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 家に入り、扉を閉める。部屋まで駆け上がり、ようやく春樹は息せき切らせながらかれんの手を離した。

「かれん、きみ、どうして」

 息が邪魔で、うまくしゃべれない。
 聞きたいことは山ほどあった。
 だが、かれんにも説明できないことかもしれない。
 事実、かれんは自分が何者なのかも知らないのだから。
 見ると、かれんは小刻みに震えていた。

「かれん───」
「わたし、どうして」

 声も何かを恐れるように揺れている。今になって人を傷つけたことの意味が分かったのだろうか?

「わたし、『ちがう』」
「え?」

 言葉の意味が分からず、春樹は聞き返す。かれんは何かを拒絶するように頭を抱えた。

「わたしのなかに・だれか・いる」
「かれん、落ち着いて」

 かれんを抱きしめてやることしかできなかった。震えが伝わってくる。こんなとき、どうすればいいのだろう。かれんは何かにおびえている。それは確かだ。

(誰かいる、って……操られてる、とかじゃないよな)

 もっと聞き出せはしないかと口を開きかけたとき、チャイムが鳴った。こんな状態のかれんを少しでも置いておきたくなくてしばらく無視していたが、チャイムはしつこい。相当重要な用なのだろうか。

「一緒に」

 そっとかれんの手をつかむ。激痛は───やはりない。
 足元もおぼつかないかれんを案じながら、階下に降りる。扉を開けた。

「すみません、今取り込み中で」
「いきなり扉を開けるなんて、無用心だなシュンキ」

 立っていたのは白いスーツで決め込んだ、黒髪黒瞳の目を瞠るほど美形の男だった。年齢は春樹やかれんより少し上だろうか。その美しい瞳に危険な色を感じて、無意識に春樹はその男の視界からかれんを隠そうとした。

「おや、カレン。記憶が戻るのがそんなに恐いかい。震えてるみたいじゃないか」
「ええと……知り合いですか」

 春樹の名前は調べればすぐに分かるだろうが、かれんの名前まで知っているとは───この男、何者だろうか。
 男は春樹の問いに、後ろ手に持っていた薔薇の花束を渡してくる。

「これを、シュンキ。お前に」
「おれに?」

 やたらと親しげにしてくるのは頭のネジが飛んでいるからだろうが、花束までもらういわれはない。思い切りいぶかしんで花束を押し返そうとすると、男はくすっと笑った。

「『親友』からの花を拒否するのかい? そっちが忘れてもこっちは覚えてるんだよ───シュンキ『博士』」

 じり、と男が持っている部分から花束が焦げていく。先刻かれんが小林にしたことを連想し、春樹はとっさに聞いていた。

「まさか───あなたはかれんと同じ?」
「同じといえば同じだな。転生して都合よく記憶までなくしてるとはね。自己紹介からやり直しとはとんだ裏切りだぜ。おれはレント。キーワードだけでも覚えてないのか、博士?」
「ごめん───悪いけど、全然事情がつかめない」

 口ではそう言ったが、春樹の頭のどこかで危険信号が鳴り始めていた。

(なんだ───この感じ)

 肌で、こいつはやばいと感じる。本能的な何かが、春樹にうったえてくる。

「わたし」

 そのとき、かれんが背後で声を震わせた。

「わたし・このひと・ころした」

 振り返ると、彼女はさっきよりも青ざめながら男───レントを見つめている。

「わたし、まえ・このひと・ころした」



 おぼえてる このしせん

 逃れようのない絡みつくようなこの視線。
 頭の奥で、何かがはじけた。

 かれんの中で、
 カレンがとびだした。
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