視聴の払霧師

秋長 豊

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12、俺、東京に行きたいんです

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 アスファルトの上で大の字になり、始業のチャイムが遠くで鳴るのを聞いていた。ポツポツと雨が降り始め、具視はぬれながら教科書をかばんにしまった。雨が降ってくれてよかった。こんなに情けない顔、誰にも見せられない。具視は雨に紛れて目元を拭った。そして学校には行かず、家がある方へ帰り始めた。

 もし、聴具(さとも)が生きていてくれたら、なんて言ってくれただろう。
 記憶の中の姉はいつまでも10歳のままで、笑顔だった。

”具視”

 優しい声。

 一緒に年を取りたかった。それなのに、具視のそばに聴具はいない。思い出にすがり、いつまでも10歳の姉に助けを求める。13歳になっても、心はいつまでもあの日に置き去りにしたままだった。

 具視はこの村に来てから、誰にでも敬語で話す。適切な敬語の使い方というのは主に目上の人に対して使うものだが、具視にとってその意味はまったく違った。もちろん、本当に慕っていたり尊敬していたりするから使っているパターンもあるが、多くは他人との距離を置くためだ。そうすれば、どんな言葉も心の奥までは届かずかわすことができる気がした。

 具視は祖母に心配かけさせまいと、6時間目の授業が終わるまで近くにある神社の境内で過ごした。ここは身を隠すのにうってつけの場所で、雨宿りできる小さな小屋もあった。宮司の人は具視がちょくちょく来ているのを知っていたが、特に注意することはなかった。

 家に帰ったのは、下校時間より早い時間帯だった。祖母に見つからないよう風呂場に直行し、びしょぬれの服を手洗いして部屋の中に干した。教科書も洗濯ばさみに挟んで扇風機の風を当てたが、湿気がすごいので1日では乾きそうにない。

 じめじめした部屋の中で1人考える。この村でみんなと仲良くなるなんて無理に等しかったし、高校進学で村を離れられたとしても3年は我慢しなければいけない。なりたい夢というのも特になかった。
 そんな時に、也草がくれた言葉を思い出した。

 ――一度都内に来て払霧師の通過儀礼、守護影審査を受けてみてはどうか。

 守護影は、払霧師になるために必要な素質の一つだ。人の影にすむ生き物のことで、聞いた話ではイタチ、カラス、クジャク、オオカミ、トラ……ありとあらゆる動物が、1人につき1体存在しているというのだ。具視はその話を也草から教えてもらったが、聞いた時は正直信じられなかった。ちなみに也草はオオカミだそうだ。

 払霧師は、守護影の力を借りることで、払霧具と呼ばれる武器に光をともすことができる。その光こそが、藤原也信が霧を払った時に見せた、あの白い光だ。人によって光の色は違うらしいが、とにかく、その光があるおかげで紫奇霧人と対等に戦えるのだという。

 ここ3年は悲しみに打ちひしがれて、自分が戦うなんてことは考えもしなかった。でも、今なら変わることができるかもしれない。自分に素質があると言ってくれた人がいるらしいし、守護影審査を受けてみてもいいかもしれない。
 こうまで気変わりしたのは、この村から出て行きたいという思いが根底にあったからだ。自分がいるせいで、祖母まで悪く言われる。だから、山口たちが言うように、この村をお望み通り出て行けば祖母にも気苦労を掛けずに済む。問題は、この件を祖母がどう受け入れてくれるかということだが……

 翌日、具視はしめった教科書で授業を受けていた。

「では、45ページをめくって」

 先生の指示にページをめくろうとしたが、くっついて離れない。

「5段落目を読んでください」

 そう言われても文字がにじんで読めないという事態が発生した。それでもなんとか全日程を乗り越え、一目散に下校した。そのころにはもう学校中が具視の恋愛対象が男だと広まっていたが、予想通りで驚きもしなかった。まぁ、どうせ違うと言っても信じてもらえるわけがない。なんとか学校から生還し、具視は夕食の席で祖母にこう切り出した。

「おばあちゃん、俺、東京に行きたいんです」
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