七日メール

希彗まゆ

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止められた時間

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「番人に会ったのか」
「わたし、……あきらめないから」

 わたしの言葉に、暁の涼しげな瞳に冷たい色が走る。

「後悔しても知らないよ」

 そのままどこかへ去っていく。
 わたしは急いで番人からもらった二つ折りの携帯を開く。
 待つことしばし、すぐに着信音が鳴る。差出人──春夏秋冬。

(きた!)

 胸が躍る。
 ドキドキしながらメールを読む。

『ひかり。なんだか久しぶりのような気がするよ』
(わたしもだよ)

 心の中で答えつつ、続きに視線を走らせる。

『たくさん聞きたいことがあると思うけど、今はほとんど答えられない。ごめんね。でもきみが信じてくれているから、きみのこともきみの大事な人達のことも護るから安心して』

 すぐに返信する。

『信じる。ねえ春夏秋冬、あなたホントに父さんと親しかったんだね。父さんもこのメール、見てるの? 見られるの?』

 もしかしてこの質問にも答えられないのだろうか。
 もうすぐ授業が始まる。
 返事が届いた。

『はっきりは答えられない。でも──きみのお父さんはいつもきみのそばに、いるよ』

 わたしのそばに。

『ねえ、……確認。たまに言う【ぼく達】って、あなたと父さんのこと?』

 その答えには意外にも、

『違うよ』

 と返ってきた。
 今までてっきりそうかもしれないと思っていたわたしにはちょっとショックだった。

『七日目にはきっと──明らかになる。全部』

 春夏秋冬のメールはそこで終わっていた。
 折を見たようにチャイムが鳴る。
 翔子にノートを見せてあげないと──。
 わたしは慌てて携帯をマナーモードにし、ポケットの中に押し込んで教室に向かった。



 それは授業中のことだった。
 数式が黒板に踊り、ノートの上をペンが走る音だけが聞こえていた。

 ──え。

 ふと。
 何かの影が目の端に動くのが分かった。
 いやな予感がして、右側を見る。
 この階のひとつ上はもう屋上だ。
 ちょうど角になっているこの教室の窓からは、屋上の柵が間近に見えた。

 がたん、

 立ち上がったわたしを不思議そうに見つめるたくさんの視線。
 構っていられなかった。

 その影は、
 ──屋上の柵をこえた八川健路のものだった。

「先生っ!」

 数学の教師はわたしの悲鳴に視線を追ってようやくそのことに気づき、教室を飛び出していく。
 ざわざわと教室の空気が揺れ動く。
 今日も欠席だと思っていた──八川健路。
 もしかして、と責任を感じ、わたしは廊下に走り出る。

(翔子にはああ言われたけど、)

 でも、と思う。

(体育館でのことを苦にして──?)

 もし、そうだったら。
 わたしの責任だ。
 罪悪感が胸に溢れかえる。
 屋上に行くと、健路を宥めようとする教師達と野次馬で群がる生徒達をかき分けて一番前に躍り出る。
 瞬間、ぐにゃりと何かが歪むヘンな感覚がした。

「………?」

 なんだろう。「これ」は。
 自分と──健路と、そして「なぜか」その傍らに立っている暁以外の人間の動きが止まったのだ。

「また、……あなたなの」

 よく見ると、空に飛ぶ鳥の姿まで静止している。
 恐らく自分を含めた三人以外の時が止まっているのだ、と理解した。

「きみがぼくに背いたから」

 すました顔で、問われた暁が答える。

「健路は関係ないでしょ!?」

 噛みつくわたしに、暁は微笑む。
 よく見れば、パジャマのままで健路は立ったまま意識を失っているようだった。
 どうやら──わたしのせいではなく、暁の仕業らしいと分かって無性に腹が立つ。

「健路! 起きて! 新しい彼女が泣くわよっ!」
「おかしいなあ、ひかりちゃん」

 く、と暁が右手を挙げる。
 同時にちょっとだけ健路の身体が前に傾いだ。

「八川くんにはずいぶんと苦しくて哀しくて悔しい思いをさせられたんじゃない? なのにかばうの?」
「ばかじゃないの、あんた」

 暁に駆け寄り、その頬をぶとうとしたわたしの背が逆に抱き寄せられる。

「【ひっかかった】」
「!」

 すうっと顔から血の気が引くのが分かった。
 健路はわたしを引き寄せるための罠──そう気づいたのだ。

「番人が【よけいな結界】張ってたから、ひかりちゃんから近づいてくれないと触れなかったんだ。ねえ? ひとつお願いがあるんだ」

 結界を張ってくれていた──あの、番人が? いつの間に。
 でも、知らなかったとはいえ自分からあっさりといてしまったのだ。

(わたしって、……なんてバカ)

 スカートのポケットの中で携帯が震える。
 暁は気づいているだろうか? 否、気づいているはず。
 ならば、携帯の画面を見る前に暁に健路をどうにかされてしまうだろう。
 わたしは唾をのみこむ。

「暁、くん。その前に、健路を家に帰して」
「ぼくのお願いを聞いてくれたらね」

 背筋がひやりとするような、暁の眼差し。
 反して、冬にしてはじりじりと蒸すように身体が熱くなってくる。
 砂漠の中にいるように干上がってしまいそうだ。

「なに」

 熱に浮かされるように、わたしは尋ねる。
 そんなわたしをあやすように暁の手が背中をさする。

「ぼくにキスして」

 その言葉に、わたしは目を見開いた。暁は続ける。

「この前も言ったとおり、ぼくのほうからはひかりちゃん、きみを傷つけるような何かはできないんだ。せいぜいこうして抱きしめるだけ。ねえ、……早くしないと【身体が落ちるよ】」

 健路の身体が更に傾いで、わたしは悲鳴を上げて暁の首をしめるような勢いでつかむ。

「やめて、……やめて。お願いだから」

 言いながら、ふと思う。
 これではあの携帯電話ショップで脅迫されているときと変わらない。
 何か──何か、ないだろうか。
 この窮地を、打開できないだろうか。

<しんじて>

 夢の中で誰かに言われた言葉が、頭の中に浮かび上がる。
 春夏秋冬を信じ続けていれば、携帯は壊れない。
 番人は、確かにそう言っていた。
 そのあとにきた彼──【彼ら】からのメールには「きみが信じ続てくれているからきみのこともきみの大事な人達のことも護る」とあったはず。

(それなら)

 確かに健路は「大事な人」では、もうなかったけれど。

(傷つけたくないことには変わらない。春夏秋冬は分かってくれてるはず)

 なぜか、そう信じられた。

「わたし」

 だから、言えたのだ。

「キスなんてしない」

 この場面で、まっすぐに暁を見据えて。
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