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お屋敷へ
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だけど、どちらにしても言葉が通じる相手と巡り合えて良かった。
わたしは微笑み返す。
「わたしはイリス。イリス・ハサキ。こんな森の奥に家を建てるなんて、変わったお父さんだね」
「違うよ、オレは独り者。お屋敷はご主人様のものさ」
「ご主人様って、あなた召使い?」
「召使いって……まあ、そんなもんかなあ。使用人だよ」
アインはちょっと肩をすくめた。
「今だって、お使いに出されててさ、雨に降られてこれこのとおり」
びしょ濡れで身体にはりついた服を見下ろし、思い出したようにくしゃみをした。
「大丈夫? 風邪ひいちゃうよ」
「そんなことよりもさ、何か食べるもの持ってない? 雨宿りしてたら、腹減っちゃって」
わたしは、何か入っていないかとスカートのポケットを探る。
幾日前かに典江と半分こした胡桃入りクッキーの半分、しかもふやけたものが手のひらにこぼれ落ちる。
「クッキー入ってるの忘れて、そのまま洗濯機回しちゃったんだ……」
そんなスカートをはいていたなんて、と若干ショックを受ける。
「ありがと」
ところがアインは無邪気に笑ってクッキーを取り上げ、口の中に放った。
「あ、ちょ……ちょっと、それふやけてる上に洗剤混じり……」
「ん? 全然イケる」
アインはてんで意に介していないように、もふもふとクッキーを頬張っている。
自分と同い年くらいのこの男の子が、どちらかというと弟のような感じがして、一人っ子のわたしは嬉しくなった。
「そういえば、あんたは? こんなとこ、女の子が一人でくるところじゃないぜ」
喉を鳴らして飲み込んでしまうと、アインは初めてわたしのことが気になりだしたようだ。
「あ……あのね、実は──飼い犬がこの森に入って迷子になっちゃって」
この森の奥に住んでいる、ということは
少なからず、例の“殺人鬼の科学者”とかかわりのある人間なのかもしれない。
森の中にまで噂が浸透しているかは分からなかったが、自分が住んでいる場所のことを誰だって悪く言われたくはないだろう。
慎重に言葉を選びながら、わたしは説明する。
「普段はあんなふうに力いっぱいリードを引っ張るなんて、滅多にないの。それが今日を入れて二回もこの森に入っちゃって……追いかけて探してたら、雨に降られて」
なんだかよく分からない説明になってしまった。
ちらりと上目遣いに様子を見ると、アインは真面目そうな顔つきで聞いていた。
「もしかしたらその犬、うちのお屋敷に来てるかもしれないな。あんたもそのカッコじゃ、あんたこそ風邪引いちまうだろうし」
よく見れば、瑠璃色の瞳に笑みが浮かんでいる。
「ここからなら街よりお屋敷のほうが近いから、犬もいるかもしれないし、寄っていけよ。着替えも貸してやるから」
「……うん」
うなずいたわたしを微笑ましげに見ていたアインは、ふと、うろから顔を出して外をうかがう。
「ああ、そう言ってるうちにもう止みそうだ。ほら」
促されて、わたしも空を見上げた。
雷の音もしないし、手を差し出してもほとんど雨に当たらない。
「行こうか。歩ける?」
先にうろから出たアインの手をかりて、わたしは這い出した。
もしかしたら、噂の真相も確かめられるかもしれない。
そんなことを考えるのは危険なことだとは分かっていたけれど
もしかしたらあの人影の正体が分かるかもしれない、と思うと
空はまだ曇っていたし、薄暗さも相変わらずだったけれど、先刻とは裏腹にわたしの胸はドキドキと高鳴っていた。
わたしは微笑み返す。
「わたしはイリス。イリス・ハサキ。こんな森の奥に家を建てるなんて、変わったお父さんだね」
「違うよ、オレは独り者。お屋敷はご主人様のものさ」
「ご主人様って、あなた召使い?」
「召使いって……まあ、そんなもんかなあ。使用人だよ」
アインはちょっと肩をすくめた。
「今だって、お使いに出されててさ、雨に降られてこれこのとおり」
びしょ濡れで身体にはりついた服を見下ろし、思い出したようにくしゃみをした。
「大丈夫? 風邪ひいちゃうよ」
「そんなことよりもさ、何か食べるもの持ってない? 雨宿りしてたら、腹減っちゃって」
わたしは、何か入っていないかとスカートのポケットを探る。
幾日前かに典江と半分こした胡桃入りクッキーの半分、しかもふやけたものが手のひらにこぼれ落ちる。
「クッキー入ってるの忘れて、そのまま洗濯機回しちゃったんだ……」
そんなスカートをはいていたなんて、と若干ショックを受ける。
「ありがと」
ところがアインは無邪気に笑ってクッキーを取り上げ、口の中に放った。
「あ、ちょ……ちょっと、それふやけてる上に洗剤混じり……」
「ん? 全然イケる」
アインはてんで意に介していないように、もふもふとクッキーを頬張っている。
自分と同い年くらいのこの男の子が、どちらかというと弟のような感じがして、一人っ子のわたしは嬉しくなった。
「そういえば、あんたは? こんなとこ、女の子が一人でくるところじゃないぜ」
喉を鳴らして飲み込んでしまうと、アインは初めてわたしのことが気になりだしたようだ。
「あ……あのね、実は──飼い犬がこの森に入って迷子になっちゃって」
この森の奥に住んでいる、ということは
少なからず、例の“殺人鬼の科学者”とかかわりのある人間なのかもしれない。
森の中にまで噂が浸透しているかは分からなかったが、自分が住んでいる場所のことを誰だって悪く言われたくはないだろう。
慎重に言葉を選びながら、わたしは説明する。
「普段はあんなふうに力いっぱいリードを引っ張るなんて、滅多にないの。それが今日を入れて二回もこの森に入っちゃって……追いかけて探してたら、雨に降られて」
なんだかよく分からない説明になってしまった。
ちらりと上目遣いに様子を見ると、アインは真面目そうな顔つきで聞いていた。
「もしかしたらその犬、うちのお屋敷に来てるかもしれないな。あんたもそのカッコじゃ、あんたこそ風邪引いちまうだろうし」
よく見れば、瑠璃色の瞳に笑みが浮かんでいる。
「ここからなら街よりお屋敷のほうが近いから、犬もいるかもしれないし、寄っていけよ。着替えも貸してやるから」
「……うん」
うなずいたわたしを微笑ましげに見ていたアインは、ふと、うろから顔を出して外をうかがう。
「ああ、そう言ってるうちにもう止みそうだ。ほら」
促されて、わたしも空を見上げた。
雷の音もしないし、手を差し出してもほとんど雨に当たらない。
「行こうか。歩ける?」
先にうろから出たアインの手をかりて、わたしは這い出した。
もしかしたら、噂の真相も確かめられるかもしれない。
そんなことを考えるのは危険なことだとは分かっていたけれど
もしかしたらあの人影の正体が分かるかもしれない、と思うと
空はまだ曇っていたし、薄暗さも相変わらずだったけれど、先刻とは裏腹にわたしの胸はドキドキと高鳴っていた。
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