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第2章 地底世界へ
07、エム=ビィ
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「お初に! お目にかかります!」
どういうわけか、誰もいないはずの場所から声が聞こえた。
「どこ?」
エシルバはキョロキョロ周囲を見渡した。船内の廊下には誰もいない。
「私、エム=ビィと申します。人工知能世界大会でなんと二位! の王冠を頂いたこともあり、ここで長年使節団の案内人として働いています」
「ちょっと待って! どこから声がするの?」
エシルバはくるくる回転しながら尋ねた。
「あなたの後ろでもあり、前でもあります。私の声は船内であればどこからでも発生させることができます。まるですぐ傍に本当の人間がいるように」
“彼”の声はまるで立体音響のように躍動的だった! エシルバはとりあえず相手が人間ではないということを知って安心した。人間だとしたら、誰もいないのに声がするわけがないじゃないか。
「ビックリしたよ! 僕、エシルバ。えぇと、君のことはルゼナンから少しだけ聞いたことがある。会えてうれしいよ。どこ見て話せばいいのかな? これじゃあ僕がひとりごと話しているみたいだから」
「だいたいの方はひとりごとを話しているように見えますとも」
「立ち話もなんなんだ、部屋に入ったら?」
エシルバは言ってから、もっと違う言い方があったと思った。いや、でもこれでいいのだ。だって、エム=ビィはちゃんとノックしてあいさつまでしてくれたのだから。
「それでは失礼します」彼はごく普通に入ってきた。
さすがに席には勧めなかったが、目を閉じればなんら普通の人間と変わりない。
「本当はあなたが乗船した時からあいさつを申し上げたかったのですが、なにせスリープモードにさせられていたものでして。その状態ですと、声は聞けても話すことができないのです。ですから、話好きな私としては退屈していたところなのです……」
エム=ビィはそんなテンションで十分以上も弾丸トークを繰り広げた。ルゼナンたちがスリープモードにさせておいたわけが分かった気がする。
「ねぇ、エム=ビィは何歳なの?」
エシルバは姿の見えないエム=ビィに尋ねた。
「五十二歳です」
「おじいちゃんなんだね」
「なにを!」とエム=ビィはむきになった。「人工知能業界では歳をとるほど若返ると言いますから、五十代はピッチピチのシャッキシャキなのです!」
「ごめん、人工知能業界のことなんて分からないよ」
「少々むきになり過ぎました」彼は謝った。「それよりエシルバ様、そこのごみはなんですか?」
「どれのこと?」
「ベッドに山もりになっているものです」
「リフのおばあちゃんからもらった服だよ」
エシルバは山積みになった服の一枚をとってにおいをかいで「気のせいか、シプナおばさんのにおいがする」と顔をしかめた。
リフとさよならした時、箱いっぱいのオレンジを三箱ももらった。さすがに食べきれないので、二箱は使節団のトロベム屋敷に送った。知り合いに農家がいる人はもらいものばかりすると言うが、本当にその通りだった。
「エム=ビィはおなかすかないの?」
「私には胃袋がありませんので、基本的におなかがすくということはありません。ですが、“味”なら分かります」
「本当に? じゃあ、このオレンジ食べてごらんよ。とっても美味しいよ」
エシルバはオレンジを手にとって、皮をむこうとしたところで「そのままください」と言われた。すると、天井からバーが出てきてオレンジを持っていってしまった。
「うそ!」エシルバは度肝を抜かれてわめいた。
しばらくすると、まるで咀嚼しながら味をかみしめるような音が聞こえた。
「おいしい?」
「なるほど、ふむふむ」エム=ビィは言った。「これはクリーグス産のかんきつ類、北方オレンジですね。したたる果汁、薄皮で実はぎっしり詰まっている、風味も悪くない、糖度十四~十五度といったところですね」
単に「おいしい」とか「まずい」という感想が返ってくると思ったら、品評会の審査員みたいな感想が返ってきた。
「おいしそうでなによりだよ」
味覚のある人工知能がいたとは! エシルバは驚き過ぎて自分の常識を疑うほどだった。
「ねぇ、エム=ビィ。一つ気になっていたことがあるんだ」
「なんでしょう」
「トロレルにはどうやって行くの? だって、地底にある大きな国なんでしょう? 地上からはトンネルをくぐって行くって聞いたけど」
「北地極にある水中トンネルをくぐれば行けます。トンネル中間には引力の向きが変わるポイントがあります。そこさえ通過してしまえば地底のトロレル界へ到達できるのです」
「なんだか信じられないよ」エシルバは言った。「ねぇ、トロレルってどんな所なの?」
「トロレルには赤色の海が広がっています。岩糖といわれる物質が海水に溶け込んでいるためその味は甘く、海洋生物もほんのりと甘いのです。あと、特徴的なものと言えばモス=バレルと呼ばれる内部太陽があることですかね。とにかく、実際に見た方が早いかと」
どういうわけか、誰もいないはずの場所から声が聞こえた。
「どこ?」
エシルバはキョロキョロ周囲を見渡した。船内の廊下には誰もいない。
「私、エム=ビィと申します。人工知能世界大会でなんと二位! の王冠を頂いたこともあり、ここで長年使節団の案内人として働いています」
「ちょっと待って! どこから声がするの?」
エシルバはくるくる回転しながら尋ねた。
「あなたの後ろでもあり、前でもあります。私の声は船内であればどこからでも発生させることができます。まるですぐ傍に本当の人間がいるように」
“彼”の声はまるで立体音響のように躍動的だった! エシルバはとりあえず相手が人間ではないということを知って安心した。人間だとしたら、誰もいないのに声がするわけがないじゃないか。
「ビックリしたよ! 僕、エシルバ。えぇと、君のことはルゼナンから少しだけ聞いたことがある。会えてうれしいよ。どこ見て話せばいいのかな? これじゃあ僕がひとりごと話しているみたいだから」
「だいたいの方はひとりごとを話しているように見えますとも」
「立ち話もなんなんだ、部屋に入ったら?」
エシルバは言ってから、もっと違う言い方があったと思った。いや、でもこれでいいのだ。だって、エム=ビィはちゃんとノックしてあいさつまでしてくれたのだから。
「それでは失礼します」彼はごく普通に入ってきた。
さすがに席には勧めなかったが、目を閉じればなんら普通の人間と変わりない。
「本当はあなたが乗船した時からあいさつを申し上げたかったのですが、なにせスリープモードにさせられていたものでして。その状態ですと、声は聞けても話すことができないのです。ですから、話好きな私としては退屈していたところなのです……」
エム=ビィはそんなテンションで十分以上も弾丸トークを繰り広げた。ルゼナンたちがスリープモードにさせておいたわけが分かった気がする。
「ねぇ、エム=ビィは何歳なの?」
エシルバは姿の見えないエム=ビィに尋ねた。
「五十二歳です」
「おじいちゃんなんだね」
「なにを!」とエム=ビィはむきになった。「人工知能業界では歳をとるほど若返ると言いますから、五十代はピッチピチのシャッキシャキなのです!」
「ごめん、人工知能業界のことなんて分からないよ」
「少々むきになり過ぎました」彼は謝った。「それよりエシルバ様、そこのごみはなんですか?」
「どれのこと?」
「ベッドに山もりになっているものです」
「リフのおばあちゃんからもらった服だよ」
エシルバは山積みになった服の一枚をとってにおいをかいで「気のせいか、シプナおばさんのにおいがする」と顔をしかめた。
リフとさよならした時、箱いっぱいのオレンジを三箱ももらった。さすがに食べきれないので、二箱は使節団のトロベム屋敷に送った。知り合いに農家がいる人はもらいものばかりすると言うが、本当にその通りだった。
「エム=ビィはおなかすかないの?」
「私には胃袋がありませんので、基本的におなかがすくということはありません。ですが、“味”なら分かります」
「本当に? じゃあ、このオレンジ食べてごらんよ。とっても美味しいよ」
エシルバはオレンジを手にとって、皮をむこうとしたところで「そのままください」と言われた。すると、天井からバーが出てきてオレンジを持っていってしまった。
「うそ!」エシルバは度肝を抜かれてわめいた。
しばらくすると、まるで咀嚼しながら味をかみしめるような音が聞こえた。
「おいしい?」
「なるほど、ふむふむ」エム=ビィは言った。「これはクリーグス産のかんきつ類、北方オレンジですね。したたる果汁、薄皮で実はぎっしり詰まっている、風味も悪くない、糖度十四~十五度といったところですね」
単に「おいしい」とか「まずい」という感想が返ってくると思ったら、品評会の審査員みたいな感想が返ってきた。
「おいしそうでなによりだよ」
味覚のある人工知能がいたとは! エシルバは驚き過ぎて自分の常識を疑うほどだった。
「ねぇ、エム=ビィ。一つ気になっていたことがあるんだ」
「なんでしょう」
「トロレルにはどうやって行くの? だって、地底にある大きな国なんでしょう? 地上からはトンネルをくぐって行くって聞いたけど」
「北地極にある水中トンネルをくぐれば行けます。トンネル中間には引力の向きが変わるポイントがあります。そこさえ通過してしまえば地底のトロレル界へ到達できるのです」
「なんだか信じられないよ」エシルバは言った。「ねぇ、トロレルってどんな所なの?」
「トロレルには赤色の海が広がっています。岩糖といわれる物質が海水に溶け込んでいるためその味は甘く、海洋生物もほんのりと甘いのです。あと、特徴的なものと言えばモス=バレルと呼ばれる内部太陽があることですかね。とにかく、実際に見た方が早いかと」
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