七日メール

希彗まゆ

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食事と犠牲になる【もの】は

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「───」

 暁は、微笑みを消した。
 鋭い瞳でわたしを睨みつける。

「ようやく時を止めるだけのちからを手に入れたっていうのに、まだきみがそんなだと──困るんだけどね」
「あなたが困るならなんだってする」
「そのために犠牲になる【もの】があるってことも、忘れないで」

 意味深なことを言い、暁はにやりと笑う。
 わたしを離し、指をパチンと鳴らす。
 健路の姿が消え、時が動き出した。

「八川健路! ……あれ?」

 教師のひとりが、拍子抜けしたように「健路がいたはずだった空間」を見る。
 目の錯覚か、と互いの顔を見ていた教師達は初めて気づいたように暁とわたしに声をかけた。

「志木暁に──望月ひかり。こんなところで何をしている」
「ぼくが気分が優れなくて、彼女が付き添ってくれるというので」

 暁に言われ、わたしは焦った。

「これから保健室に行きます。それじゃ」

 堂々とした暁に、教師達が何か言おうとする前に、彼は背中に回していた手をはずしてそのままわたしの手を取る。

「離して」

 廊下までくると、暁はあっさりわたしの言うことを聞いた。自由になった手をさするわたしを、振り向く。

「食事にいくから、今日はバイバイ」

 永遠にサヨナラしたいよ、とわたしはそっぽを向いた。
 そんなわたしに構いもせず、暁の身体もまた掻き消えた。

(食事──?)

 何かが引っかかる。

(犠牲になる【もの】──時を止めるちからを手に入れた──?)

 考えつつ、携帯を取り出してメールを開く。差出人──春夏秋冬。

『ひかり。志木暁に決して気を許さないように』

 そんな気は毛頭ない。
 続きを見て歩き出そうとした足をとめた。

『どんなことがあっても──ただ、彼は【番人】を蝕み始めている。だから時を止める力も手に入れることができた。もし今後彼が、【二人同時に危機に貶めることができる力】を手に入れたら【ぼく達】の手に負えなくなる』

 急いで返信する。

『番人を蝕み始めるって、番人がわたしのせいで傷ついてるってコト? 手に負えなくなるって、わたしが傷つけたくないって思う人達をあなたが助けられなくなるってコト?』

 送信して間もなく、返事が返る。

『今回八川健路は無事に家に戻ってる』

 それは安心したが、更に文字を目で追う。

『きみは察しがいいね──確かに番人を暁は狙い始めた、彼は番人を犠牲にしてちからを手に入れているんだよ。【ぼく達】の今の力では、暁の力に及ばなくなる危険がある。どうにかして、番人が犠牲になるのを助けてほしい。何よりも、きみのために』
『わたしのことなんてどうだっていい!』

 こうしている間にも番人が自分のせいで犠牲になっているのかと考えると気が狂いそうになる。

『どうすればいいか、教えて!』
『【今のぼく達】には教えることすら、赦されていないんだ。もう少し日にちが経てば──』
『それって一番最初に言ってた【わたしの中の芽】とかいうのと関係ある?』
『少なからず』

 でも、今は【芽】とやらに頼る余裕はなさそうだ。
 日にちが経つ間に暁はどんどん力を手に入れる。番人もどんどん蝕まれていくのだ。
 携帯を閉じ、わたしは考え込む。
 授業が終わるチャイムの音と、生徒達の足音がする。

「ねえ、さっきの八川先輩だよね?」
「あー! やっぱ見たよね? 絶対そうだったよね? あれってどういうこと?」
「先生が電話かけたら、先輩家で寝てるって! 集団幻覚とかいうやつかな?」
「それよりあたし朝トンボ見たんだけど、あれも幻覚かなあ」
「えー! 冬なのにトンボ? いるのかな?」

 何気なく後輩達の会話を聞いていたわたしは、ふと振り返る。──トンボ?

「ちょ、ちょっと待って」

 わたしは後輩を呼び止める。

「そのトンボ、どこで見たの?」
「え、と」

 驚いたような顔をしながらも、後輩は答えてくれた。

「体育館倉庫で──でも何かヘンな音がしたらどこか飛んでっちゃって、だから幻覚かもしれませんけど」
「ありがと!」

 走り出す。
 そうだ、トンボと蜘蛛の話。母から聞いた、あの話を思い出す。
 トンボが番人で──もしも。
 もしも──暁が蜘蛛だったら?

(父さんが助けたっていうトンボのときのあんなに昔からいた、同じ蜘蛛かどうかは分からないけど)

 でも、当たっている気がした。
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