七日メール

希彗まゆ

文字の大きさ
上 下
7 / 20

落とされたメッセージ

しおりを挟む
 結局暁と共に学校に戻り、わたしは早退した。
 帰り道には隣のクラスなのに暁もついてきて──彼には住む場所は必要ないのだ、と聞かされた。
 だからわたしがこっそり母や弟の携帯を借りようとしても無駄だ、ということを言っていた。

(つまりいつでもわたしを監視できるってこと)

 冷や汗が出る思いで、家の中に入る。
 暁は門の前から動かなかった。
 丸一日そのままでいるなら警察でも呼んでやろうかと思ったが、部屋の窓から見ると彼の姿は少なくとも肉眼では見えなくなっていた。

(でも、どうして暁は最初わたしに【将来の伴侶】だなんて嘘ついたんだろう)

 ほかにいくらでも言い方はあったはず。
 それがキーワードになっているとは考えられないだろうか。
 暁が何を邪魔したいかのキーワード。
 夕食を食べながら、お風呂に入りながらも考えたが全然見当もつかない。

「大体春夏秋冬からの情報も足りなさすぎだよね」

 ベッドにもぐりこむ。
 このまま──このまま、春夏秋冬と連絡がとれなくても、とわたしは思う。

(連絡がとれなくなったままでも──わたしに元の生活が戻るだけで、何か変化がある?)

 変化がないのなら、もう暁に素直に協力してもいいだろうか。
 そのほうが翔子のように犠牲になる者もいないで安心してすごせるだろうか。
 火曜日の夜は、そうして考えているうちに眠ってしまった。



 また夢を見た。
 今度は、父の夢だった。
 幼い頃のわたしと遊ぶ父は、優しい笑顔を浮かべていた。
 泣くわたしをあやす父。

<ひかり。つらいこと、苦しいことがあったときは左を見なさい。無理に前を見なくてもいいから左を見なさい。左はね、父さんのラッキーポイントなんだ。迷子になったときも左に曲がれば、必ず道は見えてくるはずだから──>



 水曜日の朝を迎えたわたしの頭の中に、確かに父の言葉が残っている。
 現実的な面もあったのに、げんかつぎも好きだったロマンチストな父のあの言葉はその一回しか聞いたことがない。
 だから忘れていた。
 だから春夏秋冬からのメールを見て聞いたことがあると感じたのだ。

「母さん!」

 パジャマのまま急いで台所に向かう。
 ハムエッグを焼いていた母は驚いたようにわたしを見る。

「おはよう。どうしたのひかり? 血相変えて」
「そんなことより! 父さんって【左】が好きだったよね? なんでか知ってる? てか、それって確かだよね?」

 すると母は懐かしそうな表情をした。

「お父さんが【左】が好きだったわけはね、【左】がお母さんを救ってくれたからなの」
「え──母さんを? どういうこと?」

 ハムエッグが焼け、母は皿に盛る。

「お父さんとお母さんが幼なじみだったのは知ってるわね? 小学校の頃ね、お母さん一度行方不明になったの。遠足の途中で、山から森に迷い込んでしまって。そのときお父さんが助けにきてくれたのよ。【境の国の番人】が『逆を信じろ』って教えてくれたって言ってたわ」

 境の国の番人?
 逆を信じろ?
 さっぱり意味が分からないというふうなわたしに、母はくすっと笑った。

「当時のお父さんは外国のアニメの影響で、【右】がラッキーポイントだと信じてたの」
「外国のアニメって?」
「よく外国のアニメで人が迷っているときに右側に天使、左側に悪魔が現れるの知ってる?」

 そういえば漫画でもそんな場面をたびたび見かける。

「普通そういうとき、右側を選ぶとその人を善に導いてくれるから、お父さんも【右】をげんかつぎしてたらしいの。でもね、お父さんにとっては左の悪魔こそが味方だったの」

 母は続けてホットミルクを作る。手伝いながら、わたしは続きを促す。

「うん、それで?」

「もっと小さいころにお父さん、トンボが蜘蛛の巣にひっかかっているのを助けたことがあったの。そのトンボは悪魔の仮の姿だったのよ。
 罰ゲームに負けてトンボにされた悪魔の仮の姿──悪魔にもいろいろいるのね、恩を感じたその悪魔はお父さんをずっと見ていて、お母さんを必死に探すお父さん のためにまたトンボの姿になって──『境の国の番人になったからこの世の者と意思の疎通が出来る。逆を信じろ、そうすれば大事な人間は見つかる。常に左を 信じろ、そうすれば私がお前にずっとちからを貸してやる』って伝えたらしいの。
 それで左にずっと曲がり続けてお母さんを発見した、っていうわけ」

 日記に書いて何度も読み返したから間違いはないわ、と母は言う。

「そのときから父さんのラッキーポイントが【左】になったの?」
「左側の悪魔もホントは天使だって話、どっかでおれは聞いたけど」

 急に背後から、弟の声がしてわたしは飛び上がった。

「寿樹(としき)! 気配させてきてよ!」
「姉ちゃんが気づかなかったんだろ」

 弟、寿樹はもう制服に着替えている。母は笑った。

「でもこんな話素直に信じてくれるなんて嬉しいわ」
「うん──まあ、ね」

 曖昧に返事をした。
 まさか天国にいる人間とメールのやり取りをしたことがきっかけだとは言えない。
 時計を見て、慌てた。

「遅刻する!」

 大急ぎで支度しながら考える。
 あの夢は父がわたしに何かを伝えようとしてくれたのかもしれない。

 春夏秋冬をあきらめてはいけない、
 そんな気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

レビス─絶対的存在─

希彗まゆ
児童書・童話
あなたはわたしに、愛を教えてくれた 命の尊さを教えてくれた 人生の素晴らしさを教えてくれた 「あいしてる」 たどたどしく、あなたはそう言ってくれた 神様 あの時の、わたしたちを 赦してくれますか? この命、いつか尽き果てても 何度でも生まれ変わる ──君をまた、愛するために。

ひとなつの思い出

加地 里緒
児童書・童話
故郷の生贄伝承に立ち向かう大学生達の物語 数年ぶりに故郷へ帰った主人公が、故郷に伝わる"無作為だが条件付き"の神への生贄に条件から外れているのに選ばれてしまう。 それは偶然か必然か──

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

いつか私もこの世を去るから

T
児童書・童話
母と2人で東京で生きてきた14歳の上村 糸は、母の死をきっかけに母の祖母が住む田舎の村、神坂村に引っ越す事になる。 糸の曽祖母は、巫女であり死んだ人の魂を降ろせる"カミサマ"と呼ばれる神事が出来る不思議な人だった。 そこで、糸はあるきっかけで荒木 光と言う1つ年上の村の男の子と出会う。 2人は昔から村に伝わる、願いを叶えてくれる祠を探す事になるが、そのうちに自分の本来の定めを知る事になる。

天使の紡ぐ雪の唄

希彗まゆ
児童書・童話
あなたは確かに、ここにいた。 その愛は 天使が紡ぐ唄のように。 流れ星のように。 この世に、刻まれた。 人って、簡単に消えてしまう。 だけど 確かに命(あなた)は、ここにいたんだ。 悲恋か否かは、読んだあなたが決めてください――

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~

橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。 しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ! だけどレオは、なにかを隠しているようで……? そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。 魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説! 「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。

小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと

石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。 歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。 大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。 愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。 恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。 扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

処理中です...