七日メール

希彗まゆ

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転移の中で

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<もう終わりだから>

 虹色の空間のすぐそばで声が聴こえた。
 父の声のような気がして振り仰ぐと、頭の上から光が射していた。
 よく見ればそれは人型のようで。

<きみを過去へ飛ばす前に、全部教えてあげる>
「過去へ、って、どうして」

 ぐっと喉が鳴る。

「そんなこといいから終わりにしないで!」
<……きみが最初、そう祈っていたなら今ぼくが飛ばす必要もなかった>

 苦笑するような、そんな声。
 父の声──ではない。
 でもどこかで、確かに聞いたことのある声。

<きみが一番最初に【ぼく達】に望みを言ったことを叶えるのが、【ぼく達】に課せられたことのひとつだから取り消せないんだ>
「だって【もう終わり】なんでしょ!?」

 自棄のように叫ぶ。

<うん。【ぼく達】からメールはしてたから連絡は取れた形にはなってたけど、きみからの返信がなかったから【芽】をうまい具合に育てられなかった。きみを過去に戻すちからで多分最期だから>
「過去に戻ったら【翔子もいなくなっちゃうじゃない】!」

 わたしは泣き声だった。
 そうだ。わたしは気づいたのだ。

「わたし知らなかったの、翔子がどんな家に住んでるか。翔子の彼氏はどんなやつなのか。翔子はいつからわたしのそばにいて親友でいたのか。知らなかったことに【気づかなかった】」

 おかあさん、と呼ばれてそのことに初めて気がついた。

<……翔子さんは……翔子のほうはもうちからが残ってなかったんだ……だから翔子は最期にお母さんと呼んだんだ。だからきみが気づいてしまった。翔子はきみから産まれるはずだった子供。【ぼく】と共にきみの【芽】に希望を吹き込み、そばできみを見守ってきた魂だ>
「【ぼく達】は……あなた、と……翔子……?」

 無言は肯定の証だった。
 人型はうなずいたようだった。

<志木暁の言っていた続きを話そう。
【とある少年】はきみを護ろうとして接触し話もしてた。だけど【先回り】した暁に事故という名目で殺された。暁は死神を騙してそうさせたんだ。
 そして【ぼく】の存在はこの世からもきみの記憶からも抹消された。暁の【その時持っていたちから】はそれで消えたけど、その時のきみの強い願いできみの中に【祈りの芽】がうまれた。
 その芽にきみとの接触を通して希望を吹き込む──それが【ぼく達】の役目だった。騙されたことに気づいた死神が、【とある少年】にもう一度生きるチャンスをくれたんだ。【芽】が育つにつれ【ぼく達】の持つちからも増すし育ちきれば【とある少年】の魂が甦るはずだった。
 連絡方法が携帯だけだったのも疑問だっただろう、きみが毎日お父さんに届くといいと願って携帯でメールを送っていたからなんだ。
【春夏秋冬】の【どちらか】を殺せれば暁の希望は達せられる。だから一番狙いやすい魂のほうの翔子を彼は狙ったんだ。直接的には狙えないから徐々にちからをつけて──>

 頭の中で、何かが孵化する。衣をはいで、現実に音を立てて記憶が羽ばたいていく。
 忘れられた記憶、その中に確かに「彼」はいた。
 事故にあって入院しているうちに父と仲良くなったという、わたしと同い年の少年。
 どんな風に彼が笑っていたか、どんな風に話したか、鮮明に思い出せた。あの透き通るように美しい笑顔を、どうして忘れていたのだろう。
 彼にならなんでも話すことができた。あのとき自分は慕い始めていたのかもしれない。淡い思いが膨れ上がる。

「……り」

 その名を、くちにした。

「王月瑠璃(おうづき・るり)」
<思い出してくれたんだね>

 懐かしさの混じる声に微笑みが含まれている気がする。
 哀しい微笑みが。

<きみはもう一度【最悪の日の前】からなぞらなければならないけれど。ひかりちゃん──ひかり。忘れないで。ぼくはいつもきみのそばにいるから。お父さんもぼくも、翔子もきみのそばに。いつもそばに>

 虹色の空間が溶けていく。
 時空の転移が終わるのだと気づき、わたしは叫んだ。

「いや! 確かにあのとき願ったけど、こんなのいや! 【みんな】のいない世界なんていや! 最悪をやり直せなくてもいいから!」
<【鍵】はいつもきみのなかに。きみの記憶のなかに>

 その言葉を最後に、
 わたしは空間から投げ出された。
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