9 / 20
止められた時間
しおりを挟む
「番人に会ったのか」
「わたし、……あきらめないから」
わたしの言葉に、暁の涼しげな瞳に冷たい色が走る。
「後悔しても知らないよ」
そのままどこかへ去っていく。
わたしは急いで番人からもらった二つ折りの携帯を開く。
待つことしばし、すぐに着信音が鳴る。差出人──春夏秋冬。
(きた!)
胸が躍る。
ドキドキしながらメールを読む。
『ひかり。なんだか久しぶりのような気がするよ』
(わたしもだよ)
心の中で答えつつ、続きに視線を走らせる。
『たくさん聞きたいことがあると思うけど、今はほとんど答えられない。ごめんね。でもきみが信じてくれているから、きみのこともきみの大事な人達のことも護るから安心して』
すぐに返信する。
『信じる。ねえ春夏秋冬、あなたホントに父さんと親しかったんだね。父さんもこのメール、見てるの? 見られるの?』
もしかしてこの質問にも答えられないのだろうか。
もうすぐ授業が始まる。
返事が届いた。
『はっきりは答えられない。でも──きみのお父さんはいつもきみのそばに、いるよ』
わたしのそばに。
『ねえ、……確認。たまに言う【ぼく達】って、あなたと父さんのこと?』
その答えには意外にも、
『違うよ』
と返ってきた。
今までてっきりそうかもしれないと思っていたわたしにはちょっとショックだった。
『七日目にはきっと──明らかになる。全部』
春夏秋冬のメールはそこで終わっていた。
折を見たようにチャイムが鳴る。
翔子にノートを見せてあげないと──。
わたしは慌てて携帯をマナーモードにし、ポケットの中に押し込んで教室に向かった。
◇
それは授業中のことだった。
数式が黒板に踊り、ノートの上をペンが走る音だけが聞こえていた。
──え。
ふと。
何かの影が目の端に動くのが分かった。
いやな予感がして、右側を見る。
この階のひとつ上はもう屋上だ。
ちょうど角になっているこの教室の窓からは、屋上の柵が間近に見えた。
がたん、
立ち上がったわたしを不思議そうに見つめるたくさんの視線。
構っていられなかった。
その影は、
──屋上の柵をこえた八川健路のものだった。
「先生っ!」
数学の教師はわたしの悲鳴に視線を追ってようやくそのことに気づき、教室を飛び出していく。
ざわざわと教室の空気が揺れ動く。
今日も欠席だと思っていた──八川健路。
もしかして、と責任を感じ、わたしは廊下に走り出る。
(翔子にはああ言われたけど、)
でも、と思う。
(体育館でのことを苦にして──?)
もし、そうだったら。
わたしの責任だ。
罪悪感が胸に溢れかえる。
屋上に行くと、健路を宥めようとする教師達と野次馬で群がる生徒達をかき分けて一番前に躍り出る。
瞬間、ぐにゃりと何かが歪むヘンな感覚がした。
「………?」
なんだろう。「これ」は。
自分と──健路と、そして「なぜか」その傍らに立っている暁以外の人間の動きが止まったのだ。
「また、……あなたなの」
よく見ると、空に飛ぶ鳥の姿まで静止している。
恐らく自分を含めた三人以外の時が止まっているのだ、と理解した。
「きみがぼくに背いたから」
すました顔で、問われた暁が答える。
「健路は関係ないでしょ!?」
噛みつくわたしに、暁は微笑む。
よく見れば、パジャマのままで健路は立ったまま意識を失っているようだった。
どうやら──わたしのせいではなく、暁の仕業らしいと分かって無性に腹が立つ。
「健路! 起きて! 新しい彼女が泣くわよっ!」
「おかしいなあ、ひかりちゃん」
く、と暁が右手を挙げる。
同時にちょっとだけ健路の身体が前に傾いだ。
「八川くんにはずいぶんと苦しくて哀しくて悔しい思いをさせられたんじゃない? なのにかばうの?」
「ばかじゃないの、あんた」
暁に駆け寄り、その頬をぶとうとしたわたしの背が逆に抱き寄せられる。
「【ひっかかった】」
「!」
すうっと顔から血の気が引くのが分かった。
健路はわたしを引き寄せるための罠──そう気づいたのだ。
「番人が【よけいな結界】張ってたから、ひかりちゃんから近づいてくれないと触れなかったんだ。ねえ? ひとつお願いがあるんだ」
結界を張ってくれていた──あの、番人が? いつの間に。
でも、知らなかったとはいえ自分からあっさりといてしまったのだ。
(わたしって、……なんてバカ)
スカートのポケットの中で携帯が震える。
暁は気づいているだろうか? 否、気づいているはず。
ならば、携帯の画面を見る前に暁に健路をどうにかされてしまうだろう。
わたしは唾をのみこむ。
「暁、くん。その前に、健路を家に帰して」
「ぼくのお願いを聞いてくれたらね」
背筋がひやりとするような、暁の眼差し。
反して、冬にしてはじりじりと蒸すように身体が熱くなってくる。
砂漠の中にいるように干上がってしまいそうだ。
「なに」
熱に浮かされるように、わたしは尋ねる。
そんなわたしをあやすように暁の手が背中をさする。
「ぼくにキスして」
その言葉に、わたしは目を見開いた。暁は続ける。
「この前も言ったとおり、ぼくのほうからはひかりちゃん、きみを傷つけるような何かはできないんだ。せいぜいこうして抱きしめるだけ。ねえ、……早くしないと【身体が落ちるよ】」
健路の身体が更に傾いで、わたしは悲鳴を上げて暁の首をしめるような勢いでつかむ。
「やめて、……やめて。お願いだから」
言いながら、ふと思う。
これではあの携帯電話ショップで脅迫されているときと変わらない。
何か──何か、ないだろうか。
この窮地を、打開できないだろうか。
<しんじて>
夢の中で誰かに言われた言葉が、頭の中に浮かび上がる。
春夏秋冬を信じ続けていれば、携帯は壊れない。
番人は、確かにそう言っていた。
そのあとにきた彼──【彼ら】からのメールには「きみが信じ続てくれているからきみのこともきみの大事な人達のことも護る」とあったはず。
(それなら)
確かに健路は「大事な人」では、もうなかったけれど。
(傷つけたくないことには変わらない。春夏秋冬は分かってくれてるはず)
なぜか、そう信じられた。
「わたし」
だから、言えたのだ。
「キスなんてしない」
この場面で、まっすぐに暁を見据えて。
「わたし、……あきらめないから」
わたしの言葉に、暁の涼しげな瞳に冷たい色が走る。
「後悔しても知らないよ」
そのままどこかへ去っていく。
わたしは急いで番人からもらった二つ折りの携帯を開く。
待つことしばし、すぐに着信音が鳴る。差出人──春夏秋冬。
(きた!)
胸が躍る。
ドキドキしながらメールを読む。
『ひかり。なんだか久しぶりのような気がするよ』
(わたしもだよ)
心の中で答えつつ、続きに視線を走らせる。
『たくさん聞きたいことがあると思うけど、今はほとんど答えられない。ごめんね。でもきみが信じてくれているから、きみのこともきみの大事な人達のことも護るから安心して』
すぐに返信する。
『信じる。ねえ春夏秋冬、あなたホントに父さんと親しかったんだね。父さんもこのメール、見てるの? 見られるの?』
もしかしてこの質問にも答えられないのだろうか。
もうすぐ授業が始まる。
返事が届いた。
『はっきりは答えられない。でも──きみのお父さんはいつもきみのそばに、いるよ』
わたしのそばに。
『ねえ、……確認。たまに言う【ぼく達】って、あなたと父さんのこと?』
その答えには意外にも、
『違うよ』
と返ってきた。
今までてっきりそうかもしれないと思っていたわたしにはちょっとショックだった。
『七日目にはきっと──明らかになる。全部』
春夏秋冬のメールはそこで終わっていた。
折を見たようにチャイムが鳴る。
翔子にノートを見せてあげないと──。
わたしは慌てて携帯をマナーモードにし、ポケットの中に押し込んで教室に向かった。
◇
それは授業中のことだった。
数式が黒板に踊り、ノートの上をペンが走る音だけが聞こえていた。
──え。
ふと。
何かの影が目の端に動くのが分かった。
いやな予感がして、右側を見る。
この階のひとつ上はもう屋上だ。
ちょうど角になっているこの教室の窓からは、屋上の柵が間近に見えた。
がたん、
立ち上がったわたしを不思議そうに見つめるたくさんの視線。
構っていられなかった。
その影は、
──屋上の柵をこえた八川健路のものだった。
「先生っ!」
数学の教師はわたしの悲鳴に視線を追ってようやくそのことに気づき、教室を飛び出していく。
ざわざわと教室の空気が揺れ動く。
今日も欠席だと思っていた──八川健路。
もしかして、と責任を感じ、わたしは廊下に走り出る。
(翔子にはああ言われたけど、)
でも、と思う。
(体育館でのことを苦にして──?)
もし、そうだったら。
わたしの責任だ。
罪悪感が胸に溢れかえる。
屋上に行くと、健路を宥めようとする教師達と野次馬で群がる生徒達をかき分けて一番前に躍り出る。
瞬間、ぐにゃりと何かが歪むヘンな感覚がした。
「………?」
なんだろう。「これ」は。
自分と──健路と、そして「なぜか」その傍らに立っている暁以外の人間の動きが止まったのだ。
「また、……あなたなの」
よく見ると、空に飛ぶ鳥の姿まで静止している。
恐らく自分を含めた三人以外の時が止まっているのだ、と理解した。
「きみがぼくに背いたから」
すました顔で、問われた暁が答える。
「健路は関係ないでしょ!?」
噛みつくわたしに、暁は微笑む。
よく見れば、パジャマのままで健路は立ったまま意識を失っているようだった。
どうやら──わたしのせいではなく、暁の仕業らしいと分かって無性に腹が立つ。
「健路! 起きて! 新しい彼女が泣くわよっ!」
「おかしいなあ、ひかりちゃん」
く、と暁が右手を挙げる。
同時にちょっとだけ健路の身体が前に傾いだ。
「八川くんにはずいぶんと苦しくて哀しくて悔しい思いをさせられたんじゃない? なのにかばうの?」
「ばかじゃないの、あんた」
暁に駆け寄り、その頬をぶとうとしたわたしの背が逆に抱き寄せられる。
「【ひっかかった】」
「!」
すうっと顔から血の気が引くのが分かった。
健路はわたしを引き寄せるための罠──そう気づいたのだ。
「番人が【よけいな結界】張ってたから、ひかりちゃんから近づいてくれないと触れなかったんだ。ねえ? ひとつお願いがあるんだ」
結界を張ってくれていた──あの、番人が? いつの間に。
でも、知らなかったとはいえ自分からあっさりといてしまったのだ。
(わたしって、……なんてバカ)
スカートのポケットの中で携帯が震える。
暁は気づいているだろうか? 否、気づいているはず。
ならば、携帯の画面を見る前に暁に健路をどうにかされてしまうだろう。
わたしは唾をのみこむ。
「暁、くん。その前に、健路を家に帰して」
「ぼくのお願いを聞いてくれたらね」
背筋がひやりとするような、暁の眼差し。
反して、冬にしてはじりじりと蒸すように身体が熱くなってくる。
砂漠の中にいるように干上がってしまいそうだ。
「なに」
熱に浮かされるように、わたしは尋ねる。
そんなわたしをあやすように暁の手が背中をさする。
「ぼくにキスして」
その言葉に、わたしは目を見開いた。暁は続ける。
「この前も言ったとおり、ぼくのほうからはひかりちゃん、きみを傷つけるような何かはできないんだ。せいぜいこうして抱きしめるだけ。ねえ、……早くしないと【身体が落ちるよ】」
健路の身体が更に傾いで、わたしは悲鳴を上げて暁の首をしめるような勢いでつかむ。
「やめて、……やめて。お願いだから」
言いながら、ふと思う。
これではあの携帯電話ショップで脅迫されているときと変わらない。
何か──何か、ないだろうか。
この窮地を、打開できないだろうか。
<しんじて>
夢の中で誰かに言われた言葉が、頭の中に浮かび上がる。
春夏秋冬を信じ続けていれば、携帯は壊れない。
番人は、確かにそう言っていた。
そのあとにきた彼──【彼ら】からのメールには「きみが信じ続てくれているからきみのこともきみの大事な人達のことも護る」とあったはず。
(それなら)
確かに健路は「大事な人」では、もうなかったけれど。
(傷つけたくないことには変わらない。春夏秋冬は分かってくれてるはず)
なぜか、そう信じられた。
「わたし」
だから、言えたのだ。
「キスなんてしない」
この場面で、まっすぐに暁を見据えて。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

秘密
阿波野治
児童書・童話
住友みのりは憂うつそうな顔をしている。心配した友人が事情を訊き出そうとすると、みのりはなぜか声を荒らげた。後ろの席からそれを見ていた香坂遥斗は、みのりが抱えている謎を知りたいと思い、彼女に近づこうとする。
宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~
橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。
しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ!
だけどレオは、なにかを隠しているようで……?
そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。
魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説!
「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる