鬼精王

希彗まゆ

文字の大きさ
上 下
15 / 59

架鞍の過去と雨の密事2

しおりを挟む


「それ……それ、どういう、」

「ここまで言ったんだ、どういう意味かだなんて言ったらあんた置いて帰るよ」


架鞍くんの口調は冷たい。

でも──はっきり聞きたい……ううん、でも今はそれより大事なことがある。


「架鞍くんは、わたしを置いて帰ったりはしないよ」


涙を拭って、微笑みながら言うわたしを、架鞍くんは見つめ直してくる。


「まだ、あるでしょ? まだ……」


わたしは架鞍くんの左胸に手を添える。

──わたしにそこまで話したのなら、架鞍くんはまだ何かを抱えているはずだ。わたしに……話したいと思ってくれている、はず。


「まだここに、ためてる思いがあるでしょ?」


つらくて哀しい思い出を、なんでもないように話せるはずがない。何か心にためているものがなければ、平気で話せるはずがない。


「どうしてそんなにツラくて哀しい思い出を、そんなになんでもないように話すの? 大丈夫だよ、わたししかいないから。わたししか聞いてないから、もう、心を解放してあげても大丈夫だよ」


こんなにも惹かれている架鞍くんの思いを、すべて受け止めたいと思った。


「……んでだよ」


切なそうに顔を歪めた架鞍くんの声に、震えが混じる。


「なんで【大丈夫】だなんて言うんだよ……花奈みたいなこと言うなよ……花奈も、最期の言葉が【大丈夫よ】、だったんだ……」


やるせなかったであろう、架鞍くんの思いがどんどん吐き出される。恐らくこの5年間、ずっと堪えてきたに違いない。胸に閉じ込めてきたに違いない。


「偶然だったんだ! 偶然なのになんで花奈なんだ! 花奈じゃなくたっていいじゃないか! こんなことなら……こんなことなら、穢してしまうことになってもいいから抱いておくんだった……!」


わたしはそんな架鞍くんを、抱きしめていた。

架鞍くんに愛されたその女の子に、少しばかり嫉妬しながら……それでも架鞍くんの想いが切なすぎて、胸が張り裂けそうだった。


「架鞍くん……その人のこと、一生愛してるんだね」


見上げたわたしの涙で濡れた頬を架鞍くんは拭おうとして、先にわたしの指が自分の頬をそっと拭ったことで、架鞍くんは初めて自分が泣いていることに気がついたように、はっとした顔を見せたけど。

わたしの手を払い、自分で涙をすっかり拭うと、架鞍くんはいつもの表情に戻っていた。


「まだ分かってないの? あんた相当鈍感だね」

「え……?」


架鞍くんはパチンと指を鳴らし、何かを出現させた。

……古い、ビーズの指輪。


「花奈が作って俺にくれた、唯一のものだよ。形見、とかいうのかな」


そう言って架鞍くんは、何のためらいもなく──本当に何のためらいもなく、それを引きちぎった。


「あっ……!? なんてことするの架鞍くん!」


わたしは慌てて拾おうとする。けれどそのビーズは、架鞍くんの力のせいでか、あっという間に消滅していく。


「架鞍くん! あれは花奈さんの大事な、」

「大事なのは今の心。今の気持ちでしょ」

「それはそうだけどってそんな理屈今は関係ないでしょ!?」

「あるよ」


架鞍くんは懐から、キラキラと輝くビーズが入った小瓶を取り出した。


そういえば、わたしが焼きとうもろこしを食べている間、ビーズの屋台で何かやっていたけれど……これを買っていたのか。


架鞍くんは小瓶からビーズを掌に取り出し、器用にひとつの指輪を作った。


「あんたにやる」

「え? あ、ありが、」

「でも今はやらない」


手を伸ばそうとしたわたしだったが、架鞍くんはビーズの指輪を懐にしまってしまう。


「もう……っ! 架鞍くんの考えてること、全然分からないよっ!」

「男に服をプレゼントされる意味って知ってる? それくらい知ってるよね?」


むくれるわたしに対して今度は突然、そんなことを言い出す。

わたしはびくっとして架鞍くんから離れようとした。が、逆に抱き寄せられる。


「そう……脱がすために男は女に服をプレゼントするんだよ」

「か、架鞍くんこんな時に冗談……」

「そうだね、冗談はやめておこうか」


わたしがまたも抗議しようと顔を上げたとたん、


「まだ痛いでしょ?」


と、尋ねられた。


それが、「あの時」にされたことのものだと知って、わたしは必死に取り繕おうとした。


「う、うん、少しだけね。でももう全然」

「痛いに決まってるよね? 焼け爛れてるんだから」


本当は架鞍くんの言うとおり、まだ痛かった。

うつむくわたしのみつあみを、架鞍くんがほどいてゆく。


「あれね。焼け爛れさせた本人にしか基本的に治せないから。今、治すから俺に逆らわないで」


わたしの身体を、草の上に横たえさせる。浴衣がはだけられていって、わたしは焦った。


「架鞍くん!?」

「治す方法も、同じことをするしかないから」

「……!」


わたしの身体が、こわばる。架鞍くんははだけたわたしの両胸に手をそっと置いた。


「恐い?」


こくん、とわたしはうなずく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...