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17、最後のあいさつ
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8月に入ってすぐ、新幹線の往復キップが手紙と一緒に届いた。也草の案内によると、8月23日の午前8時に引っ越し業者が来て、先に荷物を送ってくれるそうだ。それから2日後の25日、午前10時22分発の新幹線に乗って東京駅で降りる。改札口の前で也草がプラカードを持って立っているそうだ。
(俺、也草さんの顔見たことないんだよな)
3年も前から手紙でやりとりしているのに、顔も見たことがない。手紙の文面を見た限り、丁寧で真面目という印象だが、さすがに顔までは想像つかない。16歳と聞いていたので、高校生くらいの背丈か。也信と顔が似ているのだろうか。
数日後、具視は担任の先生に呼び出された。
「話は既に聞いている。引っ越すそうだね」
「はい」
「残念だよ」
感情のない声で先生は言った。
「24日、学校で全校集会を開くから、その時にみんなの前で報告しなさい。ちょうど教育委員会の偉い人が現場を視察に来る日でね、くれぐれも失礼のないように。これ、君のために書いておいたから、それまでに読む練習しておいて」
先生からもらったのは一通の手紙だった。冒頭は季節のあいさつに始まり、学校を辞めることになった経緯、この学校に入ってたくさんの友達に恵まれたこと、さらには多くの先生方、地域の方へ恩を感じている――などなど、虚偽に虚偽を重ねたきれいな言葉が並べてあった。
迎えた24日、具視はいつも通りに登校して自分の席についた。全校集会で、校庭脇にあるグラウンドに全校児童生徒が集合した。顔がずらっと並ぶ中、具視は先生からもらった手紙をブレザーの内側にあることを確認し、自分の名前が呼ばれるのを待った。
校長先生の長い話が終わり、司会の先生が「――では、きょうを持って学校を辞め、東京へ引っ越すことになった波江具視さんからお別れのあいさつをお願いします」と言った。具視は大きな声で返事をして、登壇した。引っ越しの話は誰も聞いていなかったのか、あの山口でさえ拍子抜けした顔をしていた。会場の隅には学校の先生と、数人の来賓もいる。具視は一礼してマイクの前に立ち、手紙を開いた。
深く息を吸い込み、見守る担任の先生の顔を見た。
「私は今から――」
ポカンと口を開ける先生をよそに、具視は手紙を懐にしまった。
「自分の言葉で話します」
具視は前を向いた。
「3年前、私の家族は霧に殺されました。父、母、双子の姉がいましたが、夜、目を覚ますと、みんな消えていました。私は霧を吸っても死ぬことさえできず、紫奇霧人に襲われたところを、ある払霧師の方に助けられ、今こうして生きています。彼の名前は藤原也信さん。18でこの世を去りました」
会場の一部がざわめいたが具視は構わず続けた。
「ここに来てから、私の名前は”化け物”になりました。霧は吐きません。誰かを傷つけもしません。それでも、ずっとその呼び名が変わることはありませんでした。執拗な暴言、行き過ぎた暴力、見て見ぬふりをする人たち、地域ぐるみの嫌がらせ。人の心が死なないとでも思っているのでしょうか」
不愉快な表情で聞く生徒たち。来賓として招かれた教育委員会の役員たちは、あきれたような顔で耳を傾けていた。
「人の心も死にます」
具視は強く言った。
「物が壊れたら買えばいい。人の物を壊したら弁償すればいい。その通りです。でも、人の心に代えはありません。目に見えないものだからといって、ないがしろにする、それが分からない人間が、ここには大勢いる。優しさと思いやりをなくせば、人は化け物以上に残酷なこともできてしまう。
藤原也信さんは、当時10の私にこう言いました『お前は生かされた。99・9%助からない状況で、わずか0・1%の確率で。だからこの先、きっと成し遂げなければならないことがあるはずだ』と。
長いこと、その意味が分かりませんでした。でも、今なら分かります。私が成し遂げなければいけないことは、東京にある。今もなお、命を懸けて戦う人たちが東京にはいます。私は、払霧師になるため東京に行きます。
私が告発したことに心当たりのある人は、胸に手を当てて、よく考えてください。人を蔑み、優越感に浸ることが使命ではないはずです。幸せになりたい――誰だってそうです。でも、そのために人を傷つけるのはやめてください。人は、あなたの欲を満たすための道具ではありません」
それだけのことを言い終えると、ようやく心の中がスッとした気がした。空は人の心なんて知らずにきょうも青く美しい。雲は悠々と流れていく。そんな夏の風景を見ていると、具視はふと自分が大勢の前でこんなことを言っているのがおかしく思えた。
「以上が、自分の言葉です」
具視はそう続けた。
「皆さん、大変お世話になりました」
静まり返った会場でただ1人、具視はにっこり笑った。
(俺、也草さんの顔見たことないんだよな)
3年も前から手紙でやりとりしているのに、顔も見たことがない。手紙の文面を見た限り、丁寧で真面目という印象だが、さすがに顔までは想像つかない。16歳と聞いていたので、高校生くらいの背丈か。也信と顔が似ているのだろうか。
数日後、具視は担任の先生に呼び出された。
「話は既に聞いている。引っ越すそうだね」
「はい」
「残念だよ」
感情のない声で先生は言った。
「24日、学校で全校集会を開くから、その時にみんなの前で報告しなさい。ちょうど教育委員会の偉い人が現場を視察に来る日でね、くれぐれも失礼のないように。これ、君のために書いておいたから、それまでに読む練習しておいて」
先生からもらったのは一通の手紙だった。冒頭は季節のあいさつに始まり、学校を辞めることになった経緯、この学校に入ってたくさんの友達に恵まれたこと、さらには多くの先生方、地域の方へ恩を感じている――などなど、虚偽に虚偽を重ねたきれいな言葉が並べてあった。
迎えた24日、具視はいつも通りに登校して自分の席についた。全校集会で、校庭脇にあるグラウンドに全校児童生徒が集合した。顔がずらっと並ぶ中、具視は先生からもらった手紙をブレザーの内側にあることを確認し、自分の名前が呼ばれるのを待った。
校長先生の長い話が終わり、司会の先生が「――では、きょうを持って学校を辞め、東京へ引っ越すことになった波江具視さんからお別れのあいさつをお願いします」と言った。具視は大きな声で返事をして、登壇した。引っ越しの話は誰も聞いていなかったのか、あの山口でさえ拍子抜けした顔をしていた。会場の隅には学校の先生と、数人の来賓もいる。具視は一礼してマイクの前に立ち、手紙を開いた。
深く息を吸い込み、見守る担任の先生の顔を見た。
「私は今から――」
ポカンと口を開ける先生をよそに、具視は手紙を懐にしまった。
「自分の言葉で話します」
具視は前を向いた。
「3年前、私の家族は霧に殺されました。父、母、双子の姉がいましたが、夜、目を覚ますと、みんな消えていました。私は霧を吸っても死ぬことさえできず、紫奇霧人に襲われたところを、ある払霧師の方に助けられ、今こうして生きています。彼の名前は藤原也信さん。18でこの世を去りました」
会場の一部がざわめいたが具視は構わず続けた。
「ここに来てから、私の名前は”化け物”になりました。霧は吐きません。誰かを傷つけもしません。それでも、ずっとその呼び名が変わることはありませんでした。執拗な暴言、行き過ぎた暴力、見て見ぬふりをする人たち、地域ぐるみの嫌がらせ。人の心が死なないとでも思っているのでしょうか」
不愉快な表情で聞く生徒たち。来賓として招かれた教育委員会の役員たちは、あきれたような顔で耳を傾けていた。
「人の心も死にます」
具視は強く言った。
「物が壊れたら買えばいい。人の物を壊したら弁償すればいい。その通りです。でも、人の心に代えはありません。目に見えないものだからといって、ないがしろにする、それが分からない人間が、ここには大勢いる。優しさと思いやりをなくせば、人は化け物以上に残酷なこともできてしまう。
藤原也信さんは、当時10の私にこう言いました『お前は生かされた。99・9%助からない状況で、わずか0・1%の確率で。だからこの先、きっと成し遂げなければならないことがあるはずだ』と。
長いこと、その意味が分かりませんでした。でも、今なら分かります。私が成し遂げなければいけないことは、東京にある。今もなお、命を懸けて戦う人たちが東京にはいます。私は、払霧師になるため東京に行きます。
私が告発したことに心当たりのある人は、胸に手を当てて、よく考えてください。人を蔑み、優越感に浸ることが使命ではないはずです。幸せになりたい――誰だってそうです。でも、そのために人を傷つけるのはやめてください。人は、あなたの欲を満たすための道具ではありません」
それだけのことを言い終えると、ようやく心の中がスッとした気がした。空は人の心なんて知らずにきょうも青く美しい。雲は悠々と流れていく。そんな夏の風景を見ていると、具視はふと自分が大勢の前でこんなことを言っているのがおかしく思えた。
「以上が、自分の言葉です」
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「皆さん、大変お世話になりました」
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