鬼精王

希彗まゆ

文字の大きさ
上 下
56 / 59

出会い

しおりを挟む


※「架鞍の過去と雨の密事」のエピソードのラストのほうから繋がります。

**********

わたしは雨空を見上げた。


「花火、ダメになっちゃったみたいだね」


雨で、わたしの身体に降りかかった架鞍くんの体液が流れ落ちていく。


「浴衣もね」

「あ……ゴメンね、せっかく架鞍くんがプレゼントしてくれたのに」

「あんたも風邪引いてダメにならないように、くだらないこと気にしないで帰るよ」


わたしは慌てて浴衣を正す。架鞍くんのほうも正し終わり、「走るからね」と、わたしの手を引っ張る。


その時、何かがわたしの耳に聞こえてきた。何か……いや、誰かが、自分を呼ぶような、声。頭と耳に直接響いてくるような……ぼんやりとでは、あったけれど。


【鬼精王Side】


「誰……? わたしを呼んでるの……?」


ふら、と苺はとりつかれたように架鞍の手を振りほどく。


「?」


架鞍は問いかけようとして、喉が凍りつく。


「、!!」


声が出ない? ……身体も動かない。たどりついたひとつの答えは、──【鬼精鬼】。


「誰……?」


そううつろにつぶやきながら苺が雨の中に消えていくのを、ばたりと倒れた架鞍は、ぼんやりと見ていることしか出来なかった。




【苺Side】


ふと気がついたわたしは、目の前の光景に幾度か瞬きをした。

いつのまにか……公園にきてしまっていた。雨がしとしとと降っている。


「わたし……どうしてこんなとこまで」


そうだ……誰かに、呼ばれた気がして……。

そこで初めて、目の前に立っている誰かに気がついた。

真っ白な髪に、濃い血のような紅い瞳。野性的で危険な香りのする、美形の……男。歳は20代後半といったところだろうか。


「あなたが……わたしを、呼んだの?」


男は、野性的な笑みを浮かべていた。


「俺の声が聞こえてここまで来たということは、【鬼精虫】の効果はあるようだな」


話すと、その唇の間から僅かに牙が覗いている。この男、もしかして……。

わたしはごくりと唾を飲み込んだ。


「あなた……【鬼精鬼】……?」

「もっとこっちに来い」


手を出してくる、男。ふら、とわたしは動こうとして踏み止まる。


「正体を……教えてくれないと、行かないっ……」

「来い。俺の傍へ」


力強い、有無を言わさぬ意志のこもった瞳。導かれるように、いつの間にかわたしは男の目の前まで歩み寄っていた。


「お前の名を言ってみろ」

「中原……中原、苺」


応えてしまってから、ハッと再び我に帰る。


「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗りなさいよっ」

「俺は……【鬼精鬼】だ。お前の想像通り、な」


ぞく、と悪寒が走った時には、もうわたしは鬼精鬼の腕の中にいた。

噛みつくようなキス。だが一瞬後、すぐに鬼精鬼はわたしを離した。

突然キスなんてされて、黙っていられるわたしではなかった。パン、と勢いよく鬼精鬼の頬を叩く。けれど、内心の動揺までは隠せない。


「なっ……いきなりなに、するのよっ!」

「【鬼精虫】が仕込んであって――俺に会っているというのに、そんなことが出来るとは……やはり処女でない女は簡単にはいかないか」


わたしは顔が熱くなるのを感じた。


「好きな男でも出来たか?」


叩かれたのにも動じず、相変わらずの表情で、鬼精鬼。


「男の味がする」

「そ、そんなの……そんなことよりっ! わたしの中に入れた【鬼精虫】を取りなさいよっ!」


そしてわたしは、【鬼精鬼】が処女でない女に【鬼精虫】を仕込むのは、その女を好きになった時だけだ、と聞いたことを思い出した。


「なっ……なんで、わたしなんかを好きになったわけっ……?」

「知りたいなら」


鬼精鬼の姿が薄れて行く。わたしを好きになったということを、否定もせずに。


「……ぃ、……と、だ……」


ふ、とそこで鬼精鬼の姿は消えた。


「聞こえない! 消えるなんてずるいよっ!」


わたしはぶるっと身震いした。このままでは風邪を引いてしまう。取り合えず、家に帰ろう。みんな心配しているだろう。

でも……どうしてわたし、【鬼精鬼】相手にそんなに恐く感じなかったんだろう……。

なにかを思い出しそうな気配があったけれど、記憶の糸を手繰り寄せる前に、それはまたたくまにまた脳裏から消えてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

処理中です...