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第3章 シブーになる
18、採石の儀式
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エシルバとジグはモンテ=ペグノ大広間で電車を降り、大樹堂本堂に続く広々としたロッフルタフ大庭園を歩いていた。
大樹堂は層が傘状にいくつも重なって天に伸びた巨大な白い建物で、外壁が朝日を反射してキラキラ輝いていた。この建物が自分の職場になるなんて、考えても素晴らしいことだった。
やがて大樹堂の大きな門をくぐり、天井が高いエントランスホールに着いた。世界でも有名なこのホールは「炎の間」という名前で知られており、中心部には真っ赤な炎の塊が一定のゆらめきで燃え続けている。エシルバはこの巨大なオーブンの中で、人間の体が熱く煮えたぎってしまわないことが不思議でならなかった。
「ねぇジグ。これはなに?」
エシルバは目の前の昇降機を見て言った。
彼はそれが「マンホベータ」という人を乗せて運ぶ便利な機械であることを教えてくれた。2人はマンホベータが到着するのを待っていたのだが、どのかごの中もぎゅうぎゅう詰めだった。ジグは首を横に振って満員のマンホベータを見送った。その間、エシルバはマンホベータホールの小池で泳ぐ金魚を見つけて観察していた。なぜ金魚がいるのかジグに尋ねてみると、水質調査のために飼育されているそうだ。
かごに乗れたのは5分後だった。マンホベータは少しの揺れも出すことなく滑らかに進んでいった。驚いたのはその進行方向だ。かごは水平を維持したまま上下、左右、木の根のように複雑に入り組んだトンネル内を進んで行く。途中、何機かぶつかる寸前ですれ違う場面があったが、誰も驚くことなく目的地のフロアで平然と降りていった。
2人は22階で降りた。そこは薄暗く、恐ろしく静かで誰ひとり見当たらなかった。階を間違えでもしたのかと疑いたくなるほどだ。両脇には木を丸々とくり抜いた長細い廊下があり、ジグは迷うことなく歩き始めた。
通路を進んで行くと、1人の柔和なまなざしをした女性が立っていた。少し垂れた目に、ふくよかな唇、背筋がピンと伸びた立ち姿は気品にあふれていて、遠い雲の上にいるようだ。物事を知り尽くしていそうな視線が2人を優しく出迎えた。
「ようこそ、お二人の到着を心待ちにしていました」
「ギノエ=ペオラ|オウネイ。再びお会いできて光栄です」
役人が役人のことを呼ぶ際に、名前の前に称号名を付けて呼ぶのは特に高い敬意の表れだという。エシルバは昨日そのことをアーガネルから教えてもらったばかりだった。ジグはフードを外し、これまでになく深々と頭を下げたが、横顔にはうれしさがにじみ出ていた。
この若い女性がどれだけ上の人なのか、ジグの態度を見れば一目瞭然だ。
「よくぞ戻られましたね、ジグ。あとは私が引き継ぎましょう。下がって結構です」
ジグは立ち去ろうとしてエシルバに向き直った。
「そうだ、君にこれを渡しておこう。儀式の後、必要になるものだ」
ジグはエシルバの首に小さな鍵をかけ、小さく手を振ってこの場を後にした。
その後、オウネイは緊張したエシルバを後ろに引き連れ、大きな扉の前で足を止めた。爪の長い手で扉の中央部分に触れると、扉が古めかしい音を立てて開いた。徐々に広がる扉の奥から赤々とした光がこぼれた。エントランスホールよりははるかに小さな円状の部屋に、同じく小さな炎が燃えている。とは言っても、バケツの水を何杯か掛けたくらいでは到底収まることのない勢いだ。
「それでは、これから採石の儀式を行います。この儀式は、シブーになる人間が必ず行う儀式です。シクワ|ロゲンが大樹会を結成し、その後大樹堂が建設された時から今に至るまで、一度も絶やされたことがないこの炎は儀式の象徴とも言えます。儀式の目的は個人に宿るエネルギーの結晶化。何も難しいことはありませんよ、エシルバ」
そう言うと、オウネイはまっさらな壁に取りつけられた装置に暗証番号を入力し始めた。驚きは数秒の間に起こった。目の前の壁が真っ二つに割れ、奥から隠されていたもう一枚の壁が現れたのだ。壁には見渡す限りの杯、杯、杯! 打ち付けられたくいの間に杯のくびれ部分が引っ掛かり、おびただしく連なっている。しかも、赤、黄、青、緑――色が違えばサイズも異なる異様な光景だった。
しかし、まだ点と点が結びつかない。炎に壁一面の杯、まずいジュース、採石という言葉……
「儀式には杯を使います。今からこの杯を炎で熱し、冷却して清めます。そのあとにジュースを注ぎますからなるべく早いうちに残さず飲み込んでください。いいですね?」
オウネイは金属の骨組みにガラスの張った一つの杯を置いて言うと、長細いトングでそれをつかみ、さっそく杯を炎の中へ入れた。
顔では真剣さを装いつつ、なんてヘンテコな儀式なのだろうとエシルバは思った。でも、オウネイの表情は至って真剣だ。
杯が高熱になる中、オウネイは怪しげなつぼを抱えてそばに置いた。これが例のまずいジュースかと思うと胃がよじれる思いだった。取り出された熱々の杯は水瓶に入れられ、たちまちジューブクブク……と恐ろしい音と煙を上げた。オウネイは触れる程度に冷めた杯を台の上に置き、なみなみとジュースを注ぎ始めた。
「それ以上は……」
「なにか言いましたか?」
「いえ」
見た目は濁った水のように最悪だった。しかし、おいしいものと思って飲むからギャップがあるわけで、最初からまずいと知っていれば心の衝撃は小さくて済むはずだ。
「さぁ、これを飲んでください。毒なんて入っていませんから」
エシルバはその言葉を信じて、深呼吸し、リフのアドバイス通り一口で飲みほした。あれ? 意外といけるかもしれない。フルーティーで甘美な感じだし……
が、現実はそう甘くなかった。
「その杯を手に持ったまま右手をふたのように重ねて」
エシルバは指示に従いながら、顔を石のように硬くした。こんなことが何になるんだと思いながら杯を見ていると、さっきよりも重く感じられた。あれ? 軽く振ってみると、今度はカランカランと音が響いた。
「そろそろ手を離しても大丈夫でしょう」
手を外した杯の中には――透き通った赤色の宝石が転がっていた。オウネイは石を取り上げると顕微鏡のようなもので観察し、予想外とばかりに眉をひそめた。
「これ、僕の中から出てきたんですか?」
「その通りです」
「あの、なにか問題でもありましたか?」
不安になってしかめ面のオウネイを見ると、思わぬ言葉が返ってきた。
「通常、ボネルバン石のサイズはこの2倍はあります。ですが、あなたの場合はその半分にも満たない大きさ。大きければいいというわけではありませんが、今までに見たことがないパターンなので少し驚きました。しかし、不安になることはありません。石の大きさはエネルギーの大きさに比例しませんから。さて、この石はガインベルトの動力源に使いますから、それまでは私が大切に保管しておきましょう」
石の驚きで忘れていたが、よく見てみると杯の色も透明から石と同じ色に染まっていた。これで点と点がようやく結びついた。採石というのは、人体の中からエネルギーを石として取り出すための作業で、まずいジュースはそのために必要な飲み物、壁に掛けてあった杯はエシルバと同じように、かつて採石の儀式をしてシブーとなった人たちのものなのだ。
すっかり感心していると、オウネイがエシルバの杯を取って壁の開いているくいのところにぶらさげた。
「エシルバ、これであなたもシブーの仲間ですよ」
そう言って、女神のような笑顔を向けてくれた。
これは後から聞いた話なのだが、あのまずいジュースの原料は石だそうだ。信じられるだろうか? いや、信じられない。儀式が終わったエシルバを迎えに来てくれたのは、ブルウンドだった。彼が隣に並ぶとエシルバは今にもつぶされてしまいそうな一粒の豆みたいに見えるだろう。
「なんて顔している。ひどいな」
2人はマンホベータで21階に下がった。ブルウンドはこの身長のせいでマンホベータにいる間ずっと中腰でいなければならないため、よくギックリ腰をやるのだと話してくれた。
降りると【大樹堂21階 シクワ=ロゲン使節団屯所】と書かれた看板が目に入った。そこは殺風景な廊下だったが、何個も並ぶ小窓からは美しい堂下町が一望できた。2人は立ち止まることなく廊下を進んでいき、重圧な扉の前に到着した。
「ここが使節団の屯所だ。会議を開いたり、外務の準備をしたり、内務の事務的手続きをする所だ」
扉の向こうは天井の高いエントランスホールで、壁にはたくさんの絵画や賞状がずらりと並んでいた。長年染みついた独特の匂いがしたが、これも歴史ある使節団の香りと思えばむしろ胸は高鳴る。屯所内の地図も飾ってあり、部屋の数は優に20を超えていた。
「なんて言葉にすればいいのか……分からないよ」
「そうだろ? ここに入れるのは限られた人間だけだ」
ブルウンドは得意げに笑った。
「そうだ、大事なことを忘れるところだった。儀式が終わったら案内を頼まれてたんだった。こっちに来な。例の鍵はちゃんとあるだろうな?」
「そういえばジグが僕の首にかけてたけど、これはなんなの? 必要になるって」
「見れば分かる」
ブルウンドはニカッと笑ってエシルバを屯所内の大講堂に案内した。
中はひどくがらんどうで、2人の歩く音以外なにも聞こえなかった。行く手に延びるじゅうたんの先には立派な壇上が見える。天窓から差し込む陽光に照らされた石台の上には、大型のアタッシュケースが置かれていた。
「あの中に、シブーの道具一式が詰まってる。鍵を使って開けてごらん」
ブルウンドの声が高い天井に響く。
エシルバはゆっくりとじゅうたんを踏みしめて歩いた。ケースに鍵を差し込み回すと、カチャッとロックが外れる音がした。こんなにドキドキするのは、自分の誕生日パーティーで大きな包みを開けた時以来だった。大きな違いがあるとすれば、未知なる世界へ踏み込むような新鮮な気持ちだった。
両手でそっとケースを開く。チラッと艶めかしい銀色が見えた。エシルバはブルウンドを見返して本当に開けていいのかと視線を送った。
「それはお前さんのだ」
ケースを全開にすると、三つの品物がキラリと光って目がチカッとした。二つの頭を持った獣が彫り込まれたデザイン板がはめこまれた、銀色のベルト。右隣りには深い青色の銃。左上には薄型のレンズがあった。
ブルウンドは慎重にベルトのデザイン板を取り外した。
「なにをするの?」
「見てみろ、これがエネルギー基板だ」
彼の言う通り、中には複雑な部品のついた電子基板が納まっていた。
「採石の儀式で自分の石を取り出したろう? あれがこの基板の真ん中に入るんだ」
エシルバは感心しながらまじまじとベルトを眺めた。
「このベルト、夢だったんだ。蛙里にいた頃から僕はシブーに憧れていて……いつかそんなふうになれたらいいなって思ってた。でもまさか、自分のお父さんがシブーで――」
すっかり夢心地になっていたエシルバは、途切れた言葉の続きを言おうとして黙った。
「すべて……現実なんだね」
エシルバは目にほこりが入ったふりをして涙をごまかした。
ブルウンドは唇をかみしめるエシルバのことを情け深い目で見下ろした。
「誰もこんな未来が訪れるなんて思っていなかった。ワーやジグだって。誰がなんて言おうと、ワーはお前さんの味方だ。言葉だけじゃない、必ず行動でだってそれを示してみせる。さぁ、向こうに戻ろう。みんな待ってる」
気持ちを新たに案内された客間へ行くと、部屋には既に施設団のメンバーが大方そろっていてにぎやかだった。
「さぁ、みんな。今日は屯所内で使節団再結成祝いだ! さーて、準備が整ったらダイニングまで来てくれ。とっておきのごちそうを用意してある!」
大樹堂は層が傘状にいくつも重なって天に伸びた巨大な白い建物で、外壁が朝日を反射してキラキラ輝いていた。この建物が自分の職場になるなんて、考えても素晴らしいことだった。
やがて大樹堂の大きな門をくぐり、天井が高いエントランスホールに着いた。世界でも有名なこのホールは「炎の間」という名前で知られており、中心部には真っ赤な炎の塊が一定のゆらめきで燃え続けている。エシルバはこの巨大なオーブンの中で、人間の体が熱く煮えたぎってしまわないことが不思議でならなかった。
「ねぇジグ。これはなに?」
エシルバは目の前の昇降機を見て言った。
彼はそれが「マンホベータ」という人を乗せて運ぶ便利な機械であることを教えてくれた。2人はマンホベータが到着するのを待っていたのだが、どのかごの中もぎゅうぎゅう詰めだった。ジグは首を横に振って満員のマンホベータを見送った。その間、エシルバはマンホベータホールの小池で泳ぐ金魚を見つけて観察していた。なぜ金魚がいるのかジグに尋ねてみると、水質調査のために飼育されているそうだ。
かごに乗れたのは5分後だった。マンホベータは少しの揺れも出すことなく滑らかに進んでいった。驚いたのはその進行方向だ。かごは水平を維持したまま上下、左右、木の根のように複雑に入り組んだトンネル内を進んで行く。途中、何機かぶつかる寸前ですれ違う場面があったが、誰も驚くことなく目的地のフロアで平然と降りていった。
2人は22階で降りた。そこは薄暗く、恐ろしく静かで誰ひとり見当たらなかった。階を間違えでもしたのかと疑いたくなるほどだ。両脇には木を丸々とくり抜いた長細い廊下があり、ジグは迷うことなく歩き始めた。
通路を進んで行くと、1人の柔和なまなざしをした女性が立っていた。少し垂れた目に、ふくよかな唇、背筋がピンと伸びた立ち姿は気品にあふれていて、遠い雲の上にいるようだ。物事を知り尽くしていそうな視線が2人を優しく出迎えた。
「ようこそ、お二人の到着を心待ちにしていました」
「ギノエ=ペオラ|オウネイ。再びお会いできて光栄です」
役人が役人のことを呼ぶ際に、名前の前に称号名を付けて呼ぶのは特に高い敬意の表れだという。エシルバは昨日そのことをアーガネルから教えてもらったばかりだった。ジグはフードを外し、これまでになく深々と頭を下げたが、横顔にはうれしさがにじみ出ていた。
この若い女性がどれだけ上の人なのか、ジグの態度を見れば一目瞭然だ。
「よくぞ戻られましたね、ジグ。あとは私が引き継ぎましょう。下がって結構です」
ジグは立ち去ろうとしてエシルバに向き直った。
「そうだ、君にこれを渡しておこう。儀式の後、必要になるものだ」
ジグはエシルバの首に小さな鍵をかけ、小さく手を振ってこの場を後にした。
その後、オウネイは緊張したエシルバを後ろに引き連れ、大きな扉の前で足を止めた。爪の長い手で扉の中央部分に触れると、扉が古めかしい音を立てて開いた。徐々に広がる扉の奥から赤々とした光がこぼれた。エントランスホールよりははるかに小さな円状の部屋に、同じく小さな炎が燃えている。とは言っても、バケツの水を何杯か掛けたくらいでは到底収まることのない勢いだ。
「それでは、これから採石の儀式を行います。この儀式は、シブーになる人間が必ず行う儀式です。シクワ|ロゲンが大樹会を結成し、その後大樹堂が建設された時から今に至るまで、一度も絶やされたことがないこの炎は儀式の象徴とも言えます。儀式の目的は個人に宿るエネルギーの結晶化。何も難しいことはありませんよ、エシルバ」
そう言うと、オウネイはまっさらな壁に取りつけられた装置に暗証番号を入力し始めた。驚きは数秒の間に起こった。目の前の壁が真っ二つに割れ、奥から隠されていたもう一枚の壁が現れたのだ。壁には見渡す限りの杯、杯、杯! 打ち付けられたくいの間に杯のくびれ部分が引っ掛かり、おびただしく連なっている。しかも、赤、黄、青、緑――色が違えばサイズも異なる異様な光景だった。
しかし、まだ点と点が結びつかない。炎に壁一面の杯、まずいジュース、採石という言葉……
「儀式には杯を使います。今からこの杯を炎で熱し、冷却して清めます。そのあとにジュースを注ぎますからなるべく早いうちに残さず飲み込んでください。いいですね?」
オウネイは金属の骨組みにガラスの張った一つの杯を置いて言うと、長細いトングでそれをつかみ、さっそく杯を炎の中へ入れた。
顔では真剣さを装いつつ、なんてヘンテコな儀式なのだろうとエシルバは思った。でも、オウネイの表情は至って真剣だ。
杯が高熱になる中、オウネイは怪しげなつぼを抱えてそばに置いた。これが例のまずいジュースかと思うと胃がよじれる思いだった。取り出された熱々の杯は水瓶に入れられ、たちまちジューブクブク……と恐ろしい音と煙を上げた。オウネイは触れる程度に冷めた杯を台の上に置き、なみなみとジュースを注ぎ始めた。
「それ以上は……」
「なにか言いましたか?」
「いえ」
見た目は濁った水のように最悪だった。しかし、おいしいものと思って飲むからギャップがあるわけで、最初からまずいと知っていれば心の衝撃は小さくて済むはずだ。
「さぁ、これを飲んでください。毒なんて入っていませんから」
エシルバはその言葉を信じて、深呼吸し、リフのアドバイス通り一口で飲みほした。あれ? 意外といけるかもしれない。フルーティーで甘美な感じだし……
が、現実はそう甘くなかった。
「その杯を手に持ったまま右手をふたのように重ねて」
エシルバは指示に従いながら、顔を石のように硬くした。こんなことが何になるんだと思いながら杯を見ていると、さっきよりも重く感じられた。あれ? 軽く振ってみると、今度はカランカランと音が響いた。
「そろそろ手を離しても大丈夫でしょう」
手を外した杯の中には――透き通った赤色の宝石が転がっていた。オウネイは石を取り上げると顕微鏡のようなもので観察し、予想外とばかりに眉をひそめた。
「これ、僕の中から出てきたんですか?」
「その通りです」
「あの、なにか問題でもありましたか?」
不安になってしかめ面のオウネイを見ると、思わぬ言葉が返ってきた。
「通常、ボネルバン石のサイズはこの2倍はあります。ですが、あなたの場合はその半分にも満たない大きさ。大きければいいというわけではありませんが、今までに見たことがないパターンなので少し驚きました。しかし、不安になることはありません。石の大きさはエネルギーの大きさに比例しませんから。さて、この石はガインベルトの動力源に使いますから、それまでは私が大切に保管しておきましょう」
石の驚きで忘れていたが、よく見てみると杯の色も透明から石と同じ色に染まっていた。これで点と点がようやく結びついた。採石というのは、人体の中からエネルギーを石として取り出すための作業で、まずいジュースはそのために必要な飲み物、壁に掛けてあった杯はエシルバと同じように、かつて採石の儀式をしてシブーとなった人たちのものなのだ。
すっかり感心していると、オウネイがエシルバの杯を取って壁の開いているくいのところにぶらさげた。
「エシルバ、これであなたもシブーの仲間ですよ」
そう言って、女神のような笑顔を向けてくれた。
これは後から聞いた話なのだが、あのまずいジュースの原料は石だそうだ。信じられるだろうか? いや、信じられない。儀式が終わったエシルバを迎えに来てくれたのは、ブルウンドだった。彼が隣に並ぶとエシルバは今にもつぶされてしまいそうな一粒の豆みたいに見えるだろう。
「なんて顔している。ひどいな」
2人はマンホベータで21階に下がった。ブルウンドはこの身長のせいでマンホベータにいる間ずっと中腰でいなければならないため、よくギックリ腰をやるのだと話してくれた。
降りると【大樹堂21階 シクワ=ロゲン使節団屯所】と書かれた看板が目に入った。そこは殺風景な廊下だったが、何個も並ぶ小窓からは美しい堂下町が一望できた。2人は立ち止まることなく廊下を進んでいき、重圧な扉の前に到着した。
「ここが使節団の屯所だ。会議を開いたり、外務の準備をしたり、内務の事務的手続きをする所だ」
扉の向こうは天井の高いエントランスホールで、壁にはたくさんの絵画や賞状がずらりと並んでいた。長年染みついた独特の匂いがしたが、これも歴史ある使節団の香りと思えばむしろ胸は高鳴る。屯所内の地図も飾ってあり、部屋の数は優に20を超えていた。
「なんて言葉にすればいいのか……分からないよ」
「そうだろ? ここに入れるのは限られた人間だけだ」
ブルウンドは得意げに笑った。
「そうだ、大事なことを忘れるところだった。儀式が終わったら案内を頼まれてたんだった。こっちに来な。例の鍵はちゃんとあるだろうな?」
「そういえばジグが僕の首にかけてたけど、これはなんなの? 必要になるって」
「見れば分かる」
ブルウンドはニカッと笑ってエシルバを屯所内の大講堂に案内した。
中はひどくがらんどうで、2人の歩く音以外なにも聞こえなかった。行く手に延びるじゅうたんの先には立派な壇上が見える。天窓から差し込む陽光に照らされた石台の上には、大型のアタッシュケースが置かれていた。
「あの中に、シブーの道具一式が詰まってる。鍵を使って開けてごらん」
ブルウンドの声が高い天井に響く。
エシルバはゆっくりとじゅうたんを踏みしめて歩いた。ケースに鍵を差し込み回すと、カチャッとロックが外れる音がした。こんなにドキドキするのは、自分の誕生日パーティーで大きな包みを開けた時以来だった。大きな違いがあるとすれば、未知なる世界へ踏み込むような新鮮な気持ちだった。
両手でそっとケースを開く。チラッと艶めかしい銀色が見えた。エシルバはブルウンドを見返して本当に開けていいのかと視線を送った。
「それはお前さんのだ」
ケースを全開にすると、三つの品物がキラリと光って目がチカッとした。二つの頭を持った獣が彫り込まれたデザイン板がはめこまれた、銀色のベルト。右隣りには深い青色の銃。左上には薄型のレンズがあった。
ブルウンドは慎重にベルトのデザイン板を取り外した。
「なにをするの?」
「見てみろ、これがエネルギー基板だ」
彼の言う通り、中には複雑な部品のついた電子基板が納まっていた。
「採石の儀式で自分の石を取り出したろう? あれがこの基板の真ん中に入るんだ」
エシルバは感心しながらまじまじとベルトを眺めた。
「このベルト、夢だったんだ。蛙里にいた頃から僕はシブーに憧れていて……いつかそんなふうになれたらいいなって思ってた。でもまさか、自分のお父さんがシブーで――」
すっかり夢心地になっていたエシルバは、途切れた言葉の続きを言おうとして黙った。
「すべて……現実なんだね」
エシルバは目にほこりが入ったふりをして涙をごまかした。
ブルウンドは唇をかみしめるエシルバのことを情け深い目で見下ろした。
「誰もこんな未来が訪れるなんて思っていなかった。ワーやジグだって。誰がなんて言おうと、ワーはお前さんの味方だ。言葉だけじゃない、必ず行動でだってそれを示してみせる。さぁ、向こうに戻ろう。みんな待ってる」
気持ちを新たに案内された客間へ行くと、部屋には既に施設団のメンバーが大方そろっていてにぎやかだった。
「さぁ、みんな。今日は屯所内で使節団再結成祝いだ! さーて、準備が整ったらダイニングまで来てくれ。とっておきのごちそうを用意してある!」
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