7 / 90
序章
03、とある闇軍からの手先
しおりを挟む
「大丈夫だよ、エルマーニョ」
父の笑顔にどっと安心がこみあげた。
「よかった、父さん。心配したんだよ! 業者がもう着いたんだ。早く行こう」
「あぁ、今行く」
アソワールは見知らぬ若い男を後ろに従えていた。顔には今さっきできたと思われる生々しい傷があり、特に右目は開けられないほどにひどい。
なにより驚いたのは、彼が役人の黒い制服を着ていることだった。エルマーニョは知っていた。エシルバの父も同じ制服を着ていたことを。
「そいつは誰」
エルマーニョは敵意をむき出しにして尋ねた。
「大丈夫。彼は知り合いの役人アリュードだ。私たちを心配して助けに来てくれたんだ。大広場はもう占拠されているらしい。デモ隊の連中に勘付かれないよう2階から突破したんだ」
アソワールはやけに晴れた顔をして言った。よくよく見ると、エルマーニョは彼が伯母夫婦の結婚式に参加していたシブーであることを思い出した。確か、いつもゴドランのそばに引っ付いていた気がする。
「例の赤ん坊はこの子ですか」
アリュードはしげしげとエルマーニョの腕に抱かれたエシルバを見下ろした。
「エシルバは僕らが守るんだ。お前なんかには渡しやしない」
アリュードはまったく心に響いていないという感じで、赤ん坊の右手の甲をのぞいた。うっすらと黒いあざがあるのを確認した男は、そっと毛布をかけて隠した。エルマーニョには彼の行動が理解できなかった。
「私はある方に、この子を混乱から遠ざけるよう命じられました。政府はエシルバを保護せよとの発表をしましたが、ここでは命に関わる。私があなた方を安全な地まで導きましょう」
「保護? 一体なんのことですか。私たちはこれから夜逃げして見知らぬ土地へ行くのです。その準備ならもうできています。業者にも頼んでありますし」
「行先は?」
「教えられません」アソワールはきっぱりと言った。「あなたにはお世話になりましたが、もうこれから会うことはないでしょう」
「もう片方の双子は?」
「死にましたよ」
アリュードは突然なにかに気付き走りだした。裏口にたどり着くまでに大した時間はかからなかった。裏口で荷物の運搬をしていた2人の男が跡形もなく消えていたので、エルマーニョの心臓はドキリと跳ね上がった。
顔を真っ青にしてアソワールは妻の名前を呼んだ。外にいるのかもしれない、そう思ってエルマーニョが駆けだそうとした時、死角から長細い剣がバッと振り下ろされた。
エルマーニョは自分の前髪がバッサリと切られるのをスローモーションで見ていた。次の瞬間には、誰かに思いきり後ろへ引っ張られていた。
尻をついて見上げると、先ほどのアリュードという男が剣を突き出して前に立っていた。
アリュードは手早く陰に隠れていた男の懐に入り込むと、相手の腕を引き寄せ剣柄部分を下にして手にぶつけた。力の抜けた手から剣がボトリと落ちる。死角のもう片方に潜んでいた男が隙を見て切りかかろうとしたが、アリュードは後ろ蹴りをしながら剣をぶんと振った。
引っ越し業者の制服をまとった男2人は叫び声を上げるでもなくドサリと崩れ落ち、戦いは静かに幕を下ろした。血は一つも流れていないが、男たちはピクリとも動かなかった。
キラリと光る瑠璃色の柄、それに無駄のない動き、洗練された太刀裁き。エルマーニョはこの武器に見覚えがあった。エシルバの父親が、この家に何度か訪れた時に肌身離さず身に着けていた不思議な武器。役人しか持つことを許されない特別な武器だ。
「あなたが考える以上に事態は深刻です。彼らは引っ越し業者を装ってあなたたちを殺そうとした回し者」
アリュードは倒れた男たちがはめていた手袋を外し、彼らの手に奇妙な目の文様があるのを見て言った。
しかし、アソワールはアリュードの言葉をまったく聞いてはいなかった。外を出たすぐ近くの花壇脇に、妻のカリィパムが横たわっているのを見つけたのだ。
「母さん! 母さん!」
エルマーニョも顔面蒼白にして外に飛び出し、辛うじて息をするカリィパムに泣きついた。アソワールは震える手で救急車を呼ぼうとするも、何度かけても通じなかった。
「私のロラッチャーで近くの病院まで行きましょう」
アリュードはすぐさま行動に移した。アソワールはぐったりするカリィパムを抱きかかえ、近くに止めていた小型のロラッチャーに乗り込んだ。
エルマーニョは怒りと悲しみに震え、近くに落ちていた大きく鋭いガラス片を握り、倒れて動かない男たちににじり寄っていた。
父の笑顔にどっと安心がこみあげた。
「よかった、父さん。心配したんだよ! 業者がもう着いたんだ。早く行こう」
「あぁ、今行く」
アソワールは見知らぬ若い男を後ろに従えていた。顔には今さっきできたと思われる生々しい傷があり、特に右目は開けられないほどにひどい。
なにより驚いたのは、彼が役人の黒い制服を着ていることだった。エルマーニョは知っていた。エシルバの父も同じ制服を着ていたことを。
「そいつは誰」
エルマーニョは敵意をむき出しにして尋ねた。
「大丈夫。彼は知り合いの役人アリュードだ。私たちを心配して助けに来てくれたんだ。大広場はもう占拠されているらしい。デモ隊の連中に勘付かれないよう2階から突破したんだ」
アソワールはやけに晴れた顔をして言った。よくよく見ると、エルマーニョは彼が伯母夫婦の結婚式に参加していたシブーであることを思い出した。確か、いつもゴドランのそばに引っ付いていた気がする。
「例の赤ん坊はこの子ですか」
アリュードはしげしげとエルマーニョの腕に抱かれたエシルバを見下ろした。
「エシルバは僕らが守るんだ。お前なんかには渡しやしない」
アリュードはまったく心に響いていないという感じで、赤ん坊の右手の甲をのぞいた。うっすらと黒いあざがあるのを確認した男は、そっと毛布をかけて隠した。エルマーニョには彼の行動が理解できなかった。
「私はある方に、この子を混乱から遠ざけるよう命じられました。政府はエシルバを保護せよとの発表をしましたが、ここでは命に関わる。私があなた方を安全な地まで導きましょう」
「保護? 一体なんのことですか。私たちはこれから夜逃げして見知らぬ土地へ行くのです。その準備ならもうできています。業者にも頼んでありますし」
「行先は?」
「教えられません」アソワールはきっぱりと言った。「あなたにはお世話になりましたが、もうこれから会うことはないでしょう」
「もう片方の双子は?」
「死にましたよ」
アリュードは突然なにかに気付き走りだした。裏口にたどり着くまでに大した時間はかからなかった。裏口で荷物の運搬をしていた2人の男が跡形もなく消えていたので、エルマーニョの心臓はドキリと跳ね上がった。
顔を真っ青にしてアソワールは妻の名前を呼んだ。外にいるのかもしれない、そう思ってエルマーニョが駆けだそうとした時、死角から長細い剣がバッと振り下ろされた。
エルマーニョは自分の前髪がバッサリと切られるのをスローモーションで見ていた。次の瞬間には、誰かに思いきり後ろへ引っ張られていた。
尻をついて見上げると、先ほどのアリュードという男が剣を突き出して前に立っていた。
アリュードは手早く陰に隠れていた男の懐に入り込むと、相手の腕を引き寄せ剣柄部分を下にして手にぶつけた。力の抜けた手から剣がボトリと落ちる。死角のもう片方に潜んでいた男が隙を見て切りかかろうとしたが、アリュードは後ろ蹴りをしながら剣をぶんと振った。
引っ越し業者の制服をまとった男2人は叫び声を上げるでもなくドサリと崩れ落ち、戦いは静かに幕を下ろした。血は一つも流れていないが、男たちはピクリとも動かなかった。
キラリと光る瑠璃色の柄、それに無駄のない動き、洗練された太刀裁き。エルマーニョはこの武器に見覚えがあった。エシルバの父親が、この家に何度か訪れた時に肌身離さず身に着けていた不思議な武器。役人しか持つことを許されない特別な武器だ。
「あなたが考える以上に事態は深刻です。彼らは引っ越し業者を装ってあなたたちを殺そうとした回し者」
アリュードは倒れた男たちがはめていた手袋を外し、彼らの手に奇妙な目の文様があるのを見て言った。
しかし、アソワールはアリュードの言葉をまったく聞いてはいなかった。外を出たすぐ近くの花壇脇に、妻のカリィパムが横たわっているのを見つけたのだ。
「母さん! 母さん!」
エルマーニョも顔面蒼白にして外に飛び出し、辛うじて息をするカリィパムに泣きついた。アソワールは震える手で救急車を呼ぼうとするも、何度かけても通じなかった。
「私のロラッチャーで近くの病院まで行きましょう」
アリュードはすぐさま行動に移した。アソワールはぐったりするカリィパムを抱きかかえ、近くに止めていた小型のロラッチャーに乗り込んだ。
エルマーニョは怒りと悲しみに震え、近くに落ちていた大きく鋭いガラス片を握り、倒れて動かない男たちににじり寄っていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
台風ヤンマ
関谷俊博
児童書・童話
台風にのって新種のヤンマたちが水びたしの町にやってきた!
ぼくらは旅をつづける。
戦闘集団を見失ってしまった長距離ランナーのように……。
あの日のリンドバーグのように……。
ヒミツのJC歌姫の新作お菓子実食レビュー
弓屋 晶都
児童書・童話
顔出しNGで動画投稿活動をしている中学一年生のアキとミモザ、
動画の再生回数がどんどん伸びる中、二人の正体を探る人物の影が……。
果たして二人は身バレしないで卒業できるのか……?
走って歌ってまた走る、元気はつらつ少女のアキと、
悩んだり立ち止まったりしながらも、健気に頑張るミモザの、
イマドキ中学生のドキドキネットライフ。
男子は、甘く優しい低音イケボの生徒会長や、
イケメン長身なのに女子力高めの苦労性な長髪書記に、
どこからどう見ても怪しいメガネの放送部長が出てきます。
セプトクルール『すぐるとリリスの凸凹大進撃!』
マイマイン
児童書・童話
『引っ込み思案な魔法使い』の少年すぐると、『悪魔らしくない悪魔』の少女リリスの凸凹カップルが贈る、ドタバタファンタジー短編集です。
このシリーズには、終わりという終わりは存在せず、章ごとの順番も存在しません。
随時、新しい話を載せていきますので、楽しみにしていてください。

鬼の叩いた太鼓
kabu
児童書・童話
優しい性格のために悪さを働けない鬼の黄平は、鬼の住む山里を追放されてしまう。
ひとりさ迷っているときに、山の主である白い大蛇に出会い、
山の未来のためにひと月の間、太鼓を奉納してほしいとお願いをされる。
不眠不休で太鼓をたたく、その命がけの奉納の果てには……。
グリフォンとちいさなトモダチ
Lesewolf
児童書・童話
とある世界(せかい)にある、童話(どうわ)のひとつです。
グリフォンという生き物(いきもの)と、ちいさな友達(ともだち)たちとのおはなしのようなものです。
グリフォンがトモダチと世界中(せかいじゅう)をめぐって冒険(ぼうけん)をするよ!
よみにくかったら、おしえてね。
◯グリフォン……とおいとおい世界《せかい》からやってきたグリフォンという生《い》き物《もの》の影《かげ》。鷲《わし》のような頭《あたま》を持《も》ち、おおきなおおきな翼《つばさ》をもった獅子《しし》(ライオン)の胴体《どうたい》を持《も》っている。
鷲《わし》というおおきなおおきな鳥《とり》に化けることができる、その時《とき》の呼《よ》び名《な》はワッシー。
◯アルブレヒト……300年《ねん》くらい生《い》きた子供《こども》の竜《りゅう》、子《こ》ドラゴンの影《かげ》。赤毛《あかげ》の青年《せいねん》に化《ば》けることができるが、中身《なかみ》はかわらず、子供《こども》のまま。
グリフォンはアルブレヒトのことを「りゅうさん」と呼《よ》ぶが、のちに「アル」と呼《よ》びだした。
影《かげ》はドラゴンの姿《すがた》をしている。
☆レン……地球《ちきゅう》生《う》まれの|白銀《はくぎん》の少《すこ》しおおきな狐《きつね》。背中《せなか》に黒《くろ》い十字架《じゅうじか》を背負《せお》っている。いたずら好《ず》き。
白髪《はくはつ》の女性《じょせい》に化《ば》けられるが、湖鏡《みずうみかがみ》という特別《とくべつ》な力《ちから》がないと化《ば》けられないみたい。
=====
わからない言葉(ことば)や漢字(かんじ)のいみは、しつもんしてね。
おへんじは、ちょっとまってね。
=====
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
げんじつには、ないとおもうよ!
=====
アルファポリス様、Nolaノベル様、カクヨム様、なろう様にて投稿中です。
※別作品の「暁の荒野」、「暁の草原」と連動しています。
どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。
面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
=====

ソード・プリンセス! ~剣術王女の冒険日記~
吉口 浩
児童書・童話
小国ポッツンケップの王女リリアは、剣術自慢の元気娘。
ある日、ポッツンケップのお城が西の魔王に襲われて、秘宝『力の腕輪』が盗まれてしまう。
リリアは腕輪を取り戻すために、コボルドの従者ジョージを連れて旅に出る。
途中、魔法使いの少年ホルスと出会い――。
ファンタジー冒険小説。
第二回きずな児童書大賞エントリー作品。
8月31日まで、1回の更新となります。
まほう使いの家事手伝い
トド
児童書・童話
十才の女の子であるアミィには、将来、おヨメさんになりたいと思う人がいる。
けれどそれは、アゼルと言う名前のとても情けない男の人。
アゼルは今日もお仕事をしては、そこの店主のおばあさんにしかられてばかり。
……ですが、アゼルには秘密があったのです。
※可能な限り、毎朝7時に更新する予定です。

大好きなのにゼッタイ付き合えない
花梨
児童書・童話
中1の波奈は、隣の家に住む社会人の悠真に片思いしていた。でも、悠真には婚約者が!失恋してしまったけれど、友達に「年上の彼氏に会わせてあげる」なんて見栄を張ってしまった。そこで、悠真の弟の中3の楓真に「彼氏のフリをして」とお願いしてしまう。
作戦は無事成功したのだけど……ウソのデートをしたことで、波奈は楓真のことを好きになってしまう。
でも、ウソの彼氏として扱ったことで「本当の彼氏になって」と言えなくなってしまい……『ゼッタイ付き合えない』状況に。
楓真に恋する先輩や友達にウソをつき続けていいの?
波奈は、揺れる恋心と、自分の性格に向き合うことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる