星物語

秋長 豊

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第1章 蛙里の日常

07、シブーになりたい

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 蛙里にアムレイたちが訪れる半月前のこと。里にある療養所に1人の女性が訪ねてきた。女性は指でインターホンを鳴らしたが、鳴き枯らしたセミのような音が途切れ途切れに鳴るだけだった。仕方がないのでドアを数回ノックして様子をうかがうことにした。

「ガーマアスパルさん! いらっしゃいますか? もしもし?」

 訪問医のメフォー先生はよく通る声で呼び掛けた。モデルのコーデをそのまま買い占めて着込んだような服装に、個性的な眼鏡や時計などの小物が続く。キュッと顔のパーツが真ん中に集中しており、眉は眉根から眉先まで山のような傾斜を描いている。

 ドアはすぐに開き、額に汗をかいた男が出迎えた。「先生。お入りになってください」

 彼は大きな療養所を取り仕切るアソワール叔父さんだ。里で長期療養が必要な患者のために手厚いケアをしている。

 自宅は療養所に併設された2階建ての建物で、2階部分は一人息子のエルマーニョ、おいっ子のエシルバ、養子ユリフスの部屋がある。

 叔父さんの寝室は1階リビングの隣部屋で、部屋にはカリィパム叔母さんの顔写真が大切に飾られている。叔父さんは2階の部屋にメフォー先生を通した。

 メフォー先生が部屋に入るなり、窓側にあるベッドから男の子がひょいと顔を上げ顔をほころばせた。

 上向きに伸びた鼻と小さな口は、どこかの本に出てくるいたずら好きの男の子を思わせ、癖のある髪は腰丈まで伸び、一つに束ねられている。

 そう、彼がこの物語の主人公エシルバ|スーだ。ガーマアスパル一家が夜逃げをしたあの日、エルマーニョの腕に抱かれていた。

 メフォー先生は天井からぶら下がったロラッチャーの模型を見つめながら、ベッドの横にある小さなイスに腰掛けた。

 このロラッチャーというのは大変優れたもので、空を自由に飛ぶことができる車のようなもので、エシルバはいつか乗ってみたいと思っていた。

「先生が10歳のころはこんなに絵をうまく描けなかった」

「ありがとう」エシルバははにかんだ。

「叔父様、エシルバは素晴らしい才能をお持ちよ。将来がさぞ楽しみでしょう」

 アソワール叔父さんは誇らしく笑顔を見せた。叔父さんは普通の人が着ている服のサイズはまず入らない。太っているという意味ではなく、背が大きいので手足がパッツンになってしまうのだ。

 彼が言うには、13歳の時で既に身長が190※テオークもあったそうだ。※ブルワスタック国で定められた長さの単位。cmのこと。

「エシルバ、あなたには将来の夢がたくさんありそうね。少なくとも三つくらいは」

「どうして分かるの!」

「あなたの目には大人にも負けない力強い野心が見えるわ。芯も強い、優しさもある。だから少なくとも三つくらいはあると思ったのよ」

 メフォー先生は大真面目に話した。エシルバは子どもだましにせず大人と同じように向き合ってくれる先生のことが大好きだった。

「8歳の時は九つも夢があったんだ。欲張り過ぎだよね」

「夢を持つことは素晴らしいことよ。生きる活力になる」

「建築家、それから画家にだってなりたい。でも、それが一番ではないんだ」

「続きが気になる」

 そこで、エシルバはある程度間を空けてから言った。

「シブーだよ、僕はシブーになりたい」

「とてもいい夢だわ」メフォー先生は一段と明るい笑顔になった。

 一方で、アソワール叔父さんはおぞましい夢でも見るかのような視線をエシルバに向けていた。

「ほら、今の見た? 叔父さんは僕がシブーになりたいって言うと、いつもあぁなんだ」エシルバは目を細めてふてくされた。

「でも、どうしてシブーになりたいの?」

 メフォー先生はゆっくりと、じっくり考え込むように尋ねた。

「人のためになることがしたいんだ。シブーになると、国民の代表者として立派な仕事ができるんだ」エシルバは目をキラキラ輝かせて言った。

「この子はきっとシブーになっても立派になりますよ」

 メフォー先生はそう褒めちぎったが、かえってアソワール叔父さんを不機嫌にさせるだけだった。

「先生、役人はとても過酷な職業です。勉強だけできていればいいわけでもなく、ましてや能力がずば抜けているだけでは通用しません。時には自らの命も顧みず、戦いに行かなければならないのです。それが一家の誇り、国民の誉れだと私は思えないのですよ」

 アソワール叔父さんは戸棚の上にある花瓶のほこりを払いながら言った。

「過酷なだけじゃないよ。頑張って努力すれば、ヒーローみたいになれるんだ。それに、僕は役人のことを尊敬している。だから敬意を込めてシブーって呼ぶんだ。ねぇ、叔父さん、どうしていつもそんなふうに毛嫌いするの? シブーは悪じゃないよ」

「それは……と、とにかく! 役人をヒーローだなんて言うのはよさないか。お前が言うほど彼らは正義の味方ではないんだ」

「シブーのことが大嫌いじゃないか」
 エシルバはむきになって言った。自分が憧れるものを否定されるのはショックだし、大人は子どもの気持ちなんて分かってくれないのだと思った。

「役人だろうとシブーだろうと、どちらでも構わない。とにかく、お前をシブーにさせるつもりだけはこれっぽっちもない」アソワール叔父さんは断言した。

「ねぇ、どうしてなの?」

 アソワール叔父さんは我慢するようにグッと唇をかんだ。

「あそこには夢なんてない。お前みたいに純粋で優しい子どもを手玉にとって、使うだけ使ったらあとはポイッ! 捨て駒のような扱いだ。そんな所へ私が喜んでお前を行かせるものか。私の後を継いでくれると言ったエルマーニョを少しは見習いなさい」

 それを聞いてエシルバは無性に腹が立った。

「叔父さんにシブーのなにが分かるって言うの? 本物のシブーを知らないくせに! もう否定はうんざりだ!」

 またいつもの応酬が始まった。
 エシルバがシブーになりたいと言って叔父さんが怒り出す。端から見ているメフォー先生は平和的解決ができないかと考えているようだが、こればかりはエシルバも頑として自分の意見を曲げるわけにはいかなかった。

 第一、親に駄目と言われたからって何なのだ? それで諦める夢などしょせんその程度のものでしかない。

 とはいえ、アソワール叔父さんも叱咤し続けるだけ温情の欠片もない人間ではない。エシルバは数年におよぶ叔父さんとのやりとりの中でよく学んでいた。

 話し合いの熱が最高潮に達した時、スッとその熱が冷める瞬間がくるのだ。――ほらきた。

「お前に良い人生を歩んでもらいたいからだ」

 途端にアソワール叔父さんは優しくなってすり寄ってきたが、エシルバはその手を振り払った。

「お父さんの話を聞く時もそうだ」

 この言葉は痛烈に効いた。

 アソワール叔父さんはショックを受けて部屋を出て行ってしまった。最初こそ言葉で勝ったつもりだったが、時間がたつにつれて少し言い過ぎたかもしれないと思うようになった。
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