七日メール

希彗まゆ

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捕獲されたのは?

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 体育館倉庫には鍵がかかっていた。
 その可能性も考えてあらかじめ職員室から持ってきた鍵で扉を開ける。
 むっとした空気に思わず鼻を覆う。

「どこ……」

 探す。トンボを探す。あるいはその痕跡を。
 耳を澄ます。
 変な音がしたら飛んでいったと聞いた。何か、……聞こえはしないだろうか。

 キー……キーキーキー………

 何か、蝙蝠の鳴き声に似ているその音をわたしの鼓膜は受け止めた。
 音を追う。
 窓の外、そこから聞こえている──気がする。
 何重にもなっているマットを台にして、窓の外を覗く。
 植物の茂みの中に、蜘蛛の糸が見えた。主のはずの蜘蛛の姿はない。

「!」

 そこにトンボの姿が見えた気がして、わたしは体育館倉庫を飛び出す。茂みに辿り着き、蜘蛛の巣からトンボを救出する。弱々しい動きだったが、蜘蛛の糸が絡まったトンボはまだ生きていた。

「よかった──」

 トンボをそっと手のひらに乗せる。
 しかし番人は何故またトンボの姿になっていたのだろうか?

「無用心だね」

 背中から、暁の声。振り向く前に、後ろから抱きしめられた。

「……や、!」

 拒絶反応で意識が薄れ始める前に、わたしは暁の身体を押しのけようともがく。
 また食事を終えたから? 
 だからまた新たな力を暁は手に入れたのだろうか。

「そうだよ」

 考えを読んだかのように、暁は身体をぴったり寄せてささやく。

「ひかりちゃん……いい子だからそのトンボを離して?」
「いや」

 誰が離すものか。

「あなたこそわたしを離してよ」
「声が震えてるよ」

 可笑しそうに暁はわたしの首筋に顔を埋めた。
 とたん、フィードバックする思い出。

(ダメ──)

 心が叫ぶ。
 いやだと叫ぶ。

(気を失ったらダメ)

 そこで、わたしの意識は途絶えた。



 さいしょからこうできれば楽だったんだよね

 ──声が聞こえる。
 わたしはぼんやりとした意識を手探りするように泳いだ。

 ひかりちゃんが気を失いつづければ、【奴ら】と丸一日連絡とれなくなるくらい、かんたんだった

 冗談じゃない、と言おうとしてうまく言えなかった。
 半ば無理にまぶたをこじ開ける。
 体育館倉庫に逆戻りしていた。マットの上に、寝かせられている。

「でも、最初のぼくにはひかりちゃんに触れ続けるなんて力はなかったから」
「トンボは!?」

 暁の言葉を遮り、わたしは飛び起きる。てのひらにトンボの姿はない。

「せっかく保護したのに残念だったね」

 また、あの蜘蛛の巣に戻ったのだろうか。暁の笑みは恐ろしいほど艶然としている。

「逆にぼくに捕獲されたね、ひかりちゃん」

 ムッとしたわたしは何か言おうとして、窓から射す光が橙色に染まっていることに気がついて言葉を凍りつかせた。
 意を汲んだように、暁がうなずく。

「ぼくとひかりちゃんは早退したことになってる。今はもう夕方だよ。おうちの人には心配かけちゃうけど……明日の今頃まではぼくとこうしてもらわないとね」
「誰かが……きたはずなのに」

 だって、ここは体育館倉庫だ。誰でも出入りできる。
 暁は笑った。

「ぼくも【結界を張る力】を手に入れたから」

 ──やっぱり、新しい力を手に入れていたのだ。恐らくは、今も着々と手に入れているに違いない。

「ダメだよ」

 立ち上がろうとするわたしの手を取り、やわらかく抱き寄せる。

「いやだったら!」
「どうしてきみはそんなに【奴ら】にこだわるの?」

 生贄を誘う悪魔のように、暁の声は甘い。

「ひかりちゃん、きみには春夏秋冬に何か義理立てするような理由があるの? ないよね?」
「あなたに義理立てするよりはマシ」

 それは、心が反応した答え。
 唐突に、顎が持ち上げられた。

「忌々しいよ。本当に、ひかりちゃん……きみみたいな存在は」

 橙色の光が、暁の顔を更に艶かしく見せている。だからだろうか、なおさら恐怖がわたしを襲った。

「ぼくの今の力じゃ、まだ【ぼくにも影響がある】けど……ひかりちゃん、きみがぼくに火をつけたんだよ」

 言うが早いか、わたしにくちづけた。

「!」

 顔を背けようとしても、暁の力がゆるさない。顎と腰にあてがわれた手はどんなに暴れても微塵も動かない。
くちづけを通して、なにかがわたしの「中」に入りこんでくるような気がする。否、それは多分気のせいではないだろう。
 唐突に、わたしは投げ出された。マットの上だからそれほど痛くはなかったが、またも気が遠くなりかけている。

「やっぱりまだきついな……」

 言う暁のほうを見ると、彼もまた青白い顔色をしてしゃがみこんでいた。

「なに、したの」
「毒を入れただけだよ」

 暁が笑う。
 それが【ひかりの芽】に対してだと気づいたときには、わたしの意識はまた闇の中だった。
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