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捕らわれたラッシュ

おかえり

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チビを抱いたときとは明らかに違うこのドキドキ。なんなんだこりゃ。
……あ、そうかこれ、ジールだ。あいつが依然抱きついてきた時と同じ感覚だ!
「私はあきらめません、ラッシュ様が聖女と認めるその日まで」
 そう言ってロレンタはぎゅっ……と柔らかなその手で俺の両こぶしをずっと握り締めていた。
 ってことはアレか。毎日俺の家に押しかけてきたりとか、メシ食いに来たりとか、そんな……
「あ、あの、お二人とも……街に着きましたよ」アスティのその言葉に、まるで雷にでも打たれたみたいに彼女は手を放してくれた。あぶねえあぶねえ。
 なんていうのか、本気になるとすごい一途になる……この二人、結構似てねえか?
 あ、じゃない、さっきアスティが姉さんって言ってたような……

 そんなこんなで俺はこの二人と別れ、家へと戻った。
 半壊していた馬車だ、それほど速度も出せなかったし…結局丸一日かかっちまったな。
 さてさて、メシどうしようか。トガリ用意してるかな。あの二人に残ってた保存食は全部あげちまったんで、もう餓死寸前の胃袋だ。

 ドアを開けると、焼き菓子のような匂いの洪水が俺を襲った。なんなんだこりゃ?
 ちょっと煙った食堂の奥、目を凝らすとトガリと……そしてチビが焼窯の前でなんかせっせと運んでいるし。
 そういやここ、全然使ってなかったけどでっけえ窯があったんだよな……気づかれないように二階へ行こうとしたら、運悪くチビと目が合ってしまった。
「おとうたん……」ヤバい、最悪。この前教会でほったらかしにして以降、お互いに顔すら合わせていなかっただけに。
「え、もう帰ってきちゃったの!? ラッシュ早いよ!」トガリも驚いていた。っていうか帰りに遅いも早いもあるか。
 チビは気まずそうな顔で、ささっとトガリいる窯へと逃げていった。
「なに作ってるんだ?」
「うん。この前ラッシュがたくさんリンゴもらってきたでしょ、それ使ってアップルパイを焼いてたんだ。チビちゃんも手伝ってくれたしね」
 食堂の奥のテーブルには、焼きあがったたくさんのアップルパイが並んでいる。
「それにしてもたくさん作ったんだな……どーすんだこれ」ああ、俺たちだけで休まず食ったとしても数日はかかるぞこれ。
「近所のお世話になった人に分けようかなと思って」なるほど、トガリらしい考え方だ。でも俺にも一個くらい食わせてもらいたいし。
 適当な一個に手を伸ばすと「それはダメ、ラッシュには特別なのがあるから」だと。
 なんなんだ特別って……なんてちょっとイラっとしながら待つこと……どれくらい経っただろ。
 おまたせ! とチビとトガリが二人がかりで持ってきたそれは、さっきの3倍の大きさのアップルパイだった、めっちゃデカい。
 アツアツのパイをちぎって口に放り込む……めっちゃ熱い、けど甘い、うまい!
「ラッシュはおそらく知らないとは思うけどね。今日……じゃなくって明日はラッシュの誕生日なんだよ」

 え。誕生日!? 俺にそんな日なんてあったのか?

 聞くと、ラザトのやつが親方の部屋で日記を読みふけっているときに偶然発見したとのことだ。とは言っても俺は親方に買われたんだから、生まれた日なんてわからない。それに生みの親なんてもう記憶に存在しないしな。
「誕生日っていうか、お前がここに来た日が誕生日みてえなもんだろ」二階から相変わらずの酒臭さをまき散らしながら、ラザト親方が降りてきた。
「だからよ、仲直りついでに誕生日のプレゼント作りたいって、俺に相談してきたんだ。いい子供拾ったなぁ、オイ」俺の隣にドカッと腰掛けながら、ラザト親方はそうつぶやいた。
 チビが……? その言葉にトガリもうなづいた。ここ数日俺の前にチビが姿を見せなかったのはそんな事情だったかららしい。
 大好物の料理でもてなすっていってもイマイチだし、だったらどうしたらいいかなって。
 そうしてチビが俺の前に差し出してきたもの。それは……

 小さな木彫りの人形だった。
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