七日メール

希彗まゆ

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境の国の番人

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「おはよう」

 学校に行くと、下駄箱のところで暁に声をかけられた。

「おとなしくしてくれてるみたいだね」

 その言葉で、ひとつ気づいた。

(人間的範囲で聞こえないところでわたしが何を話してるかは、こいつにも分からないんだ)

 でなければ、あんな重要なことを母から教えられたわたしに対し、「おとなしくしてくれてるみたいだね」なんて言うはずがない。
 どうやら彼の【ちから】とやらにも使う法則があるようだ。
 とりあえず無視して、保健室に行く。
 暁はついてこなかった。
 転入早々だというのに彼の魅力に騙された女生徒達に囲まれていた。

「田幡(たばた)先生、翔子の──三船翔子の状態を教えてください」

 忙しそうにしている保険医に尋ねると、先生は眼鏡を押し上げてわたしを見た。

「ああ──三船さんなら大丈夫よ。一時的に片目だけ視力が落ちているけど、しばらく安静にしていて変化がなければなんともないらしいわ」
「そうですか」

 どうりで下駄箱に翔子の靴がなかった。
 いつもなら必ずわたしより先に登校しているはずだから、もしやと思ったが──。
 翔子が休んでいるのなら、わたしはその間に手を打とうと思った。
 失礼します、と頭を下げて保健室を出る。
 左側に廊下。
 その先は昨日暁から逃げたときのように壁がある。

(とにかく、左に)

 心を決めて、わたしは左に曲がった。
 壁が迫り──あのときのように身体が壁を通過する。

(左に)

 場面がかわり、どこかの室内。
 左へ曲がる。
 すっと空気が動いた瞬間、場面がまた変わる。それを慎重にくりかえす。
 今頃、わたしの行動は暁にバレているだろうと思うと少しひやりとしたが、歩き続けた。
 ふと、視界が開けた。
 空は今にも雨が降り出しそうな曇天。
 空気はこごえるほど寒く、肌を刺す。
 大きな門と、その前を阻むように手をつないで立つ人形たち。

(異世界──っていうやつ?)

 少し恐かったが、人形の一体に語りかけてみた。

「ちょっと聞かせて。ここは、どこ?」

 当然のように、人形の口が開いた。
 語りかけた麦藁帽子の女の子の人形だけでなく、その隣の人形も。
 そのまた隣の人形も。
 いっせいに口を開いて言葉を紡ぐ。

「どこだって! どこだろう?」
「境の国に間違いはないはずさ!」
「番人に怒られやしないかい?」
「ここにきた人間には番人は優しい! だから大丈夫!」
「大丈夫だって! さあお入り!」
「お入り! お入り!」

 賑やかすぎる人形たちに辟易しながら、わたしは道を開けてくれた彼らに「ありがとう」と頭を下げて門を手で押す。

 ギィ………

 重い音を立てて、門は開いてわたしを迎え入れた。
 左右には背の高い黒い壁が続き、ところどころ蔦が這っている。

「ばんにん……さん?」

 恐ろしさを拭うように、わたしは声をかけてみた。

「わたし……望月ひかりです。望月勇雄(いさお)の娘です」

 そう言えば分かると思った。
 予想に違(たが)わず、すぐ目の前に人影が落ちてわたしはぶつかりそうになった。

「!」
「歓迎する」

 シルクハットに黒いマント。
 顔も黒い仮面で覆われている。
 変わった魔術師のようだ、と思った。

「あの……」

 何から話せばいいだろう。
 いつ暁に邪魔されるか分からない。
 気が急いて、どれから話していいか分からなかった。
 黒い人影は、そんなわたしを見下ろしているようだった。

「……望月ひかり。お前に今必要なものだけを渡す。必要以上の干渉は今は出来ない」

 しゃがれた声なのに妙に耳に心地よい。
 男なのか女なのか分からないハスキーな声。言葉と共に黒い人影が右手を差し出す。
 黒革の手袋に包まれたてのひらに、黒い携帯が乗っていた。

「あ……!」
「お前が【信じ続ければなんの力をもってしても壊れない】」
「信じ続けるって、何を?」

 受け取りながら、たずねる。
 黒い人影の返答は短かった。

「春夏秋冬を」

 マントを翻した人影に、慌ててわたしは「待って」と言いかけたが時既に遅し。
 そこはもう、見慣れた学校の中だった。
 元いた保健室の前である。
 ただ違うのは、いらついたように暁が目の前に立っていることだった。
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