星物語

秋長 豊

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第6章 過酷な試練

35、謎の地下通路

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 そこはただの廊下だった。
 マンホベータ内の光が辛うじて周囲を照らしているが、どうやら一方通行のようだ。エシルバは3人が隣にいることを時折確認しながら暗闇の中を慎重な足取りで進んだ。パシャッと何かを踏んだ。リフはヒヤッとして金切り声を上げそうになったが単なる水だった。ある場所から床が水浸しになっていた。

「なんだよここ」リフは言った。「靴がグチャグチャだ」

「明かりがほしい。なにかない?」エシルバは急かすように言った。

「そうだ! 携帯灯があれば」
 リフが暗闇の中でひらめきジャケットをまさぐり始めた。

「最悪だ」リフが沈んだ声で言った。「部屋に置いてきた」

 エシルバはジャケットのポケットに手を突っ込みながら、おぼろげな記憶を頼りに携帯灯を探した。

「あった?」
 今度はリフが急かした。

 エシルバの指先がポケットの中にある携帯灯に触れた。使う機会がなかったため、長い間ポケットの中で眠らせたままだった。まさかこんな形で使うことになるとは予想もしていなかった。

 エシルバは携帯灯にブユエネルギーをこめた。手の中からポーッと赤色の光源が飛び出して4人の周りをクルクル回った。赤い光は怖かったので、調節して白い光に変えた。光は何かに伝染して暗闇を一瞬にして消し去った。4人は突如開けた視界を見てあっと驚いた。

 巨大な木のトンネル内部のようだ。左右にはエシルバのブユエネルギーを宿したランプが光を放ち、曲がりくねった道の奥先まで照らしていた。

「すごいよ。一瞬でこの光量をランプにともすなんて」
 リフはハラハラして言った。

 しかし、エシルバの関心はまったく別のところにあった。この廊下は一体誰が造ったものなのだろうか? 古代ブユ人? それとも古代ブユ人と関係のあるシクワ=ロゲンの役人だろうか? 

 エシルバはポカンと口を開けて立ち尽くすリフの横でギュッと唇をかみ締めた。ユラユラ揺れ動くランプの明かりはまるで4人を恐ろしい闇底へといざなっているかのようだった。そのとき、突然後ろにあった光が消えた。マンホベータの扉がピタリと閉まったのだ。

「うそだろ? ボタンがない」
 慌ててボタンを押そうとしたリフは顔を青くして言った。

「進もう」
 エシルバは3人の目を見て言った。

 リフは後ろを振り返り同じようにエシルバを見返した。歩き出した4人の歩調は最初よりも速くなっていた。暗闇に対する恐怖心が薄れたせいもあるがそれだけではない。すぐそばで、誰かがこちらをじっと見つめているような気がしたのだ。ただ、その正体は分からなかった。廊下をしばらく奥に進んで行くと水位はふくらはぎの中間まで達するようになった。

「分かったぞ。この廊下は真っすぐに見えて緩やかな下り坂になっているんだ」

 エシルバはそう分析した。

「どこまで続いている?」
 カヒィの問いにエシルバは「さぁ」と答えた。進める所までは進むつもりだった。同じ景色の中を歩いているうちに、4人の心には少し余裕が生まれていた。進んで行くうちに、水位はどんどん増しているようだ。このまま行けばいずれ腰まで水に浸かってしまうのではないだろうか。

「待て。今、なにか聞こえなかったか?」カヒィが言った。

「聞こえた」リフが耳をそばだてた。

 エシルバは立ち止まって目と口以外動かすのを止めた。トンネル内に響き渡るかすかな反響音……嫌な予感がした。

「まさか、あの影人間がここまで来たのか? あぁ、こんなときにシィーダーでもいれば安心するなんて皮肉な話だよ」
 リフは来た道を振り返りながら青ざめて言い、さらにこう続けた。
「俺たちどうすればいい! このままじゃ八つ裂きにされるかもしれない。俺、あんな化け物に殺されるくらいなら、ここで溺れ死んだほうがマシだ!」

「シッ! 静かに」
 エシルバの注意にリフは仕方なく黙った。

「いいかい? もしかしたら……この先にブユの石板があるかもしれない」
「見つけてどうする?」
 カヒィが言った。

 エシルバは目を泳がせた。
「とにかく、見つけたら敵に渡さないようにする」

「さっきからなにを言っているんだ!」ジュビオレノークがわめいた。

「大樹堂のどこかに隠されたブユの石板がこの先にあるかもしれないってことだよ。石板にはアバロンを阻止するための方法が書かれているはずなんだ」エシルバは答えた。

 ジュビオレノークはそれを聞いて反論もせずに黙った。エシルバとしては彼が黙ってくれていた方が今はよかったし、そもそもけんかをしている場合ではない。

「なぁ、もしも敵と鉢合わせでもしたら?」リフが聞いた。
 エシルバは言った。「戦う」

「でも、俺たち影人間にさえ勝てなかった。敵は何人いるのかさえ分からない。しかも、敵はジリー軍の一味だろ?」

「リフ。そんなことは分かってるよ」
 エシルバは立ち止まらずに言った。

「ごめん。俺、とても弱気になってる」
 その言葉にエシルバは小さくうなずいた。

「僕もだよ」

 そのときだった。はるか後方から何か黒い物体がうごめいているのが見えた。嫌な予感は的中した。エシルバはリフ、カヒィと顔を見合わせて叫んだ。

「走れ!」

 4人は猛スピードで駆け出した。激しい水しぶきを立てながら前だけを見て走る。トンネルは終わりなく続いているような気がしたが、どうやらそうではないようだ。廊下の先がどうなっているのかなんて予想もできなかったが、やがて絶望的な光景が4人の前に現れた。

「俺たちの後ろには誰も、なにもいなかったはずだろう?」カヒィが叫んだ。

「おい――アレ、なんだよ!」

 ジュビオレノークがゼェハァ息をきらしながら叫んだ。エシルバは走りながら目を凝らした。廊下が切断されたようにプッツリと途絶えていたのだ!

「飛び込もう。下は水たまりだ」エシルバは言った。
「賛成! 泳ぐのは得意だ」

 エシルバとカヒィの掛け合いにジュビオレノークは正気なのかと尻込みしていた。エシルバは徐々に近づいてくる道の終わりに合わせカウントダウンを始めた。

「いち、にの、さん!」

 目を閉じ、鼻をつまみ、4人は大きな水たまりに飛び込んだ。水深はかなり深く飛び込んだ勢いで体は深く水の中に浸かった。水面から顔を上げ、エシルバは休む間もなく泳いだ。リフとカヒィの姿を目で追うと彼らもなんとか泳いでいた。

「向こう岸に渡ろう。あのはしごを登るんだ!」

 エシルバは口に入った水を吐き出しながら言った。悪夢のような時間だ。後ろからあの黒い不気味なやつらがいつ襲ってくるのだろうかとヒヤヒヤしたし、そんな状況で底の見えない水たまりの中を泳ぐのは恐怖を倍増させるだけだからだ。

 エシルバははしごにつかまり、せっせと登っていった。カヒィもすぐ後ろからついてきた。はしごを登ったところで後ろを振り返ると、何かが迫ってくる気配はなくなっていた。

「やった……あいつら、追うのを諦めたみたいだ」
 リフが全身で大きく呼吸しながら言った。しかし、エシルバには「諦めた」という都合のよい解釈ができなかった。

「ジュビオは?」エシルバはすっかり忘れていたと大慌てで水たまりをのぞいた。数秒後、バシャッと手が出てきた。
「泳げないみたいだ!」カヒィは声を荒げた。

 エシルバは2人と協力してジュビオレノークを引き揚げた。
「それにしても、ずいぶん奥まで来たみたいだ」エシルバはつぶやいた。

 4人ともずぶぬれだったので、もう靴の中がグチャグチャだとか服がぬれるだとか、いちいち気にすることはなくなっていた。

 5分ほど狭い小道を進んだところで4人は小さな広間に出た。木をくり抜いたような造りで、天井からは大きなおわん形のランプがつり下がっていた。こんなところにランプがあるなんて。しかも明かりがついている。広間の向こうには今までと雰囲気の違う抜け道があり、その向こうは真っ暗だった。

「風だ。おかしいな、ここは地下なのに」エシルバは首をかしげた。
 リフが何かを発見したのかある物に視線をくぎ付けにしていた。

「あれなんだと思う?」

 壁際にゴツゴツした大きめの何かがゆったりとした布に覆われていた。リフは興味津々で近づいていったが、エシルバは真っ暗闇に続く抜け道からどうしても目をそらせなかった。この先には一体何があるのだろうか? と、そのときリフが大きな布をバサッと取り払った。

「こりゃ驚いた! これ、ウランカ=ルギスだよ。めったにお目にかかれないロラッチャーの車種だ。しかも72年式だって! でも、どうしてこんな所にあるんだろう」

 リフは車体をなめるように見回して、エシルバそっちのけで独り言が止まらなかった。「キーが刺さったままだ。もしかしたら動くかもしれない」

 一方で、ジュビオレノークはほこりをかぶった石碑の前で立ち尽くしていた。エシルバも気になってその石碑をのぞいた。「これ、お墓だよ。誰のだろう」

「これは難しい古代アマク語で書かれているんだ」
 ジュビオレノークは簡単な古代アマク語なら読めるのだと言い、お墓に刻まれたその名前を読み上げた。
「――シクワ|ロゲン、ここに眠る」

「それじゃあ!」
 エシルバの叫び声で駆け付けたリフとカヒィも同じように驚いた。

「このお墓は君の祖先のものだ。シクワ|ロゲンはここの創設者でもある偉大な人だよ」
 エシルバは言った。

「古過ぎてよく分からないけど、どうしてこんな所に……」
 ジュビオレノークはしばらくお墓の前で黙っていた。

 エシルバが1人薄暗い抜け道に足を踏み入れると、風を感じた。風は冷たく邪悪な空気を運んできているようだった。エシルバは足元を確認しながら少しだけ進んだ。なぜか、頭の先から足の先まで震えが止まらなかった。突然、後方の光が一切遮断された。

「エシルバ?」

 リフのくぐもった声が分厚い扉の向こうから聞こえた。石の壁が道をふさいでしまったのだ。エシルバは扉をたたいたり蹴ったりしてみたがびくともしなかった。

「駄目だ! 開かないよ!」
 一層のこと、バドル銃で試してみようか。そう思ったとき再びリフの声がした。

「こんなときに変なこと言うけど……まるでこの部屋全体に意志があるみたいだ。あのマンホベータにせよ、とにかくここは変だ。君を呼んでいるんだよ。そうとしか考えられない」
 リフの声が聞こえなくなった。

「リフ? カヒィ! なにがあったの? 返事をしてよ!」

「彼らなら平気だ」

 突然声が変わり、エシルバは扉から顔をバッと離した。

「誰?」

 エシルバはたじろぎ、恐ろしく足がすくむ思いだった。すると、閉まったはずの扉がゆっくりと開き始め、足から徐々に見え始めたその姿に確信した。

「ナジーン……」

 一瞬、彼女が助けに来てくれたのかとも思った。しかし、その腕に抱えられた1人の少女を見てそれは100パーセント間違いなのだと理解した。

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