鬼精王

希彗まゆ

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花火と風邪(禾牙魅編)2

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「線香花火って大好き。一生懸命燃えて、そして果てて」

「切ないか?」


禾牙魅さんに尋ねられて、わたしはかぶりを振った。


「ううん、そうは思わないよ」

「何故?」

「だって、短い間にこんなにキレイな光を見せてくれて。一生懸命だったから、短くても線香花火にとっても心残りないだろうし、やってる人間も嬉しいな楽しいなって思えるし」

「前向きだな。だが、そこまで思って線香花火をする人間もそういないと思うぞ」


突如、近くから派手な花火の音が上がる。


「わっ!?」

「架鞍か」


見ると、打ち上げ花火の第二弾を備え付けている架鞍くんの姿がある。


「ああ、邪魔した?」


こちらを向く架鞍くん。禾牙魅さんは小さくため息をついた。


「何の邪魔だ」

「別に」

「架鞍くん、そういうの好きなの? 意外」


わたしが興味深げに言うと、霞がさっきの麦茶とスイカを持ってきてくれた。


「昨日の花火のかわりになれる一番のものって架鞍なりに探したんじゃない? はい、麦茶とスイカ」


受け取って、麦茶を飲む。喉が潤っていく感覚に、酔いしれそうになる。


「この麦茶おいしい! あ、このスイカ種なしなんだ! 種って面倒だよね」

「苺ちゃん種なしスイカのほうが好きだと思ったからね。禾牙魅も架鞍もせっかくだから食べろよ」


禾牙魅さんと架鞍くんも、スイカに手を出す。


「あれ? 一応食べられるんだっけ?」


スイカを食べながら尋ねるわたしに、架鞍くんが答えてくれる。


「人間みたいな【満足】にはならないけどね」


そして二発目の花火を打ち上げる。


「あんた、スイカに塩かけるタイプ?」

「スイカに塩?」


どうだったっけ、と思い出してみる。


「たまにはかけるかな? 紀代美ちゃんがかけてるの見て、かけてみたらけっこう甘くて美味しかったから」

「紀代美ちゃん……ああ、高校の時からの友達だっけ」

「うんっ……てなんで知って……っ」


慌てたとたん、思い出す。

そうか。大体のことは調べ上げられちゃってるんだっけ。

すると、架鞍くんが笑った。


「あんたのその百面相、面白い」

「百面相なんてしてないっ!」

「はたから見てるとしてる」

「よっしゃ、ここらでいっちょ花火全部ぱーっと咲かせちまいましょうか」


準備運動でもするかのように、霞が指を鳴らす。


「火事にならないようにな」


注意を忘れない禾牙魅さん。花火全部って……まさか一度に? 見ていると、霞は地面に花火の残りを全部ばらまく。


「分かってるって。それじゃ、行っくぜ~!」


パチンと霞が指を鳴らすと、花火各種が一斉に光を放ち始めた。まるで電気をつけているほどの明るさで、小さなイルミネーションのようだった。


「キレイ……」


うっとり見惚れるわたしの横で、架鞍くんがつぶやく。


「霞ってホント派手好き」


しばらく見つめていたわたしは、突然襲ってきた寒気にくしゃみをした。


「風邪でも引いたか?」


禾牙魅さんが顔を覗き込んでくる。


「ん……わかんない。でも少し寒いかな?」

「大事を取って、ここら辺でお開きにしようか。花火も全部終わったことだし」


霞が言うと、闇に光の名残を残して、花火の最後の火が燃え尽きた。


「みんな今日はありがと! すっごく楽しかったよ!」


すっかりいい気分になって、わたしはそうお礼を言った、のだけれど。





翌朝起きた時から、身体がだるかった。気のせいか、意識も朦朧としている。

なんだろう、やっぱり風邪でも引いたのかな。


それでも朝食をとろうとリビングへ行ったとたん、ぐらりと視界が傾いて──キッチンにいた霞が何か叫んだけれど、わたしの意識は闇の中に沈んでいった。





わたしはそのあと、どうやら自分の部屋に連れてきてもらったらしくて。

気がつくと、ベッドの上で荒く息を吐いていた。

ちょっと苦しい……いつもの風邪よりも、ひどいみたい。

ふと気配を感じてうっすら目を開けると、タオルを持った禾牙魅さんがいた。


「か……がみ、さん」

「雨の中、あんなことをした俺が悪かった。お前に風邪を引かせてしまった」


途端、あの時の禾牙魅さんの息遣いまでも思い出して顔が火照る。


「やだ……思い出させないで」

「……背中の汗だけでも、拭かせてくれ」


言って禾牙魅さんは、わたしのパジャマを脱がせていく。辛うじて、胸を見られる前にうつぶせになることが出来た。そこで気づく。


「パジャマ……誰が着替えさせてくれたの……?」

「俺だ。心配するな、例によって“見て”はいないから」

「…………」


禾牙魅さんの手が、タオルを通してわたしの背中の汗を拭い取って行くのが分かる。時折、その手が止まる。


「禾牙魅さん……?」

「あの時俺がつけた赤い跡が……消えかかっているな」


そして同じ場所に口づけ、わたしの肌を吸った。


「あ、っ」


僅かな快感に、息苦しさに拍車がかかる。


「や……めて、禾牙魅さん……」


禾牙魅さんは前より強く口づけ、吸い上げる。痛いほどに吸われたと思ったら、優しく舌で舐められて、わたしは必死に声を堪えた。

禾牙魅さんはもう一度タオルで拭うと、パジャマを着せ直してくれる。


「本来ならお前の風邪も治してしまえるんだが……人間界に来ると、力の制限がつけられてしまう。それを破ると俺だけでなく色々なところに余波が来るからそれが出来ない。だがこの分ならぐっすり眠ればすぐに治りそうだな」

「ん……」

「それと、霞がプール券を買ってくるとか言っていたな。お前が元気になったら行けるようにと」

「行きたい……治る、かな」

「珍しく弱気だな。治る。安心して眠れ」


そして禾牙魅さんはわたしの額に手を当てる。魔法のようにわたしの意識は、今度は心地よく闇に落ちて行った。
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