視聴の払霧師

秋長 豊

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71、麻美

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「払霧師?」

「……うん」

 チラッと横を見ると、麻美は目を輝かせていた。

「それって、夜の東京を守ってるかっこいい戦士たちのことだよね! こう、光の武器で霧を払って、こわーい化け物たちを倒すの。すごいなぁ、そんなものになろうなんて、私には勇気がなくて無理だよ。しかも、こんなにかわいい女の子がねぇ」

「結果が出なくて。払霧師になるためには、払霧師大学に入らなくちゃいけないんですけど、そのためには勉強だけできればいいわけじゃないんです。守護影っていう特別な生き物を、自分の影から呼び出さなくちゃいけない。私には守護影がいないって言われて、それでも諦めきれなくて……何回も通ってるんです」

「それで、思いつめてたんだね」

 麻美は天のグラスからオレンジジュースを飲んだ。

「偉いね、天ちゃんは。本気で頑張ってる人だから、失望だってする。でもさ、死ぬくらいだったら逃げたっていいんだよ」

「麻美さんは優しいですね」

 天は床を見つめて言った。

「私……物心つくときから孤児院暮らしで、両親もきょうだいもいなくて。友達もうまくつくれなくて、ずっと1人で、内にこもってました。そんな時、たまたま払霧師の人が戦っている姿を見たんです。たった1人で霧をあっという間に払って、紫奇霧人を倒しました。その人は、魚ノ神寿っていう払霧師で、今も立派に戦っています。それからずっと、あの人みたいな払霧師になりたいって思ってきました。払霧師になれないのなら、他には何もなりたくありません」

「その人、有名な人だよね。払霧師の中でもかなり偉いクラスだって聞いたことがある」

「雲の上にいる人みたいですよ」

 天はなんだか気分がよくなってソファの上に横になった。

「天ちゃん、きっとなれるよ。払霧師に」

「そう、ですかね……」

「だって、こんなに頑張っているんだから」

 体を揺すられて天ははっとした。

「大丈夫?」

「ちょっと眠たくなっちゃって」

「じゃあ、もうお会計するね」

 天はぼーっとする頭で立ち上がり、荷物を持った。麻美が戻ってきて、2人は並んで駅前を歩いた。

「さっきから大丈夫? 天ちゃん」

 どうしてだろう。麻美の声がぼやけて聞こえる。

「家まで遠いんでしょ? うち、すぐ近くだから寄っていきなよ。疲れているだろうし、少し休んでから家に帰ればいい。じゃなきゃ、またフラッと線路に落ちちゃうよ。聞こえてる?」

 天は彼女に肩を抱かれながら歩き、なんとか返事をした。気付くとオンボロの一軒家にやって来ていて、車も止まっていなかった。

「上がって上がって、今冷たい水いれるから!」

 天は玄関を上がり、ちょうどいい所にあったソファに横たわった。なんだか柔らかくて安心できる。麻美はなんていい人なんだろう。命を助けてくれたし、悩み事だって親身になって聞いてくれた。なにかお返しをしなくてはいけない。

「麻美、さん――」

 突然ヒヤッとして目を開けると、冷たいグラスを持った麻美が笑っていた。

「これ、飲むと落ち着くよ」

「ありがとう」

 天は冷たい水を一口飲んでまたソファに寄り掛かった。

「嫌なことは考えなくていいんだよ」

 麻美は膝枕をして天の頭をなでた。

「頑張り過ぎたんだよ」

 天は甘く優しい彼女の言葉を聞きながらまぶたを閉じた。なでていた手を止めると、麻美は口角を上げた。すやすや寝息を立てて眠る天を見下ろし、麻美は静かによけると制服を脱ぎ、近くにあった優雅な紫色の着物に着替えた。

「せっかくの食事だけど、今回はただ食べるだけじゃもったいない」

 麻美は家の中を歩き、地下に続く隠し扉を開け、階段を下りていった。鍵のかかった扉を開けて中に入ると、死んだように眠る1人の少女がいた。

「三平陽ちゃん、新しいお友達が来たよ。お名前はねぇ、松渕天ちゃんって言うんだって。よかったね。これで、さみしくないね」

 麻美は部屋の明かりをつけ、壁に張り付けられたいくつもの顔写真をながめた。皆、払霧師協会に所属する払霧師や研修生たちで、顔の隣には名前が刻まれていた。

「私が気になるのは、この子」

 麻美は2枚の顔写真を外した。

「具視くんと連次くん。楽しみだな」

 麻美は写真をなめるように見た。

「具視くんはどうして私たちと同じように霧を吸っても溶けないのかな。ちょっと、試してみたいな。実際、吸ったら苦しみもだえるのかな。楽しみだな。具視くんはともかく、あなたたち姉弟はどうしよっか。このまま殺しちゃう?」

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