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38、針の痕
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階段の入り口にある巨大な門の脇には説明書きがされた木の看板が立てられていた。
炎ノ獅子精社の100石段
中央は炎ノ獅子様の通り道
左は行き 右は帰りに通るべし
ちらほらと参拝を終えた人たちが上から下りてきて、左側を上る有之助たちとすれ違った。
「それにしても、すごい傾斜だな。40度以上はあるよ。なぁ、待ってくれよ。あいつら化け物か!」
ずんずん上っていく次男と有之助を遠目に、守は早くも息の上がった穂海と横並びになりながら叫んだ。すると彼女はぴょんと跳ねて数段上ると振り返って手を振った。
「2人に追いつこう?」
「無理だよ。俺、普段座ってばっかだから体力ないんだ」
「私も体力、ないな」
「……そういえば、あんたはどうして有之助たちと一緒にいるんだ? 支部長からあの2人のことは聞いていたけど」
1段、また1段と上りながら守は尋ねた。
すると穂海は足を止めた。
「あの2人とは列車の中で出会った。助けてもらったの。私が殺し屋なのに、人を殺せないでいるところを。次男に、用心棒として雇ってもらったの」
「殺し屋って――」
「びっくりした? そうだよね、守みたいに人のためになる仕事じゃないもんね」
「どの仕事も、役に立つから存在してる。需要だよ。俺だって、絵が描けないのに画家だった。今はせいせいしてるよ。辞められてよかったな。あんたは運がいいよ」
「そうだね」
ようやく2人が石段を上り終える頃には、先に着いた次男と有之助が涼しい顔をして待っていた。守はもう完全に息が上がって地べたにへたりこんでいた。
石段を上った先にあったのは立派な朱色の社殿だった。本殿には大きな獅子の像が祭られていて、難しい漢字でそばに名前が書かれている。精社に訪れた人たちはご利益を受けるためにお金や食べ物を納めていた。
「次男さん、僕、御精印をもらってきますね」
有之助は母からもらった御精印帳を懐から出すと、とりあえず社務所に向かって歩いた。
社務所の中では、精社で働く女の人が2人お守りなどを販売していた。
「すみません、御精印をもらうのはこちらでいいですか?」
「はい。御精印料をお納めください」
有之助は財布から小銭を出して500円収めた。女の人は御精印帳を受け取ると、墨で文字を書き始めた。最後に角印を押すと有之助に渡してくれた。
初めてもらった御精印の印を見て、有之助はしばらく心をほんわかさせていた。宝屋の屋敷で母と2人働いていた時、母は御精印帳を開いて精についての話を聞かせてくれた。すごく懐かしかった。有之助は思い出を振り返るように空白のページをめくった。最初のページには、父親の故郷を守るとされる千秋ノ鶴という御精印が記されている。
”有之助なら会えるかもしれない”
母がいつの日か言った言葉は有之助に勇気と自信を与えてくれた。本当に精は見えるのだろうか? 有之助は御精印帳を大事に抱えながら次男たちの元へ戻り、一緒に敷地内を回って歩いた。
広大な敷地をそろそろ回り切ったと思ったとき、目の前に一本の大樹が姿を現した。ひっそりと歴史に忘れ去られたように立つ木は、大人が手をつないで回ったとしても数十人は必要なくらい太かった。
4人は精司から炎ノ獅子の話を聞こうと本殿に訪れた。しばらく待っていると、精司用の特殊な着物を着た30代くらいの男がやってきてお辞儀をした。
「商屋だ。炎ノ獅子について話を聞きたい」
「お待ちしておりました。商屋様。私はこの精社で精司をしている司京太郎(つかさ・きょうたろう)と申します。さぁ、こちらでお話をおうかがいいたしましょう」
4人は真っすぐ廊下を歩き、広々とした座敷に通された。他の参拝客は1人もおらず、並んだ4人の前に座った司は意味ありげな笑みを浮かべてそれぞれの顔を見た。
「これはまた随分とお若い御一行で。事前に話は聞いておりますが、油が見えるというのはどちらの子で?」
3人の視線が有之助に集中したので、司はすぐに理解して「なるほど」と声を漏らした。
「あの、なにか変ですか? 僕の顔」
じろじろ見られるので、有之助はたまらなくなって尋ねた。
「いえ、あまりに特異な例なので、興味が湧いて。私も実際に油が見えるという方と話すのは初めてなんです。見る限り普通に見えるんですがね」
「単刀直入に言おう。炎ノ獅子と接触するために有益な情報はないか」
司は次男の質問に長いこと沈黙を貫き、はっきりとしない目で見返した。
「なくはないのですが、あまりお勧めはできないというか、その……」
どういうわけか、司は歯切れ悪く言葉を途切れさせるだけだった。
「あるってことですよね」
どんな情報でも引き出したいと思い、有之助は身を乗り出して尋ねた。前のめりになった勢いでついた有之助の手を見た司は、突然恐ろしく大きな声で言った。「なぜあなたに針の痕が!」
炎ノ獅子精社の100石段
中央は炎ノ獅子様の通り道
左は行き 右は帰りに通るべし
ちらほらと参拝を終えた人たちが上から下りてきて、左側を上る有之助たちとすれ違った。
「それにしても、すごい傾斜だな。40度以上はあるよ。なぁ、待ってくれよ。あいつら化け物か!」
ずんずん上っていく次男と有之助を遠目に、守は早くも息の上がった穂海と横並びになりながら叫んだ。すると彼女はぴょんと跳ねて数段上ると振り返って手を振った。
「2人に追いつこう?」
「無理だよ。俺、普段座ってばっかだから体力ないんだ」
「私も体力、ないな」
「……そういえば、あんたはどうして有之助たちと一緒にいるんだ? 支部長からあの2人のことは聞いていたけど」
1段、また1段と上りながら守は尋ねた。
すると穂海は足を止めた。
「あの2人とは列車の中で出会った。助けてもらったの。私が殺し屋なのに、人を殺せないでいるところを。次男に、用心棒として雇ってもらったの」
「殺し屋って――」
「びっくりした? そうだよね、守みたいに人のためになる仕事じゃないもんね」
「どの仕事も、役に立つから存在してる。需要だよ。俺だって、絵が描けないのに画家だった。今はせいせいしてるよ。辞められてよかったな。あんたは運がいいよ」
「そうだね」
ようやく2人が石段を上り終える頃には、先に着いた次男と有之助が涼しい顔をして待っていた。守はもう完全に息が上がって地べたにへたりこんでいた。
石段を上った先にあったのは立派な朱色の社殿だった。本殿には大きな獅子の像が祭られていて、難しい漢字でそばに名前が書かれている。精社に訪れた人たちはご利益を受けるためにお金や食べ物を納めていた。
「次男さん、僕、御精印をもらってきますね」
有之助は母からもらった御精印帳を懐から出すと、とりあえず社務所に向かって歩いた。
社務所の中では、精社で働く女の人が2人お守りなどを販売していた。
「すみません、御精印をもらうのはこちらでいいですか?」
「はい。御精印料をお納めください」
有之助は財布から小銭を出して500円収めた。女の人は御精印帳を受け取ると、墨で文字を書き始めた。最後に角印を押すと有之助に渡してくれた。
初めてもらった御精印の印を見て、有之助はしばらく心をほんわかさせていた。宝屋の屋敷で母と2人働いていた時、母は御精印帳を開いて精についての話を聞かせてくれた。すごく懐かしかった。有之助は思い出を振り返るように空白のページをめくった。最初のページには、父親の故郷を守るとされる千秋ノ鶴という御精印が記されている。
”有之助なら会えるかもしれない”
母がいつの日か言った言葉は有之助に勇気と自信を与えてくれた。本当に精は見えるのだろうか? 有之助は御精印帳を大事に抱えながら次男たちの元へ戻り、一緒に敷地内を回って歩いた。
広大な敷地をそろそろ回り切ったと思ったとき、目の前に一本の大樹が姿を現した。ひっそりと歴史に忘れ去られたように立つ木は、大人が手をつないで回ったとしても数十人は必要なくらい太かった。
4人は精司から炎ノ獅子の話を聞こうと本殿に訪れた。しばらく待っていると、精司用の特殊な着物を着た30代くらいの男がやってきてお辞儀をした。
「商屋だ。炎ノ獅子について話を聞きたい」
「お待ちしておりました。商屋様。私はこの精社で精司をしている司京太郎(つかさ・きょうたろう)と申します。さぁ、こちらでお話をおうかがいいたしましょう」
4人は真っすぐ廊下を歩き、広々とした座敷に通された。他の参拝客は1人もおらず、並んだ4人の前に座った司は意味ありげな笑みを浮かべてそれぞれの顔を見た。
「これはまた随分とお若い御一行で。事前に話は聞いておりますが、油が見えるというのはどちらの子で?」
3人の視線が有之助に集中したので、司はすぐに理解して「なるほど」と声を漏らした。
「あの、なにか変ですか? 僕の顔」
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「いえ、あまりに特異な例なので、興味が湧いて。私も実際に油が見えるという方と話すのは初めてなんです。見る限り普通に見えるんですがね」
「単刀直入に言おう。炎ノ獅子と接触するために有益な情報はないか」
司は次男の質問に長いこと沈黙を貫き、はっきりとしない目で見返した。
「なくはないのですが、あまりお勧めはできないというか、その……」
どういうわけか、司は歯切れ悪く言葉を途切れさせるだけだった。
「あるってことですよね」
どんな情報でも引き出したいと思い、有之助は身を乗り出して尋ねた。前のめりになった勢いでついた有之助の手を見た司は、突然恐ろしく大きな声で言った。「なぜあなたに針の痕が!」
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