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籠の中の少女

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 中学二年のときからの、三年越しの恋だった。
 それがにべもなく、一瞬で切り捨てられた。

「あたしがぁ? 好きになれると思う? あんたのコト」

 まるで侮蔑したようなあのまなざしが、まだ胸に痛い。

(ばっかみてぇ)

 前田(まえだ)春樹(しゅんき)は泥を引きずるように重い足取りで街中を歩いていた。

(おれに見る目がなかったんだ、……にしてもほどがある)

 外見の清楚さにだまされていた。三年間も。なんて愚かなことだろう。

 春樹はずっと空虚な感じで生きてきた。いつも何かが足りない、そんな思いで生きてきた。そんな中、やっと咲いた淡い思いだったのに。
 酒を飲んだわけでもないのに、彼は酔っているような心地だった。気持ちが沈みすぎて、泥酔いした人間の思考のようにふらふらと視界をも揺らしている。

 ドン、

 よろけた足取りが、災いを呼んだ。

「どこ見て歩いてんだ?」

 誰かに身体がぶつかったらしい。ぼんやりと、春樹はその人物を見上げる。どこかで見覚えがある───「あの女」の取り巻きだ、と分かったときには相手も春樹が誰かをさとったようだった。

「見ろよ、こいつだぜ。美野里(みのり)にコクったの」

 一緒に歩いていた仲間に春樹を指差しあざ笑っている。

 ───ばかばかしい。

 何もかも、ばかばかしかった。

「待てよ」

 通り過ぎようとして邪魔された。取り巻きが、道をふさぐ。通行人たちは見てみぬふりを決め込んで足早に通り過ぎていく。

「ぶつかった礼、してないぜ。わりとソコソコのツラしてんじゃねえか。もっといいツラにしてやるよ!」

 顔に激痛が走る。春樹はよろけ、あっけなく道に転がる。
 無抵抗の春樹に、取り巻きたちは容赦がなかった。

「ちょっと! 何してるの!? 警察呼ぶわよ!」

 見かねた誰かがそう叫ぶと、ようやく彼らは笑い声を上げながら去っていく。仰向けに倒れた春樹の顔を、見知らぬ女性が心配そうに覗き込んでいた。

「だいじょうぶ? 病院、行こう」
「……って」

 いいです、と言いかけたが口の中が切れていて春樹は痛みに顔をしかめた。
 なんとか立ち上がることはできた。このぶんなら、骨折とかそんな大事にはなっていなさそうだ。

「行こう」
「いいです」

 肩を貸そうとした女性をやわらかく振り払う。

「でも、……ちょっときみ!」

 優しさのほうが自己嫌悪の胸には痛かった。身体中の傷が悲鳴を上げるのもかまわずに、春樹は駆け出していた。
 公園までくると、空には星が瞬きはじめていた。冬の夜の訪れは早い。
 ぼんやり見ていると、ふと流れ星が横切った。

(───こんなおれなんか、きえてしまえばいい)

 つい、ねがいごとをしていた。
 みちびかれるように。
 いまのこころがのぞんだそのままを。

「……ばっかみてぇ」

 その言葉は美野里の本性を見抜けなかった自分にか、流れ星に願い事なんてしてしまった自分にか。
 自分でもよく分からぬまま、春樹はようやく家に向かって歩き始めた。



 家が見えてくると、門の前に何か見慣れぬものが置いてあるのが見えて春樹は眉をひそめた。
 捨て猫か捨て犬───? にしては、大きすぎやしないか。
 春樹の家はいわゆる高級住宅街にあるから、いつもわりかし静かだ。特に暗くなると、山が近いこともあってかあまり外出する近所の者もいない。
 門の前まで歩み寄った春樹は、街灯に照らされた「それ」を見て、危うく悲鳴を呑み込んだ。

 かごのなかに、裸の少女が猫のように身体を丸めてねむっていた。
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