8 / 20
境の国の番人
しおりを挟む
「おはよう」
学校に行くと、下駄箱のところで暁に声をかけられた。
「おとなしくしてくれてるみたいだね」
その言葉で、ひとつ気づいた。
(人間的範囲で聞こえないところでわたしが何を話してるかは、こいつにも分からないんだ)
でなければ、あんな重要なことを母から教えられたわたしに対し、「おとなしくしてくれてるみたいだね」なんて言うはずがない。
どうやら彼の【ちから】とやらにも使う法則があるようだ。
とりあえず無視して、保健室に行く。
暁はついてこなかった。
転入早々だというのに彼の魅力に騙された女生徒達に囲まれていた。
「田幡(たばた)先生、翔子の──三船翔子の状態を教えてください」
忙しそうにしている保険医に尋ねると、先生は眼鏡を押し上げてわたしを見た。
「ああ──三船さんなら大丈夫よ。一時的に片目だけ視力が落ちているけど、しばらく安静にしていて変化がなければなんともないらしいわ」
「そうですか」
どうりで下駄箱に翔子の靴がなかった。
いつもなら必ずわたしより先に登校しているはずだから、もしやと思ったが──。
翔子が休んでいるのなら、わたしはその間に手を打とうと思った。
失礼します、と頭を下げて保健室を出る。
左側に廊下。
その先は昨日暁から逃げたときのように壁がある。
(とにかく、左に)
心を決めて、わたしは左に曲がった。
壁が迫り──あのときのように身体が壁を通過する。
(左に)
場面がかわり、どこかの室内。
左へ曲がる。
すっと空気が動いた瞬間、場面がまた変わる。それを慎重にくりかえす。
今頃、わたしの行動は暁にバレているだろうと思うと少しひやりとしたが、歩き続けた。
ふと、視界が開けた。
空は今にも雨が降り出しそうな曇天。
空気はこごえるほど寒く、肌を刺す。
大きな門と、その前を阻むように手をつないで立つ人形たち。
(異世界──っていうやつ?)
少し恐かったが、人形の一体に語りかけてみた。
「ちょっと聞かせて。ここは、どこ?」
当然のように、人形の口が開いた。
語りかけた麦藁帽子の女の子の人形だけでなく、その隣の人形も。
そのまた隣の人形も。
いっせいに口を開いて言葉を紡ぐ。
「どこだって! どこだろう?」
「境の国に間違いはないはずさ!」
「番人に怒られやしないかい?」
「ここにきた人間には番人は優しい! だから大丈夫!」
「大丈夫だって! さあお入り!」
「お入り! お入り!」
賑やかすぎる人形たちに辟易しながら、わたしは道を開けてくれた彼らに「ありがとう」と頭を下げて門を手で押す。
ギィ………
重い音を立てて、門は開いてわたしを迎え入れた。
左右には背の高い黒い壁が続き、ところどころ蔦が這っている。
「ばんにん……さん?」
恐ろしさを拭うように、わたしは声をかけてみた。
「わたし……望月ひかりです。望月勇雄(いさお)の娘です」
そう言えば分かると思った。
予想に違(たが)わず、すぐ目の前に人影が落ちてわたしはぶつかりそうになった。
「!」
「歓迎する」
シルクハットに黒いマント。
顔も黒い仮面で覆われている。
変わった魔術師のようだ、と思った。
「あの……」
何から話せばいいだろう。
いつ暁に邪魔されるか分からない。
気が急いて、どれから話していいか分からなかった。
黒い人影は、そんなわたしを見下ろしているようだった。
「……望月ひかり。お前に今必要なものだけを渡す。必要以上の干渉は今は出来ない」
しゃがれた声なのに妙に耳に心地よい。
男なのか女なのか分からないハスキーな声。言葉と共に黒い人影が右手を差し出す。
黒革の手袋に包まれたてのひらに、黒い携帯が乗っていた。
「あ……!」
「お前が【信じ続ければなんの力をもってしても壊れない】」
「信じ続けるって、何を?」
受け取りながら、たずねる。
黒い人影の返答は短かった。
「春夏秋冬を」
マントを翻した人影に、慌ててわたしは「待って」と言いかけたが時既に遅し。
そこはもう、見慣れた学校の中だった。
元いた保健室の前である。
ただ違うのは、いらついたように暁が目の前に立っていることだった。
学校に行くと、下駄箱のところで暁に声をかけられた。
「おとなしくしてくれてるみたいだね」
その言葉で、ひとつ気づいた。
(人間的範囲で聞こえないところでわたしが何を話してるかは、こいつにも分からないんだ)
でなければ、あんな重要なことを母から教えられたわたしに対し、「おとなしくしてくれてるみたいだね」なんて言うはずがない。
どうやら彼の【ちから】とやらにも使う法則があるようだ。
とりあえず無視して、保健室に行く。
暁はついてこなかった。
転入早々だというのに彼の魅力に騙された女生徒達に囲まれていた。
「田幡(たばた)先生、翔子の──三船翔子の状態を教えてください」
忙しそうにしている保険医に尋ねると、先生は眼鏡を押し上げてわたしを見た。
「ああ──三船さんなら大丈夫よ。一時的に片目だけ視力が落ちているけど、しばらく安静にしていて変化がなければなんともないらしいわ」
「そうですか」
どうりで下駄箱に翔子の靴がなかった。
いつもなら必ずわたしより先に登校しているはずだから、もしやと思ったが──。
翔子が休んでいるのなら、わたしはその間に手を打とうと思った。
失礼します、と頭を下げて保健室を出る。
左側に廊下。
その先は昨日暁から逃げたときのように壁がある。
(とにかく、左に)
心を決めて、わたしは左に曲がった。
壁が迫り──あのときのように身体が壁を通過する。
(左に)
場面がかわり、どこかの室内。
左へ曲がる。
すっと空気が動いた瞬間、場面がまた変わる。それを慎重にくりかえす。
今頃、わたしの行動は暁にバレているだろうと思うと少しひやりとしたが、歩き続けた。
ふと、視界が開けた。
空は今にも雨が降り出しそうな曇天。
空気はこごえるほど寒く、肌を刺す。
大きな門と、その前を阻むように手をつないで立つ人形たち。
(異世界──っていうやつ?)
少し恐かったが、人形の一体に語りかけてみた。
「ちょっと聞かせて。ここは、どこ?」
当然のように、人形の口が開いた。
語りかけた麦藁帽子の女の子の人形だけでなく、その隣の人形も。
そのまた隣の人形も。
いっせいに口を開いて言葉を紡ぐ。
「どこだって! どこだろう?」
「境の国に間違いはないはずさ!」
「番人に怒られやしないかい?」
「ここにきた人間には番人は優しい! だから大丈夫!」
「大丈夫だって! さあお入り!」
「お入り! お入り!」
賑やかすぎる人形たちに辟易しながら、わたしは道を開けてくれた彼らに「ありがとう」と頭を下げて門を手で押す。
ギィ………
重い音を立てて、門は開いてわたしを迎え入れた。
左右には背の高い黒い壁が続き、ところどころ蔦が這っている。
「ばんにん……さん?」
恐ろしさを拭うように、わたしは声をかけてみた。
「わたし……望月ひかりです。望月勇雄(いさお)の娘です」
そう言えば分かると思った。
予想に違(たが)わず、すぐ目の前に人影が落ちてわたしはぶつかりそうになった。
「!」
「歓迎する」
シルクハットに黒いマント。
顔も黒い仮面で覆われている。
変わった魔術師のようだ、と思った。
「あの……」
何から話せばいいだろう。
いつ暁に邪魔されるか分からない。
気が急いて、どれから話していいか分からなかった。
黒い人影は、そんなわたしを見下ろしているようだった。
「……望月ひかり。お前に今必要なものだけを渡す。必要以上の干渉は今は出来ない」
しゃがれた声なのに妙に耳に心地よい。
男なのか女なのか分からないハスキーな声。言葉と共に黒い人影が右手を差し出す。
黒革の手袋に包まれたてのひらに、黒い携帯が乗っていた。
「あ……!」
「お前が【信じ続ければなんの力をもってしても壊れない】」
「信じ続けるって、何を?」
受け取りながら、たずねる。
黒い人影の返答は短かった。
「春夏秋冬を」
マントを翻した人影に、慌ててわたしは「待って」と言いかけたが時既に遅し。
そこはもう、見慣れた学校の中だった。
元いた保健室の前である。
ただ違うのは、いらついたように暁が目の前に立っていることだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
ひとなつの思い出
加地 里緒
児童書・童話
故郷の生贄伝承に立ち向かう大学生達の物語
数年ぶりに故郷へ帰った主人公が、故郷に伝わる"無作為だが条件付き"の神への生贄に条件から外れているのに選ばれてしまう。
それは偶然か必然か──
いつか私もこの世を去るから
T
児童書・童話
母と2人で東京で生きてきた14歳の上村 糸は、母の死をきっかけに母の祖母が住む田舎の村、神坂村に引っ越す事になる。
糸の曽祖母は、巫女であり死んだ人の魂を降ろせる"カミサマ"と呼ばれる神事が出来る不思議な人だった。
そこで、糸はあるきっかけで荒木 光と言う1つ年上の村の男の子と出会う。
2人は昔から村に伝わる、願いを叶えてくれる祠を探す事になるが、そのうちに自分の本来の定めを知る事になる。

レビス─絶対的存在─
希彗まゆ
児童書・童話
あなたはわたしに、愛を教えてくれた
命の尊さを教えてくれた
人生の素晴らしさを教えてくれた
「あいしてる」
たどたどしく、あなたはそう言ってくれた
神様
あの時の、わたしたちを
赦してくれますか?
この命、いつか尽き果てても
何度でも生まれ変わる
──君をまた、愛するために。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。

天使の紡ぐ雪の唄
希彗まゆ
児童書・童話
あなたは確かに、ここにいた。
その愛は
天使が紡ぐ唄のように。
流れ星のように。
この世に、刻まれた。
人って、簡単に消えてしまう。
だけど
確かに命(あなた)は、ここにいたんだ。
悲恋か否かは、読んだあなたが決めてください――

友梨奈さまの言う通り
西羽咲 花月
児童書・童話
「友梨奈さまの言う通り」
この学校にはどんな病でも治してしまう神様のような生徒がいるらしい
だけど力はそれだけじゃなかった
その生徒は治した病気を再び本人に戻す力も持っていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる