鬼精王

希彗まゆ

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架鞍の過去と雨の密事2

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「それ……それ、どういう、」

「ここまで言ったんだ、どういう意味かだなんて言ったらあんた置いて帰るよ」


架鞍くんの口調は冷たい。

でも──はっきり聞きたい……ううん、でも今はそれより大事なことがある。


「架鞍くんは、わたしを置いて帰ったりはしないよ」


涙を拭って、微笑みながら言うわたしを、架鞍くんは見つめ直してくる。


「まだ、あるでしょ? まだ……」


わたしは架鞍くんの左胸に手を添える。

──わたしにそこまで話したのなら、架鞍くんはまだ何かを抱えているはずだ。わたしに……話したいと思ってくれている、はず。


「まだここに、ためてる思いがあるでしょ?」


つらくて哀しい思い出を、なんでもないように話せるはずがない。何か心にためているものがなければ、平気で話せるはずがない。


「どうしてそんなにツラくて哀しい思い出を、そんなになんでもないように話すの? 大丈夫だよ、わたししかいないから。わたししか聞いてないから、もう、心を解放してあげても大丈夫だよ」


こんなにも惹かれている架鞍くんの思いを、すべて受け止めたいと思った。


「……んでだよ」


切なそうに顔を歪めた架鞍くんの声に、震えが混じる。


「なんで【大丈夫】だなんて言うんだよ……花奈みたいなこと言うなよ……花奈も、最期の言葉が【大丈夫よ】、だったんだ……」


やるせなかったであろう、架鞍くんの思いがどんどん吐き出される。恐らくこの5年間、ずっと堪えてきたに違いない。胸に閉じ込めてきたに違いない。


「偶然だったんだ! 偶然なのになんで花奈なんだ! 花奈じゃなくたっていいじゃないか! こんなことなら……こんなことなら、穢してしまうことになってもいいから抱いておくんだった……!」


わたしはそんな架鞍くんを、抱きしめていた。

架鞍くんに愛されたその女の子に、少しばかり嫉妬しながら……それでも架鞍くんの想いが切なすぎて、胸が張り裂けそうだった。


「架鞍くん……その人のこと、一生愛してるんだね」


見上げたわたしの涙で濡れた頬を架鞍くんは拭おうとして、先にわたしの指が自分の頬をそっと拭ったことで、架鞍くんは初めて自分が泣いていることに気がついたように、はっとした顔を見せたけど。

わたしの手を払い、自分で涙をすっかり拭うと、架鞍くんはいつもの表情に戻っていた。


「まだ分かってないの? あんた相当鈍感だね」

「え……?」


架鞍くんはパチンと指を鳴らし、何かを出現させた。

……古い、ビーズの指輪。


「花奈が作って俺にくれた、唯一のものだよ。形見、とかいうのかな」


そう言って架鞍くんは、何のためらいもなく──本当に何のためらいもなく、それを引きちぎった。


「あっ……!? なんてことするの架鞍くん!」


わたしは慌てて拾おうとする。けれどそのビーズは、架鞍くんの力のせいでか、あっという間に消滅していく。


「架鞍くん! あれは花奈さんの大事な、」

「大事なのは今の心。今の気持ちでしょ」

「それはそうだけどってそんな理屈今は関係ないでしょ!?」

「あるよ」


架鞍くんは懐から、キラキラと輝くビーズが入った小瓶を取り出した。


そういえば、わたしが焼きとうもろこしを食べている間、ビーズの屋台で何かやっていたけれど……これを買っていたのか。


架鞍くんは小瓶からビーズを掌に取り出し、器用にひとつの指輪を作った。


「あんたにやる」

「え? あ、ありが、」

「でも今はやらない」


手を伸ばそうとしたわたしだったが、架鞍くんはビーズの指輪を懐にしまってしまう。


「もう……っ! 架鞍くんの考えてること、全然分からないよっ!」

「男に服をプレゼントされる意味って知ってる? それくらい知ってるよね?」


むくれるわたしに対して今度は突然、そんなことを言い出す。

わたしはびくっとして架鞍くんから離れようとした。が、逆に抱き寄せられる。


「そう……脱がすために男は女に服をプレゼントするんだよ」

「か、架鞍くんこんな時に冗談……」

「そうだね、冗談はやめておこうか」


わたしがまたも抗議しようと顔を上げたとたん、


「まだ痛いでしょ?」


と、尋ねられた。


それが、「あの時」にされたことのものだと知って、わたしは必死に取り繕おうとした。


「う、うん、少しだけね。でももう全然」

「痛いに決まってるよね? 焼け爛れてるんだから」


本当は架鞍くんの言うとおり、まだ痛かった。

うつむくわたしのみつあみを、架鞍くんがほどいてゆく。


「あれね。焼け爛れさせた本人にしか基本的に治せないから。今、治すから俺に逆らわないで」


わたしの身体を、草の上に横たえさせる。浴衣がはだけられていって、わたしは焦った。


「架鞍くん!?」

「治す方法も、同じことをするしかないから」

「……!」


わたしの身体が、こわばる。架鞍くんははだけたわたしの両胸に手をそっと置いた。


「恐い?」


こくん、とわたしはうなずく。
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