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大博物館へ<後>
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それから数日は奇妙なことも起こらず、平穏な時間が過ぎていきました。イザナとしてはいまだに治らないユリオスとスエンのことが大きな心配事の一つで、大博物館に行ったからといってなにか解決に向かうという保証はありませんでした。これ以上の問題事はごめんだと思った矢先のこと、さらに輪をかけてひどいことが起こりました。
「誰もうまやには近寄るな!」
道場で稽古をしていると、階段の下から誰かの叫び声が響きました。イザナたちは急いで廊下に飛び出しました。なんだか下の方がざわついています。トウヤンはサメヤラニとルットに目くばせして、そろって階段を下りて行きました。しばらく様子を見ていると、スエンが駆け上がって言いました。「大変なの!」
「なにがあった?」
レキが尋ねるとスエンはためらいがちに目を伏せました。
「馬が……」
4人は外に出て人だかりができている中に突っ込みました。人をかきわけて進むと、あのいとしい白い馬、シンが横たわっていました。シンの前には、トウヤンがうずくまっていました。
「トウヤン、この馬はもう……」
そばにいた誰かが言いましたが、トウヤンはシンの前から動きませんでした。よく見てみると、シンの目は白く濁り、瞬き一つしません。トウヤンやイザナを見て、うれしそうに振っていたしっぽも、腹も上下に動いていませんでした。イザナは持っていたノートとペンを落としてシンに駆け寄りました。胸がドキドキして、喉の奥が詰まりそうです。でも、隣にいるトウヤンを見た時に、イザナは深く絶望しました。いつも明るい笑顔を絶やさないトウヤンが、動かないシンのことをじっと見つめ、涙を流していたのです。
イザナは人だかりを抜け出しました。外へ出て、誰もいない場所までくると、雪の上に膝を着いてそばにあった大きな木の幹にもたれかかりました。この町に来なければ、動物たちの様子がおかしくなることも、シンが死ぬことも、なかったかもしれません。みんなを悲しませるために生まれてきたのだろうか、とすら思いました。
「君がシバに来てからおかしくなった」
サヒロの声です。どうしてここまで追い掛けてきたのでしょう。よりにもよって、こんなところで2人きりになるなんて。イザナは彼の顔を見るのも嫌でした。なにより、ちょうど自分が自覚していたことを言われるのは、気分がいいものではありません。
「君のせいだ。ひょうが降ったり、動物たちの気が狂ったり――スエンが10針縫うこともなかった! 僕が言ってることは当てつけか? いいや、違うね。これは事実だ。石の力を手にした君のことを殺そうと、センドウキョウが動き出したんだ。この僕がそのことを知らないとでも思ったのか? ばかげている。とっとと出て行けよ。君がこの町にいると迷惑なんだ」
イザナはゆっくり立ち上がると、目も合わせず下を向きました。サヒロは雪をすくうと丸めてイザナの顔にぶつけました。ぼろりとくだけた雪のかけらが顔を伝いました。イザナはなにも反抗する気にならず、ただうつむいたまま彼とは反対方向の森へ歩いて行きました。
「スエンが君のことを裏でなんて言ってるか知ってるか」
イザナはとぼとぼ歩きながら耳を立てました。
「化け物だ!」
その言葉にイザナは全身震えるのが分かりました。これまで抱いたことのない激しい怒りが足を止め、サヒロにつかみ掛かっていたのです。2人は取っ組み合いのけんかになりました。もみくちゃになった勢いで、丘の上から森の中へ転がり落ちていきました。息を荒くしながら2人は雪の上をはいつくばり、また取っ組み合いをしました。スエンがあんなひどいことを言うはずがない、イザナはそう心の中で思いながら目の前のサヒロに憎しみを向けました。
「いいかげん……認めたらどうだ!」
サヒロは乱暴に言いました。イザナは首を振りました。それが彼の癪に触ったのでしょう。サヒロはイザナを突き飛ばしました。悲しいやら、悔しいやらで、頭がくらくらしていると、突然森の中を強風が吹き抜けました。森中の木々が不気味にきしみだし、枝が揺れ、かぶさっていた雪が宙を舞いました。
「なんだ……」
サヒロは後ずさりしながら周囲を見渡しました。森のどこかに見えないなにかがいるような恐ろしさを、2人は感じていました。急に辺りが静かになりました。自分たちの息遣い、心臓の鼓動、それらが耳に残るほどしーんとなったのです。イザナは必死に目を凝らして森の奥を見つめ、100メートルくらい先にポツンと立つ男を見ました。
「あれ!」
サヒロは金切声を上げて指をさしました。あぁ、確かにこれは夢じゃありません。だって、現にサヒロも見ているのですから。男は、ゆっくりと近づいてきます。
「なんなんだ! あれは……なぁ、見えるだろ? おい!」
イザナはゆっくりうなずきました。低い地鳴りみたいな音が突然後ろで聞こえ、2人はバッと振り返りました。さっきまで遠くに立っていた男が、目の前に移動していたのです。
「あぁぁぁああ!」
サヒロは叫びました。ここまで至近距離になれば、顔もはっきりと分かりました。間違いありません。イザナがこれまで苦しめられてきた白いお面を着けた男だったのです。男は幽霊のように足がなく、右手に持った透明な刀を振りかざしたまま外套を巻き上げ、猛スピードで迫ってきました。イザナは赤色に輝く刀を抜き取り、腰が抜けたサヒロの前で構えました。
刀はなんの役にも立ちませんでした。男は透明な刀でイザナの体を貫き、体を通り抜けていきました。イザナはあまりの痛みに叫びました。目が開きません。誰のかも分からない記憶が頭の中に浮かび上がってきました。男の叫び声、水の中に溺れるような苦しみ……
頭の中に流れ続けていた記憶は急に消え、暗闇の中に、のっぺりとした白いお面が現れました。なにもしゃべらず、ただそこにあるのです。イザナは気が狂いそうになりました。
(お前は誰なんだ!)
音のしなくなった暗闇の世界から、お面がすっと消えてなくなりました。ほっとしたのも束の間、白いお面が顔につきそうなくらい近くにバッと現れ、イザナは息が詰まりました。目を開けると、今にも泣きそうなサヒロの情けない顔が見えました。胸を刺された痛みに立ち上がることができず、イザナは胸に手を当てました。ところが、血も出ていないし、服も破れていませんでした。
「なに言ってたんだよ」
サヒロは震えました。
「……君、さっき独り言のように言ってたじゃないか。私は……センドウキョウだって――どういうことだよ」
そんなことは一言も言っていないはずです。寝言でも言ったというのでしょうか? イザナは首を横に振りました。
「うそつくな!」
イザナは胸の痛みでそれどころではありませんでした。しばらく雪の上でうずくまっていると、レキ、サン、スエンが森の中へ踏み入ってきました。
「イザナ!」
レキは一番に急斜面を滑り下りると動けないイザナに駆け寄りました。
「彼になにをしたの?」
サヒロの妹スエンは詰め寄りました。
「僕はなにもしてない!」
「そんなのうそっぱちだ」
レキはジロジロ見て言いました。
サヒロは舌打ちすると、協会の方へひた走って行きました。
「なんだあいつ。なにも言い返してこないなんて……」
「戻りましょう」
サンは周囲を警戒しながら言いました。
イザナが3人に付き添われて協会に着く頃には、うまやの人ごみはまばらになっていました。トウヤンの姿は見当たりませんでしたが、とりあえず医務室で手当てをしてもらうことにしました。再びノートとペンを取り、あの時のことを証言する立場になったわけですが、どんなに言葉で書いても、あの時の恐怖をそのまま伝えることはできませんでした。
「またあのお面を見たの?」
「しかも、今度はお兄ちゃんまで?」
スエンはサンに続いて言いました。
(その時、僕は変なことを口走ったらしいんだ)
「変なこと?」
ベッドのそばで椅子に座っていたレキが首を伸ばしました。
(私はセンドウキョウだって)
3人はギョッとしました。
「やっぱり俺たちは間違ってなかったんだ。それってつまり、君の中にのり移ったってことだろ? その……センドウキョウが?」
今度はつぼかなにか割れなかったのでサンはほっとしました。
「サヒロはそんなこと、うんともすんとも言いませんでした」
「言わないわよ」
スエンはため息を漏らしました。
「サヒロがうそをついている可能性は?」
レキは言いました。
「わざわざそんなうそ言いますか?」とサン。
「でも、どうして2人森の中にいたんだ?」
レキの質問には、うまく答えられそうにありませんでした。ましてや彼が言っていたことをスエンに尋ねるのは死んでも嫌でした。
「そんなことよりも、トウヤンがひどく落ち込んでいます」
サンは言いました。
「そりゃそうだ。だってあの馬、トウヤンが子どもの頃から乗ってきたんだから。家族みたいなものさ。でも……どうしてトウヤンの馬だけ」レキは言葉を詰まらせました。「白い目になっても、死にはしないだろ? そう思ってた」
その晩、イザナはみんなが病室から抜けた後でトウヤンの部屋まで来ました。しかし、いざドアをノックしようとすると、手が動きませんでした。ドアの向こう側から、すすり泣く声が聞こえました。イザナはトウヤンとシンのことを思い、ついにドアをたたくことはできませんでした。ドアの前でへたり込んでいると、ふと込み上げるものがあって、目の奥が熱くなりました。初めて見た美しい外の世界を、ともに駆けてくれた白い馬。あの時の光景が頭をよぎりました。そこにはトウヤンもいました。
ドアが開きました。
彼と目が合いました。手が震え、頰を伝った涙がポタポタ落ちました。
(僕がこの町に来なければ)
そう書いたノートをイザナは隠しました。
トウヤンは、腰を低くしてイザナを抱き締めました。イザナはノートもペンも床に落としたまま、トウヤンの大きな背中に手を回しました。あんなに心強い大きな背中が、こんなに震えています。
「……死んじゃった」
トウヤンはかすれた声で言いました。
「死んじゃったんだ」
イザナはこくりとうなずきました。
「大事な仲間だった。シンは……俺の家族だった。もう、どこにもいない」
時折鼻をすすりながら、トウヤンはいつもより高い声で言いました。
「一緒に――走ったな、イザナ。雪原を、山の中を。どうか、忘れないでほしい、シンのことを。生きているものは必ず死ぬ。なんだってそうだ。始まりがあれば、終わりがある。だから生き物は死ぬ。でもな……こんな死に方はあんまりだ」
トウヤンは悔しそうに歯をくいしばりました。
稽古ずくしだった協会での生活に、一つの区切りが訪れました。イザナたちはそろって1カ月の長期休暇を言い渡されたのです。もともと剣士というのはカレンダー通りの休みがもらえませんから、こういったまとまった休みは貴重です。
そこで、イザナたちは大博物館通いと商店街巡りを考えつきました。もう怪奇現象はこりごりなのかと思いきや、サンは調べものがあるとかで、クロスキを頼るようです。イザナもセンドウキョウにかかわる資料を見せてもらう約束を、彼から取りつけました。一方で、動物病院に預けたままのユリオスは、目が白いまま。スエンは有効な手段を考え出すために、イザナたちと一緒になって大博物館へ繰り出しました。あそこは図書館も併設しているので、調べものにはもってこいの穴場です。クロスキのおかげで非公開の資料も見せてもらえるし、ご飯だって好きなものをごちそうしてくれます。リオ教授と奇妙な現象をのぞけば、4人にとって、これほど過ごしやすい場所はありませんでした。
大博物館で夕方まで過ごし、帰りに商店街で買い物をしてから協会へ帰る。その繰り返しが、ここ最近4人の日課となっていました。
あの晩以降、トウヤンとの会話はめっきり減っていました。彼はたびたび氷の壁を見に出掛けているようですが、帰ってくる顔を見るたびに、どこか深刻そうに見えました。シンを失ってから、トウヤンの笑顔は目に見えて減った気がして、イザナは心の中にポッカリと大きな穴が開いた気分でした。もっとも、分厚い古代書を読みふけるうちに、そんな心労も吹っ飛ぶことはままありましたが……
「ちょっと! あんまり押さないでください! 呪いますよ!」
サンは後ろの3人に怒り心頭でした。何しろ、懲りずにクロスキの研究所へ入っては、例の棺を舐めるように見ていたのですから。先頭切って虫眼鏡を手にする彼の姿はどこかの名探偵さながらです。
「またつぼが割れたりして」
さすがに今のはタチの悪い冗談だとイザナはレキを小突きました。ほら、せっかくやる気になってくれたサンは、生涯恨んでやるとばかりにこちらを見ています。
「いい? 絶対に触っちゃ駄目ですからね。触らぬ神にたたりなし!」
「もう、俺たちとっくに触ってるもんね。千年後、自分の墓を虫眼鏡を持った子どもがジロジロ観察してたらどうだ? いやーな気分だろ? つまり、俺たちがしてることってそういうこと。でも、これも研究のためだと思えば、正当な理由になる。なんだってそうだ。これは肝試しじゃない!」
自分を卑下したり、はたまた正当化したりとレキの舌はまぁよく回るものです。イザナが自由に話せるとしたら、彼ほど弁解上手になれるとは思いませんでした。
「君たち、朝から晩までこんな暗ーい研究室にこもったりして、ろくな大人にならんよ」
ガラクタの山でせっせと食卓用テーブルを作りながら、クロスキが横槍を飛ばしてきました。
「あなたに言われたくありません」
サンは毒を吐くとまた虫眼鏡で棺の観察に移りました。
「今のは悲しいぞ。まぁ、言い得て妙。私の生き方はあまりお勧めしない」
レキは笑い過ぎて腹が痛いのかイザナに倒れかかりました。
「なぁ、こんなに棺に張り付いてさ、いったい何になるってんだ。せっかくの休みだ! 1カ月もあれば領地内を一周できる。このままじゃあ俺たちも缶詰だ。あぁ! せっかくなら……」
「酔っ払いみたいですね」
「酔っ払い? 知ってるか? 俺たち未成年だからお酒は飲めないんだぞ?」
「黙ってください」
なんて機嫌が悪いのでしょう。今のサンは皮肉もお生憎様といった感じで特にレキには容赦しません。
(まぁまぁ)
なんてイザナが看板みたいに出したところで、彼の目に留まる気配はありませんでした。相変わらずレキは酔っ払いのようにグダグダしゃべっていますし、隣にいるイザナとスエンはその取り扱いに苦難していました。そもそも、こんな暗い部屋の中でじっと同じことをしていろと言う方が、彼にとっては無理な話なのです。イザナは彼がじっとしていられないしゃべりたがり屋であることを知っていましたから。
なぜこうも棺に目がないかと言えば、理由は単純です。センドウキョウがどういう人物かを知ることが、敵を知る一番の近道だと考えたからです。本人の棺の表面には、絵やら文字がぎっしり描かれていたので、その意味を調べれば、答えが見つかるかもしれません。その言い出しっぺはレキでしたが、今では取って変わってサンが熱を上げている状態です。
「さぁ、研究者の皆さん。そろそろ午後のお茶ですよ」
クロスキが特製のガラクタテーブルに、お菓子を並べて待っていました。傾いたテーブルを囲って、イザナたちは討論会を始めました。
「私が一番気になったことは、棺を囲うようにしてあった絵の意味です。町が壊れたような災難を表していると思います」
「俺は中に何が入ってるのか気になる。骨以外に」
「それこそ祟られますよ!」
サンが言いました。
「私は棺のふたに描かれている1本の柱が気になった。どういう意味なのかしら」
(僕は……)
クロスキがドサッと分厚い虫食い本を真ん中に置きました。
「それは?」
サンは用心深い目を向けました。
「答え合わせだ。この中に、棺の研究結果が詰まってる」
「先に、言って、くださいよ!」
サンはクロスキを非難しました。
「時間の無駄だってこと?」スエンは言いました。
「無駄ではない。実物を観察することは、五感を刺激するからね」クロスキはパラパラとめくりました。「全部、現代語訳してある。絵の意味もね」
「見せて見せて!」
レキは手を上げました。
(絵の意味は?)
「棺を囲う絵の意味は……町の崩壊を意味する。ふたの中央にある1本柱はセンドウキョウが処刑されたことを表す。なになに? この棺は1147年にマフ領ドリヨンで見つかった棺であり、明確な経緯は分かっていない。ただ、二度とよみがえらないように、厳重な鍵をかけて地下深くへ埋めたとしている。1325年、研究のためにシバ大博物館へ移動。柩の開け方は不明で、これまで柩を開けようと試みた者が謎の死を遂げている……」
(センドウキョウが処刑? どうして?)
それは、みんなが気になっていることでした。
「待って。次の項に載ってるわ」スエンが言いました。「センドウキョウ。出生日不明。没年347年。本名はオキドとされ、北東部の農村アジェの農家に拾われ、水の能力で当時雨不足で大飢饉となっていた北領地に雨を降らせ、人々を救ったという記録が残されている。彼自身はとても策略家であり、他者を率いる能力に富んでいた。北領地発展の親とも称された彼は、北領地の文化を好んでいた。能力の器、火、雷、風、水。水の器として生まれたオキドはその後、領主に雇われ北領地の発展に寄与。しかし、彼は大津波を起こし、北領地を水に沈め、氷にのみ込んだとされる。器の暴走が起こり、その後、大きな罪を背負ったオキドは、水死刑に処され、遺体が柩に納められたとされる。しかし、他領地では氷の壁ができる前に処刑されたという記述もあることから、一説では、暴走する前に遺体を他領地へうつすことは困難とされ、未だ真相は分かっていない」
レキは読んでから顔を上げました。「えぇと、つまり? センドウキョウは北領地を丸々滅したせいで、処刑されたってことだよな? なんだ、自業自得じゃないか」
「面白い記述があるわ」スエンは言いました。「センドウキョウは容姿端麗な青年として知られており、その当時、人々はあまりの美しさに目を見たものは、男女問わず虜になると噂されていた。しかし、オキドは自分の容姿を極度に嫌っており、自分の顔を描いた肖像画などは全て壊させた。そのため、残っている資料はほとんどなく、柩の側にあった死面が唯一、彼の顔を表すものだとされている」
「ふん、容姿に恵まれたのに、自分の顔が嫌いだなんて贅沢な悩みじゃないか」
レキは言いました。
(分かった。だから、このお面を着けていたんだよ!)
イザナは自分が描いたお面の絵を見せて書きました。
(北領地の文化を好んでいたということは、北領地発祥の白いお面をつけていた理由も分かる。これは彼の誇りだったんだ。自分の顔を極度に嫌っていたからお面を着けていた)
「でも、その誇りを彼は自分で壊したんですよ。故郷を、敬意を払っていたはずの大切な領地を。矛盾していませんか?」
(全てはここに答えがあるんだ)
「なかなかに鋭い考察だ」クロスキはうなりました。「君の夢と柩の研究書論文と題して学会で発表してみないかい?」
(ありがたいんですけど、結構です)
イザナは新しいページをめくってペンを動かしました。
「どうしてこんな力が強いの?」スエンは恐れた様子で言いました。「もう死んでいるというのに」
急にみんな黙りました。生きていれば、いずれみんな死にます。けれど、現実に起こっていることは、その理屈がまったく通用しないことばかりなのです。
「イザナが見たお面の男がセンドウキョウだとすれば、これでお面を着けている理由が分かったわ」
「……本当は、あなたのユリオスを早く助けたいんですけど」
サンは肩を落としました。
「元気出せよ」
しょんぼりする一同にレキは声を掛けました。
「俺たちは十分よくやってる。立ち向かってるじゃないか」
その言葉にサンとスエンがほほ笑みました。
「誰もうまやには近寄るな!」
道場で稽古をしていると、階段の下から誰かの叫び声が響きました。イザナたちは急いで廊下に飛び出しました。なんだか下の方がざわついています。トウヤンはサメヤラニとルットに目くばせして、そろって階段を下りて行きました。しばらく様子を見ていると、スエンが駆け上がって言いました。「大変なの!」
「なにがあった?」
レキが尋ねるとスエンはためらいがちに目を伏せました。
「馬が……」
4人は外に出て人だかりができている中に突っ込みました。人をかきわけて進むと、あのいとしい白い馬、シンが横たわっていました。シンの前には、トウヤンがうずくまっていました。
「トウヤン、この馬はもう……」
そばにいた誰かが言いましたが、トウヤンはシンの前から動きませんでした。よく見てみると、シンの目は白く濁り、瞬き一つしません。トウヤンやイザナを見て、うれしそうに振っていたしっぽも、腹も上下に動いていませんでした。イザナは持っていたノートとペンを落としてシンに駆け寄りました。胸がドキドキして、喉の奥が詰まりそうです。でも、隣にいるトウヤンを見た時に、イザナは深く絶望しました。いつも明るい笑顔を絶やさないトウヤンが、動かないシンのことをじっと見つめ、涙を流していたのです。
イザナは人だかりを抜け出しました。外へ出て、誰もいない場所までくると、雪の上に膝を着いてそばにあった大きな木の幹にもたれかかりました。この町に来なければ、動物たちの様子がおかしくなることも、シンが死ぬことも、なかったかもしれません。みんなを悲しませるために生まれてきたのだろうか、とすら思いました。
「君がシバに来てからおかしくなった」
サヒロの声です。どうしてここまで追い掛けてきたのでしょう。よりにもよって、こんなところで2人きりになるなんて。イザナは彼の顔を見るのも嫌でした。なにより、ちょうど自分が自覚していたことを言われるのは、気分がいいものではありません。
「君のせいだ。ひょうが降ったり、動物たちの気が狂ったり――スエンが10針縫うこともなかった! 僕が言ってることは当てつけか? いいや、違うね。これは事実だ。石の力を手にした君のことを殺そうと、センドウキョウが動き出したんだ。この僕がそのことを知らないとでも思ったのか? ばかげている。とっとと出て行けよ。君がこの町にいると迷惑なんだ」
イザナはゆっくり立ち上がると、目も合わせず下を向きました。サヒロは雪をすくうと丸めてイザナの顔にぶつけました。ぼろりとくだけた雪のかけらが顔を伝いました。イザナはなにも反抗する気にならず、ただうつむいたまま彼とは反対方向の森へ歩いて行きました。
「スエンが君のことを裏でなんて言ってるか知ってるか」
イザナはとぼとぼ歩きながら耳を立てました。
「化け物だ!」
その言葉にイザナは全身震えるのが分かりました。これまで抱いたことのない激しい怒りが足を止め、サヒロにつかみ掛かっていたのです。2人は取っ組み合いのけんかになりました。もみくちゃになった勢いで、丘の上から森の中へ転がり落ちていきました。息を荒くしながら2人は雪の上をはいつくばり、また取っ組み合いをしました。スエンがあんなひどいことを言うはずがない、イザナはそう心の中で思いながら目の前のサヒロに憎しみを向けました。
「いいかげん……認めたらどうだ!」
サヒロは乱暴に言いました。イザナは首を振りました。それが彼の癪に触ったのでしょう。サヒロはイザナを突き飛ばしました。悲しいやら、悔しいやらで、頭がくらくらしていると、突然森の中を強風が吹き抜けました。森中の木々が不気味にきしみだし、枝が揺れ、かぶさっていた雪が宙を舞いました。
「なんだ……」
サヒロは後ずさりしながら周囲を見渡しました。森のどこかに見えないなにかがいるような恐ろしさを、2人は感じていました。急に辺りが静かになりました。自分たちの息遣い、心臓の鼓動、それらが耳に残るほどしーんとなったのです。イザナは必死に目を凝らして森の奥を見つめ、100メートルくらい先にポツンと立つ男を見ました。
「あれ!」
サヒロは金切声を上げて指をさしました。あぁ、確かにこれは夢じゃありません。だって、現にサヒロも見ているのですから。男は、ゆっくりと近づいてきます。
「なんなんだ! あれは……なぁ、見えるだろ? おい!」
イザナはゆっくりうなずきました。低い地鳴りみたいな音が突然後ろで聞こえ、2人はバッと振り返りました。さっきまで遠くに立っていた男が、目の前に移動していたのです。
「あぁぁぁああ!」
サヒロは叫びました。ここまで至近距離になれば、顔もはっきりと分かりました。間違いありません。イザナがこれまで苦しめられてきた白いお面を着けた男だったのです。男は幽霊のように足がなく、右手に持った透明な刀を振りかざしたまま外套を巻き上げ、猛スピードで迫ってきました。イザナは赤色に輝く刀を抜き取り、腰が抜けたサヒロの前で構えました。
刀はなんの役にも立ちませんでした。男は透明な刀でイザナの体を貫き、体を通り抜けていきました。イザナはあまりの痛みに叫びました。目が開きません。誰のかも分からない記憶が頭の中に浮かび上がってきました。男の叫び声、水の中に溺れるような苦しみ……
頭の中に流れ続けていた記憶は急に消え、暗闇の中に、のっぺりとした白いお面が現れました。なにもしゃべらず、ただそこにあるのです。イザナは気が狂いそうになりました。
(お前は誰なんだ!)
音のしなくなった暗闇の世界から、お面がすっと消えてなくなりました。ほっとしたのも束の間、白いお面が顔につきそうなくらい近くにバッと現れ、イザナは息が詰まりました。目を開けると、今にも泣きそうなサヒロの情けない顔が見えました。胸を刺された痛みに立ち上がることができず、イザナは胸に手を当てました。ところが、血も出ていないし、服も破れていませんでした。
「なに言ってたんだよ」
サヒロは震えました。
「……君、さっき独り言のように言ってたじゃないか。私は……センドウキョウだって――どういうことだよ」
そんなことは一言も言っていないはずです。寝言でも言ったというのでしょうか? イザナは首を横に振りました。
「うそつくな!」
イザナは胸の痛みでそれどころではありませんでした。しばらく雪の上でうずくまっていると、レキ、サン、スエンが森の中へ踏み入ってきました。
「イザナ!」
レキは一番に急斜面を滑り下りると動けないイザナに駆け寄りました。
「彼になにをしたの?」
サヒロの妹スエンは詰め寄りました。
「僕はなにもしてない!」
「そんなのうそっぱちだ」
レキはジロジロ見て言いました。
サヒロは舌打ちすると、協会の方へひた走って行きました。
「なんだあいつ。なにも言い返してこないなんて……」
「戻りましょう」
サンは周囲を警戒しながら言いました。
イザナが3人に付き添われて協会に着く頃には、うまやの人ごみはまばらになっていました。トウヤンの姿は見当たりませんでしたが、とりあえず医務室で手当てをしてもらうことにしました。再びノートとペンを取り、あの時のことを証言する立場になったわけですが、どんなに言葉で書いても、あの時の恐怖をそのまま伝えることはできませんでした。
「またあのお面を見たの?」
「しかも、今度はお兄ちゃんまで?」
スエンはサンに続いて言いました。
(その時、僕は変なことを口走ったらしいんだ)
「変なこと?」
ベッドのそばで椅子に座っていたレキが首を伸ばしました。
(私はセンドウキョウだって)
3人はギョッとしました。
「やっぱり俺たちは間違ってなかったんだ。それってつまり、君の中にのり移ったってことだろ? その……センドウキョウが?」
今度はつぼかなにか割れなかったのでサンはほっとしました。
「サヒロはそんなこと、うんともすんとも言いませんでした」
「言わないわよ」
スエンはため息を漏らしました。
「サヒロがうそをついている可能性は?」
レキは言いました。
「わざわざそんなうそ言いますか?」とサン。
「でも、どうして2人森の中にいたんだ?」
レキの質問には、うまく答えられそうにありませんでした。ましてや彼が言っていたことをスエンに尋ねるのは死んでも嫌でした。
「そんなことよりも、トウヤンがひどく落ち込んでいます」
サンは言いました。
「そりゃそうだ。だってあの馬、トウヤンが子どもの頃から乗ってきたんだから。家族みたいなものさ。でも……どうしてトウヤンの馬だけ」レキは言葉を詰まらせました。「白い目になっても、死にはしないだろ? そう思ってた」
その晩、イザナはみんなが病室から抜けた後でトウヤンの部屋まで来ました。しかし、いざドアをノックしようとすると、手が動きませんでした。ドアの向こう側から、すすり泣く声が聞こえました。イザナはトウヤンとシンのことを思い、ついにドアをたたくことはできませんでした。ドアの前でへたり込んでいると、ふと込み上げるものがあって、目の奥が熱くなりました。初めて見た美しい外の世界を、ともに駆けてくれた白い馬。あの時の光景が頭をよぎりました。そこにはトウヤンもいました。
ドアが開きました。
彼と目が合いました。手が震え、頰を伝った涙がポタポタ落ちました。
(僕がこの町に来なければ)
そう書いたノートをイザナは隠しました。
トウヤンは、腰を低くしてイザナを抱き締めました。イザナはノートもペンも床に落としたまま、トウヤンの大きな背中に手を回しました。あんなに心強い大きな背中が、こんなに震えています。
「……死んじゃった」
トウヤンはかすれた声で言いました。
「死んじゃったんだ」
イザナはこくりとうなずきました。
「大事な仲間だった。シンは……俺の家族だった。もう、どこにもいない」
時折鼻をすすりながら、トウヤンはいつもより高い声で言いました。
「一緒に――走ったな、イザナ。雪原を、山の中を。どうか、忘れないでほしい、シンのことを。生きているものは必ず死ぬ。なんだってそうだ。始まりがあれば、終わりがある。だから生き物は死ぬ。でもな……こんな死に方はあんまりだ」
トウヤンは悔しそうに歯をくいしばりました。
稽古ずくしだった協会での生活に、一つの区切りが訪れました。イザナたちはそろって1カ月の長期休暇を言い渡されたのです。もともと剣士というのはカレンダー通りの休みがもらえませんから、こういったまとまった休みは貴重です。
そこで、イザナたちは大博物館通いと商店街巡りを考えつきました。もう怪奇現象はこりごりなのかと思いきや、サンは調べものがあるとかで、クロスキを頼るようです。イザナもセンドウキョウにかかわる資料を見せてもらう約束を、彼から取りつけました。一方で、動物病院に預けたままのユリオスは、目が白いまま。スエンは有効な手段を考え出すために、イザナたちと一緒になって大博物館へ繰り出しました。あそこは図書館も併設しているので、調べものにはもってこいの穴場です。クロスキのおかげで非公開の資料も見せてもらえるし、ご飯だって好きなものをごちそうしてくれます。リオ教授と奇妙な現象をのぞけば、4人にとって、これほど過ごしやすい場所はありませんでした。
大博物館で夕方まで過ごし、帰りに商店街で買い物をしてから協会へ帰る。その繰り返しが、ここ最近4人の日課となっていました。
あの晩以降、トウヤンとの会話はめっきり減っていました。彼はたびたび氷の壁を見に出掛けているようですが、帰ってくる顔を見るたびに、どこか深刻そうに見えました。シンを失ってから、トウヤンの笑顔は目に見えて減った気がして、イザナは心の中にポッカリと大きな穴が開いた気分でした。もっとも、分厚い古代書を読みふけるうちに、そんな心労も吹っ飛ぶことはままありましたが……
「ちょっと! あんまり押さないでください! 呪いますよ!」
サンは後ろの3人に怒り心頭でした。何しろ、懲りずにクロスキの研究所へ入っては、例の棺を舐めるように見ていたのですから。先頭切って虫眼鏡を手にする彼の姿はどこかの名探偵さながらです。
「またつぼが割れたりして」
さすがに今のはタチの悪い冗談だとイザナはレキを小突きました。ほら、せっかくやる気になってくれたサンは、生涯恨んでやるとばかりにこちらを見ています。
「いい? 絶対に触っちゃ駄目ですからね。触らぬ神にたたりなし!」
「もう、俺たちとっくに触ってるもんね。千年後、自分の墓を虫眼鏡を持った子どもがジロジロ観察してたらどうだ? いやーな気分だろ? つまり、俺たちがしてることってそういうこと。でも、これも研究のためだと思えば、正当な理由になる。なんだってそうだ。これは肝試しじゃない!」
自分を卑下したり、はたまた正当化したりとレキの舌はまぁよく回るものです。イザナが自由に話せるとしたら、彼ほど弁解上手になれるとは思いませんでした。
「君たち、朝から晩までこんな暗ーい研究室にこもったりして、ろくな大人にならんよ」
ガラクタの山でせっせと食卓用テーブルを作りながら、クロスキが横槍を飛ばしてきました。
「あなたに言われたくありません」
サンは毒を吐くとまた虫眼鏡で棺の観察に移りました。
「今のは悲しいぞ。まぁ、言い得て妙。私の生き方はあまりお勧めしない」
レキは笑い過ぎて腹が痛いのかイザナに倒れかかりました。
「なぁ、こんなに棺に張り付いてさ、いったい何になるってんだ。せっかくの休みだ! 1カ月もあれば領地内を一周できる。このままじゃあ俺たちも缶詰だ。あぁ! せっかくなら……」
「酔っ払いみたいですね」
「酔っ払い? 知ってるか? 俺たち未成年だからお酒は飲めないんだぞ?」
「黙ってください」
なんて機嫌が悪いのでしょう。今のサンは皮肉もお生憎様といった感じで特にレキには容赦しません。
(まぁまぁ)
なんてイザナが看板みたいに出したところで、彼の目に留まる気配はありませんでした。相変わらずレキは酔っ払いのようにグダグダしゃべっていますし、隣にいるイザナとスエンはその取り扱いに苦難していました。そもそも、こんな暗い部屋の中でじっと同じことをしていろと言う方が、彼にとっては無理な話なのです。イザナは彼がじっとしていられないしゃべりたがり屋であることを知っていましたから。
なぜこうも棺に目がないかと言えば、理由は単純です。センドウキョウがどういう人物かを知ることが、敵を知る一番の近道だと考えたからです。本人の棺の表面には、絵やら文字がぎっしり描かれていたので、その意味を調べれば、答えが見つかるかもしれません。その言い出しっぺはレキでしたが、今では取って変わってサンが熱を上げている状態です。
「さぁ、研究者の皆さん。そろそろ午後のお茶ですよ」
クロスキが特製のガラクタテーブルに、お菓子を並べて待っていました。傾いたテーブルを囲って、イザナたちは討論会を始めました。
「私が一番気になったことは、棺を囲うようにしてあった絵の意味です。町が壊れたような災難を表していると思います」
「俺は中に何が入ってるのか気になる。骨以外に」
「それこそ祟られますよ!」
サンが言いました。
「私は棺のふたに描かれている1本の柱が気になった。どういう意味なのかしら」
(僕は……)
クロスキがドサッと分厚い虫食い本を真ん中に置きました。
「それは?」
サンは用心深い目を向けました。
「答え合わせだ。この中に、棺の研究結果が詰まってる」
「先に、言って、くださいよ!」
サンはクロスキを非難しました。
「時間の無駄だってこと?」スエンは言いました。
「無駄ではない。実物を観察することは、五感を刺激するからね」クロスキはパラパラとめくりました。「全部、現代語訳してある。絵の意味もね」
「見せて見せて!」
レキは手を上げました。
(絵の意味は?)
「棺を囲う絵の意味は……町の崩壊を意味する。ふたの中央にある1本柱はセンドウキョウが処刑されたことを表す。なになに? この棺は1147年にマフ領ドリヨンで見つかった棺であり、明確な経緯は分かっていない。ただ、二度とよみがえらないように、厳重な鍵をかけて地下深くへ埋めたとしている。1325年、研究のためにシバ大博物館へ移動。柩の開け方は不明で、これまで柩を開けようと試みた者が謎の死を遂げている……」
(センドウキョウが処刑? どうして?)
それは、みんなが気になっていることでした。
「待って。次の項に載ってるわ」スエンが言いました。「センドウキョウ。出生日不明。没年347年。本名はオキドとされ、北東部の農村アジェの農家に拾われ、水の能力で当時雨不足で大飢饉となっていた北領地に雨を降らせ、人々を救ったという記録が残されている。彼自身はとても策略家であり、他者を率いる能力に富んでいた。北領地発展の親とも称された彼は、北領地の文化を好んでいた。能力の器、火、雷、風、水。水の器として生まれたオキドはその後、領主に雇われ北領地の発展に寄与。しかし、彼は大津波を起こし、北領地を水に沈め、氷にのみ込んだとされる。器の暴走が起こり、その後、大きな罪を背負ったオキドは、水死刑に処され、遺体が柩に納められたとされる。しかし、他領地では氷の壁ができる前に処刑されたという記述もあることから、一説では、暴走する前に遺体を他領地へうつすことは困難とされ、未だ真相は分かっていない」
レキは読んでから顔を上げました。「えぇと、つまり? センドウキョウは北領地を丸々滅したせいで、処刑されたってことだよな? なんだ、自業自得じゃないか」
「面白い記述があるわ」スエンは言いました。「センドウキョウは容姿端麗な青年として知られており、その当時、人々はあまりの美しさに目を見たものは、男女問わず虜になると噂されていた。しかし、オキドは自分の容姿を極度に嫌っており、自分の顔を描いた肖像画などは全て壊させた。そのため、残っている資料はほとんどなく、柩の側にあった死面が唯一、彼の顔を表すものだとされている」
「ふん、容姿に恵まれたのに、自分の顔が嫌いだなんて贅沢な悩みじゃないか」
レキは言いました。
(分かった。だから、このお面を着けていたんだよ!)
イザナは自分が描いたお面の絵を見せて書きました。
(北領地の文化を好んでいたということは、北領地発祥の白いお面をつけていた理由も分かる。これは彼の誇りだったんだ。自分の顔を極度に嫌っていたからお面を着けていた)
「でも、その誇りを彼は自分で壊したんですよ。故郷を、敬意を払っていたはずの大切な領地を。矛盾していませんか?」
(全てはここに答えがあるんだ)
「なかなかに鋭い考察だ」クロスキはうなりました。「君の夢と柩の研究書論文と題して学会で発表してみないかい?」
(ありがたいんですけど、結構です)
イザナは新しいページをめくってペンを動かしました。
「どうしてこんな力が強いの?」スエンは恐れた様子で言いました。「もう死んでいるというのに」
急にみんな黙りました。生きていれば、いずれみんな死にます。けれど、現実に起こっていることは、その理屈がまったく通用しないことばかりなのです。
「イザナが見たお面の男がセンドウキョウだとすれば、これでお面を着けている理由が分かったわ」
「……本当は、あなたのユリオスを早く助けたいんですけど」
サンは肩を落としました。
「元気出せよ」
しょんぼりする一同にレキは声を掛けました。
「俺たちは十分よくやってる。立ち向かってるじゃないか」
その言葉にサンとスエンがほほ笑みました。
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