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第7章 十二番目の星宝
27、メグロヴィンの正体
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翌朝、エシルバが屯所で仕事をしていると、聞きなれない男の声とルバーグの声がエントランスの方から聞こえた。お客でも来ているのだろうかとしばらく気に留めていなかったが、そばで書類を作成していたジグは眉をピクリと動かして立ち上がった。
いや、お客にしては随分とルバーグの声が荒だっているようにも聞こえる。エシルバも仕事を中断し、こっそりと様子をうかがいにいった。
右目に傷のある、三十代後半くらいの男がイスに座っていた。ひげはきれいに手入れされており、大きな目と立派な眉が印象的だ。服は随分と年季を感じさせる使用感がありながらも、こぎれいに扱っていることがうかがえる。彼の後ろには長い顎ひげをたくわえ丁寧に刈り込まれた芝のような眉の男がいた。
付き添いのようだが、断然彼の方が年を取って見えるし、顔には傷かしわかも分からない線が世界地図のように刻まれている。
「私たちのことを粗暴で良識のない人間とお思いでしょうが、これでもハイドオーケンの治安を守るために日々奔走している者なのです。この町のためと言えば、グリニア|ソーソも面会を許可していただけるでしょう」
「アポも取っていない者には会わせられない」
うんざりした様子でルバーグはきっぱりと言った。
若い男の貪欲な目には明らかな怒りが浮かんでおり、辺りには一滴でも油を注げば大爆発しそうな張りつめた空気が漂っていた。
「あなたは……」
彼の姿を目にしてぼうぜんと立ち尽くしていたジグが静かに言った。男は不機嫌そうに目を細め、否定するように眉間にしわを寄せてジグの姿を見返した。
「俺はメグロヴィン|レーグリィ、ザク=ハイド自警団の団長だ」
なにか先に言われることを極度に避けているような、そんな言い方だった。
ふと、物陰で様子をうかがっていたエシルバとメグロヴィンの視線が合った。男はエシルバに近寄ろうとしたが、寸でのところでジグが立ちふさがった。より一層、緊迫した空気は濃くなったかと思われた時、ゆったりとした歩調でグリニアが一同の目の前に現れた。
「なにを騒いでいる」
メグロヴィンの目はグリニアを見た瞬間にガラリと印象が変わった。これまでの敵意がうそかのようにスッと断ち消え、偉大な君主を目の前にした従者のように彼の心は鎮まり返ったようだ。
「あなたに折り入ってお話があって参りました」
「シハン、その男は偽っています。ザク=ハイド自警団の団長と申していますが……」
「結構。私の部屋まで、レーグリィ殿」
「しかし!」
抗議するルバーグにグリニアは「大丈夫」とささやいた。
「さて、もう一方を私は存じていないのだが」
「お会いできて光栄です、グリニア。ヨウマ|オンブリンです」
「では、オンブリン殿もこちらに」
グリニアはメグロヴィンともう一人の男オンブリンを引き連れて執務室に消えてしまった。
「今の人たちは?」
エシルバはジグに呼び掛けたが返事はなかった。仕事に戻った後も彼の顔はどこか晴れず口数も少なかった。
執務室のドアが開いたのは一時間後のことだ。その時を待っていたのか、ジグは再び話を終えたメグロヴィンと男の元に走っていった。彼らは”用事”を済ましたのか、屯所を出てマンホベータに向かう途中だった。
「待ってくれ!」ジグは叫んだ。
メグロヴィンとジグは短い視線を交わしたが、付き添え人のオンブリンが「メグ、行こう」と呼び止めたので途切れてしまった。
ジグは悔しそうに壁をたたいた。
「ヴィーラ|アリュード!」
ジグの声には怒り、顔には戸惑いがありありと浮かんでいた。それでも徐々に小さくなっていく二人の背中を引き留めることはできなかった。ついに男は振り返りもせず到着したマンホベータの中に消えてしまった。
怒鳴る師の姿なんて一度もなかったエシルバは、びっくりして声も出せなかった。落ち着きを取り戻したジグはやがて、深呼吸をしてからこうつぶやいた。
「間違いない、彼はヴィーラだ」
「でも、メグって」
エシルバはおっかなびっくり言った。
「あぁ、彼は今、メグロヴィン|レーグリィとして生きているんだ」
自分で言いながらおかしく思えたのか、ジグは少し笑った。
「十年もあれば人は変わる。あぁ、そうだとも。事実、僕も変わってしまったのだから」
グリニアとメグロヴィンがどんな言葉を交わしたのかについては、結局知ることはできなかった。ジグが言っていたことが本当だとすれば、メグロヴィンの正体はヴィーラ|アリュードということになる。
かつてエシルバの父親ゴドランに仕え、英雄の左腕と呼ばれたヴィーラ|アリュード。剣の腕を買われてゴドランのボディーガードになったほどの実力者だ。反乱以降姿をくらませていた彼が、名前を変えて屯所に現れるとは誰が予想しただろうか?
いや、お客にしては随分とルバーグの声が荒だっているようにも聞こえる。エシルバも仕事を中断し、こっそりと様子をうかがいにいった。
右目に傷のある、三十代後半くらいの男がイスに座っていた。ひげはきれいに手入れされており、大きな目と立派な眉が印象的だ。服は随分と年季を感じさせる使用感がありながらも、こぎれいに扱っていることがうかがえる。彼の後ろには長い顎ひげをたくわえ丁寧に刈り込まれた芝のような眉の男がいた。
付き添いのようだが、断然彼の方が年を取って見えるし、顔には傷かしわかも分からない線が世界地図のように刻まれている。
「私たちのことを粗暴で良識のない人間とお思いでしょうが、これでもハイドオーケンの治安を守るために日々奔走している者なのです。この町のためと言えば、グリニア|ソーソも面会を許可していただけるでしょう」
「アポも取っていない者には会わせられない」
うんざりした様子でルバーグはきっぱりと言った。
若い男の貪欲な目には明らかな怒りが浮かんでおり、辺りには一滴でも油を注げば大爆発しそうな張りつめた空気が漂っていた。
「あなたは……」
彼の姿を目にしてぼうぜんと立ち尽くしていたジグが静かに言った。男は不機嫌そうに目を細め、否定するように眉間にしわを寄せてジグの姿を見返した。
「俺はメグロヴィン|レーグリィ、ザク=ハイド自警団の団長だ」
なにか先に言われることを極度に避けているような、そんな言い方だった。
ふと、物陰で様子をうかがっていたエシルバとメグロヴィンの視線が合った。男はエシルバに近寄ろうとしたが、寸でのところでジグが立ちふさがった。より一層、緊迫した空気は濃くなったかと思われた時、ゆったりとした歩調でグリニアが一同の目の前に現れた。
「なにを騒いでいる」
メグロヴィンの目はグリニアを見た瞬間にガラリと印象が変わった。これまでの敵意がうそかのようにスッと断ち消え、偉大な君主を目の前にした従者のように彼の心は鎮まり返ったようだ。
「あなたに折り入ってお話があって参りました」
「シハン、その男は偽っています。ザク=ハイド自警団の団長と申していますが……」
「結構。私の部屋まで、レーグリィ殿」
「しかし!」
抗議するルバーグにグリニアは「大丈夫」とささやいた。
「さて、もう一方を私は存じていないのだが」
「お会いできて光栄です、グリニア。ヨウマ|オンブリンです」
「では、オンブリン殿もこちらに」
グリニアはメグロヴィンともう一人の男オンブリンを引き連れて執務室に消えてしまった。
「今の人たちは?」
エシルバはジグに呼び掛けたが返事はなかった。仕事に戻った後も彼の顔はどこか晴れず口数も少なかった。
執務室のドアが開いたのは一時間後のことだ。その時を待っていたのか、ジグは再び話を終えたメグロヴィンと男の元に走っていった。彼らは”用事”を済ましたのか、屯所を出てマンホベータに向かう途中だった。
「待ってくれ!」ジグは叫んだ。
メグロヴィンとジグは短い視線を交わしたが、付き添え人のオンブリンが「メグ、行こう」と呼び止めたので途切れてしまった。
ジグは悔しそうに壁をたたいた。
「ヴィーラ|アリュード!」
ジグの声には怒り、顔には戸惑いがありありと浮かんでいた。それでも徐々に小さくなっていく二人の背中を引き留めることはできなかった。ついに男は振り返りもせず到着したマンホベータの中に消えてしまった。
怒鳴る師の姿なんて一度もなかったエシルバは、びっくりして声も出せなかった。落ち着きを取り戻したジグはやがて、深呼吸をしてからこうつぶやいた。
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