15 / 20
転移の中で
しおりを挟む
<もう終わりだから>
虹色の空間のすぐそばで声が聴こえた。
父の声のような気がして振り仰ぐと、頭の上から光が射していた。
よく見ればそれは人型のようで。
<きみを過去へ飛ばす前に、全部教えてあげる>
「過去へ、って、どうして」
ぐっと喉が鳴る。
「そんなこといいから終わりにしないで!」
<……きみが最初、そう祈っていたなら今ぼくが飛ばす必要もなかった>
苦笑するような、そんな声。
父の声──ではない。
でもどこかで、確かに聞いたことのある声。
<きみが一番最初に【ぼく達】に望みを言ったことを叶えるのが、【ぼく達】に課せられたことのひとつだから取り消せないんだ>
「だって【もう終わり】なんでしょ!?」
自棄のように叫ぶ。
<うん。【ぼく達】からメールはしてたから連絡は取れた形にはなってたけど、きみからの返信がなかったから【芽】をうまい具合に育てられなかった。きみを過去に戻すちからで多分最期だから>
「過去に戻ったら【翔子もいなくなっちゃうじゃない】!」
わたしは泣き声だった。
そうだ。わたしは気づいたのだ。
「わたし知らなかったの、翔子がどんな家に住んでるか。翔子の彼氏はどんなやつなのか。翔子はいつからわたしのそばにいて親友でいたのか。知らなかったことに【気づかなかった】」
おかあさん、と呼ばれてそのことに初めて気がついた。
<……翔子さんは……翔子のほうはもうちからが残ってなかったんだ……だから翔子は最期にお母さんと呼んだんだ。だからきみが気づいてしまった。翔子はきみから産まれるはずだった子供。【ぼく】と共にきみの【芽】に希望を吹き込み、そばできみを見守ってきた魂だ>
「【ぼく達】は……あなた、と……翔子……?」
無言は肯定の証だった。
人型はうなずいたようだった。
<志木暁の言っていた続きを話そう。
【とある少年】はきみを護ろうとして接触し話もしてた。だけど【先回り】した暁に事故という名目で殺された。暁は死神を騙してそうさせたんだ。
そして【ぼく】の存在はこの世からもきみの記憶からも抹消された。暁の【その時持っていたちから】はそれで消えたけど、その時のきみの強い願いできみの中に【祈りの芽】がうまれた。
その芽にきみとの接触を通して希望を吹き込む──それが【ぼく達】の役目だった。騙されたことに気づいた死神が、【とある少年】にもう一度生きるチャンスをくれたんだ。【芽】が育つにつれ【ぼく達】の持つちからも増すし育ちきれば【とある少年】の魂が甦るはずだった。
連絡方法が携帯だけだったのも疑問だっただろう、きみが毎日お父さんに届くといいと願って携帯でメールを送っていたからなんだ。
【春夏秋冬】の【どちらか】を殺せれば暁の希望は達せられる。だから一番狙いやすい魂のほうの翔子を彼は狙ったんだ。直接的には狙えないから徐々にちからをつけて──>
頭の中で、何かが孵化する。衣をはいで、現実に音を立てて記憶が羽ばたいていく。
忘れられた記憶、その中に確かに「彼」はいた。
事故にあって入院しているうちに父と仲良くなったという、わたしと同い年の少年。
どんな風に彼が笑っていたか、どんな風に話したか、鮮明に思い出せた。あの透き通るように美しい笑顔を、どうして忘れていたのだろう。
彼にならなんでも話すことができた。あのとき自分は慕い始めていたのかもしれない。淡い思いが膨れ上がる。
「……り」
その名を、くちにした。
「王月瑠璃(おうづき・るり)」
<思い出してくれたんだね>
懐かしさの混じる声に微笑みが含まれている気がする。
哀しい微笑みが。
<きみはもう一度【最悪の日の前】からなぞらなければならないけれど。ひかりちゃん──ひかり。忘れないで。ぼくはいつもきみのそばにいるから。お父さんもぼくも、翔子もきみのそばに。いつもそばに>
虹色の空間が溶けていく。
時空の転移が終わるのだと気づき、わたしは叫んだ。
「いや! 確かにあのとき願ったけど、こんなのいや! 【みんな】のいない世界なんていや! 最悪をやり直せなくてもいいから!」
<【鍵】はいつもきみのなかに。きみの記憶のなかに>
その言葉を最後に、
わたしは空間から投げ出された。
虹色の空間のすぐそばで声が聴こえた。
父の声のような気がして振り仰ぐと、頭の上から光が射していた。
よく見ればそれは人型のようで。
<きみを過去へ飛ばす前に、全部教えてあげる>
「過去へ、って、どうして」
ぐっと喉が鳴る。
「そんなこといいから終わりにしないで!」
<……きみが最初、そう祈っていたなら今ぼくが飛ばす必要もなかった>
苦笑するような、そんな声。
父の声──ではない。
でもどこかで、確かに聞いたことのある声。
<きみが一番最初に【ぼく達】に望みを言ったことを叶えるのが、【ぼく達】に課せられたことのひとつだから取り消せないんだ>
「だって【もう終わり】なんでしょ!?」
自棄のように叫ぶ。
<うん。【ぼく達】からメールはしてたから連絡は取れた形にはなってたけど、きみからの返信がなかったから【芽】をうまい具合に育てられなかった。きみを過去に戻すちからで多分最期だから>
「過去に戻ったら【翔子もいなくなっちゃうじゃない】!」
わたしは泣き声だった。
そうだ。わたしは気づいたのだ。
「わたし知らなかったの、翔子がどんな家に住んでるか。翔子の彼氏はどんなやつなのか。翔子はいつからわたしのそばにいて親友でいたのか。知らなかったことに【気づかなかった】」
おかあさん、と呼ばれてそのことに初めて気がついた。
<……翔子さんは……翔子のほうはもうちからが残ってなかったんだ……だから翔子は最期にお母さんと呼んだんだ。だからきみが気づいてしまった。翔子はきみから産まれるはずだった子供。【ぼく】と共にきみの【芽】に希望を吹き込み、そばできみを見守ってきた魂だ>
「【ぼく達】は……あなた、と……翔子……?」
無言は肯定の証だった。
人型はうなずいたようだった。
<志木暁の言っていた続きを話そう。
【とある少年】はきみを護ろうとして接触し話もしてた。だけど【先回り】した暁に事故という名目で殺された。暁は死神を騙してそうさせたんだ。
そして【ぼく】の存在はこの世からもきみの記憶からも抹消された。暁の【その時持っていたちから】はそれで消えたけど、その時のきみの強い願いできみの中に【祈りの芽】がうまれた。
その芽にきみとの接触を通して希望を吹き込む──それが【ぼく達】の役目だった。騙されたことに気づいた死神が、【とある少年】にもう一度生きるチャンスをくれたんだ。【芽】が育つにつれ【ぼく達】の持つちからも増すし育ちきれば【とある少年】の魂が甦るはずだった。
連絡方法が携帯だけだったのも疑問だっただろう、きみが毎日お父さんに届くといいと願って携帯でメールを送っていたからなんだ。
【春夏秋冬】の【どちらか】を殺せれば暁の希望は達せられる。だから一番狙いやすい魂のほうの翔子を彼は狙ったんだ。直接的には狙えないから徐々にちからをつけて──>
頭の中で、何かが孵化する。衣をはいで、現実に音を立てて記憶が羽ばたいていく。
忘れられた記憶、その中に確かに「彼」はいた。
事故にあって入院しているうちに父と仲良くなったという、わたしと同い年の少年。
どんな風に彼が笑っていたか、どんな風に話したか、鮮明に思い出せた。あの透き通るように美しい笑顔を、どうして忘れていたのだろう。
彼にならなんでも話すことができた。あのとき自分は慕い始めていたのかもしれない。淡い思いが膨れ上がる。
「……り」
その名を、くちにした。
「王月瑠璃(おうづき・るり)」
<思い出してくれたんだね>
懐かしさの混じる声に微笑みが含まれている気がする。
哀しい微笑みが。
<きみはもう一度【最悪の日の前】からなぞらなければならないけれど。ひかりちゃん──ひかり。忘れないで。ぼくはいつもきみのそばにいるから。お父さんもぼくも、翔子もきみのそばに。いつもそばに>
虹色の空間が溶けていく。
時空の転移が終わるのだと気づき、わたしは叫んだ。
「いや! 確かにあのとき願ったけど、こんなのいや! 【みんな】のいない世界なんていや! 最悪をやり直せなくてもいいから!」
<【鍵】はいつもきみのなかに。きみの記憶のなかに>
その言葉を最後に、
わたしは空間から投げ出された。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

レビス─絶対的存在─
希彗まゆ
児童書・童話
あなたはわたしに、愛を教えてくれた
命の尊さを教えてくれた
人生の素晴らしさを教えてくれた
「あいしてる」
たどたどしく、あなたはそう言ってくれた
神様
あの時の、わたしたちを
赦してくれますか?
この命、いつか尽き果てても
何度でも生まれ変わる
──君をまた、愛するために。
ひとなつの思い出
加地 里緒
児童書・童話
故郷の生贄伝承に立ち向かう大学生達の物語
数年ぶりに故郷へ帰った主人公が、故郷に伝わる"無作為だが条件付き"の神への生贄に条件から外れているのに選ばれてしまう。
それは偶然か必然か──
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
いつか私もこの世を去るから
T
児童書・童話
母と2人で東京で生きてきた14歳の上村 糸は、母の死をきっかけに母の祖母が住む田舎の村、神坂村に引っ越す事になる。
糸の曽祖母は、巫女であり死んだ人の魂を降ろせる"カミサマ"と呼ばれる神事が出来る不思議な人だった。
そこで、糸はあるきっかけで荒木 光と言う1つ年上の村の男の子と出会う。
2人は昔から村に伝わる、願いを叶えてくれる祠を探す事になるが、そのうちに自分の本来の定めを知る事になる。

天使の紡ぐ雪の唄
希彗まゆ
児童書・童話
あなたは確かに、ここにいた。
その愛は
天使が紡ぐ唄のように。
流れ星のように。
この世に、刻まれた。
人って、簡単に消えてしまう。
だけど
確かに命(あなた)は、ここにいたんだ。
悲恋か否かは、読んだあなたが決めてください――
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと
石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。
歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。
大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。
愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。
恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。
扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる