1 / 10
Ⅰ
しおりを挟む
いつも、てをひかれるのはわたしだった
ころんだとき、てをかしてもらうのも、わたしだった
戦争が幾度も繰り返され、科学の発展とは対照的に人口は激減した。
自然も破壊され、世界は砂で覆われ、今では小さなドームに少ない数の人間が暮らしている。
ドームの外に出る者はめったにいなかった。
否、皆無と言ってもいい。
人々はドーム内の季節を無視した安定した温度に慣れ、自分の身を過度に守ろうとすることだけで精いっぱいだったから。
だから───わたしは、ドームの製作者である父の目を盗んで、スイッチを押そうとした。
それひとつを押しただけで、ドームごとすべて爆破できてしまうスイッチを。
母親のいないわたしは、いつもいじめられていたから。
母親はわたしを出産したせいで死んだから───「母親殺し」と言われて育ったから。
絶望でいっぱいのこんな世界は。
何もかもが不完全なこんな世界は。
なくてもいいと思った。
壊していいから、こんなスイッチがあるのだ。
また誰かが戦争を起こし始めることを恐れて、父はこんなものをこっそりと仕掛けておいたのだから。
自分だけは、脱出ポッドで逃げ出すようにして。
ただ、父と違うのは。
わたしは、脱出なんてしようと思っていなかった。
本当にぜんぶぜんぶ、消してしまいたかった。
「芽生(めい)はそんなことしちゃ駄目だよ」
幼馴染の玲(れい)だけが、わたしをこっそりつけてきて、わたしを止めてくれたのだ。
玲だけは、いつもわたしのことを察してくれる。
「芽生のふたつにくくった黒髪も。夕焼け色の瞳も、ぼくは好きだから」
だから、そんなことしてほしくないんだ───
玲は、震えるわたしの手を握ってくれた。
雪神(ゆきがみ)玲。
わたしの大好きな人。
16年、ずっと一緒にすごしてきた人。
なんでもできるあなたは、癌に侵されていたことに気づかなかった。
自分のことには、とてもうとかったあなたらしい。
全身にまで増殖していたその癌細胞を、この世界の医療でもどうにもできなかった。
手の施しようがなかった。
「玲が生き続けるには、完成したばかりの研究に助けを借りるしかない」
科学に関してだけでなく、医学にも精通していた父はわたしと玲にそう言った。
玲は、ベッドの上で苦しそうにたずねた。
「ぼくに名前をつけさせてくれた、あの研究───レクリア、ですか」
「そうだ」
「もう、完成していたんですか」
「ああ」
レクリア───クローンの身体に脳を埋め込み、その身体で生きることができる。
ただし、完全な身体すぎて不死になるしかない。
玲はわたしを一度じっと見つめて、父に言った。
「芽生と一緒にいたいから……ぼくにレクリアを。お願いします」
ころんだとき、てをかしてもらうのも、わたしだった
戦争が幾度も繰り返され、科学の発展とは対照的に人口は激減した。
自然も破壊され、世界は砂で覆われ、今では小さなドームに少ない数の人間が暮らしている。
ドームの外に出る者はめったにいなかった。
否、皆無と言ってもいい。
人々はドーム内の季節を無視した安定した温度に慣れ、自分の身を過度に守ろうとすることだけで精いっぱいだったから。
だから───わたしは、ドームの製作者である父の目を盗んで、スイッチを押そうとした。
それひとつを押しただけで、ドームごとすべて爆破できてしまうスイッチを。
母親のいないわたしは、いつもいじめられていたから。
母親はわたしを出産したせいで死んだから───「母親殺し」と言われて育ったから。
絶望でいっぱいのこんな世界は。
何もかもが不完全なこんな世界は。
なくてもいいと思った。
壊していいから、こんなスイッチがあるのだ。
また誰かが戦争を起こし始めることを恐れて、父はこんなものをこっそりと仕掛けておいたのだから。
自分だけは、脱出ポッドで逃げ出すようにして。
ただ、父と違うのは。
わたしは、脱出なんてしようと思っていなかった。
本当にぜんぶぜんぶ、消してしまいたかった。
「芽生(めい)はそんなことしちゃ駄目だよ」
幼馴染の玲(れい)だけが、わたしをこっそりつけてきて、わたしを止めてくれたのだ。
玲だけは、いつもわたしのことを察してくれる。
「芽生のふたつにくくった黒髪も。夕焼け色の瞳も、ぼくは好きだから」
だから、そんなことしてほしくないんだ───
玲は、震えるわたしの手を握ってくれた。
雪神(ゆきがみ)玲。
わたしの大好きな人。
16年、ずっと一緒にすごしてきた人。
なんでもできるあなたは、癌に侵されていたことに気づかなかった。
自分のことには、とてもうとかったあなたらしい。
全身にまで増殖していたその癌細胞を、この世界の医療でもどうにもできなかった。
手の施しようがなかった。
「玲が生き続けるには、完成したばかりの研究に助けを借りるしかない」
科学に関してだけでなく、医学にも精通していた父はわたしと玲にそう言った。
玲は、ベッドの上で苦しそうにたずねた。
「ぼくに名前をつけさせてくれた、あの研究───レクリア、ですか」
「そうだ」
「もう、完成していたんですか」
「ああ」
レクリア───クローンの身体に脳を埋め込み、その身体で生きることができる。
ただし、完全な身体すぎて不死になるしかない。
玲はわたしを一度じっと見つめて、父に言った。
「芽生と一緒にいたいから……ぼくにレクリアを。お願いします」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
購買の喪女~30歳喪女で毒女の私が、男子校の購買部で働いている件について~
ダビマン
キャラ文芸
自由に生きる!がモットーだった。
ちょっとお馬鹿で、ギャンブル好きな、佐倉公子(さくらきみこ)さんが。
バイトをクビになったのをキッカケに、男子校の購買部で働く事に……。
そして、いろんな事に毒を吐きながら、独断と偏見で渋々と問題事を解決?するお話し。
きみこさんは人と関わりたくは無いのですが……。男子高校生や周りの人達は面白い物がお好きな様子。
イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい
どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。
記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。
◆登場人物
・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。
・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。
・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。
彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり
響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。
紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。
手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。
持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。
その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。
彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。
過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
イラスト:Suico 様
明日の希望
しらかわからし
キャラ文芸
製菓学校を卒業し、その学校に助手として務める石川真一には妻の夢香がいた。一方、非常勤講師の高梨礼子は、夫の高梨健一がオーナーを務める東京の有名洋菓子店でシェフパティシエールとして働いていた。真一と礼子は男女の関係にあった。
礼子が週に一度、この製菓学校で授業を行う日、二人はその夜に食事をした後にラブホテルで密会していた。さらに、礼子の紹介で真一の妻の夢香は、礼子の夫が経営する洋菓子店でパティシエールとして働き始めた。
やがて真一も礼子の誘いで、妻とともにその洋菓子店で働くことになる。しかし、礼子は意図的に二人の男女関係をコントロールしている一方で、真一はただ礼子の魅力に引き込まれ、不倫関係に溺れていく。
そんな中、妻の夢香は、夫と礼子の五年間にわたる不倫の証拠を発見する。実は、真一と夢香の結婚生活はわずか一年でセックスレスに陥り、その間夢香は欲求不満を抱えていた。
結果的に真一は、平凡な幸せよりも危険な欲望に流されていく。彼の堕落の行く末はどうなるのか……。
(登場人物)
助手 石川真一 二十六歳 パティシエ
妻 石川夢香 二十歳 パティシエール
オーナー 高梨賢治 有名洋菓子店のオーナー 製造は出来ない 五十六歳
非常勤講師 オーナー夫人でありオーナーパティシエール 高梨礼子 四十二歳
歯のないお爺さん
母親 芳江
京都和み堂書店でお悩み承ります
葉方萌生
キャラ文芸
建仁寺へと続く道、祇園のとある路地に佇む書店、その名も『京都和み堂書店」。
アルバイトとして新米書店員となった三谷菜花は、一見普通の書店である和み堂での仕事を前に、胸を躍らせていた。
“女将”の詩乃と共に、書店員として奔走する菜花だったが、実は和み堂には特殊な仕事があって——?
心が疲れた時、何かに悩んだ時、あなたの心に効く一冊をご提供します。
ぜひご利用ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる