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落とされたメッセージ
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結局暁と共に学校に戻り、わたしは早退した。
帰り道には隣のクラスなのに暁もついてきて──彼には住む場所は必要ないのだ、と聞かされた。
だからわたしがこっそり母や弟の携帯を借りようとしても無駄だ、ということを言っていた。
(つまりいつでもわたしを監視できるってこと)
冷や汗が出る思いで、家の中に入る。
暁は門の前から動かなかった。
丸一日そのままでいるなら警察でも呼んでやろうかと思ったが、部屋の窓から見ると彼の姿は少なくとも肉眼では見えなくなっていた。
(でも、どうして暁は最初わたしに【将来の伴侶】だなんて嘘ついたんだろう)
ほかにいくらでも言い方はあったはず。
それがキーワードになっているとは考えられないだろうか。
暁が何を邪魔したいかのキーワード。
夕食を食べながら、お風呂に入りながらも考えたが全然見当もつかない。
「大体春夏秋冬からの情報も足りなさすぎだよね」
ベッドにもぐりこむ。
このまま──このまま、春夏秋冬と連絡がとれなくても、とわたしは思う。
(連絡がとれなくなったままでも──わたしに元の生活が戻るだけで、何か変化がある?)
変化がないのなら、もう暁に素直に協力してもいいだろうか。
そのほうが翔子のように犠牲になる者もいないで安心してすごせるだろうか。
火曜日の夜は、そうして考えているうちに眠ってしまった。
◇
また夢を見た。
今度は、父の夢だった。
幼い頃のわたしと遊ぶ父は、優しい笑顔を浮かべていた。
泣くわたしをあやす父。
<ひかり。つらいこと、苦しいことがあったときは左を見なさい。無理に前を見なくてもいいから左を見なさい。左はね、父さんのラッキーポイントなんだ。迷子になったときも左に曲がれば、必ず道は見えてくるはずだから──>
◇
水曜日の朝を迎えたわたしの頭の中に、確かに父の言葉が残っている。
現実的な面もあったのに、げんかつぎも好きだったロマンチストな父のあの言葉はその一回しか聞いたことがない。
だから忘れていた。
だから春夏秋冬からのメールを見て聞いたことがあると感じたのだ。
「母さん!」
パジャマのまま急いで台所に向かう。
ハムエッグを焼いていた母は驚いたようにわたしを見る。
「おはよう。どうしたのひかり? 血相変えて」
「そんなことより! 父さんって【左】が好きだったよね? なんでか知ってる? てか、それって確かだよね?」
すると母は懐かしそうな表情をした。
「お父さんが【左】が好きだったわけはね、【左】がお母さんを救ってくれたからなの」
「え──母さんを? どういうこと?」
ハムエッグが焼け、母は皿に盛る。
「お父さんとお母さんが幼なじみだったのは知ってるわね? 小学校の頃ね、お母さん一度行方不明になったの。遠足の途中で、山から森に迷い込んでしまって。そのときお父さんが助けにきてくれたのよ。【境の国の番人】が『逆を信じろ』って教えてくれたって言ってたわ」
境の国の番人?
逆を信じろ?
さっぱり意味が分からないというふうなわたしに、母はくすっと笑った。
「当時のお父さんは外国のアニメの影響で、【右】がラッキーポイントだと信じてたの」
「外国のアニメって?」
「よく外国のアニメで人が迷っているときに右側に天使、左側に悪魔が現れるの知ってる?」
そういえば漫画でもそんな場面をたびたび見かける。
「普通そういうとき、右側を選ぶとその人を善に導いてくれるから、お父さんも【右】をげんかつぎしてたらしいの。でもね、お父さんにとっては左の悪魔こそが味方だったの」
母は続けてホットミルクを作る。手伝いながら、わたしは続きを促す。
「うん、それで?」
「もっと小さいころにお父さん、トンボが蜘蛛の巣にひっかかっているのを助けたことがあったの。そのトンボは悪魔の仮の姿だったのよ。
罰ゲームに負けてトンボにされた悪魔の仮の姿──悪魔にもいろいろいるのね、恩を感じたその悪魔はお父さんをずっと見ていて、お母さんを必死に探すお父さん のためにまたトンボの姿になって──『境の国の番人になったからこの世の者と意思の疎通が出来る。逆を信じろ、そうすれば大事な人間は見つかる。常に左を 信じろ、そうすれば私がお前にずっとちからを貸してやる』って伝えたらしいの。
それで左にずっと曲がり続けてお母さんを発見した、っていうわけ」
日記に書いて何度も読み返したから間違いはないわ、と母は言う。
「そのときから父さんのラッキーポイントが【左】になったの?」
「左側の悪魔もホントは天使だって話、どっかでおれは聞いたけど」
急に背後から、弟の声がしてわたしは飛び上がった。
「寿樹(としき)! 気配させてきてよ!」
「姉ちゃんが気づかなかったんだろ」
弟、寿樹はもう制服に着替えている。母は笑った。
「でもこんな話素直に信じてくれるなんて嬉しいわ」
「うん──まあ、ね」
曖昧に返事をした。
まさか天国にいる人間とメールのやり取りをしたことがきっかけだとは言えない。
時計を見て、慌てた。
「遅刻する!」
大急ぎで支度しながら考える。
あの夢は父がわたしに何かを伝えようとしてくれたのかもしれない。
春夏秋冬をあきらめてはいけない、
そんな気がした。
帰り道には隣のクラスなのに暁もついてきて──彼には住む場所は必要ないのだ、と聞かされた。
だからわたしがこっそり母や弟の携帯を借りようとしても無駄だ、ということを言っていた。
(つまりいつでもわたしを監視できるってこと)
冷や汗が出る思いで、家の中に入る。
暁は門の前から動かなかった。
丸一日そのままでいるなら警察でも呼んでやろうかと思ったが、部屋の窓から見ると彼の姿は少なくとも肉眼では見えなくなっていた。
(でも、どうして暁は最初わたしに【将来の伴侶】だなんて嘘ついたんだろう)
ほかにいくらでも言い方はあったはず。
それがキーワードになっているとは考えられないだろうか。
暁が何を邪魔したいかのキーワード。
夕食を食べながら、お風呂に入りながらも考えたが全然見当もつかない。
「大体春夏秋冬からの情報も足りなさすぎだよね」
ベッドにもぐりこむ。
このまま──このまま、春夏秋冬と連絡がとれなくても、とわたしは思う。
(連絡がとれなくなったままでも──わたしに元の生活が戻るだけで、何か変化がある?)
変化がないのなら、もう暁に素直に協力してもいいだろうか。
そのほうが翔子のように犠牲になる者もいないで安心してすごせるだろうか。
火曜日の夜は、そうして考えているうちに眠ってしまった。
◇
また夢を見た。
今度は、父の夢だった。
幼い頃のわたしと遊ぶ父は、優しい笑顔を浮かべていた。
泣くわたしをあやす父。
<ひかり。つらいこと、苦しいことがあったときは左を見なさい。無理に前を見なくてもいいから左を見なさい。左はね、父さんのラッキーポイントなんだ。迷子になったときも左に曲がれば、必ず道は見えてくるはずだから──>
◇
水曜日の朝を迎えたわたしの頭の中に、確かに父の言葉が残っている。
現実的な面もあったのに、げんかつぎも好きだったロマンチストな父のあの言葉はその一回しか聞いたことがない。
だから忘れていた。
だから春夏秋冬からのメールを見て聞いたことがあると感じたのだ。
「母さん!」
パジャマのまま急いで台所に向かう。
ハムエッグを焼いていた母は驚いたようにわたしを見る。
「おはよう。どうしたのひかり? 血相変えて」
「そんなことより! 父さんって【左】が好きだったよね? なんでか知ってる? てか、それって確かだよね?」
すると母は懐かしそうな表情をした。
「お父さんが【左】が好きだったわけはね、【左】がお母さんを救ってくれたからなの」
「え──母さんを? どういうこと?」
ハムエッグが焼け、母は皿に盛る。
「お父さんとお母さんが幼なじみだったのは知ってるわね? 小学校の頃ね、お母さん一度行方不明になったの。遠足の途中で、山から森に迷い込んでしまって。そのときお父さんが助けにきてくれたのよ。【境の国の番人】が『逆を信じろ』って教えてくれたって言ってたわ」
境の国の番人?
逆を信じろ?
さっぱり意味が分からないというふうなわたしに、母はくすっと笑った。
「当時のお父さんは外国のアニメの影響で、【右】がラッキーポイントだと信じてたの」
「外国のアニメって?」
「よく外国のアニメで人が迷っているときに右側に天使、左側に悪魔が現れるの知ってる?」
そういえば漫画でもそんな場面をたびたび見かける。
「普通そういうとき、右側を選ぶとその人を善に導いてくれるから、お父さんも【右】をげんかつぎしてたらしいの。でもね、お父さんにとっては左の悪魔こそが味方だったの」
母は続けてホットミルクを作る。手伝いながら、わたしは続きを促す。
「うん、それで?」
「もっと小さいころにお父さん、トンボが蜘蛛の巣にひっかかっているのを助けたことがあったの。そのトンボは悪魔の仮の姿だったのよ。
罰ゲームに負けてトンボにされた悪魔の仮の姿──悪魔にもいろいろいるのね、恩を感じたその悪魔はお父さんをずっと見ていて、お母さんを必死に探すお父さん のためにまたトンボの姿になって──『境の国の番人になったからこの世の者と意思の疎通が出来る。逆を信じろ、そうすれば大事な人間は見つかる。常に左を 信じろ、そうすれば私がお前にずっとちからを貸してやる』って伝えたらしいの。
それで左にずっと曲がり続けてお母さんを発見した、っていうわけ」
日記に書いて何度も読み返したから間違いはないわ、と母は言う。
「そのときから父さんのラッキーポイントが【左】になったの?」
「左側の悪魔もホントは天使だって話、どっかでおれは聞いたけど」
急に背後から、弟の声がしてわたしは飛び上がった。
「寿樹(としき)! 気配させてきてよ!」
「姉ちゃんが気づかなかったんだろ」
弟、寿樹はもう制服に着替えている。母は笑った。
「でもこんな話素直に信じてくれるなんて嬉しいわ」
「うん──まあ、ね」
曖昧に返事をした。
まさか天国にいる人間とメールのやり取りをしたことがきっかけだとは言えない。
時計を見て、慌てた。
「遅刻する!」
大急ぎで支度しながら考える。
あの夢は父がわたしに何かを伝えようとしてくれたのかもしれない。
春夏秋冬をあきらめてはいけない、
そんな気がした。
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