七日メール

希彗まゆ

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左へ曲がれ

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 間違いない。
 確かにメールの着信音だ。
 暁がはっとする気配におされたように、わたしは発信源を探していた。
 ソファの下──見覚えのある携帯が落ちている。

「!」

 翔子の携帯だ。
 いまの騒ぎで落としていったのだろう。
 急いで拾い上げ、すがるようにメールを開いた。
 一瞬遅れて、携帯にひびが入る。
 とたん、わたしは走り出した──いまわたしの左側にある形になっていた校庭に出るベランダに向かって。

「ひかりちゃん!」

 暁の舌打ちが背中に聞こえたが、振り向くはずもなく。

『後ろを見ずに、窓が見える場所にきたら迷わず左に曲がって』

 暁によって壊される直前に、わたしはそのメールを見ていた。
 わたしが「ほかの人の携帯を借りても緊急時なら春夏秋冬からメールがくるかもしれない」と考えていた、そのタイミングをみはからったように落ちていた翔子の携帯。
 春夏秋冬がどうにか力を使ってくれたのかもしれない。
 これで、わたしの推測が正しかったことが判明した。
 携帯は翔子のものでも、確かに差出人は「春夏秋冬」となっていたから。

(助けて)

 また窓が見える。左側はただの壁だ。
 だが思い切ってわたしは「左に曲がった」。
 わたしの身体が壁を通過する。

(助けて。翔子を助けて)

 失明なんかさせないで。翔子はわたしを護ろうとしてくれただけ。

「あ──」

 何度目かそうして壁を通過したわたしはそこに、携帯電話ショップを発見した。
 全速力で入店したわたしは、急いで近くの携帯を一個、手に取る。

「いらっしゃいませ」

 少々不審気味に店員が挨拶するが、おかまいなしだ。
 手に取った携帯が可愛い着信音を立てた。
 店員に気づかれぬよう自分の身体で隠し、メールを見る。
 差出人は──間違いない。春夏秋冬だ。

『ぼくを──【ぼく達】を信じてくれてありがとう。まず約束する。翔子さんは失明させな
い』

 その一文だけで、わたしは全身のちからが抜けた思いだった。
 どっと汗が噴き出すのを感じながら続きを読む。

『暁の狙いは【ぼく達】ときみとの連絡を絶つことだ。丸一日連絡がとれなければ【全ては終わる】。でもきみがあきらめないで【ぼく達】を信じ続けてくれるなら、【左へ曲がれば】窮地は開けるから』

 左へ曲がれば──どこかで聞いたことがあるような気がして返信しようとしたわたしの手の中で、携帯にひびが入る。
 ひやりとした。
 振り向くと、息も切らさずに、けれど不愉快そうな顔をした暁が立っている。

「ひかりちゃん」

 ゆっくり歩み寄ってくる。
 一歩ごとに店内の携帯が壊れていく。

「ひかりちゃんには痛い目見てほしくないんだ。というか、ぼくにはそれはできないけど──周りの人間が痛い目にあうのもひかりちゃんには【痛いでしょ】?」

 店員達が異変に気づき、騒ぎ始める。

「春夏秋冬と家族や友人と、どっちが大事かな?」
「──最低」

 せっかく春夏秋冬と連絡がとれたのに。
 アドバイスも受けたのに。
 こんな脅迫をされては、どうにもできない。
 なによりも、病死した父の姿が頭をよぎって仕方がなかった。
 心得たように、暁はわたしの頭を撫でる。

「物分かりがいいね」

 ──ちがう。
 わたしはただ、もう誰かが傷ついていくのを見たくないだけ。
 涙があふれた。
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