鬼精王

希彗まゆ

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出会い

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※「架鞍の過去と雨の密事」のエピソードのラストのほうから繋がります。

**********

わたしは雨空を見上げた。


「花火、ダメになっちゃったみたいだね」


雨で、わたしの身体に降りかかった架鞍くんの体液が流れ落ちていく。


「浴衣もね」

「あ……ゴメンね、せっかく架鞍くんがプレゼントしてくれたのに」

「あんたも風邪引いてダメにならないように、くだらないこと気にしないで帰るよ」


わたしは慌てて浴衣を正す。架鞍くんのほうも正し終わり、「走るからね」と、わたしの手を引っ張る。


その時、何かがわたしの耳に聞こえてきた。何か……いや、誰かが、自分を呼ぶような、声。頭と耳に直接響いてくるような……ぼんやりとでは、あったけれど。


【鬼精王Side】


「誰……? わたしを呼んでるの……?」


ふら、と苺はとりつかれたように架鞍の手を振りほどく。


「?」


架鞍は問いかけようとして、喉が凍りつく。


「、!!」


声が出ない? ……身体も動かない。たどりついたひとつの答えは、──【鬼精鬼】。


「誰……?」


そううつろにつぶやきながら苺が雨の中に消えていくのを、ばたりと倒れた架鞍は、ぼんやりと見ていることしか出来なかった。




【苺Side】


ふと気がついたわたしは、目の前の光景に幾度か瞬きをした。

いつのまにか……公園にきてしまっていた。雨がしとしとと降っている。


「わたし……どうしてこんなとこまで」


そうだ……誰かに、呼ばれた気がして……。

そこで初めて、目の前に立っている誰かに気がついた。

真っ白な髪に、濃い血のような紅い瞳。野性的で危険な香りのする、美形の……男。歳は20代後半といったところだろうか。


「あなたが……わたしを、呼んだの?」


男は、野性的な笑みを浮かべていた。


「俺の声が聞こえてここまで来たということは、【鬼精虫】の効果はあるようだな」


話すと、その唇の間から僅かに牙が覗いている。この男、もしかして……。

わたしはごくりと唾を飲み込んだ。


「あなた……【鬼精鬼】……?」

「もっとこっちに来い」


手を出してくる、男。ふら、とわたしは動こうとして踏み止まる。


「正体を……教えてくれないと、行かないっ……」

「来い。俺の傍へ」


力強い、有無を言わさぬ意志のこもった瞳。導かれるように、いつの間にかわたしは男の目の前まで歩み寄っていた。


「お前の名を言ってみろ」

「中原……中原、苺」


応えてしまってから、ハッと再び我に帰る。


「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗りなさいよっ」

「俺は……【鬼精鬼】だ。お前の想像通り、な」


ぞく、と悪寒が走った時には、もうわたしは鬼精鬼の腕の中にいた。

噛みつくようなキス。だが一瞬後、すぐに鬼精鬼はわたしを離した。

突然キスなんてされて、黙っていられるわたしではなかった。パン、と勢いよく鬼精鬼の頬を叩く。けれど、内心の動揺までは隠せない。


「なっ……いきなりなに、するのよっ!」

「【鬼精虫】が仕込んであって――俺に会っているというのに、そんなことが出来るとは……やはり処女でない女は簡単にはいかないか」


わたしは顔が熱くなるのを感じた。


「好きな男でも出来たか?」


叩かれたのにも動じず、相変わらずの表情で、鬼精鬼。


「男の味がする」

「そ、そんなの……そんなことよりっ! わたしの中に入れた【鬼精虫】を取りなさいよっ!」


そしてわたしは、【鬼精鬼】が処女でない女に【鬼精虫】を仕込むのは、その女を好きになった時だけだ、と聞いたことを思い出した。


「なっ……なんで、わたしなんかを好きになったわけっ……?」

「知りたいなら」


鬼精鬼の姿が薄れて行く。わたしを好きになったということを、否定もせずに。


「……ぃ、……と、だ……」


ふ、とそこで鬼精鬼の姿は消えた。


「聞こえない! 消えるなんてずるいよっ!」


わたしはぶるっと身震いした。このままでは風邪を引いてしまう。取り合えず、家に帰ろう。みんな心配しているだろう。

でも……どうしてわたし、【鬼精鬼】相手にそんなに恐く感じなかったんだろう……。

なにかを思い出しそうな気配があったけれど、記憶の糸を手繰り寄せる前に、それはまたたくまにまた脳裏から消えてしまった。
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