名切り同盟

秋長 豊

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28、仕事、やめていいの?

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「他人の事情に口を挟むのはおせっかいだと思うけど……人を殺すのが君の人生だというのなら、それが嫌だというのなら、やめてもいいんじゃないのか」

 少女はあ然として有之助を見た。

「やめていいの?」

「もちろん他の仕事をすることは、相当な覚悟がいるとは思うけど、そんなに自分を追いつめるくらいだったら、一つの考えとして、持ってみてもいいんじゃないか」

「この仕事しかできないのに、私、やめて、いいの?」

 少女は救いを求めるように有之助の顔を見つめた。だが、次男は2人のやりとりを聞いて深いため息を漏らした。

「他の仕事をするということは法律違反、処罰の対象だということを忘れるな」

「分かってます。でも、殺しを強要するなんて……」

 次男には理解を得られそうにないと思ったのか、少女は数歳幼くなったような顔で有之助の後ろに隠れた。

「大丈夫だよ、僕らは君を密告したりしない」

 自分だったらこう言われて安心する、そんな気持ちで有之助は言った。彼女は有之助の胸に下がる銀のペンダントを見た途端、目を丸くして驚いた。

「名切り同盟?」

「うん」有之助は言った。「僕は使有之助。この人は名切り同盟の頭をしている商屋次男さん」

 明らかに少女の顔は緩まり緊張がほどけた。

「お願い、ここにいさせて」

 自分1人だけでは判断がつかないと思い、有之助はすぐさま次男の顔色をうかがった。すぐには返答がもらえなさそうだ。

「えぇと、その前に一つ聞いてもいい? 君の名前は?」

「穂海(ほうみ)」

「いい名前だな。どういう字を書くんだ?」

 こんなにストレートにほめられるのは初めてなのか、穂海はほんのり頬を桃色に染めて有之助を見つめた。

「黄金色に輝く秋の”穂”。青く澄んだ秋の空を大海原に例えて”海”。そういう意味が込められているの。名字は、抜刀打(ばっとうだ)」

「ねぇ、次男さん。いいでしょう? この子をしばらくここにいさせてあげても」

「こいつは殺し屋だ」

「でも、彼女は1人も殺したことがないって」

 有之助に言われてため息をついた次男は、外套を羽織り出て行った。バタンとドアが閉まった。これは説得に時間を要しそうだ。

「じゃあ、君は暗殺を依頼されてこの列車に乗ったってこと?」

 穂海はソファの隅にチョコンと座って有之助の話を聞いていた。

「僕は使用人だから想像がつかないんだけど、殺し屋っていうのは正式な職業なの? それにしてもすごいな、次男さんは傷を見て一発で君の仕事を言い当てた」

「殺し屋は、正式な職業リストにはない。でも、国は裏で承知している」

「ってことは、国のお墨付きってことか」

「そうじゃない民間の仕事もあるけど、国からもらった方がいいお金がもらえるの。でも、ばかみたい。私のお父さんとお母さんは伝説の殺し屋だなんて言われていたけど、誇れることじゃない」

「そっか……君はこれからどうするの?」

 有之助が尋ねると穂海は不安げに視線を下げた。

「分からない」

「仕事、続ける?」有之助は聞いた。

「辞めるなんて許してくれない。お母さん、怒ると怖いの」

「君の気持ちを素直に話してみるんだ」

「無理だよ」

「時間はかかるかもしれない。でも、家族ならきっといつか分かってもらえる。君のお父さんとお母さんだって、子どもの頃は葛藤していたはずだ」

「そんなふうには見えない。お母さんは……お父さんが死んでから変わった。お父さんは、仕事で大きなミスを犯した。それで協会が処刑したの」

 有之助は言葉を失った。

「でも、周りは誰も悲しまなかった。そうだよね、だって殺し屋だもん。人を殺しておいて、自分の死を悲しんでもらえるなんて、虫がいい話」

「でも、人は機械じゃないんだ」

 有之助はじっと彼女の目を見つめた。

「心がある」

「そうね」穂海は静かに言った。「大広武市に着いたら私は列車を降りる。そこでお母さんが待っているの。本当の気持ち、頑張って言ってみる」

「辞めるのが厳しいなら、しばらく仕事を休ませてもらうとか、いろんな手だてはあると思う。僕は、君のこと、応援してるからな」

「ありがとう」

 穂海は頬を赤らめて有之助の笑顔を見返した。

 ちょうど昼食を持ってきた次男がドアを開けて入ってきた。さぞかし怒っているだろうと肩を強張らせていると、昼食の入った包みを2人分よこされた。

「3人分、買ってきてくれたんですか?」

「釣りをもらうのが面倒だったから買っただけだ」

 海鮮のたまご雑炊にミニサラダのセット。有之助と穂海は肩を並べて夢中で頬張った。窓の外には豊かな田園風景が広がり、木造のこじんまりとした民家がポツポツ立っていた。大勢の客を乗せた寝台特急は次の駅がある霞町に向かっている。
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