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止められなくて
しおりを挟む「あ、これ癒し系NO.1みたい、すっごい売上! ねえ、禾牙魅さんにはこういうの似合いそう……、」
昼間、CDショップ。
視聴していたわたしが振り向くと、いつもよりも少しだけオシャレな服を着た禾牙魅さんは相変わらずあちこちに視線をやっていた。そう、相変わらず──。
今日は珍しく禾牙魅さんのほうから「外に行こう」と誘われ、出てきたのだが……どの店に入っても、始終どこかへ神経を張り巡らせているのだ。
「禾牙魅さん」
再度呼びかけると、ようやく禾牙魅さんはわたしを見た。
「デパート行こ? いろんなものたくさん見るにはデパートが一番! もうずっと行ってなかったから」
「ああ」
そう答える禾牙魅さんの注意は、どこかよそへいっているようだ。わたしたちは場所をデパートへと変え、エレベーターに乗った。二人きりで他に聞いている人はいないので、思ったことを口にしてみる。
「【鬼精鬼】、探してるんだね」
歩きながらわたしが推測していたことを言うと、禾牙魅さんは黙り込み、「ああ」と答えた。
「そっか。それで誘ってくれたんだ」
「俺は」
「うん分かってる、わたしを気晴らししてくれることも考えて一石二鳥だって思ったんでしょ? じゃなくちゃ、わたしひとりだけ霞と架鞍くんに任せておいてくれればいいことだもんね」
すると禾牙魅さんは、ふっと微笑んだ。初めて、わたしの前で──。
「苺」
「禾牙魅さん……嬉しい、初めて笑ってくれた……」
感動に浸る間もなく、次の瞬間。
エレベーターがガクンと揺れ、薄暗くなって止まった。
「きゃあっ!」
なんで急に!? と疑問に思うより早く、禾牙魅さんが薄暗がりの中で怒りの表情を見せる。
「【鬼精鬼】!」
「え……【鬼精鬼】がやったの?」
「一瞬だが気配を感じた。一体何が目的でこんな、」
言葉の途中で、禾牙魅さんは息を止めて身体を折る。
「禾牙魅さん!?」
「……寄るなっ!」
駆け寄るわたしは突き飛ばされ、床に倒れ込んだ。打ちつけられた背中が痛い。わたしよりも、突き飛ばした禾牙魅さん自身が驚いているようだった。
「力の加減が……? 畜生、【鬼精鬼】が……俺を操ろうとしている……」
「操るって……どうなるの? 【鬼精鬼】は何を考えてるの?」
痛みを堪え、なんとか身体を起こすと禾牙魅さんは胸のあたりをぎゅっとつかみ、苦しげな表情をしていた。
「遊ぼうと……しているんだろう……」
「あそ、び……?」
「お前を……対象に」
「え……?」
禾牙魅さんが苦しげに息をつきながら、わたしに歩み寄ってくる。
「身体が……操られる、いうことをきかない……!」
どん、とわたしの両肩をつかんで壁に押し付け、力強く抱きしめる。息も出来ないほどに。間髪入れず、唇が塞がれた。強いキスにわたしは驚く。
「んぅっ……!」
すぐに唇は離れ、代わりに片手で声が出ないよう塞がれた。もう片方の手で乳房をつかみ、揉みしだきながら服の上から突起に口づける。
「……、」
禾牙魅さん、と言いたいのに声が出せない。
「こんなこと……こんなことでお前を抱きたくなんかないのに……!」
操られる苦しみにか荒い息をつきつつも、乱暴にスカートの中に手を忍ばせ、太股の内側、更にその奥へと指を進めながら首筋、うなじ、乳首、脇腹へと唇が愛撫を与えていく。
「ふ、ぅっう……」
こんなふうな状況で、なのに感じてしまうのがなぜか哀しくてわたしの瞳から涙があふれる。
禾牙魅さんの指が直接ショーツの下に入ってきて、花芽に触れる。わたしの身体がびくんと反応したのを確認したように、濡れた花芯に指が移動し、侵入してきた。
ふいに、禾牙魅さんの手がわたしの口から離れる。大きく息を吸い込んだけど、快感のため力がうまく入らない。
「禾牙魅さん……、!」
禾牙魅さんはわたしのスカートをたくしあげ、もう片方の手で足を開かせた。そして、ショーツの上から花芽に唇を当て、強く舌で愛撫をし始める。
「あっ、や、いや……こんなのいや……っ!」
わたしは力なく禾牙魅さんの頭を押さえたが、身体のほうは愛撫に正直に応え、太股にまで愛液が流れ出して来た。ずるずるとしゃがみこんですすり泣く。禾牙魅さんの愛撫が、そこで止まった。
「うあああああっ!!」
禾牙魅さんは、自らの腕の肉の一部を噛みちぎったのだ。
「禾牙魅さん!」
噴き出す血を、とっさにわたしは両手で抑える。はぁ、はぁと息をつき、汗びっしょりになりながら禾牙魅さんは小さく「やめろ」と言ったようだった。次第に息が整って行く禾牙魅さんを見て、わたしはそっと尋ねる。
「もう、操られて……ない?」
「ああ……。“追い出した”。……苺……すまない」
「禾牙魅さんのせいじゃないよ……」
「違う。俺に一瞬の隙があったんだ。俺が悪い」
「悪くないよ! き……もちよかったし」
わたしは急いで下を向く。頬が熱くなっている。禾牙魅さんが自分を見つめているのが分かって尚更恥ずかしかった。
「でも……こんなふうなのは、もうイヤだからねっ?」
「……ああ」
エレベーター内が明るくなり、動き出す。
「良かった……。医務室に寄らせてもらおう。ね?」
「そうだな。こんなに血塗れでは街中でも目立つ」
「無茶するんだから」
「俺がこうでもしないと、確実に最後までさせられていただろうからな」
「!」
「抱く時はちゃんと俺自身の意志で抱きたい」
禾牙魅さんのその言葉は、社交辞令? それとも……わたしだから言ってくれてるの? はっきり言ってくれないと、誤解してしまいそうだ。
わたしは高鳴る心臓を鎮めようとしたが、無駄だった。どうしよう。確実に禾牙魅さんに惹かれている──。
医務室で驚かれながらも手当てしてもらい、家に戻ってから更に霞と架鞍くんに質問攻めにあった禾牙魅さんは、エレベーターでわたしにしたことは言わずに【鬼精鬼】に操られたということだけを伝えていた。
わたしもなるべくなら知られたくなかったから、ありがたかった。
夜、お風呂からあがって部屋に戻り、髪を乾かしながら考える。
操られていたとはいえ、禾牙魅さんにあんなことをされて少しでも嬉しく思うなんて……わたしはおかしいんだろうか。
惚れっぽいのかも、と思う。
考えていたら、頭がもやもやしてきた。
「考えてても仕方ないか。好きなものは好き……なんだし」
もう、寝てしまおう。そう思って服を脱ぎ、寝間着に手をかけたその時。突然勢いよくドアが開いた。
【鬼精王Side】
「苺っ! 大丈夫か!?」
「えっ!?」
なぜか物凄い勢いで入ってきた禾牙魅だったが、苺が無事なことが分かって小さくため息をつく。
「またはめられた……霞の奴が、苺の体調が急変して俺を呼んでるとか言うから」
「へ?」
「ああ、着替え中だったのか。すまなかった」
苺は初めて自分のあられもない姿に気づいて真っ赤になったが、禾牙魅は何事もなかったように出て行こうとした。
「なんでそんなに冷静なの?」
赤くなりながらも、苺は不服そうにそう尋ねる。
「禾牙魅さんて女の人の身体とか見ても全然動じないの?」
「お前の体調が急変したとか言われなかったら、動じていたかもしれないな」
「み……たの?」
「見たのかもしれないが、もう思い出せない」
「……わたしって禾牙魅さんにとって着替えとか見てもなんてことない存在なんだ」
言ってしまったあと、やばいと思った苺だが、止まらない。
「禾牙魅さんのバカっ! 少しは動じてくれたっていいじゃない! わたしだって女なんだよ!?」
「苺……」
「出てってよ、早く出てって!」
(人の気も知らないで、この娘は……)
などと禾牙魅が考えているとは苺は思いもしない。ぎゅっと服で身体を隠して自己嫌悪に浸っている苺に背を向け、禾牙魅は今度こそ出て行った。
苺は寝間着を着て、ベッドに寝転がる。
「元カレの時は、こんな気持ちになったことなかったのに……」
すなわち元カレの時には本当の恋をしていなかったのだ、と苺が気づくのにはまだだいぶかかりそうだった。
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