星物語

秋長 豊

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第1章 蛙里の日常

09、誰にでも秘密はあるもの?

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 心にポッカリ大きな穴があいてしまった。

 エシルバは病気を告げられたその晩、里にある母親の墓前にしゃがみ込んだ。うれしいことがあった時、悲しいことがあった時に来る場所だ。母親は病気で10年前に亡くなったと聞いていたが、自分が同じ病だったとは知らなかった。

「エシルバ?」

 鈴みたいに爽やかで涼しげなな女の子の声がエシルバを呼んだ。

 エシルバは目をこすりながら振り返った。

 ユリフスは心配そうにこちらをうかがい、下手なことは言うまいと用心深く言葉を探しているようだ。

 彼女は当然のことながらエシルバと顔つきも性格も似ていない。安心感のある太い眉に、見る者を吸い込んでしまいそうな大きい目。美しいウェーブのかかった長い髪が自然と彼女の魅力を引き出している。

「叔父さんから聞いたわ」

 エシルバは頷いた。

「エルマーニョも心配しているわ。家に戻ってご飯を食べましょう? なるべく早く来てね、待っているから」

 なんて優しい言葉なんだろうと思った。ユリフスが立ち去ろうとする気配で物悲しくなったエシルバは彼女を手を引いた。

「ねぇ、ユリフス」

 振り返った時の優しい顔を見た途端、押さえきれない悲しみが涙となってあふれた。

「叔父さんは僕のことをなにも分かってくれないんだ。シブーになりたいと言ったら駄目だと言われるし、これまで何回もお父さんのことを知りたいと言ったけど、教えてくれない。叔父さんは僕のことを家族だと思っていないのかな」

 エシルバは自分で言いながら急にしょんぼりしたので、ユリフスがそっと抱き締めてくれたことには驚いた。

「家族に決まっているじゃない。それにね、あなたを褒め尽くしてなんでもかんでも肯定してくれるだけが本当の優しさではないと思うわ。だって、叔父さんは私たちよりも随分長く生きているし、それだけたくさんのことを経験してきている。もしかしたら、エシルバがもどかしい思いをしているのも、あなたを大切に思うからかもしれない」

「本当に?」
「本当よ」ユリフスは逆に驚いた。「あなたがお父さんのことを知りたいという気持ちは分かる」
「お父さんは罪を犯して、今は刑務所にいる。どんな罪を犯してしまったのかを知るのは怖いけど、それ以外のことも知りたいんだ。出身がどこなのか、お母さんとはどこで出会ったのか、仕事はなにをしていたのか。だって、僕はお父さんの名前すら知らない! それって、なんだかとっても悔しいんだ」

 ユリフスは何も言わず、エシルバの頭を優しくなでた。

「お父さんが犯した罪ってなんなの?」
「分からない」
「物を盗んだ? それとも――人を殺した?」エシルバは途中でハッとしてユリフスを見た。「お願いだよ。僕を嫌いにならないで。ユリフスに嫌われたら僕、どうしたらいいのか分からないよ」
「嫌いになんてなるわけがないじゃない。あなたの代わりは誰にも務まらないのよ」
ユリフスはほのかに美しい笑みを浮かべた。

 それから1週間、エシルバはベッドの中で寝て過ごした。病気のせいで気分が悪いのか、それとも単に気分が落ち込んでいるのかは分からなかった。そんな中、エシルバを心配した親友のアルがお見舞いにやってきてくれた。

 彼はエシルバがいない間学校で起こったことを洗いざらい話してくれた。エシルバが通う里の学校は全校生徒数四十人と少数で、肝心のクラストなると各六~七人といったところだ。そんな学校全体を二つに分断した派閥とやらが存在するのだが、エシルバはそのうちの一グループを束ねるリーダー的存在だった。

 気が付いたらなっていた、という言い方の方が正しい。そもそも学校を脅かすワルのエグシってやつが厄介で問題なのだ。そいつのまぁひどいこと。気に入らない相手には暴言やら暴力を働くし、平気で他人の物をぶんどったりする。

 傍らには常に2人の子分を連れて行動しており、表面では先生にいい顔をする。(実際に成績はよく学年一っていうのがまた面倒)

 彼は二つ年上だったがエシルバはまったく容赦しなかった。頭が一個分高く威圧的なエグシを前にしても「お前は根性曲がりだ」と言えるし、彼が暴力で対抗するのならこちらは知恵で対抗する。

 つまり、意見を言えない者の代弁者となって彼と戦う学校生活に大忙しということ。なにも言わない大人がいけないのだ。だからエグシはいい気になるし、自分が一番なのだとつけあがる……。

 アルが同級生レヤウドのリュックが盗まれた仕業はエグシのせいに違いないと推測したところで、エシルバは「なるほどね」と言った。

 アル|バデンシアは、里長の孫で上に4人の男兄弟を持つ末っ子だ。里にいる九歳の男の子の中では一番背が低く、きれいな前髪パッツンが特徴的だ。

 エシルバが毒蛇に襲われかけたところを助けてくれたことをきっかけに、友人となった。それ以来、彼はなぜかエシルバのことを様付けして呼んでいる。

 彼が言うには、エシルバと友人になれて自分が変われたからだと言う。それまではエグシに陰でだいぶ虐げられてきた身だったと言い、随分勇気と自信がついたようだ。

「来てくれて本当にありがとう」
「お安いご用ですよ。そうだ、授業のノートを持ってきましたよ」

 アルはうれしそうにノートをベッドの上に広げ、授業で聞いたポイントを事細かに説明し始めた。エシルバはしばらく彼の話をボーッとしながら聞いていたが、相変わらず集中力が途切れたままだった。

「エシルバ様?」
「え、なに?」
「今の話、聞いていましたか?」

 そんな親友の顔をまじまじと見つめながら、エシルバは頭をかいた。

「ごめん、なんだっけ」

 とぼけたエシルバにちっとも腹を立てないアルは、持ち前の優しさで長々と親身になって授業の話をしてくれた。彼のこういうところに何度心が救われたことかエシルバはありがたく思った。

 そろそろお開きという時、エシルバは片付けをし始めたアルにこう話し掛けた。

「誰にでも秘密はあるものだよね」
「秘密? そうですね、僕のおじいちゃんは、人に言えない秘密の一つや二つは誰しもが持っているものって言っていましたけど」
「でも、大人の秘密ってやつはとにかく複雑そうだよ」

 エシルバは恐ろしく真面目な顔で言った。

「心配なことでもあるようですね」
「うん、なんだか叔父さんが僕に隠し事をしているみたいなんだ」
「確か前にも言っていましたよね」アルは食いつくように言った。
「お母さんがなんの病気で亡くなったのか、お父さんがどこにいるのか、なにも教えてくれないんだ。叔母さんは不慮の事故で亡くなったって言っていたけど。お母さんが同じ病気だったってこと、ついこの間知ったし」

「それは、僕たちがまだ子どもだからじゃないですか?」

 その答えはエシルバを不機嫌にさせた。

「それじゃあ、あんなに親切な叔父さんが悪い人とでも言うんですか?」

 アルは眉毛をキュッと上げて迫るように言った。
 エシルバは誤解のないように「叔父さんは僕にとってすごく大切な人だよ。でも」と続けた。「本当のことを知りたいんだ」

「叔父様は大変慈悲深い方です。この里では一番大きな療養所も開いていますし、多くの人に感謝されています。秘密にどんな事実が隠されていようとも、そこにはきっと正当な理由があるはずなんです」

「結局、僕らが子どもだから。そこに行き着くわけだね」

 エシルバは追求する姿勢も失い、何だかげんなりした。
 アルはエシルバにもっともらしい意見を言ってくれたが、それでも納得することはできなかった。叔父さんは絶対に、何か大きなものを隠している。その疑いが沸々と湧き起こり「知りたい」と思わずにはいられなかった。

 それにしても、一体どんなことを隠しているというのだろうか? 両親が実は存在しない人間で、自分はこの星の外から落っこちてきたとか? それとも、本当は母親が生きているとか?

 エシルバはありもしないことを想像した。もちろん、ばかげた妄想ではあるけれど。
 しばらくしてからアルと別れ、エシルバは部屋で一人きりになった。
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