の手で変えられるって、信じてるから。ひかりちゃん、……きみの気持ちは?」
涙がこたえだと、知っている口調だ。
瑠璃くんはこんなに意地悪だっただろうか。
「わたし、健路の……他の人の子供、おなかに」
「一緒に考えようって前に言ったよ。これは本当」
同い年とは本当に思えない。
こんなに優しい人がこの世にいるなんて。
流産すると分かる前からそんなことを言ってくれていた。
「わたし、」
わたしの心は決まっていた。
「わたし、瑠璃くんのことが」
言いかけたとき、突然背後から恐ろしいほどのスピードで突っ込んできたタクシーのヘッドライトがわたしを照らし出した。
ちからづよく瑠璃くんの身体が覆いかぶさったのと同時に、深い衝撃が身体を突き刺した。
「ひかりちゃん!」
驚いた瑠璃くんが急いでわたしから黒い糸を引き剥がそうとする。
わたしのポケットの中の携帯に触れたとたん、糸が収縮してたちまち消える。
「ち」
暁は舌打ちと共に消える。
「ひかりちゃん、今のは一体──ひかりちゃん!?」
「っう……」
暁のことを聞こうと振り向いた瑠璃くんが、血の気が引いてうずくまっているわたしに駆け寄る。
「今の衝撃がおなかの子に障ったのかもしれない」
「………!」
瑠璃くんの言葉に、わたしは目を見開く。
わたしは瑠璃くんにはこのことを話していたのか──そのことすら忘れていた。
とっさに瑠璃くんの腕をつかんでいた。
「……誰にも言わないで」
「でも、きみの身体にも影響があるかもしれない」
「いいから! ……父さんにつらい思いさせたくない」
父は間もなく逝く。父がこのことを知ったら哀しんで心配するに違いないから。
瑠璃くんには伝わったらしい。
「じゃ、違う病院に行こう。ついていくから」
「わたし、お金持ってきてない」
「ぼくが立て替えるから。何も心配しないで。立てる?」
瑠璃くんにつかまって立ち上がったわたしはタクシー乗り場まで歩いて、ふといやな予感がして建物のほうを振り返った。
暁──もしや、父のところにも現れてはいないだろうか。
母もいるが、そんなのは暁にはどうでもいいことに決まっている。
「瑠璃くん、やっぱりわたし行けない」
「え?」
「父さんのとこに戻らなくちゃ」
「ひかりちゃん」
真剣なまなざしで、瑠璃くんはわたしを見下ろした。
「さっきの消えた人、ぼくがひかりちゃんのお父さんに聞いた話と関係ある?」
こくん、とわたしはうなずく。
そして、今まで自分にあったことをすべて話した。
聞き終えると、瑠璃くんははぁっと大きく息をつく。
「なんてことだ……」
考え込むようにふかく頭をさげる。
「ひかりちゃん。多分だけど、その【未来】は変えられないよ」
「どうして?」
わたしは眉をひそめる。
「それならわたしがこうして過去に戻った意味もないじゃない」
「きっと【意味はない】んだよ。本当にその──【魂のぼく】が言っていたとおり、【最初のきみの願いを叶えることが課されたこと】なんだから。ただ願いは叶えられて、そして志木暁はひかりちゃん、きみを手に入れるちからを手に入れて──それは変わらない事実なんだ」
「じゃあ」
わたしの声が震える。
「じゃあ、【最悪の日】は必ず起きるの?」
「うん──十中八九」
「そんなのいや」
涙が盛り上がる。ぱたぱたと地面に落ちた。
「無意味にまた同じ【最悪なこと】を繰り返すだけなんて、いやだよ……できることなら、かえたいよ……ぜんぶぜんぶかえたいよ」
「ぼくだって黙って殺されたくはないな。今死んだら心残りに押しつぶされそうだ。ひかりちゃんの気持ちも聞いてないのに」
え、とわたしは顔を上げる。美しい瞳が悪戯っぽく笑みを含んでいる。
「わたしの……気持ち?」
「ぼくが退院した日に返事を聞かせてくれるって約束も忘れてる?」
「返事って」
なんだろう。返事? それって、もしかして。
次第に真っ赤になるわたしを見下ろして、瑠璃くんは笑った。
「嘘だよ。退院したらぼくが告白するって決めてただけ」
「嘘って──こ、」
告白?
こんなときだというのに、胸が高鳴る。
ふっと瑠璃くんは真顔になった。
「ホントは抱きしめたいけどひかりちゃんは気絶しちゃうから……我慢する。ぼくはね、ひかりちゃんのことが好きだよ」
別の意味で涙が溢れてきたわたしは、瑠璃くんの胸をトンと軽くたたいた。
「ずるい、……死んじゃう未来はかえられないって、自分で言ったじゃない。なのにそんなコト言うなんて」
「黙って殺されたくはないって言ったでしょ? だいじょうぶ、あがくよ」
「あがいたって死ぬかもしれない」
「死なないように抵抗する」
「運命に?」
「某天使に。運命は自分の手で変えられるって、信じてるから。ひかりちゃん、……きみの気持ちは?」
涙がこたえだと、知っている口調だ。
瑠璃くんはこんなに意地悪だっただろうか。
「わたし、健路の……他の人の子供、おなかに」
「一緒に考えようって前に言ったよ。これは本当」
同い年とは本当に思えない。
こんなに優しい人がこの世にいるなんて。
流産すると分かる前からそんなことを言ってくれていた。
「わたし、」
わたしの心は決まっていた。
「わたし、瑠璃くんのことが」
言いかけたとき、突然背後から恐ろしいほどのスピードで突っ込んできたタクシーのヘッドライトがわたしを照らし出した。
ちからづよく瑠璃くんの身体が覆いかぶさったのと同時に、深い衝撃が身体を突き刺した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

レビス─絶対的存在─
希彗まゆ
児童書・童話
あなたはわたしに、愛を教えてくれた
命の尊さを教えてくれた
人生の素晴らしさを教えてくれた
「あいしてる」
たどたどしく、あなたはそう言ってくれた
神様
あの時の、わたしたちを
赦してくれますか?
この命、いつか尽き果てても
何度でも生まれ変わる
──君をまた、愛するために。
宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~
橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。
しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ!
だけどレオは、なにかを隠しているようで……?
そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。
魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説!
「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと
石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。
歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。
大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。
愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。
恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。
扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
ひとなつの思い出
加地 里緒
児童書・童話
故郷の生贄伝承に立ち向かう大学生達の物語
数年ぶりに故郷へ帰った主人公が、故郷に伝わる"無作為だが条件付き"の神への生贄に条件から外れているのに選ばれてしまう。
それは偶然か必然か──
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
いつか私もこの世を去るから
T
児童書・童話
母と2人で東京で生きてきた14歳の上村 糸は、母の死をきっかけに母の祖母が住む田舎の村、神坂村に引っ越す事になる。
糸の曽祖母は、巫女であり死んだ人の魂を降ろせる"カミサマ"と呼ばれる神事が出来る不思議な人だった。
そこで、糸はあるきっかけで荒木 光と言う1つ年上の村の男の子と出会う。
2人は昔から村に伝わる、願いを叶えてくれる祠を探す事になるが、そのうちに自分の本来の定めを知る事になる。

天使の紡ぐ雪の唄
希彗まゆ
児童書・童話
あなたは確かに、ここにいた。
その愛は
天使が紡ぐ唄のように。
流れ星のように。
この世に、刻まれた。
人って、簡単に消えてしまう。
だけど
確かに命(あなた)は、ここにいたんだ。
悲恋か否かは、読んだあなたが決めてください――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる