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第1章 クリーグス
02、オレンジ畑にある豪邸
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後日、エシルバはクリーグスにあるリフの家(父方の実家)に訪れた。彼の家は見たこともないような豪邸で、広大なオレンジ畑のど真ん中にどんと立っていた。でも、一番驚いたのは冬なのにオレンジが立派に育っていることだった。
「一歩間違えれば死んでたって」
松葉づえをつきながらソファでごろ寝するリフは、さも人ごとに語った。
「君はすごいよ」エシルバは感心して言った。「あんなことが出来るなんて」
二人は誰もいないリビングで何時間も話し込んだ。豪邸についてもいろいろ聞いた。温水プールや映画館、音楽室や演劇場まであるという。やっぱり父親が世界的俳優というのは違う。敷地だけでも蛙里がすっぽりと納まるくらいはあるだろう。
「どう? たまにはこういうばがでかい場所でのんびりするのも悪くないだろう?」
「うん、最高だよ」
「休暇明けはどうせ忙しくなるんだ。今のうちに休んでおくべきだよ」
リフはエシルバにオレンジジュースのお代わりを出しながら言った。
「他には誰かいるの?」
「父さんは映画の撮影で今頃裏側にいる。兄貴が一人いるんだけど、手のつけられない不良なんだ。お見舞いに来てくれたの君だけだよ」リフはクスッと笑った。
「でも、君ってばすごく愛されてると思うな」
エシルバは玄関前に置かれたお見舞い品山をチラリと見た。どれも今朝届いたばかりの品々で今はやりのおもちゃとか、高そうな衣類、巨大なクマのぬいぐるみは父親からで、フルーツバスケットが母親からだという。
「クマのぬいぐるみなんて趣味じゃないよ」
「だってほら、見てごらんよ。お父さんから分厚い手紙だ!」
リフは目を丸々させ受け取った。手紙には長々とお見舞いの言葉、リフが生まれた時の話から使節団に入った時までの話が暑苦しく書かれていた。
「今時手書きの手紙なんてすてきじゃないか。いいお父さんだね」
「明日の夜来るって」リフが目を見開いた。「随分と急だな」
「心配してるんだよ」
「そうだ、泊っていきなよ。いつトロベム別荘に行くつもりなの?」
「分からない。試合の応援が終わったらすぐ行くとは言っていたけど」
リフはガラス戸を開き、中庭の植物園でお茶会を開いているおじさんたちに話しかけた。
「ねぇ! いつ出発するの?」
笑いすぎて目じりに涙を浮かべていたルゼナンがリフを見て驚いた。
「もう少しいてほしいんだろう? あんたの父親が来たら出発するさ」
「聞こえてたの?」リフはエシルバに向き直った。「だってさ」
「まぁまぁ、まぁ! いらっしゃい!」
玄関から入ってきたのはリフの祖母シプナおばさんだった。ちょうど買い物帰りらしく冬物のコートにはどっさり雪がかぶさっている。
「あら、お友達の……あなたがエシルバ|スーね。お噂はかねがね聞いているわ。遠慮せずにくつろいでいってね」
髪は頭の上でまりのようにまとめられ、目尻には人の良さそうな線が浮かんでいる。背筋がピンと伸びているせいかシャキシャキした雰囲気があり、なぜか首には値札が付いたままの眼鏡が下がっていた。
シプナおばさんはとにかく世話を焼きたがる性格だった。お茶やお菓子を出してくれただけでなく、寒いからと膝掛けや湯たんぽを持ってきたり、退屈だろうからと箱いっぱいに詰まったゲームを出してきたり……。
しまいにはブティックで余ったという高価な服をエシルバとリフにプレゼントした。とっかえひっかえ二人に服を合わせては「すごく似合うわ」とベタ褒めするのだが、どの服も派手な刺繍のビーズが主役を食ってしまい、モデルというよりは美術館の派手な展示品になった気分というのがピッタリだった。
一時間後、穏やかな時間を切り裂くような出来事が起こった。バイクの破裂音が遠くの方から近づいてきたのだ。
「暴走族?」
エシルバが興味津々でカーテンをめくると、大音量の音楽を響かせたバイク集団(十数人はいる)が家の目の前で止まり、ヘルメットを脇に抱えた若者たちが騒ぎながら玄関に突入してきた。興味から恐怖に変わった瞬間、エシルバは絵画みたい壁に張り付いて動けなかった。
彼らはリビングの中を好き勝手歩き回り、冷蔵庫の食べ物をあさり、テレビをつけ、わが物顔でくつろぎ始めた。
「リフ。いたのか」
その中の一人、顔にやけどの跡がある青年がリフに言った。長く伸びた前髪に隠された左目は細く、右目はパッチリと不釣り合いに大きかった。
「あぁ、来てるよ。今ゆっくりしてたところなんだ」
リフはすごく機嫌悪そうに言った。
今に見てろ、口うるさく叱ってくれる大人が君たちの前に現れる。エシルバはこのような状況になった時、誰かの癇癪に触わらないわけがないと学んでいた。なので、まるで常識などなさそうな若者たちを高台から見下ろし、彼らが粛正される時を待った。すると、案の定シプナおばさんが口から火を吐きそうな勢いで台所の奥から現れ、右手にほうきを掲げてバシバシ若者の尻をたたき始めた。
「ロウ! ロウ! ロウ!」シプナおばさんが怒鳴った。「一体これはどういうことなの! 学校も行かずにあなたは荒れ放題。せっかく部屋をきれいにしたと思ったら、また散らかして! しかもこんなにたくさんの人を家に許可なく入れるとは、本当に困ったものだわ」
シプナおばさんの説教なんて全く聞こえていないロウという青年はジュース瓶のラックをバイクから運び出し、仲間たちと一緒になってゲラゲラ笑った。友達も友達だ。シプナおばさんの癇癪など慣れっこらしく真剣に耳を傾けてなどいない。なんだかおばさんが気の毒に思われた。
「俺の兄貴さ」リフは言った。
「一歩間違えれば死んでたって」
松葉づえをつきながらソファでごろ寝するリフは、さも人ごとに語った。
「君はすごいよ」エシルバは感心して言った。「あんなことが出来るなんて」
二人は誰もいないリビングで何時間も話し込んだ。豪邸についてもいろいろ聞いた。温水プールや映画館、音楽室や演劇場まであるという。やっぱり父親が世界的俳優というのは違う。敷地だけでも蛙里がすっぽりと納まるくらいはあるだろう。
「どう? たまにはこういうばがでかい場所でのんびりするのも悪くないだろう?」
「うん、最高だよ」
「休暇明けはどうせ忙しくなるんだ。今のうちに休んでおくべきだよ」
リフはエシルバにオレンジジュースのお代わりを出しながら言った。
「他には誰かいるの?」
「父さんは映画の撮影で今頃裏側にいる。兄貴が一人いるんだけど、手のつけられない不良なんだ。お見舞いに来てくれたの君だけだよ」リフはクスッと笑った。
「でも、君ってばすごく愛されてると思うな」
エシルバは玄関前に置かれたお見舞い品山をチラリと見た。どれも今朝届いたばかりの品々で今はやりのおもちゃとか、高そうな衣類、巨大なクマのぬいぐるみは父親からで、フルーツバスケットが母親からだという。
「クマのぬいぐるみなんて趣味じゃないよ」
「だってほら、見てごらんよ。お父さんから分厚い手紙だ!」
リフは目を丸々させ受け取った。手紙には長々とお見舞いの言葉、リフが生まれた時の話から使節団に入った時までの話が暑苦しく書かれていた。
「今時手書きの手紙なんてすてきじゃないか。いいお父さんだね」
「明日の夜来るって」リフが目を見開いた。「随分と急だな」
「心配してるんだよ」
「そうだ、泊っていきなよ。いつトロベム別荘に行くつもりなの?」
「分からない。試合の応援が終わったらすぐ行くとは言っていたけど」
リフはガラス戸を開き、中庭の植物園でお茶会を開いているおじさんたちに話しかけた。
「ねぇ! いつ出発するの?」
笑いすぎて目じりに涙を浮かべていたルゼナンがリフを見て驚いた。
「もう少しいてほしいんだろう? あんたの父親が来たら出発するさ」
「聞こえてたの?」リフはエシルバに向き直った。「だってさ」
「まぁまぁ、まぁ! いらっしゃい!」
玄関から入ってきたのはリフの祖母シプナおばさんだった。ちょうど買い物帰りらしく冬物のコートにはどっさり雪がかぶさっている。
「あら、お友達の……あなたがエシルバ|スーね。お噂はかねがね聞いているわ。遠慮せずにくつろいでいってね」
髪は頭の上でまりのようにまとめられ、目尻には人の良さそうな線が浮かんでいる。背筋がピンと伸びているせいかシャキシャキした雰囲気があり、なぜか首には値札が付いたままの眼鏡が下がっていた。
シプナおばさんはとにかく世話を焼きたがる性格だった。お茶やお菓子を出してくれただけでなく、寒いからと膝掛けや湯たんぽを持ってきたり、退屈だろうからと箱いっぱいに詰まったゲームを出してきたり……。
しまいにはブティックで余ったという高価な服をエシルバとリフにプレゼントした。とっかえひっかえ二人に服を合わせては「すごく似合うわ」とベタ褒めするのだが、どの服も派手な刺繍のビーズが主役を食ってしまい、モデルというよりは美術館の派手な展示品になった気分というのがピッタリだった。
一時間後、穏やかな時間を切り裂くような出来事が起こった。バイクの破裂音が遠くの方から近づいてきたのだ。
「暴走族?」
エシルバが興味津々でカーテンをめくると、大音量の音楽を響かせたバイク集団(十数人はいる)が家の目の前で止まり、ヘルメットを脇に抱えた若者たちが騒ぎながら玄関に突入してきた。興味から恐怖に変わった瞬間、エシルバは絵画みたい壁に張り付いて動けなかった。
彼らはリビングの中を好き勝手歩き回り、冷蔵庫の食べ物をあさり、テレビをつけ、わが物顔でくつろぎ始めた。
「リフ。いたのか」
その中の一人、顔にやけどの跡がある青年がリフに言った。長く伸びた前髪に隠された左目は細く、右目はパッチリと不釣り合いに大きかった。
「あぁ、来てるよ。今ゆっくりしてたところなんだ」
リフはすごく機嫌悪そうに言った。
今に見てろ、口うるさく叱ってくれる大人が君たちの前に現れる。エシルバはこのような状況になった時、誰かの癇癪に触わらないわけがないと学んでいた。なので、まるで常識などなさそうな若者たちを高台から見下ろし、彼らが粛正される時を待った。すると、案の定シプナおばさんが口から火を吐きそうな勢いで台所の奥から現れ、右手にほうきを掲げてバシバシ若者の尻をたたき始めた。
「ロウ! ロウ! ロウ!」シプナおばさんが怒鳴った。「一体これはどういうことなの! 学校も行かずにあなたは荒れ放題。せっかく部屋をきれいにしたと思ったら、また散らかして! しかもこんなにたくさんの人を家に許可なく入れるとは、本当に困ったものだわ」
シプナおばさんの説教なんて全く聞こえていないロウという青年はジュース瓶のラックをバイクから運び出し、仲間たちと一緒になってゲラゲラ笑った。友達も友達だ。シプナおばさんの癇癪など慣れっこらしく真剣に耳を傾けてなどいない。なんだかおばさんが気の毒に思われた。
「俺の兄貴さ」リフは言った。
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