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序章
01、英雄ゴドランの失墜
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町の惨状は次の通り。
大通り――上品な夫人に荷物持ちのご主人、着飾らせた犬の散歩に夢中な高所得者、近所のアイスクリーム店でだべる警察官……見る影なし。
代わりにデモ隊が行進、町を破壊する怪獣のように練り歩く。
平和記念公園――色とりどりの花に樹齢100年の大樹様、某有名芸術家の素晴らしい噴水、カラフルな遊具……木っ端みじん。
夜中の12時。カリィパムはカーテンをピシャリと閉めた。
怖がる息子のエルマーニョを見て「大丈夫よ」と言った。
外の様子が大丈夫でないことくらい6歳の息子の目にも明らかだった。数分おきのすさまじい爆発音、数千、いや、それ以上の大観衆が大声を上げて町中を巡行する。
平和な町一帯、今夜は恐怖の渦に沈んでいた。
「ねぇ、母さん。なにが起こっているの?」幾度となくそう聞こうとしたその質問も、爆発に怯える母の横顔を見ているうちに喉の奥へ引っ込んだ。
ガーマアスパル一家が暮らす100億円の豪邸も例外なくこの暴動に巻き込まれた。
彼らの邸宅があるベニャラマ大通り区は富裕層が集うアマク有数の富裕層区画で、その特徴を除けば他の住宅街となんら変わりない閑静な住宅街である。
しかし、市民の怒りを買った役人たちの家は暴徒化した市民らによって破壊の対象とみなされた。じきにガーマアスパル邸もやつらの餌食となるだろう。
暴動の発端はゴドラン|スーという男が起こした史上最悪の大反乱(不祥事)だった。
彼は英雄的扱いをされた唯一無二の役人で、この半世紀に革命を起こしたいわゆる英雄的な上流階級の人間だった。
もっとも、市民には古くから役人の崇拝志向があるため役人などとは言わず、”シブー”という言い方をするが……
つまり、反乱は市民の崇拝志向を裏切り油に火を注いだということになる。
ゴドランが加担したのはたちが悪いことに、政府シクワ=ロゲンが長年目の敵にする違法国家ガンフォジリー軍なのだ。
完全なまでの反旗の翻し方に政府内部は混乱を極め、疑心暗鬼、飛び火した暴動や強奪まで「火消し」に大忙しとなった。
各地の屯所に駐在するシブーまで駆り出される始末だが、混乱の収束は一向に見通せない。
ニュースでは何人の死者が出たとか、町のどこで火災が発生しているだとか、そんなのばっかりだ。
カリィパムは1週間前に姉が死んだばかりだった。姉のルダは多くの人間が憧れるシブーとなった身内で一番近い女性だ。
同じシブーの男と結婚し、双子の息子をもうけて幸せな結婚生活を送っていた。生まれつき難病を抱えてはいたが、薬を服用しながらうまく付き合ってきた。
そんな姉が、突然死んでしまった。
原因は病気だ。悲しみが癒えぬうちに起こった大反乱。カリィパムは心労が体を殺してしまうのではないかと思うほどやつれきっていた。
なにを隠そう、反乱の首謀者ゴドランは姉の夫なのだ。
例え直接関係はなくても、犯罪者の親族は世間からの批判を免れない。今につるし上げられ、これまで通りの暮らしを送ることはできない。
今思い返しても、ゴドランが反乱を起こそうと企てていた片りんなどどこにも見当たらなかった。
事件が起こるまでなんら変わりない良い父、シブーの鑑だったのだから。
だとしたら、彼は演じていたのだろうか? 姉の葬儀で顔を会わせた際、初めて目にした彼の涙に心を打たれた胸の痛みは、私たちと同じではなかったのか? それすらもうそだったというのなら……
家のすぐ近くで爆発が起こり、はっとした。家がミシミシ音を立てて震えている。神経質になっていたため、カリィパムはもう一度念入りに家の施錠を確認して回った。
反乱が起こって間もなく、カリィパムは大樹堂病院に預けられていた姉の息子を助けに行こうとした。
しかし、夫が仕事で外出中の家にエルマーニョを1人残しては行けなかった。そうこうしているうちに被害は甚大になり、身動きが取れなくなった。
カリィパムは数時間前に1人の女がルダの息子エシルバを抱えてここまでやってきたことを思い出した。
名乗らず、とにかくエシルバをお願いしたいと言った。もう1人の双子の兄は? と聞くと「死んだ」とだけ言った。
看護師の制服を着ており、彼女の傷だらけでいくつもの惨状を目の当たりにしたらしい目には、口を堅く閉ざすだけの恐怖が映し出されていた。
カリィパムはまたも失望と絶望を味わうことになったが、エシルバが生きていたということはいちるの望みだった。
看護師の女を引き留めようとしたが、彼女は「はやくお逃げください」と言い残して姿を消した。カリィパムはエシルバの命の恩人だと心の中で深く感謝した。
「エルマーニョ、私たちはこの家にはもう戻ってこれない」
現実に引き戻されたカリィパムは、エルマーニョの背中を優しくさすりながら言った。エシルバはこんな状況にもお構いなしに、すやすや眠っている。
「どうして? 僕たちはなにも悪いことしていないじゃないか。悪いのはエシルバのお父さんなのに! 嫌だよ、この家は僕らの思い出の家だもの。また、戻ってこれるよね?」
「戻ることはできないわ。エルマーニョ、理性を失えば、人は恐ろしい獣以上に残酷なことでもできてしまうものなのよ。
今の彼らには道理なんて通用しない。怒りはよく理解できるけど、ここまで町を破壊し尽くしてしまうなんて……ジリー軍となんら変わりないじゃないの。
エルマーニョ、私はあなたを危険にはおきたくないの。なるべく遠くに、誰も知られないような場所に行きましょう。いずれ落ち着いたら、また穏やかな生活が送れるわ」
カリィパムは息子の髪をなでつけ、ゆっくりと優しい口調で言った。
大通り――上品な夫人に荷物持ちのご主人、着飾らせた犬の散歩に夢中な高所得者、近所のアイスクリーム店でだべる警察官……見る影なし。
代わりにデモ隊が行進、町を破壊する怪獣のように練り歩く。
平和記念公園――色とりどりの花に樹齢100年の大樹様、某有名芸術家の素晴らしい噴水、カラフルな遊具……木っ端みじん。
夜中の12時。カリィパムはカーテンをピシャリと閉めた。
怖がる息子のエルマーニョを見て「大丈夫よ」と言った。
外の様子が大丈夫でないことくらい6歳の息子の目にも明らかだった。数分おきのすさまじい爆発音、数千、いや、それ以上の大観衆が大声を上げて町中を巡行する。
平和な町一帯、今夜は恐怖の渦に沈んでいた。
「ねぇ、母さん。なにが起こっているの?」幾度となくそう聞こうとしたその質問も、爆発に怯える母の横顔を見ているうちに喉の奥へ引っ込んだ。
ガーマアスパル一家が暮らす100億円の豪邸も例外なくこの暴動に巻き込まれた。
彼らの邸宅があるベニャラマ大通り区は富裕層が集うアマク有数の富裕層区画で、その特徴を除けば他の住宅街となんら変わりない閑静な住宅街である。
しかし、市民の怒りを買った役人たちの家は暴徒化した市民らによって破壊の対象とみなされた。じきにガーマアスパル邸もやつらの餌食となるだろう。
暴動の発端はゴドラン|スーという男が起こした史上最悪の大反乱(不祥事)だった。
彼は英雄的扱いをされた唯一無二の役人で、この半世紀に革命を起こしたいわゆる英雄的な上流階級の人間だった。
もっとも、市民には古くから役人の崇拝志向があるため役人などとは言わず、”シブー”という言い方をするが……
つまり、反乱は市民の崇拝志向を裏切り油に火を注いだということになる。
ゴドランが加担したのはたちが悪いことに、政府シクワ=ロゲンが長年目の敵にする違法国家ガンフォジリー軍なのだ。
完全なまでの反旗の翻し方に政府内部は混乱を極め、疑心暗鬼、飛び火した暴動や強奪まで「火消し」に大忙しとなった。
各地の屯所に駐在するシブーまで駆り出される始末だが、混乱の収束は一向に見通せない。
ニュースでは何人の死者が出たとか、町のどこで火災が発生しているだとか、そんなのばっかりだ。
カリィパムは1週間前に姉が死んだばかりだった。姉のルダは多くの人間が憧れるシブーとなった身内で一番近い女性だ。
同じシブーの男と結婚し、双子の息子をもうけて幸せな結婚生活を送っていた。生まれつき難病を抱えてはいたが、薬を服用しながらうまく付き合ってきた。
そんな姉が、突然死んでしまった。
原因は病気だ。悲しみが癒えぬうちに起こった大反乱。カリィパムは心労が体を殺してしまうのではないかと思うほどやつれきっていた。
なにを隠そう、反乱の首謀者ゴドランは姉の夫なのだ。
例え直接関係はなくても、犯罪者の親族は世間からの批判を免れない。今につるし上げられ、これまで通りの暮らしを送ることはできない。
今思い返しても、ゴドランが反乱を起こそうと企てていた片りんなどどこにも見当たらなかった。
事件が起こるまでなんら変わりない良い父、シブーの鑑だったのだから。
だとしたら、彼は演じていたのだろうか? 姉の葬儀で顔を会わせた際、初めて目にした彼の涙に心を打たれた胸の痛みは、私たちと同じではなかったのか? それすらもうそだったというのなら……
家のすぐ近くで爆発が起こり、はっとした。家がミシミシ音を立てて震えている。神経質になっていたため、カリィパムはもう一度念入りに家の施錠を確認して回った。
反乱が起こって間もなく、カリィパムは大樹堂病院に預けられていた姉の息子を助けに行こうとした。
しかし、夫が仕事で外出中の家にエルマーニョを1人残しては行けなかった。そうこうしているうちに被害は甚大になり、身動きが取れなくなった。
カリィパムは数時間前に1人の女がルダの息子エシルバを抱えてここまでやってきたことを思い出した。
名乗らず、とにかくエシルバをお願いしたいと言った。もう1人の双子の兄は? と聞くと「死んだ」とだけ言った。
看護師の制服を着ており、彼女の傷だらけでいくつもの惨状を目の当たりにしたらしい目には、口を堅く閉ざすだけの恐怖が映し出されていた。
カリィパムはまたも失望と絶望を味わうことになったが、エシルバが生きていたということはいちるの望みだった。
看護師の女を引き留めようとしたが、彼女は「はやくお逃げください」と言い残して姿を消した。カリィパムはエシルバの命の恩人だと心の中で深く感謝した。
「エルマーニョ、私たちはこの家にはもう戻ってこれない」
現実に引き戻されたカリィパムは、エルマーニョの背中を優しくさすりながら言った。エシルバはこんな状況にもお構いなしに、すやすや眠っている。
「どうして? 僕たちはなにも悪いことしていないじゃないか。悪いのはエシルバのお父さんなのに! 嫌だよ、この家は僕らの思い出の家だもの。また、戻ってこれるよね?」
「戻ることはできないわ。エルマーニョ、理性を失えば、人は恐ろしい獣以上に残酷なことでもできてしまうものなのよ。
今の彼らには道理なんて通用しない。怒りはよく理解できるけど、ここまで町を破壊し尽くしてしまうなんて……ジリー軍となんら変わりないじゃないの。
エルマーニョ、私はあなたを危険にはおきたくないの。なるべく遠くに、誰も知られないような場所に行きましょう。いずれ落ち着いたら、また穏やかな生活が送れるわ」
カリィパムは息子の髪をなでつけ、ゆっくりと優しい口調で言った。
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