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34、書術師の報酬
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「この方たちは、精に対抗しうる力のある者、熟練の者を要望しています。あなたたちがふさわしいと思い、この場に呼びました。今からそれぞれ特技である書術を商屋さんに披露してもらいます」
「精? なら俺は却下だ。面倒なことに巻き込まれたくはない。それに、報酬に見合った仕事にはならないさ」八百屋は言った。
「報酬の提示を」
淡々と仕事口調で柿屋は言った。
「そうですねぇ、1年契約ですと派遣料、紹介料合わせて100万といったところでしょう。書御師の実質賃金は95万程度。もちろん、商屋さんのご希望があれば……」
「500万」
「ごっ……ごひゃくっ!」
さっきまで乗り気でなかった八百屋は次男の提示金額に目を丸め思わず声に出した。この国の平均年収はおよそ120万。破格の高年収である。隣で聞いていた有之助は自分が普段1カ月にもらっている給料を思い出し、あまりの格差にポカンと口を開けていた。
え? え? 高すぎやしないか?
思っていることは同じらしい、穂海も現実離れした金額に目がクラクラしていた。比べる必要はないとはいえ、この違いには驚いた。まぁ、仕事と言っても旅を始めてからは世話になりっぱなしだし、宿代だって次男が払ってくれている。今回の宿は長期滞在を目的とした滞在なので、1泊ではなく1カ月単位の賃貸契約らしいが――。
「分かった、やる!」
急な方向転換を決めた八百屋は声に熱を込めて言った。庭園と柿屋は額を聞いても動じなかったが、八百屋は分かりやすかった。目の色が変わるとはまさにこのことである。
「だが、これは精と実際に遭遇して能力を発揮した場合の額。それまでは300万だ」
それでも期待できると踏んだのか塩売は薄く笑んだ。
「いずれにせよ破格には変わりませんね。では、これから1人ずつ書術をあなたにお見せしましょう。3人の術を一通り見て、気に入った術師と契約するというのでいいですね?」
「いいだろう」
有之助たちは書術というものをいまひとつ分からないまま彼らの術を見ることになった。新しく案内されたのは2階の空き部屋だ。有之助たちは用意された座布団の上に座り、最初に書術を見せてくれる八百屋と向き合った。彼は立ったまま分厚い本を開いた。
「お前たちは書術がなにかを、知っているのか」
「少しはな」次男は答えた。
「見たことはあるか」
「ない」
「驚き過ぎて、腰抜かすなよ」
そう言われても、さっきの報酬500万より驚かない自信はあった。言い方は悪いが、見たことがないだけに多少胡散臭い感じもしたからだ。
「書術100録には100語の単語が記されている。全てを使える書術師はうちにいないが、せいぜい50マスターしていればいい方だろう。だから書術師を選ぶ基準にもなる。さて……なにを見せるかな」
男はお札を1枚出すと縦にくわえた。手元は見えないが、開いたページに手を重ねると目を閉じて集中し始めた。
「書術――氷(ひょう)!」
八百屋が唱えたのと同時に、本から氷という字の影が浮かび上がり、彼は右手で握りグッと力を込め中でつぶした。パキンと割れる音。
一瞬窓から外の冷たい風が入ってきたのかと思った。でも違った。床をはうように冷気が流れ始め、やがて部屋中を凍える寒さにのみ込んだ。吐く息が白い。
八百屋は目をつぶったまま集中を続けている。彼の手から少し煙が立ち、手を離したのと同時に冷気は跡形もなくなった。八百屋は目を開けてニタリと笑った。
「52語使える。これ以上のものが見たければ俺を選びな」
すごい。今のは超常現象かなにかだろうか。有之助は足早に部屋を去っていく彼の背中を尊敬のまなざしで見送った。さぞ興奮していると思いきや、次男の横顔を見てみると冷静そのものだった。はたまた穂海は驚き過ぎて有之助の腕に引っ付いたまま離れようとしなかった。
柿屋と庭園もそれぞれ書術を披露した。50語をマスターしている少女の柿屋は書術で部屋の中を濃い霧で埋め尽くし、小さな落雷も見せてくれた。そして、37語の少年庭園の番が来た。彼は本を開きながらずっと独り言を言っていた。
「じゃあ僕は、四大素語かな」
「四大素語ってなんですか?」
邪魔をしてはいけないと思いつつ、有之助は興味津々で尋ねてみた。
「そんなのも知らないの? 君」
「えぇ、まぁ……すみません」
「基本中の、基本だよ。水、炎、風、土の書術。これができなければ書術師の試験には合格できない。まぁ、君たちはなにも知らないだろうから、基本的なことから知りたいでしょう。だから四大素語を見せてあげる」
いちいち鼻につく言い方だなぁ、と思いながらも有之助はおとなしく待った。庭園は先の2人と違って、なぜか寝そべってあおむけになった。独特な体勢だ。そのまま彼はお札をくわえると、手をページに重ねて唱えた。
「書術――四語連結」
水、炎、風、土四つの字が浮かぶと庭園は左手で握りつぶした。これからなにが始まるのだろう。どきどきしながら座布団の上で待っていると、突然ドッカーンと上空で爆発して屋根に大きな穴が開いた。パラパラ木片が頭に降り注ぎ、青い空が見えた。
こんな話は聞いていない! まさか天井が吹き飛ぶなんて。基本中の基本? この書術が? ぼうぜんとする3人を見た庭園少年はむくっと起きてから頭をかいた。
「やり過ぎちゃった」
すぐさま支部長の塩売が階段を駆け上がってきて、惨状を目の当たりにすると顔を青くした。
「庭園! 誰が天井に穴を開けろと言いましたか! あぁ、修繕費が――」
「精? なら俺は却下だ。面倒なことに巻き込まれたくはない。それに、報酬に見合った仕事にはならないさ」八百屋は言った。
「報酬の提示を」
淡々と仕事口調で柿屋は言った。
「そうですねぇ、1年契約ですと派遣料、紹介料合わせて100万といったところでしょう。書御師の実質賃金は95万程度。もちろん、商屋さんのご希望があれば……」
「500万」
「ごっ……ごひゃくっ!」
さっきまで乗り気でなかった八百屋は次男の提示金額に目を丸め思わず声に出した。この国の平均年収はおよそ120万。破格の高年収である。隣で聞いていた有之助は自分が普段1カ月にもらっている給料を思い出し、あまりの格差にポカンと口を開けていた。
え? え? 高すぎやしないか?
思っていることは同じらしい、穂海も現実離れした金額に目がクラクラしていた。比べる必要はないとはいえ、この違いには驚いた。まぁ、仕事と言っても旅を始めてからは世話になりっぱなしだし、宿代だって次男が払ってくれている。今回の宿は長期滞在を目的とした滞在なので、1泊ではなく1カ月単位の賃貸契約らしいが――。
「分かった、やる!」
急な方向転換を決めた八百屋は声に熱を込めて言った。庭園と柿屋は額を聞いても動じなかったが、八百屋は分かりやすかった。目の色が変わるとはまさにこのことである。
「だが、これは精と実際に遭遇して能力を発揮した場合の額。それまでは300万だ」
それでも期待できると踏んだのか塩売は薄く笑んだ。
「いずれにせよ破格には変わりませんね。では、これから1人ずつ書術をあなたにお見せしましょう。3人の術を一通り見て、気に入った術師と契約するというのでいいですね?」
「いいだろう」
有之助たちは書術というものをいまひとつ分からないまま彼らの術を見ることになった。新しく案内されたのは2階の空き部屋だ。有之助たちは用意された座布団の上に座り、最初に書術を見せてくれる八百屋と向き合った。彼は立ったまま分厚い本を開いた。
「お前たちは書術がなにかを、知っているのか」
「少しはな」次男は答えた。
「見たことはあるか」
「ない」
「驚き過ぎて、腰抜かすなよ」
そう言われても、さっきの報酬500万より驚かない自信はあった。言い方は悪いが、見たことがないだけに多少胡散臭い感じもしたからだ。
「書術100録には100語の単語が記されている。全てを使える書術師はうちにいないが、せいぜい50マスターしていればいい方だろう。だから書術師を選ぶ基準にもなる。さて……なにを見せるかな」
男はお札を1枚出すと縦にくわえた。手元は見えないが、開いたページに手を重ねると目を閉じて集中し始めた。
「書術――氷(ひょう)!」
八百屋が唱えたのと同時に、本から氷という字の影が浮かび上がり、彼は右手で握りグッと力を込め中でつぶした。パキンと割れる音。
一瞬窓から外の冷たい風が入ってきたのかと思った。でも違った。床をはうように冷気が流れ始め、やがて部屋中を凍える寒さにのみ込んだ。吐く息が白い。
八百屋は目をつぶったまま集中を続けている。彼の手から少し煙が立ち、手を離したのと同時に冷気は跡形もなくなった。八百屋は目を開けてニタリと笑った。
「52語使える。これ以上のものが見たければ俺を選びな」
すごい。今のは超常現象かなにかだろうか。有之助は足早に部屋を去っていく彼の背中を尊敬のまなざしで見送った。さぞ興奮していると思いきや、次男の横顔を見てみると冷静そのものだった。はたまた穂海は驚き過ぎて有之助の腕に引っ付いたまま離れようとしなかった。
柿屋と庭園もそれぞれ書術を披露した。50語をマスターしている少女の柿屋は書術で部屋の中を濃い霧で埋め尽くし、小さな落雷も見せてくれた。そして、37語の少年庭園の番が来た。彼は本を開きながらずっと独り言を言っていた。
「じゃあ僕は、四大素語かな」
「四大素語ってなんですか?」
邪魔をしてはいけないと思いつつ、有之助は興味津々で尋ねてみた。
「そんなのも知らないの? 君」
「えぇ、まぁ……すみません」
「基本中の、基本だよ。水、炎、風、土の書術。これができなければ書術師の試験には合格できない。まぁ、君たちはなにも知らないだろうから、基本的なことから知りたいでしょう。だから四大素語を見せてあげる」
いちいち鼻につく言い方だなぁ、と思いながらも有之助はおとなしく待った。庭園は先の2人と違って、なぜか寝そべってあおむけになった。独特な体勢だ。そのまま彼はお札をくわえると、手をページに重ねて唱えた。
「書術――四語連結」
水、炎、風、土四つの字が浮かぶと庭園は左手で握りつぶした。これからなにが始まるのだろう。どきどきしながら座布団の上で待っていると、突然ドッカーンと上空で爆発して屋根に大きな穴が開いた。パラパラ木片が頭に降り注ぎ、青い空が見えた。
こんな話は聞いていない! まさか天井が吹き飛ぶなんて。基本中の基本? この書術が? ぼうぜんとする3人を見た庭園少年はむくっと起きてから頭をかいた。
「やり過ぎちゃった」
すぐさま支部長の塩売が階段を駆け上がってきて、惨状を目の当たりにすると顔を青くした。
「庭園! 誰が天井に穴を開けろと言いましたか! あぁ、修繕費が――」
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