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第3章 トロレル別荘より
10、トロレル国際博覧会
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宿へやってきた時と同じ水陸両用の車に荷物を積み込み、団員たちはいよいよ出発の最終段階へと準備を始めた。ルバーグたちが大事な話をしている間、エシルバは出発の合図が出るまで美しい湖畔を眺めていた。突然、ガサゴソ近くの茂みが動いた。
何かが潜んでいるのだと思い、低い姿勢を保ったままそっと後ずさりすることにした。だが、今度は何の前触れもなく茂みからバッと黒い陰が飛び出して襲い掛かってきた。
巨大なバッタだった。強じんな顎に鋭い歯がキラリと光る。
「やめ!」
エシルバはバッタに食われまいと必死に抵抗した。虫の餌食になることを覚悟したもつかの間、後ろから振り出された誰かの脚がバッタの腹に命中した。凶暴なバッタはブルルと体を震わせて茂みの中に消えていった。
「一度人を食った虫はその味を忘れられないそうだ」
やっと呼吸を取り戻して振り返るとシィーダーが立っていた。
「私にしてみれば君の変顔の方が忘れられないがね」
シィーダーはそう言って極めて迷惑そうな顔をした。エシルバは急に恥ずかしさがこみ上げてきて顔が下から上に真っ赤になっていくのが分かった。
「いつまで地面にはいつくばっている。行くぞ」
まさか、休暇明け初日から巨大なバッタに襲われてシィーダーに救われるなんて。エシルバは宝石箱のようにキラキラとした世界を想像していた過去の自分を呪いたい気分だった。
車の前で点呼を取るルバーグの元へ戻った時、シィーダーの後ろをトボトボついて歩くエシルバを見たウルベータまでもおかしそうに笑っていた。きっと彼はつまみ食いをしてつまみ出された猫にでも見えたに違いない。まぁ、そんなのは単なる被害妄想にすぎないのだが。
恥ずかしさのほとぼりから冷めた頃、団員たちを乗せた車はサザン地区に入った。正直トロレルの地理は全くといっていいほど無知だったので、移動中はずっと「トロレルの地理」という観光マップにくぎ付けだった。
初めこそロラッチャーがあれば移動なんてあっという間なのにと思ったが、車で陸路をゆっくりと進むのもよかった。通り過ぎる街並みが近くで見えるし、住人たちの暮らしが面白いくらいに見えるからだ。
「ほら、見えてきたよ」
最後列で座っていたエシルバは、前列にいるジオノワーセンの声で外を見た。車は三車線の道路を走行し交通量も多くなっていた。三階建ての建物が軒を連ね、はるか先には巨大な三角屋根のお城がそびえ立っていた。
「トロレル最大の都市、サザン。あの巨大な建物が世界最古の木造建築城――砂宮城さ」
「あそこに女王様がいるの?」
「そうだよ」ジオノワーセンは答えた。
車は城下町の特設会場である城下町の門をくぐり、立体駐車場の最上階で停車した。エシルバは師のジグと離れないように後ろを歩き、一行はゾロゾロと行動を開始した。
「使節団の皆さま、お待ちしておりました」
現れたのは見覚えのある制服に身を包んだ若い女性だった。ハッキリと聞き取りやすい声に、少し照れたようなほほ笑み方だ。癖のない長い髪を一つに束ねたシンプルな髪型でりんとした表情をしている。
「トロレル=シクワ=ロゲン使節団のオグ|オルミアです」
なんと、同業者ではないか。エシルバが驚いていると、ルバーグがすかさずお辞儀をして名乗った。どうやら二人には面識があるようで、少しの間世間話が続いた。
オルミアの案内で外に出ると、さっそく「トロレル国際博覧会」と書かれたバルーンがそこかしこに上がっていた。多種多様なブースが設けられ、一般人からシブーまでとにかく大勢の人であふれていた。トロレル語やブルワスタック語など他国の言葉が飛び交い、国際色が濃厚なのは間違いない。会場の中央には博覧会のシンボル・タワーが美しくそびえ立っていた。
とにかく目を動かすのに忙しかった。アマクの伝統的な住居「ヒブロ=アエフタ」の巨大な模型、カノティーン材の高級家具、ブルワスタックのガラス細工、トロレルの昆虫販売会、水壁師協会の宣伝コーナーまであった。
エシルバはこの興奮と感動を誰かに伝えたくて、何枚も写真を撮っては自己満足に浸った。だが、突然のゲンコツでたった今撮ろうとしていた写真がブレブレになってしまった。
「いった!」
シィーダーが「会場内は写真撮影禁止」という看板に冷酷な視線を送っていた。気を取り直してさらに歩いていくと、白いフワフワしたドームが現れた。中に入ると機械分野のブールがあちこちに旗を掲げていた。空飛ぶトイレ、最新鋭のシステムを搭載したロラッチャー、サウナマシン、役人用の三大必需品展示コーナー……
「ご紹介します、こちらは機械館の館長ダマ|クポーティンです」
頭がツルッとしたにこやかな男性に向かってオルミアが言った。クポーティンはエシルバたちを見つけた途端笑顔になって近づいてきた。
「アマク使節団です」
ルバーグは頭を下げた。
「ようこそ遠方からお越しくださいました。いかがでしょうか、わが国の博覧会は。この機械館をはじめ、美術館や農業館、エネルギー館など様々な分野のパビリオンが建設されています。出品数は十万点を超える世界最大規模の催し。発展した文明社会の前に博覧会なんて古くさい、時代錯誤だなんておっしゃる方もいますが、これは実に意味のある文明のパーティーなんです」
そう熱に語るクポーティンは、大歓迎とばかりに一人一人手の目を見て力強くうなずいた。
「素晴らしいものをお見せしましょう。どうぞこちらへ」
何かが潜んでいるのだと思い、低い姿勢を保ったままそっと後ずさりすることにした。だが、今度は何の前触れもなく茂みからバッと黒い陰が飛び出して襲い掛かってきた。
巨大なバッタだった。強じんな顎に鋭い歯がキラリと光る。
「やめ!」
エシルバはバッタに食われまいと必死に抵抗した。虫の餌食になることを覚悟したもつかの間、後ろから振り出された誰かの脚がバッタの腹に命中した。凶暴なバッタはブルルと体を震わせて茂みの中に消えていった。
「一度人を食った虫はその味を忘れられないそうだ」
やっと呼吸を取り戻して振り返るとシィーダーが立っていた。
「私にしてみれば君の変顔の方が忘れられないがね」
シィーダーはそう言って極めて迷惑そうな顔をした。エシルバは急に恥ずかしさがこみ上げてきて顔が下から上に真っ赤になっていくのが分かった。
「いつまで地面にはいつくばっている。行くぞ」
まさか、休暇明け初日から巨大なバッタに襲われてシィーダーに救われるなんて。エシルバは宝石箱のようにキラキラとした世界を想像していた過去の自分を呪いたい気分だった。
車の前で点呼を取るルバーグの元へ戻った時、シィーダーの後ろをトボトボついて歩くエシルバを見たウルベータまでもおかしそうに笑っていた。きっと彼はつまみ食いをしてつまみ出された猫にでも見えたに違いない。まぁ、そんなのは単なる被害妄想にすぎないのだが。
恥ずかしさのほとぼりから冷めた頃、団員たちを乗せた車はサザン地区に入った。正直トロレルの地理は全くといっていいほど無知だったので、移動中はずっと「トロレルの地理」という観光マップにくぎ付けだった。
初めこそロラッチャーがあれば移動なんてあっという間なのにと思ったが、車で陸路をゆっくりと進むのもよかった。通り過ぎる街並みが近くで見えるし、住人たちの暮らしが面白いくらいに見えるからだ。
「ほら、見えてきたよ」
最後列で座っていたエシルバは、前列にいるジオノワーセンの声で外を見た。車は三車線の道路を走行し交通量も多くなっていた。三階建ての建物が軒を連ね、はるか先には巨大な三角屋根のお城がそびえ立っていた。
「トロレル最大の都市、サザン。あの巨大な建物が世界最古の木造建築城――砂宮城さ」
「あそこに女王様がいるの?」
「そうだよ」ジオノワーセンは答えた。
車は城下町の特設会場である城下町の門をくぐり、立体駐車場の最上階で停車した。エシルバは師のジグと離れないように後ろを歩き、一行はゾロゾロと行動を開始した。
「使節団の皆さま、お待ちしておりました」
現れたのは見覚えのある制服に身を包んだ若い女性だった。ハッキリと聞き取りやすい声に、少し照れたようなほほ笑み方だ。癖のない長い髪を一つに束ねたシンプルな髪型でりんとした表情をしている。
「トロレル=シクワ=ロゲン使節団のオグ|オルミアです」
なんと、同業者ではないか。エシルバが驚いていると、ルバーグがすかさずお辞儀をして名乗った。どうやら二人には面識があるようで、少しの間世間話が続いた。
オルミアの案内で外に出ると、さっそく「トロレル国際博覧会」と書かれたバルーンがそこかしこに上がっていた。多種多様なブースが設けられ、一般人からシブーまでとにかく大勢の人であふれていた。トロレル語やブルワスタック語など他国の言葉が飛び交い、国際色が濃厚なのは間違いない。会場の中央には博覧会のシンボル・タワーが美しくそびえ立っていた。
とにかく目を動かすのに忙しかった。アマクの伝統的な住居「ヒブロ=アエフタ」の巨大な模型、カノティーン材の高級家具、ブルワスタックのガラス細工、トロレルの昆虫販売会、水壁師協会の宣伝コーナーまであった。
エシルバはこの興奮と感動を誰かに伝えたくて、何枚も写真を撮っては自己満足に浸った。だが、突然のゲンコツでたった今撮ろうとしていた写真がブレブレになってしまった。
「いった!」
シィーダーが「会場内は写真撮影禁止」という看板に冷酷な視線を送っていた。気を取り直してさらに歩いていくと、白いフワフワしたドームが現れた。中に入ると機械分野のブールがあちこちに旗を掲げていた。空飛ぶトイレ、最新鋭のシステムを搭載したロラッチャー、サウナマシン、役人用の三大必需品展示コーナー……
「ご紹介します、こちらは機械館の館長ダマ|クポーティンです」
頭がツルッとしたにこやかな男性に向かってオルミアが言った。クポーティンはエシルバたちを見つけた途端笑顔になって近づいてきた。
「アマク使節団です」
ルバーグは頭を下げた。
「ようこそ遠方からお越しくださいました。いかがでしょうか、わが国の博覧会は。この機械館をはじめ、美術館や農業館、エネルギー館など様々な分野のパビリオンが建設されています。出品数は十万点を超える世界最大規模の催し。発展した文明社会の前に博覧会なんて古くさい、時代錯誤だなんておっしゃる方もいますが、これは実に意味のある文明のパーティーなんです」
そう熱に語るクポーティンは、大歓迎とばかりに一人一人手の目を見て力強くうなずいた。
「素晴らしいものをお見せしましょう。どうぞこちらへ」
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