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陰謀
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暗闇の中から、誰かが呼びかける声がする。
誰だろう──とても懐かしい声。
姿は見えない。
でもなぜだか泣いている気配がした。
<しんじて──>
耳元でささやかれた気がして、わたしは飛び起きた。
保健室──カーテンの隙間から時計を見ると昼休みをすぎたばかりの授業中だからだろう、校内は静まり返っている。
(そうか──わたし、抱きしめられたから倒れたんだ)
昼休みを思い返してひとり納得する。
友達の中でもごく少数の者しか知らないことだったが、わたしは健路のことがあってから、男性に極度に触れられると気を失うようになっていた。
「拒絶反応だね」
気配もなしに声が降ってきた。
びっくりして顔を上げる。
いつのまにそこにいたのか、志木暁が微笑んでいた。
彼が──将来の伴侶?
彼が──天国にいる、春夏秋冬?
(ちがう)
違う、気がした。
根拠は何もない。
無論暁の言うことにも根拠はなかったが、どのみち彼に何を言われても信じられない気がしていた。
──そうだ、あのとき携帯にメールがきていたはず。
ポケットを探り、わたしは青くなった。
ない──気絶したときに落としたのだろうか。
「探し物はこれ?」
暁の手が持ち上がる。
指先には、わたしの携帯が無残にひびの入った姿を晒していた。
「なんで」
わたしの声が震える。
「床に落ちただけじゃ、そんなふうにならない」
「うん。だってぼくが壊したから」
天使のような微笑みを浮かべたまま、暁はなんでもないことのように言う。
「せ──んせ、」
「保健の先生なら、怪我した子のところだよ」
声が喉にはりついたように出ない。
それでも出したわたしの声を更に奪うように、暁がベッドの脇に座る。
髪を撫でつけられて、ぞっとした。
「やめて」
「これだけでも拒絶反応? 八川くんのこと思い出すんだ?」
「わかってるならやめて!」
「必死だね」
でも、と暁はくすくす笑う。
「残念ながら、ぼくはきみの伴侶だから」
「絶対違う」
負けじと睨みつける。
「それに、あんたなんかが【春夏秋冬】のはずない」
「そんなに嘘っぽかったかな?」
あっさりと暁は嘘を認めた。
「確かにぼくは春夏秋冬とは違う。でも奴らとかかわりがあるのは本当だよ」
それにはわたしも反論できなかった。
髪を撫でるのをやめ、暁はしげしげと壊れたわたしの携帯を見下ろす。
「携帯でしか連絡が取れないんだから。壊しちゃったらこっちのもんだし」
なにがどういうことなのかわからないが──とりあえず、この「志木暁」という男が「春夏秋冬」の邪魔をしたいのだけはひしひしと伝わってくる。
「新しい携帯持ってもまた壊すから無駄だしね」
恐ろしいことを言う。
「【だれ】なの?」
邪魔をしたい──それ以外のことはまったくの謎に包まれている。
わたしの問いは当然だと思う。
「教えるほど甘いと思う?」
とりあえず──敵も然る者、艶然と微笑むばかり。
確かにこの男が「自分を名乗った」とき、携帯が振動した。
あれは本物の春夏秋冬からのメールだったような気がしてならない。
だとしたら──わたしがとるべき行動はひとつだ。
そこまで考えが到達したとき、保健室の扉がけたたましい音を立てて開いた。
「ひかり! 無事!?」
翔子の声だ。
立ち上がりかけたわたしを、暁がベッドに押し沈める。
大きな手で口を塞がれた。
「はいはい怪我人は騒がないの。人の心配より自分の心配。片目が失明するかもしれないのに」
保険医の声が続く。
わたしは驚いて暴れたが、暁の身体はびくともしない。
「先生! ひかりの付き添いかえてよ! なんであんな得体のしれないオトコなの!?」
「聞き飽きたわ、三船さん。大体望月さんが倒れたのと同時にサッカーボールが飛んできてあなたの顔にぶつかったって聞いてるわよ? それから意識失って動かさないでいたら救急車に乗らずにここにきて、望月さんも起きたら心配するわ。さ、おとなしく病院行きましょ」
「目から水出てるだけでしょ、こんなの涙じゃん!」
「それも聞き飽きたわ。涙がそんなにどろっとしてる? 強膜が破れてるんだからおとなしくなさい!」
語気を荒げた保険医の声に伴うように、同じく追いかけてきたらしい教師達に翔子が連れて行かれる気配がした。
慌しく扉が閉まると、暁の身体がふわりとどいた。
「翔子になにかした?」
怒りで声が震えている。
「失明って、……サッカーボールって、普通よけられるでしょ!?」
「翔子ちゃんの運動神経に言って欲しいな。それに、ボールは急に飛んできた【ようだから】」
ばちんと暁の頬が鳴る。
自由になったわたしの手でぶたれたのだ。
「痛いなあ」
「翔子はもっと痛い!」
追いかけようとベッドから降りたわたしだが、保健室の扉は鍵がかかったように開かない。
「外からしか開かないようにしてあるから」
ベッドから、暁の声。
彼への怒りと翔子への心配とがわたしの中でごっちゃになったとき、
──どこかでメールの着信音が、した。
誰だろう──とても懐かしい声。
姿は見えない。
でもなぜだか泣いている気配がした。
<しんじて──>
耳元でささやかれた気がして、わたしは飛び起きた。
保健室──カーテンの隙間から時計を見ると昼休みをすぎたばかりの授業中だからだろう、校内は静まり返っている。
(そうか──わたし、抱きしめられたから倒れたんだ)
昼休みを思い返してひとり納得する。
友達の中でもごく少数の者しか知らないことだったが、わたしは健路のことがあってから、男性に極度に触れられると気を失うようになっていた。
「拒絶反応だね」
気配もなしに声が降ってきた。
びっくりして顔を上げる。
いつのまにそこにいたのか、志木暁が微笑んでいた。
彼が──将来の伴侶?
彼が──天国にいる、春夏秋冬?
(ちがう)
違う、気がした。
根拠は何もない。
無論暁の言うことにも根拠はなかったが、どのみち彼に何を言われても信じられない気がしていた。
──そうだ、あのとき携帯にメールがきていたはず。
ポケットを探り、わたしは青くなった。
ない──気絶したときに落としたのだろうか。
「探し物はこれ?」
暁の手が持ち上がる。
指先には、わたしの携帯が無残にひびの入った姿を晒していた。
「なんで」
わたしの声が震える。
「床に落ちただけじゃ、そんなふうにならない」
「うん。だってぼくが壊したから」
天使のような微笑みを浮かべたまま、暁はなんでもないことのように言う。
「せ──んせ、」
「保健の先生なら、怪我した子のところだよ」
声が喉にはりついたように出ない。
それでも出したわたしの声を更に奪うように、暁がベッドの脇に座る。
髪を撫でつけられて、ぞっとした。
「やめて」
「これだけでも拒絶反応? 八川くんのこと思い出すんだ?」
「わかってるならやめて!」
「必死だね」
でも、と暁はくすくす笑う。
「残念ながら、ぼくはきみの伴侶だから」
「絶対違う」
負けじと睨みつける。
「それに、あんたなんかが【春夏秋冬】のはずない」
「そんなに嘘っぽかったかな?」
あっさりと暁は嘘を認めた。
「確かにぼくは春夏秋冬とは違う。でも奴らとかかわりがあるのは本当だよ」
それにはわたしも反論できなかった。
髪を撫でるのをやめ、暁はしげしげと壊れたわたしの携帯を見下ろす。
「携帯でしか連絡が取れないんだから。壊しちゃったらこっちのもんだし」
なにがどういうことなのかわからないが──とりあえず、この「志木暁」という男が「春夏秋冬」の邪魔をしたいのだけはひしひしと伝わってくる。
「新しい携帯持ってもまた壊すから無駄だしね」
恐ろしいことを言う。
「【だれ】なの?」
邪魔をしたい──それ以外のことはまったくの謎に包まれている。
わたしの問いは当然だと思う。
「教えるほど甘いと思う?」
とりあえず──敵も然る者、艶然と微笑むばかり。
確かにこの男が「自分を名乗った」とき、携帯が振動した。
あれは本物の春夏秋冬からのメールだったような気がしてならない。
だとしたら──わたしがとるべき行動はひとつだ。
そこまで考えが到達したとき、保健室の扉がけたたましい音を立てて開いた。
「ひかり! 無事!?」
翔子の声だ。
立ち上がりかけたわたしを、暁がベッドに押し沈める。
大きな手で口を塞がれた。
「はいはい怪我人は騒がないの。人の心配より自分の心配。片目が失明するかもしれないのに」
保険医の声が続く。
わたしは驚いて暴れたが、暁の身体はびくともしない。
「先生! ひかりの付き添いかえてよ! なんであんな得体のしれないオトコなの!?」
「聞き飽きたわ、三船さん。大体望月さんが倒れたのと同時にサッカーボールが飛んできてあなたの顔にぶつかったって聞いてるわよ? それから意識失って動かさないでいたら救急車に乗らずにここにきて、望月さんも起きたら心配するわ。さ、おとなしく病院行きましょ」
「目から水出てるだけでしょ、こんなの涙じゃん!」
「それも聞き飽きたわ。涙がそんなにどろっとしてる? 強膜が破れてるんだからおとなしくなさい!」
語気を荒げた保険医の声に伴うように、同じく追いかけてきたらしい教師達に翔子が連れて行かれる気配がした。
慌しく扉が閉まると、暁の身体がふわりとどいた。
「翔子になにかした?」
怒りで声が震えている。
「失明って、……サッカーボールって、普通よけられるでしょ!?」
「翔子ちゃんの運動神経に言って欲しいな。それに、ボールは急に飛んできた【ようだから】」
ばちんと暁の頬が鳴る。
自由になったわたしの手でぶたれたのだ。
「痛いなあ」
「翔子はもっと痛い!」
追いかけようとベッドから降りたわたしだが、保健室の扉は鍵がかかったように開かない。
「外からしか開かないようにしてあるから」
ベッドから、暁の声。
彼への怒りと翔子への心配とがわたしの中でごっちゃになったとき、
──どこかでメールの着信音が、した。
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