また、猫になれたなら

秋長 豊

文字の大きさ
上 下
22 / 60

21、桜の木

しおりを挟む
 そろそろ切り上げようかという時、廊下からにゃーにゃー騒がしい鳴き声が聞こえてきた。悟郎が柄も様々な猫たちに引っ付かれながら居間にやってきた。彼は普段居間にいない人間を見つけた途端、素通りして裏口から出て行こうとした。

「待て」

 笑顔で流太が引き止め、悟郎は引き戻された。

「彼は同じ猫戦士の悟郎だ」

「か、かわい――」

 横でポヤーッとする小春の口を空雄は手で封じた。母と父は丁寧にあいさつした。悟郎は誰に対しても素っ気なく、あいさつが終わるやいなやさっさと部屋を後にした。

「そろそろ行きますね。お邪魔しました」

 母が立ち上がり、父と小春も玄関に向かって歩きだした。空雄は何げなく窓の外を見た。あれ? 誰だろう。カーテンをめくって外を見ると、悟郎が外で猫たちにご飯をあげていた。そのまなざしは、人間に向けられるものよりはるかに穏やかで優しいものだった。

 3カ月もたつと猫拳のこつがつかめてきて、瓦を3枚重ねて割ることができるようになった。この成長もこつだけでつかんだのだと思えばすごいとしか言いようがない。体は一日でリセットされても、体で経験し、頭に記憶することで多くを学び次へ生かすことができる。まさに流太の言う通りだった。

 特に、猫拳のこつは極めてシンプルだった。拳の中にたまったエネルギーを外へ放出する、という基本さえ押さえていれば、あとは磨き上げていくだけ。驚いたことがあるとすれば、エネルギーの放出と同時に出現する”光”だ。空雄の場合は白く、エネルギーをためている間にぐんぐん大きくなり、拳にまとわりついていく。もちろん、エネルギーは無限にためられるわけではない。ある程度たまると耐えきれなくなって暴発する。その前に放たなければいけなかった。

 ささいではあるが、気付きもあった。引の原理を持つ空雄の白い光は、エネルギーを出現させた時に風を巻き起こす。風は体に向かって引き寄せられ、光も目に見えて同じ方向に進んでいる。つまり、引の原理がエネルギーの方向に作用しているということだ。

 一方人化と猫化のこつはつかめないままだった。猫になりたいとは思わなかったが、耳としっぽが隠せる人化くらいは習得したい。とはいえ、そううまくはいかない。一層のこと、人化ボタンが体についていたらいいのにと思った。

 町の木々が紅葉し、枝だけのさみしい季節になった。人々は秋用のコートを身に着けるようになったが、空雄はにゃんこ様からもらった着物のおかげで寒さを感じることはなかった。いつもはパーカーにこの着物を羽織うというスタイルだ。

 空雄には決まって行く場所があった。猫屋敷から50メートルくらい離れた場所に立つ立派な桜の木だ。ちょうど町の全景が見える位置にあり、何も考えずぼーっとするには最高の場所だった。ここに来た時はすでに葉桜になっていたので、まだ満開の姿を見たことはない。きっときれいなんだろうな、とたびたび桃色の絶景に思いをはせた。

 ある日中、流太が桜の木に座っていた。空雄は食べようと持ってきていた猫缶を抱えたまま彼の隣に飛び乗った。猫戦士の身体能力を生かした跳躍のこつをつかんでいた空雄にとって、木の上に跳躍することくらい、もう簡単なことだった。

「食べますか? 茂和さんがまた、お供え物をお裾分けしてくれたんですよ」

 2人は猫缶のふたを開け、乾杯するみたいに缶をぶつけた。とはいえ、ちゃんと小さなスプーンを使って人間らしく食べる。

「俺、この桜の木が好きなんです。だって、周りは竹だらけだし、桜の木なんて一本も生えていませんから。なんだか特別な感じがします」

「この桜の木は、大昔植えられたものなんだ」

 流太は昔話でも始めるみたいに語り始めた。

「200年くらい前、身よりのない男がこの神社に流れ着いた。性格は粗暴で、すぐに癇癪を起こすようなどうしようもない荒れくれ者で、友達もいない。そんな男を変えたのが1人の女だった。女は毎日のように話し掛けた。男は毎日のように女を罵った。話し掛けるな、消えろ、邪魔だ――と。どんな暴言を吐かれても、女は決して怒らなかった。けど、唯一許せない言葉があった」

 流太は顔を上げて言った。

「死ね――と言ったんだ。女は怒り、もう話し掛けてこなかった。自分の中の苛立ちを彼女にぶつけていたのだと気付いた時には、もう女はそばにいなかった。男は何度も謝り続けた。何年も、何年も。でも、女は許してくれなかった。それでも男は謝り続け、ある時、ようやく許してくれた。それから2人は仲直りして、桜の木を植えたんだ」

「最後は、どうなったんですか?」

 流太はほほ笑んだ。

「幸せに暮らしたよ」

 全国津々浦々、説話というものはあるが、もちろんハッピーエンドで終わる話ばかりではない。流太が話してくれた一本の桜にまつわる話も、この地に伝わる民話なのかもしれないが、最後は幸せに暮らしたのだと分かり安心した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

異世界転移したので、のんびり楽しみます。

ゆーふー
ファンタジー
信号無視した車に轢かれ、命を落としたことをきっかけに異世界に転移することに。異世界で長生きするために主人公が望んだのは、「のんびり過ごせる力」 主人公は神様に貰った力でのんびり平和に長生きできるのか。

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 (次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

処理中です...